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ラプラスの少女  作者:
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第五話『心の整理と独白』

 神代は人の通りの少ない通い慣れた通学路を歩いていた。

 登校する生徒所か、周囲には他人の影も見えず、偶にジョギングをしている人間を見るくらいである。


 現在の時刻は六時丁度。まだ運動部の朝練も開始されてはいないだろう。昨日の出来事が尾を引き、こうして早くに目覚めた神代は着替え終えるなり、早々に家を出て現在に至る。


 しかし学園まで直進数十メートルの所まで着いた時、神代は塀の立ち並んだ一角に足を止めたかと思うと、近くにあった扉に手を掛けた。


 様々な形状の加工された石が並び、多種多様な名前が刻まれてもいる。


 ―墓場。


 最後に来たのは確か去年のお彼岸だったと記憶しているが、誰と来たかは言うまでもない。


「……アンタの孫、犯罪者になっちまうからな」


 そうして、他の墓石には目もくれず進んでいた神代は、この墓場で一番シンプルで存在感の大きいモノの前でそう言った。


「父さんや母さん……親戚も、会うのを禁止されたよ。俺と関わるだけでグルにされちまう可能性があるんだとさ。まあ、アンタなら死んでるし問題ないだろ?」


 応答する訳も無い墓石を眺めながら、神代は腰を下ろす。理屈的には間違ってはいないが、そもそも登校するという名目で家を出た神代だった為、飯塚には此処に来る事を話してはいない。もっとも、恐らく監視の目があるので後々に伝わり、下手をすれば更なる制限を掛けられる気もしたがそんな事を気にしている余裕など無かった。


「『女は面倒な生き物だ』とか言って、いい年して婆ちゃんと離婚した挙句、ろくに飯も取れずにポックリ逝っちまったアンタの気持ちも分かるような気がしなくもないな……俺も奈那美のお陰で、晴れて犯罪者予備軍だ。笑い話にもならないだろ?」


 一人自重するように苦笑いを浮かべると、重い口を無理矢理開くように言う。


「……やっちゃんにも言われたよ。『今回は起きた事しか信じない』…てさ。俺も奈那美の事も昔から知ってるから、そんな風に言ったんだろうな」


 独白。相手に肯定も否定もして欲しくない今の自分には、最適な人選だったと今は思う。脈絡の無い会話は更に続く。


「俺……奈那美を殺さなくちゃいけない。そうしなくちゃアンタの大切にしてきた……守ってきた家族皆が死んじまう」


 地面に胡座をかき始めていた腰を上げ、砂を落とすと神代は立ち上がると一度だけ墓石の前で手を合わせ、踵を返した。



 朝、神代が登校してきた瞬間、担任に職員室へ連行された。

 昨日の朝に起きた問題の関係者として、事情を聞きたいと上の人間から要請があったらしい。

 HRに余裕で間に合う筈の時間だったのに、開放された頃には既にお昼休みで担任の若い男性教諭はしきりに「気にするな」だとか「大丈夫か?」と色々聞いてくれた。


 昨日の今日、教室に辿り着く時には少しだけ緊張していた。


『人殺し』


 そういう呼ばれ方をした人間が、ここを潜ればどうなるかなんて判りきってる。それでも自分の決めた事を実行するために、神代は意を決して扉を開いた。


「―あ」


 単音が教室内に響いた。それも一人でなくて複数の声で。


 それに構うことなく、神代は教室内に進入すると窓際の席まで移動した。そして目の前まで来て足を止めると、その席の主を見下ろす。


「……昨日の事、忘れてないだろうな?」


 周りに居た生徒は距離を取り、人垣の出来始めた教室の端っこに集まり、神代たちの様子を伺ってくる。

 扉を開けた直後、下手をするなら開ける前から見ていた目の前の人物は、晴れ渡る陽の光を反射して綺麗に映る紅い髪を不服そうに払い除け、神代の視線を受け止めながら答えを返す。


「……馬鹿にしてんの?昨日あった事くらい、視る(、、)までもなくハッキリと覚えてるわ」

「なら、予定通り明後日……東ビルの前の噴水に居ろ」


 奈那美の不快さを訴える言葉を流し、神代は用件だけを伝えると踵を返そうとした。


「ちょっと待って」


 丁度、反対側に位置する教室の扉付近にある自分の席に、神代が戻ろうとした瞬間にそう声を掛けられた。振り向く事はせずに答える。今は顔を見たいと思わないから。


「……なんだよ」


 短く返された反応に、直ぐに返事は返って来なかった。背後からは、「あ…」と何か告げようとする声が響いてくるが、言葉は出てきていない。時間にして数秒くらい、待てども待てども応答が来ないかと思えた頃に、絞り出すような声が聞こえた。



「――――――――それだけで……良い、の?」



 およそ普段の様子からは想像が出来ないしおらしい物言いに、一瞬だけ躊躇が生まれてしまいそうになった。それでも一度決めた事は曲げる事はせずに、後ろを向かずに返事をした。


「……………………別に」


 しかし発した言葉は答えになっておらず、イエスともノーとも取れない一言を残すと神代は席に着いた。奈那美はその後、何も続けず短い拒否の言葉を聞いて押し黙ってしまった。

 二人の後は誰も言葉を発さず、他人の呼吸が聞こえてしまうと思えるくらいの静けさが、続くだけだった。


 その後、

 教室内の静まり返った空気は、


 ―午後の担当教師が来て、隅に集まったクラスメイトを散らすまで続いた。

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