第8話
「あ、あのっ」
天川から逃れようとすると、背後から聞き覚えのある声がかかる。今はあまり聞きたくない声が……。
ゆっくりと振り向くと、そこには、やけにおどおどした双葉がいた。
「お、おう……」
「あっ、双葉さ~ん、どうしたの?」
天川だけが、場の空気にそぐわない陽気なテンションを保っていた。まあ、そもそもの原因はコイツなんだけどね!
双葉は気まずそうに視線をあちこちさまよわせながら、頬をほんのり紅く染め、おずおずと尋ねてきた。
「えーと、その……二人は、仲いいんだね」
「いや、別にそんなんじゃ「アハッ♪わかる?」おい」
「で、でも……あまり人目を憚らないのも、どうかと思うな。ほら、ご近所さんに見られた時とか……」
おおっ、さすがは真面目キャラ!言ったれ、言ったれ!そんで俺をこいつから解放してくれ!
「そっかぁ、わかったよ……」
天川はしゅんと沈んだ表情で頷いた。あれ?やけにあっさり引いたな。
「じゃあ、日野君……あっちの人通りの少ない狭い道通ろうよ」
「ああ、そうだな……ってなんでだよ!!くっつかずに歩けばいいだけだろうが!!」
「照れ屋さん♪」
「今殴ってやるから、そこを動くな」
「あははっ、捕まえてごらん♪」
「えっ?えっ?」
俺と天川は、戸惑う双葉の周りをぐるぐる回り、追いかけっこを始める。何だ、これ。やっててバカみたいに思えてくるんだが。
「……ちっ」
あれ?一瞬、舌打ちみたいな音が聞こえたような……ま、まあ、気のせいか。双葉は舌打ちなんかするキャラじゃないし。
「も~、二人共!リアクションに困るから止めてよ~」
双葉に窘められ、俺も天川もピタリと止まる。いかん、俺としたことが、またコイツにのせられてしまった……自重せねば。
「双葉さ~ん。聞きたい事があるんだけど、いい?」
「え?うん。何かな?」
天川はチラリとこちらを見る。コイツ、まさか……
「双葉さんって、日野君と付き合ってるの?」
「……え?え?ええぇ~~~~~!!」
唐突すぎる天川の質問に、双葉はわかりやすく混乱した。ああ、もう……何がしたいんだよ、コイツは。
双葉は顔をぽおっと赤くした。昔からこういう話が苦手なのだ。
「あわわ……ち、違うよっ。好きは好きだけど、そういうんじゃ……あわわ!もうっ、天川さん!」
否定はされたものの、悪い気はしないという絶妙なリアクションの双葉は、手をあたふたさまよわせ、天川を責め立てる。端から見ると、美少女同士が戯れているように見えなくもない。
「じゃ、じゃあ、私行くから!二人もあんまりくっつきすぎちゃだめだよ?」
頬に火照りを残したまま、双葉は走り去っていった。
そして、その背中を見送りながら、天川はボソッと呟いた。
「ふぅ~ん、そっか。そういうことか」
「何がそういうことなんだ?」
「何でもないよ~。ほら、女同士の秘密ってやつ♪」
「いや、お前男だろ」
「こんなに可愛いから大丈夫♪」
「…………」
そんな風に笑う天川を見て、俺は溜め息を吐いた。
まあ、本当に……見た目だけは、な。
頬を撫でる風はやけに冷たく、なんだか今の気持ちとシンクロしていた。
*******
「チッ!あと少しだったのに邪魔しやがって、クソが!」
「……ああ、もう。今年こそ告白して恋人になる予定だったのに、なんだってんだよ、あいつは……しかも男じゃねえか」
「まあいい。明日からはアタシも……」
*******
次の日も、天川にウザ絡みされながら学校に到着。朝からHP削られるの嫌なんだけどな。
それでも、なるべくいつも通りを装い、靴箱で靴を履き替えていると、後方からパタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。
「おはよっ♪」
「お、おはよう……」
いきなり背中を叩かれ驚いたが、振り向くと双葉がいた。なんかこいつ、いつもよりテンション高いな……
「さっ、はやく行かないと遅刻しちゃうよ!」
そう言いながら、にこやかに俺の肩をぽんぽん叩く姿に、俺は違和感を覚えた。
……こいつ、こんなにボディタッチ多かったっけ?
いつもはもっと控えめな距離感だったような……。
「どうかした?」
「あ、いや、何でもない……」
「あーっ、ボクを置いてかないでよ~……やっぱり」
天川は一瞬だけ怪訝そうな表情をした……気がした。
「どした?」
「なんでもないよん♪」
……なんなんだ、一体?
*******
そして、その日の双葉はおかしい事ばかりだった。例えば……
「だーれだっ♪」
「……いや、双葉だってわかるけど」
「そうだよねっ!わかるよね!もう付き合い長いもんね!あはは~」
……とか、普段ならやらないような絡みをしてきた。ちなみに一年の付き合いが長いかどうかは置いておく。
「なあ……」
「ん?どうかしたの?日野君」
「いや、今日のお前どうした?なんか」
「そうかな?」
まあ、こいつが元気なのはいい事だが、なんかここまで違和感あると、どうも調子が狂う。普段なら女子からの好感度アップのチャンス!とかはしゃいでるとこだが。
「……悩んでるなら相談に乗るぞ?」
「え?べ、別にないけど?あっ、その……」
「もしかして、腹減ってるとか?」
あえて冗談めかして言うと、彼女は俯いた。あれ?なんだか身に纏う雰囲気が変わったような……。
「……ちっ、とっとと気づけよ、鈍感野郎が」
「え?」
今、ドスの効いた声がどこかから……。
すると、彼女は顔を上げ、にっこりと爽やかな笑顔を見せた。
「あっ、私サキちゃんに呼ばれてたんだった!じゃあ、また後でね!」
「あ、ああ……」
今、なんか怖かった気がしたんだが……気のせい、ですよね?