第4話
衝撃の発言に身を震わせながら、何とか平静を装い、3人で学校に到着すると、昨日の警戒はどこへやら、女子を中心に、天川はやたら声をかけられていた。
「おはよう、天川さん!」
「おはよ!」
「天川さんって、めっちゃ髪キレイだよね~」
「アハッ♪ありがと!けっこう自慢なんだ♪」
「連絡先交換しない?」
「いいよ!」
「お、俺も……」
「もちろん♪」
クラスメートと談笑している様子からして、どうやら天川は、『女子寄り』の立場で受け入れられる事になったようだ。まあ見た目はぶっちゃけ、クラス一の美少女とか言われてもいいくらいだから、全然違和感はない。むしろこっちのが落ち着く。
「いや~、こりゃまたすごいのが転校して来たな」
そう言いながら、前の席に座ったのは、双葉と同じで、去年から続けて同じクラスの雪平克樹だ。細身の長身が特徴で、成績は悪いが、運動神経が非常に良く、部活の助っ人として重宝される存在だ。おまけに人当たりもいい。
雪平は感心したような笑みを見せ、こちらに視線を向けた。
「で、どうだ?」
「……何がだ?」
「あんな美少女が隣なんだから、もっと喜べよ」
「アホ。男だろうが。そんな目で見れねえよ」
「ふ~ん、そんなもんか。昨日仲良く話してたから、てっきりお前に春が来たのかと思ったよ」
「いや、んなわけ……」
「だってお前、ああいう見た目が好みだろ?」
「…………」
そこはすぐに否定することができなかった。
確かに顔は……いやいやいやいや!そんなはずはない!
「バカヤロー、んなわけねえだろ!しっ、しっ!」
「ははっ!じゃあまた後でな」
軽やかな身のこなしで去っていく雪平を見送ると、偶然こちらを向いた天川と目が合う。
パチリとウインクされたが、肘鉄砲を打ち返したい気分にしかならなかった。
*******
朝のホームルームが終わり、授業の準備を始める。
1限目は体育。
つまり、体操着に着替えなければならない。
今、この教室には妙な緊張感が漂っていた。
「なあ、アイツもここで着替えるのか……」
「多分、な。目のやり場に困るけど」
「いや、むしろこっちが恥ずかしいんだけど……」
そう。皆が皆、天川の着替えが気になってしまっている。
最初は女子が自分達と着替えるよう誘っていたのだが……
「ボク、一応男子だから」
なんて言って、教室で男子連中と着替えることになった。
ぶっちゃけ違和感が凄まじい。
男だらけのむさ苦しい空間となった教室に、女子の制服を身に纏った、見かけだけなら美少女がいるのだ。普通に着替える方が無理だ。
さらに……
「日野君、さっきからこっちをチラチラ見てどうしたの?」
「え?いや……」
「エッチ♪」
「ち、ちげーよ!!」
本人はこの調子なのだから参ってしまう。こいつ、狙ってやってんだろ。ちなみに、ほんの2、3回しか見てない。
すると、やっと着替えを始めるのか、天川はまず制服のリボンをするりと解いた。
その蠱惑的な動作に、男子全員がゴクリと唾を飲み込む。
……いかんいかんいかん!何見ちゃってんだ、俺は!コイツは男だっつってんだろ!
そんな皆の視線に気づいたのか、天川は急に顔を赤らめ、胸元を両腕で庇う姿勢になった。
「……あの……は、恥ずかしいから……あっち向いてて?お願い」
『はい!!!』
天川の言葉に、皆が一斉に窓の外を向く。
やべえ。何がやばいって、昨日は遠巻きに見てるだけだった男子連中が、ちょっと魅了されちゃってることだ。大丈夫か、ウチのクラス……そりゃ、確かに見た目は美少女だけど。
「日野君……」
「な、何だよ」
「日野君もあっち向いてて……それとも、見たい?」
「んなわけあるか!」
反論するも、周りはどうやら天川の味方らしく、「何見てんだよ、日野!」「この変態!」「エロメガネ!」「キョロ充!」などと、好き勝手罵ってくる。おい、ふざけんなよ。誰がキョロ充か。
とはいえ、朝から無駄なエネルギーは使いたくないので、大人しく着替えることにする。省エネは大事だ。
「♪~」
俺のすぐ後ろでは、天川が鼻歌交じりに着替えを始めている。
まるで朝の小鳥の囀りのような心地よいメロディーと、衣擦れの音が耳朶を撫で、落ち着かない気分になる。
何やら音がするのは、スカートのホックでも外しているのだろうか……いや、気にするな。気にするんじゃない。
「やっぱり見たい?」
「…………」
天川の言葉は無視して、俺は着替えを終え、さっさと教室を出た。