1ー3『変な奴』
「にいさま、ふく、ふく」
「おっと、失礼」
リスティが盗賊達との戦闘中、突然乱入してきた丸出し男のエーロッツォ。
エーロッツォが言うには、このリスティと盗賊達が動けなくなってしまっているのは、彼の仕業だという。
それはともかく、いきなり何も無い場所から忽然と姿を表した彼は、何故にロングコート以外の衣服を身に付けていないのか。
リスティは見たくも無いものを見せられてはっきり言ってものすごく気分が悪い。
すぐさま彼の妹だという少女も駆け寄ってきて、エーロッツォへ衣服を渡しているのだが、だったら服をちゃんと着てから出現しろって話だった。
「いやぁ、その、透明人間化はこの特性のコート以外の衣服までは一緒に透明になれないので」
「…………」
服を着ながらばつの悪そうな顔をしつつ頭を掻くエーロッツォだったが、リスティからすればほとんど何を言っているのか解らない。
透明だとか、そういう事は知らない魔法という事でなんとか理解は出来るのだが、この男、そもそも服を脱いで透明になる必要があったのか。
「パルフェ、とりあえず盗賊共を縛っちゃおうか、ロープも出して」
「うん」
リスティの疑念を他所に、エーロッツォとパルフェの二人は動けない盗賊達を捕縛するつもりらしい。
エーロッツォの声に従って、パルフェが背負う赤い鞄を開いてその中からけっこうな長さのロープを取り出して、それを使って盗賊達の手足を縛り始める。
「にいさま、コイツ死んでない」
「ああ、運良く急所が外れたのかな、どれ──《事後処理》」
「……!」
リスティが仕留めた筈の盗賊のひとりが、辛うじて息をしていたらしい。
そいつに対してエーロッツォが手をかざし魔力を帯びた光を放ったと思うと、盗賊の傷がみるみるうちに塞がっていき、遂に完全に傷が癒えてしまった。
(……何あれ、どの系統の回復魔法? ……回復力も最上級クラス……!)
傷や病を癒す魔法、それは比較的多くの系統の魔法に存在するのだが、先程エーロッツォが放った魔法についてはリスティは見たことも聞いた事も無かった。
(コイツ、とんでもない魔導師だ、この動けなくなる術式といい、透明になる魔法といい、あの回復魔法といい、並の魔術士じゃどれもまともに扱えないはず……!)
扱う魔法はどれも上級、更には系統も判別不能。本来、ひとりの魔術士が扱える系統というのは酷く限定的なものに絞られる。
剣士という役職故にそこまで魔法への知識が広くないリスティでも、常識として大別される魔法の系統というのは把握している。
大別として、攻撃、回復、補助の三系統に魔法というのは別れる訳だが、更に各種属性や召喚魔法等、多岐に渡る分類が存在する。
その中でもエーロッツォが使用したような、効果の非常に高い魔法というのは、各系統の最上級魔法として、その系統のみを突き詰めて極めたような者にしか使用なんて不可能な筈なのだ。
例えば、事後処理等という回復魔法はどう考えても上級回復魔法なのに、上級回復魔法が存在する唯一の系統である筈の神聖魔法では無い。
この時点でリスティには意味が解らない。
ちなみに神聖魔法とは、神に仕える神官のみが扱える系統の魔法で、文字通り神の御技を体現する魔法である。
当然、神官でもない者が使おうとして扱える魔法では無い。
「にいさま、終わった」
「よし、良い子だねパルフェ。手伝ってくれてありがとうな」
「うん」
盗賊達の捕縛が終わり、パルフェがエーロッツォにそれを告げる。
エーロッツォは微笑みながらパルフェの頭を撫でて、お礼を言いつつコートの内側から細長い四角の道具を取り出した。
「さて、盗賊達の拘束も終わったので動けるようにしますね、お待たせして申し訳ないリスティさん」
「──っ、えっ、きゃ!?」
エーロッツォが、手の中の道具を操作する。
と、今までまったく動かなかった身体が、突然自由になった反動で体勢を崩してしまいその場に転んでしまうリスティ。
「あ、あんた……一体……」
同時に声も出せるようになったので、目の前のエーロッツォという、正体不明の男に、リスティは探るように声を放った。
「怪しい者ではありません。ただ、女性が酷い目に合うのが許せないだけのごく普通の魔導師ですとも、ええ」
「……いや、普通……?」
行動から何から何まで普通ではないと全力でツッコミたいが、一応命を助けられた身分なので自重する。
嫌なものも見たが、まあ、リスティは忘れる事にした。
「あと、この盗賊達はサレンの街まで戻って憲兵さんの所へしょっぴくつもりなんで、リスティさんも来て貰えますか?」
「へっ?」
