1ー2『ストーキング』
サレンの街から北へと、森林地帯を貫くように伸びる街道をリスティは歩いている。
数日分の食料と水、野宿に備えた簡素な外套だけをなけなしのお金で購入してからすぐに出発し、すでに結構な距離を歩いている。
「……今日はもう休まなきゃ」
太陽は既に沈んで、夜も更けて来ている。 街道上とはいえ森の中では月明かりも遮られて、少し寒気を感じる程に闇が深い。
目的地となる街までは徒歩で三日ほどの距離だという話で、初日から無理をしても翌日が辛くなるだけでまともに進めない筈だ。
駆け出しながら冒険者であるリスティもその辺りは把握している。
「…………」
もたれ掛かるのに丁度良さそうな木を見つけて、そこに座り込むリスティ。 虫の声や木々のざわめきが夜闇に響き、少しだけ不安を煽る。
少し、早まったかもしれない。 自分に見合う依頼が無いからと無茶をしたのでは無かろうか? ひとりで夜の森に居るとか、良く考えると相当危険じゃなかろうか。
「……でも、別の道は地元方面にしか無かったし、こっちしか来れなかったし……はぁ……」
今更後悔してもすぐに森から抜けられる訳でも無い。 なのでいじけても仕方ないのだけれど、寝ようと思ってもちょっと怖くて眠れないのだ。
リスティは今日が初野宿で、外で寝ようとするのがここまで怖いとはちっとも想像していなかった。
寝ないと明日に響く。 寝ってしまえば別に怖くなんか無い。 外套一枚じゃちょっと寒い。
口をへの字にして無理矢理まぶたを閉じて眠ろうとしてみるけれど、眠気がまったく襲ってこない。 困った。
「………うっ」
しかも尿意まで襲って来る始末。
「……いや、街まで厠なんて無いし当たり前でしょ……はぁ……」
「…………」
ざわっ、と周囲の木々と草が揺れた気がした。
風が少し強く吹いたのだろうか。
ブルッと身震いをしてから、リスティは街道からもう少し外れ、草が生い茂っている所へ隠れるように侵入する。
誰かが視ている訳では無いが、堂々と道の真ん中で催すのは人として無理だ。
草木に隠れて、外套が汚れないように身体から外してから腰のベルトを緩める。 吊るした剣がずれないようにきつめに絞めていたものを外した開放感で、更に尿意が近くなる。
とっとと済ませてしまおうと革製のショートパンツを下着ごとずり降ろそうと手をかけ、脱ごうとして……。
「……フゥ、フゥ……ハァハァ……」
「にいさまは見ちゃダメ」
「うぐぉ……!?」
「ひうっ!? な、なに!?」
かなり近い所から異常に荒い息づかいと、何処かで聞いたような子供の声、それと何かぶつけたような風切り音とうめき声。 人が倒れたような音。 それらが連続で聞こえてきた。
リスティは下げかけていたショートパンツをぴっちり元に戻して、それから剣を抜く。 気のせいじゃない、間違いなく何かが潜んでいる。
「誰? 人間? 姿を見せなさい!!」
「…………」
「…………」
無反応。 だが居る。 絶対誰かが覗こうとしていた。
「…………逃げたような声も音もしない……」
リスティは眼を閉じて、潜んでいる筈の不埒者の気配を探る。 草木のざわめきのせいで分かりづらいが、出来ない事は無い。
数秒、静かに剣を構える。 それから眼をカッと見開く。
「────そこッ!」
かけ声と共に微かな息づかいを感じた草むらの隙間へ剣を穿つ。 踏み込みから加速させた片刃の剣は、狙った通りの場所へと滑り込む。
「…………外した……チッ!!」
突き入れた剣に手応えを感じず、何も仕留められなかった結果に舌打ちする。 覗き魔が絶対居ると思ったのだが、逃げられたらしい。
「……ああもう、分かんなくなった!!」
仕留める為に派手に狙ってしまったからか、もう一度探ってみるもまったく分からなくなってしまった。
暗い夜の森の中で灯りも無しに、これ以上探し回っても徒労で終わる筈で、自分だけではもうどうしようも無さそうだった。
出来れば徹底的に探しだして仕留めてやりたかったのだが、わからないのでは仕方ない。
とっくに逃げてしまったと思って、自分も移動してしまうのが無難だろうとリスティは考えた。 覗き魔が出没した場所で用を足す度胸はない。
