第5話
グラウンドに出てきた天川の体操服姿は案外普通だった。
そう。見た目だけで言えば、やっぱり普通に美少女だった。
「やっぱり……いいな」
「ああ。いい……」
見とれてる奴らはさておき、体育の熊田先生が来て、今日も圧のある低い声で指示を出す。ちなみに、先生も天川を見て、ギョッとした表情を見せた。
本人はそんなことなどお構いなしに、ニコニコ笑顔でこちらに歩いてくる。
「ひ~の君っ♪ストレッチ2人組だから、ボクと組もうよ♪」
「断る。なあ、鈴木組もうぜ」
「え?いいのか、天川は……」
「ああ、俺ばかりと話しててもアレだからな。というわけで組もう」
「つっても俺、足立と組んでるしな……」
「頼む!俺はお前と組みたいんだ!お前じゃなきゃダメなんだ!」
「お、おい……」
「俺にはお前しかいないんだよ!なあ、やろうぜ!」
「ひいいっ!」
何故か逃げられた。
ど、どうしたというのだ……そんなにドン引きされるような事言ったか、俺?
一人頭を抱えていると、肩をポンポンと叩かれる。相手が誰かなんて言うまでもなかった。
「じゃ、始めよっか!」
「…………」
*******
出来る限り脚を広げ、体を前に倒そうと天川が体重をかけてくるのだが、首筋の甘やかな吐息がかかり、落ち着かない気分になる。
「日野君、こんなに硬くなっちゃって……」
「いいから押せ。黙って押せ」
「はいはい。よいしょっと……!」
う~ん、いかんせん力が弱い……どうしたもんか。
いまいち満足感を得られないまま、交代になる。
「じゃ、日野君交代ね」
「ああ……」
今度は天川の背中を押す……うわ、何だよこれ……。
天川の背中は、見た目通りといえばそれまでなんだが、同じ男子とは思えないくらい華奢だった。さらに、うっすらと黒のスポーツブラが透けて見えて、もう男子とストレッチしている気がしない。
「背中……見てる?」
「見てねーよ」
「嘘つき~。見てたクセに~」
悪戯っぽい声音で耳朶を撫でられると、ふわふわと甘い気分になりそうで怖い。いやいや、気を強く持て!確かに髪の毛からいい匂いがするけど!
「う、羨ましい……」
背後の方から何やら馬鹿な発言が聞こえてくるが、何考えてんだ、誰か知らんが。
天川は一部の邪な視線など意に介さず、体が地べたにくっつくくらいに体を伸ばしていた。
「お前、体軟らかいんだな……」
「触ってみる?」
「そういう意味じゃねえよ、なんかスポーツでもやってんの?」
「まあ、程々に鍛えてるよ♪運動不足にならない程度に」
こいつと『鍛える』という言葉がいまいち合わない気がするのだが、この細さをキープするのには結構な努力をしているのかもしれない。その事を考えると、こいつ相手でもついつい関心してしまう。
「でも、全然効果でないんだよね~」
「いや、十分細いだろう。それ以上どこを減らすんだよ」
「違うよ。オッパイが大きくならないんだよ」
「……お前が望む方向では無理だ」
「ふふっ、冗談だよ。日野君、貧乳でもいけそうだし」
確かに貧乳はステータスだ。希少価値だ。そのことを俺は決して否定はしない。むしろ肯定している。皆違って皆いい。
だが、天川の場合は貧乳とかそういうのとは事情がまったく違う。
なので、キッパリ告げる必要がある。
「たった今、俺はDカップ未満の女とは付き合わないと決めた。オッパイ大好き!」
「日野、授業中にわけわからんこと言ってんじゃねえ!」
「す、すいません!」
いかん。大きな声が出てしまった……。
先生に怒られた俺を、天川だけでなく、周りのクラスメイト達も笑っていた。