「あ、それとも皆殺しにしますか? 彼ら、女性の敵なんで僕としては喜んでぶっ殺しますが」
「え、ああえと……あれでしょ、盗賊退治の報償金。だったら連れてくし同行するわよ、皆殺しとか良いから」
「そうですか、残念ですね」
「いや、残念てなに!?」
ぶっ殺すと発言する時のエーロッツォの眼付きはマジだった。
一応、死ぬ前に回復する程度には温情──尤も連行後は犯罪奴隷になるか処刑なのでそこに慈悲は無い──を掛ける程度には配慮があるのに、リスティが合図すれば躊躇せず本気で皆殺しにしそうなエーロッツォだった。
「まあ、僕は女性に仇なす全ての存在が大嫌いというだけなのでそこは気にせずお願いします」
「そ、そう、まあ良いけど」
「にいさまも大概。彼女の催した場面、こっそり見てた癖に」
「ちょ!?」
「──は?」
唐突に、今まで黙ってエーロッツォの横に居たパルフェが、リスティへ道中の出来事を暴露する。
道中、リスティが催した際に感じた気配は当然エーロッツォのもので、それを阻止したのはパルフェである。
女性の敵が大嫌いとか言いつつエーロッツォも大概だと、パルフェは言いたいらしかった。
「で、出来心だったんです、つい魔がさしてしまったんです!!」
一方、エーロッツォは瞬時に腰を九十度折り曲げて謝罪した。無駄に潔い。
「…………」
リスティは、「ああ、あの左頬の切り傷はあたしが付けた傷で、右目の青痣はぶん殴られて止められた形跡なのね……」と、納得してから息を吐いた。
「……まあ、良いわよ、思う所はあるけど、命の恩人なんだし、それに未遂だし、あたしからは別に何も言わないわよ」
「寛大な処置、有り難く存じ上げます!」
「なんでそんなにへりくだってるのよ……」
「にいさまは女の人にはだいたいこんな感じ、気にしないで」
「そ、そう……」
やっぱり変な奴だ。何から何までヘンテコで、普通の部分が何処にあるのか、せいぜいぱっと見た場合の印象くらいじゃ無かろうか。
素直に感謝するべきなのだろうとリスティは思うのだけれど、なんというか、ちょっと引く。ホントに申し訳ないのだけれどもと微妙な気持ちになるリスティだった。
「ところで」
「え、な、なによ?」
バッと下げていた頭を上げて、未だに座ったままであるリスティへと真剣な眼差しを向けるエーロッツォ。
その眼に射抜かれて身動ぎしつつ、リスティは何事かと次のセリフを待つのだが。
「まだおしっこ我慢していますよね、いえ、此方から話を向けるのは心苦しいのですが、我慢のし過ぎは身体に良くありませんし、ええ、ですから此方をお使い下さい、僕は盗賊達を連れて遠くまで離れていますから、どうぞ遠慮せずにどうぞ」
「………………」
いきなりそんな事を言われて唖然とするリスティ。
大真面目な顔付きで懐から何か、折り畳まれた布のような物を取り出してリスティへと受け渡すエーロッツォ。
その様子を無表情、ものすごく冷めて白けた瞳で見詰めるパルフェ。
「え、ちょっ……」
「それでは失礼。オラ盗賊共ッ、ぐずぐずしてないで移動するぞキビキビ動けオラァ!!」
「ひ、ひぃ」
「お、お助け……」
「おいコラ待ちなさいよこれ何よ!? ねぇってば!?」
「広げると浮かんで遮蔽幕になる。魔法の簡易厠。便利だから使って」
「へっ……?」
盗賊達を足蹴にしつつ罵倒して離れて行ったエーロッツォに、渡された物がなんなのか聞いたリスティだが、エーロッツォはさっさと移動してしまい代わりに残っていたパルフェが説明してくれた。
「とにかく、見張りはするから、どうぞ」
「………………」
パルフェに促されたものの、こうも“今から出します”的な状況にされてしまってはリスティとしてもやりづらい。
「……うぅ……」
しかし、戦闘という緊張感から解放されたのもあって、わりと限界だったのは事実なので受け入れるしかなくて、リスティは顔を真っ赤にしながら涙目になりながら、なるべく端の木の影のほうでこっそりと布のような道具を広げたのだった。
※設定解説※
異端魔法、《事後処理》
エロが使用する異端魔法の中では唯一の回復用の魔法。
効果は神聖魔法最上級、《全回復》の回復力に匹敵し、たとえ四肢が欠損した瀕死の状態からでも五体満足の状態へと即座に復活出来る。
更に、神聖魔法上級、《治癒》の効果である毒、病の消去の効果も相乗しており、尚且ふたつの神聖魔法を扱うよりも魔力の消費量が低い。
エロ曰く「事後のケアは超大事なんですよ、ほら、ついつい激しいプレイになった時の為に万全を期したいじゃないですか」との事である。
尚、エロがこの魔法を本来の用途で使用した経歴は存在しない。