第六話『午後の電話』
午後からの授業参加という、大手会社にしか存在しない重役出勤のような事をした、授業合間の休憩時間。ゆかりの教室の一件を知る良しもない神代は、校庭に面した入り口の前で一目を避けるように電話をしていた。
「……学校に居る間は連絡しないのが常識だろうが」
受話をしている相手に、神代は電話に出るなり開口一番に口を開くと、不満を隠す事無くぶつける。
『だからこうして休み時間にしたではないか。これならば、君の未熟な学業に関しても下降の心配は無い。ならば、さしたる問題も無いだろう?』
苛立ちの混ざった声を聞いて、電話の向こう側で飯塚が笑うのが雰囲気で伝わってきた。神代の成績不振を指摘しての事だろう。性格悪いなコイツ。
(クソ……出なきゃ良かった)
「はいはいお気遣いどうも……で?」
『……話が逸れてしまったな。今朝の行動……通学路から外れて、墓地に赴いたそうだな。以前に釘を刺していたはずだが?制限外の事をすれば、余計な詮索を生むだけだと』
当日の夜、奈那美と電話をした直後に飯塚が言っていた言葉だ。その日の去り際にも口にしていたのを神代も覚えてはいたが、それを承知の上で墓場に寄った。
「悪かったって……愚痴の一つでも言ってなきゃ、やってられなかったんだよ」
『……理解しているのなら、それで良いが』
神代の言葉を聞いた飯塚は、それ以上追求するのを止めた。やるせないように神代は溜息を吐くと、暫しの逡巡を挟んでから口を開く。
「なあ……気になってたんだけどさ」
『何だ?』
直ぐに応答があった。何を言うのか分らないらしく、率直に答えを求めてきたからこそ、言うことが出来た。
「どうしてアンタは――――――俺に加担するんだ?」
奈那美を殺し、神城を含む親族の救済。
初めに尋ねた時に、彼は言った。民に不利を与えるべきではないと。
(それは俺だけじゃなくて……奈那美にも当てはまる事だ)
当日は気にしている余裕なんてなかった。一日の間を置いた今、冷静な中でこそ考えられたそれは、不自然な事だと思ったのだ。
だから、聞いておきたかった。
『……』
直ぐに答えは返ってこず、耳に痛くなるような静けさが残る。その向こうに誰も居ないのではないかと錯覚しそうになるくらい、息を吸う音一つ聞こえてこなかった。
昨日とは何も変わらない内容。
同じ事を言えばいいだけなのに、飯塚はそれを躊躇した。耳の間に風の音が鳴り響き、それに混ざるようにして、しかし雑音を掻き消すくらい淡白に飯塚は口にした。
『私は、自分が最善だという道を選んだだけだ』
感情は読み取れなかった。相変わらず何を考えているかも分らず、どうして自分に協力するのか、その答えにもなっていない。
それが最後だと言わんばかりに言葉を残すと、やがて受話器の向こうから無機質な音が流れ初め、通話の終了を告げる。
たった短いそのやり取りでも、わかってしまう。
昨日と違う返事の意味を、
曲がる事の無い強い意志を。
相手は覚悟を決めていた。
「だったら俺も、迷わねぇ……」
倒錯していた思惑は、既に形となって心にあった。