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ラプラスの少女  作者:
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第四話『幼馴染』

 三月二十日(水)春休みの前日



『過去も未来も見えてしまう人間』。


 そんな存在が何の弊害も無しに暮らしていくと言うのは、難しい話であった。迂闊に口に出してしまえば正気を疑われ、そうかといえば証拠を見せると返ってくるのは不気味なものを見るような眼差し。

 幾度も幾度も体験した。同級生から、大人から。


 不気味に見られて、恐れられて、皆離れて近付かない。

 嫌われるのが嫌だから自分が先に相手と離れて、近付く人には脅しも掛けた。自分を忌み嫌う人以上に彼女は自分が嫌いになって、周りと更に距離を取る。


 それでも彼は離れなかった。

 どんな恥ずかしい秘密を暴露しようと、どんなに怖い未来を的中させようと、どんなに彼女に嫌がられようと。


 ―だから奈那美は、『自分のこと』を秘密にする事に決めたのだ。



「なあ……まだ回んのかよ?」


 赤い髪を揺らしながら、大手チェーンの婦人服店前で呻き声を上げる幼馴染に、もう嫌だと言わんばかりの憎たらしさを込めて神代は声を掛けた。その不満は両手に握らされた大きな買い物袋の所為でもあるが、三時間に及ぶ買い物に付き合わされた事が原因であった。


 終業式の前日。

 奈那美が、自らを『告白』する前のこと。

 やっかいな難関とも言える期末なテストを無事こなし、一年最後の春休みを控えた平日の午後。答案用紙の返却のみの授業を午前中で終え、HRを迎えるなり奈那美は神代に予定を付けさせ、こうして二人で買い物に来ていた。


「……ん~?あと二件だけよ」


 視線は寄越さず窓ガラスに向けたまま答えた。どうやら飾っている服に興味があるらしいのだが、どちらかと言うと大人の店の雰囲気に今一歩足が進まないらしい。その証拠に、視線が入り口と窓ガラスの間を行き来している。


「はぁ…?二件って……お前、さっきから同じ様な店ばっかだろ!というか、今更気付いたけど服屋しか行ってなくね!?」


 今更気付いた神代であったが、女性専門店を続けて梯子され、奈那美に先導されて付いていくのがやっとだった神代にそれを気付く余裕は無かった。寧ろ周りの女性客の視線を意識しないようにしながらも、店内まで付き合った自分を褒めてやりたいね!


「べ……別に良いじゃない!欲しい服が見当たらなかったのっ!」

「見当たらないって……あんだけ数が揃ってるんだぞ?一つ目の店に無くたって、二つ目か三つ目にはあるだろ。つーかさ…お前、どんなのが欲しいわけ?」


 気に入らないものが中々無いのは良くあるけどさ。それが貴方……七件目までくると引きますよ?


「……うぅ…そ、そんな事より!これ……これはどうなのよ?」


 奈那美は神代の追及から逃れるようにそう切り出すと、窓ガラスの一角に右手で指差しながら尋ねてきた。奈那美に振り回されているのに慣れているのか、神代はあからさまに溜息を付くと、その一角に視線を向けた。


「なんか……随分と真っ白な服だな」


 基調を白とした布地に、薄い透明の装飾で飾り付けられた服。下に広がるスカートはそれほど長くは無いが、近い形式の物を連想させる。


(……いや、ウェディングドレスとまでは言わねぇけどさ)


 スカートと服の部分が一体化したデザインのワンピースと言われる部類である。この手の服は着た者と釣り合いが取れていないと、不恰好になってしまうものであり、相当な難しさのある着衣だ。


(奈那美が聞いてくるって事は……着るのかこれ?………………………………悪くは無いな、うん)

「……まあ…い、良いんじゃん?」

 長い黙考の後、ようやく出たのがその一言だった。

「それ……本心?」

(疑り深い奴だな……)


 奈那美がそう聞いてくる理由は、此処へ来るまでの神代の対応が一貫して同じだったのが原因だ。事ある毎に感想を尋ねても、心そこに無かった神代は応対悪く、それが今回の奈那美の買い物を引き伸ばす事になったのだ。


「ま、こういう服はお前にはまだ早いな。もう少し大人になってからにしようぜぇ~?」


 奈那美の発言にムッとしたのか、神代は肩を竦めてそう返す。ついでに肩をポンポンと叩くのも忘れない。


「……~ッ!あっそ!あんたの前で着ないわよッ!」


 そう言って神代の脛を蹴り上げると、奈那美は婦人服店に駆け込むように入っていった。


「いでで……クソ、加減ぐらいしろっての」


 持たされた荷物を思い出し、それを地面に置いて「やってられっか」と小さくぼやくと神代は駅に向かって歩き始めた。

 しかし、何歩か進むと痛んだ足を摩りながら、荷物を拾って近くのベンチに腰を下ろす。



「おう、一騎。こんな所で何してんだ?」


 暫くして、そろそろ時間を持て余し、店内に足を踏み入れてしまうか本気で迷い始めた時、私服姿の見知った中年に声を掛けられた。


「……どう見えるよ?」

「どう見えるってもなぁ~。何だその荷物?」


 安田はベンチに押し切らんばかりに乗っかった袋の山を見て、疑問をぶつけた。しかし、袋の間から見える中身を見るなり、急に訳知り顔で笑顔になった。


「……おっと、コイツは野暮だったかな?」

「邪推してんじゃねぇよおっさん。つか、アンタこそなんでこんな所居んの?この時間は勤務中だろうが」

「これでも仕事だっつの!私服パトだ。パ、ト、ロ、ー、ル!たく……んなに噛み付いてくんなって……あと俺ァまだおっさんじゃないからな?」


 必死になって自分の服装シャツとジーパンだけをアピールしてくるが、神代は取り合う気配は無い。

 醜い中年のアプローチに嫌気が差して、視界を店の方に移した所で丁度奈那美が店内から出てくるのが見えた。右手には少し大きめの袋が提げられていた。


(……やれやれ)