剣を納めて絞めていなかったベルトを正し、外していた外套も再び羽織ってから、リスティは街道を歩き始める。
眠るつもりで休んでいたのに歩かされて、ますますリスティは不機嫌になり注意力が落ちてしまう。
暗い夜の森の中にある道は、広く幅を取ってはいるがあまり整備されているとは言い難く、注意しなければ何かの拍子で躓いてしまいそうなほど悪路だ。
そしてそれ以上に、夜道を無闇に進むというのは非常に危険で、例えば、獲物を狙うのに闇に潜む者を見つけ出すのも移動しながらでは難しい。
リスティはそれを十分理解していたつもりでいたが、先程の騒ぎのせいでそれが頭から抜け落ちていた。
「…………!!」
移動を再開して一時間程度だろうか、そろそろ歩くのを止めて本当に休もうかと考え始めていたリスティは唐突に動きを止める。
休憩の為ではなく、警戒の為にだ。
前方から物音がしだして、道を塞ぐように何者かが現れたのだ。
「よう、お嬢ちゃんこんな夜中にひとりで散歩か? 危ないなあ?」
「魔物に喰われるか盗賊に捕まっちまうぜぇ?」
数本の松明に火を灯されてから周りに落とされたのは視界の確保だろう。
地面に落としても松明ならば簡単には消えないし、持っていて片手が塞がるなら初めから転がしておこうと判断したのだろう。
「…………盗賊」
火に照らされて見えた姿は、汚ならしい格好の男達。
手入れも十分に行っていなさそうな汚れた防具と、剣や槍、斧といった武器を持っている姿はまさしく盗賊だろう。
リスティを見て下卑た笑みを浮かべた連中がたくさん居る。
(……四、五………前に七人、後ろも……!)
前に七人、後ろも見れば六人程がリスティを囲んでいた。 迂闊に歩いていた結果、盗賊達の待ち伏せに飛び込んでしまったらしい。
リスティは剣を構えながら、どうするべきか考える。
二人か三人なら切り伏せる自信はあるが、囲まれた状態で二桁の人数と戦うのはどう考えても得策では無い。
半分仕留められれば上出来という所で殺されるだろう。 そのくらいは分かる。
「…………」
なら降参するか。 それならば命は助かると思うが……。
「けっこう上玉だな、金はもって無さそうだが遊ぶにゃ最高じゃねえか?」
「抵抗しなけりゃ気持ちよくしてやるからよぉ、剣なんか捨てて裸になれよお嬢ちゃん」
「…………」
いや、無理。 こんな臭そうというか確実に臭い奴ら全員の相手させられるとか自殺した方がマシだ。 リスティは汚物を見るように囲んでいる盗賊を睨み付けて、剣を強く握る。
「……降参なんかお断り。 くっさいおっさん共に辱しめられるぐらいなら死ぬ気で抵抗して道連れにしてやる!!」
「ちっ、おいテメェら、あんまり切り傷付けないように諦めさせろよ!! 殺して死体にしちまうと売れないわ弛くて具合良くねぇわでろくに旨味がねえからな!!」
その掛け声と共に盗賊達が一斉に襲い掛かってくる。 リスティはまず、隙だらけで突っ込んでくる右手のひとりに狙いを定め、自分からも突っ込むようにして切り伏せに掛かる。
「ぐぁ!?」
「ひとり目、次っ!」
そのまま脚を止めずに駆けて切った盗賊の真後ろに居た斧を持った盗賊に向かう。
その盗賊はリスティが向かってくるのに反応仕切れなかったのか、呆けたように口を開いて動かなかったので遠慮なく剣を口の中へ突っ込んだ。
肉を貫く感触と共にその盗賊の絶命を確信し、倒れる様を見もせず横へと飛ぶ。
「ダンとジスが殺られた、強いぞ!!」
「クソが、テメェら動きを止めろ走らせんな!!」
同時に迫る剣と槍を避け、後ろへ数歩下がる。
しかし後ろにも盗賊は居る、その男の振りかぶりを剣の腹で受け止めたは良いが、リスティは動きが一瞬止まってしまう。 思ったよりも力が強く、剣を取り落としそうになってしまった。
「ぐっ!!」
「ぎゃ!!」
身体を捻りそのまま剣を払って、首を切り裂きながら隙を窺う。
仕留めたのはまだ三人。
そろそろ此方の動きに対応されて辛くなる。 だが犯やれるぐらいなら殺された方がマシなので、例え致命傷を受けたとしても剣を離すつもりは無い。
(……ああもう、我慢してサランに留まっとけば良かった、絶対死ぬじゃんこれ!!)
何とか戦いながら心の中で愚痴る。 もっと慎重に判断していればこんな絶体絶命な状況に陥る事もなかっただろうに。 盗賊相手に殺されるとか、カッコ悪い。
「四人目、次ぃ!!」
単独で斬りかかってきた奴を返り討ちにしつつ、ヤケクソ気味に叫ぶリスティ。
囲まれた状態から四人切り伏せているので、慎重ささえ持っていれば、後々は名の知れた冒険者になれたかも知れないぐらいには彼女は強かった。
このままだと数秒後には殺されるだろう、しかし。
「──《時間停止装置》スイッチオン」
しかし、そうはならなかった。
突然、何者かの声が響き、盗賊達と、リスティ自身も身体が硬直して動けなくなってしまった。
「…………ッ……、……!?」
「……っ!? ……ッッ」
突然の事に驚愕する。 しかし声も、表情すら動かせない。 まるで時間が止まってしまったかのように。
(違う、時間が止まるとかじゃない、どうやったか知らないけど、これは、麻痺……!?)
理屈まではわからないが、時間が止まってしまったのなら考える事すら出来ない筈だ。
しかしリスティも、見れば同じく止まっている盗賊達も震えるようにして焦る雰囲気がある。
それに瞳の動きまでは遮られていないのか、眼だけは動かせた。
「……ッッ……ぐ……!!」
「このままでは危険だと思ったので介入しました。 範囲内の対象全てに効果があるアイテムなので、巻き込んでしまいましたけどこれだけなら動けなくなるだけなので大丈夫ですよ」
「………っ……!?」
誰? と聞こうとしても声が出ない。 その前に話し掛けて来た者の姿が見えない。
「あ、ごめんなさい見えないですよね失礼。 ──《透明人間化》解除」
「……!?」
申し訳無さそうな謝罪の後、解除の言葉と共に目前に染み出るように何者かが現れる。
見えないように透明だったものが、色付いて見えるようになっていくというか、よく分からない状況をリスティは目の当たりにしている。
「どうも、お昼にお逢いしましたよね。 魔導師のエーロッツォです、リスティさん」
突然現れた男は、にこやかに挨拶をしてくる。
「───」
確かにサランの街の冒険者ギルドで話した男だった。
何故か左目の辺りに何かをぶつけられたような青タンと、右の頬に剣がかすったような切り傷があって鼻血が出た後跡がある。
それと、なぜかロングコートの下が全裸だった。
なんでだ!? というツッコミを入れようにも、リスティは動けなかった。
【設定解説】
「人造宝具《時間停止装置》」
エロ謹製の宝具のひとつ。 周囲の生物に対して魔法式の麻痺攻撃を放つ長方形のテレビのリモコンのような形をしたアイテム。
時間停止とは名ばかりであり、時を操る能力は無い。
エロ曰く「時間停止と言いつつちょっと動いちゃうのが乙なんだ」という設計概念により製作されている。
尚、製作手順等は現時点では不明だが、特注品でありエロが所持している物しか世界には存在しない。
麻痺に耐性を持つ魔物や、麻痺耐性の祝福を備えた装備を身に付けた人間にはまったく効かないものの、戦闘への転用ではかなりの効果がある為に利用価値は高い。
本来は特殊遊戯用宝具。