 少し重そうにしながら歩んできた奈那美を確認すると、神代は嘆息しながら立ち上がる。その瞬間にそれは起きた。


 ―ドンッ!

 神代の存在に気付いた奈那美は一瞬だけ視線を切ってしまった。音にこそ聞こえなかったものの、奈那美が前を歩いていた女性客にぶつかり、二人ともその場に倒れたのだと直ぐに判った。

 倒れた女性は悲鳴を一言漏らし、倒れこんでから今の事態に気付いたのだろう。

 辺りを確認するようにしていた眼差しは、同じ様に地面に腰を下ろしていた奈那美を見付けるなり、その場に固定された。


「す、すみません!あの、こちらの不注意で……お怪我はありませんか?」


 見に起きた出来事を直ぐに把握した奈那美は、立ち上がると手を差し伸べながら謝罪の言葉を口にした。その様子を見ていた神代も駆けつけ、後を追うように安田も来た。

 年齢は恐らく二十代半ばほどのOLだろうか。元来そういう顔立ちなのか、今の出来事が原因なのか、女性の顔は憮然とした表情だが、奈那美をしっかり睨んでいた。

 差し伸べられた奈那美の手を払い除けると、何も言わずに腰を上げてスカートに付いた砂埃を払う。その間も相手は一言も発さない。


「あ、あの…!」


 萎縮し始めた奈那美の反応が耐え切れなくなったのか、二人の間に神代が割って入ろうとした所で、奈那美の少し強めの声に阻まれた。生真面目な彼女が、自分自身で解決する。そう主張するのだと思った。


「……自首して下さい」


 神代も安田も言葉を失った。


「お、おい?……ッ!」


 場を収めるどころか、更に相手を不快にしてしまうような事を言った奈那美に振り向こうとした所で、視界に顔面を蒼白させた女性の顔が見えた。


「そのネックレスも……盗品です、よね?一昨日の深夜。時刻は……一時二分ぐらい。隣の県にある宝石店の従業員を、そそのかして実行した。そのバッグその日に使った小道具が入ってますよね?」

「……ッ!?」


 まるでその現場を今見ているように、つらつら言い募っていく奈那美を女性は驚愕の表情で目を見開いた格好のまま固まる。


「……すみませんが、少し中身を拝見してもよろしいですかな?」


 奈那美の言葉を聞いて、思う所があったのかズボンのポケットから警察手帳を取り出した安田は、そう断りを入れると女性から受け取ったバッグを確認する。相手は呆然とした様子で素直に指示に従った。


「お顔と違う証明書……免許証と名前の一致しない社員証に、値札の付いた指輪が二点。少しお時間を頂きますがよろしいですかね?」


 ひとしきり確認を終えた安田はそう言って、女性に同行を促した。恐らく詳しい事は警察署にて聞くつもりなのだろう。


「して……」


 そこにきてようやく女性の声が聞こえた。搾り出すような泣きの入った声で。


「どうして、知っているの?あの店には監視カメラも……窓ガラスも無いのに」

「……私、他人の過去も未来も見えるんです。だから、知ってます……貴方がなんでそんな事をしたのかも」

「……づッ!!」


 理由を知っている、その一言を聞いた女性は激しい怒りを見せた。触れてはいけないものに触れてしまったように。


「うるさい黙れ……!この化け物(、、、)ッ!」


 ビクッと、奈那美が身体を竦ませた。唇を噛んで何も声を出せずに視線を逸らす。怒鳴り声に怯んだ訳ではない。その発した言葉に恐怖を覚えたからだ。昔の事が頭を過ぎって、滲む涙を堪えていた時―


 ―ドンッ!

 何かが倒れるような音が聞こえて、奈那美が視界を元に戻すと、女性が地面に倒れて拳を握った神代がその姿を見下ろしていた。


「―――ぴーぴーぎゃーぎゃーうるせぇよ……ッ!これ以上殴られたくなきゃ、とっととその口黙らせろッ!」


 女性の右頬に、神代は握り拳をぶつけていた。

 犯罪者が自分を棚に上げて相手を貶めたからじゃない。正しい事をした人間を(、、、、、、、、、)馬鹿にしたからだ。


「それ以上は止めろ一騎!これ以上はいくらなんでも看過できねぇぞ!」

「……ッ!……ヅッ!」


 女性は悲鳴も出す事が出来ずに、涙を流し続けながら地面に跪く。

 立ちはだかる安田に舌打ちをする神代に、奈那美も押さえ込むように両手を広げて無言でしがみ付いた。



 いつもそうだ。

 どんな時でも、守ってくれるのは彼だった。

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