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はりせんぼん

作者: あずさゆみ

あと少しで年が明けてしまう、そんな夜におこった小さな奇跡。

あなたは奇跡を信じますか?

明けましておめでとう。

元気にしていますか?

私は変わらず、



コトリとペンを置いてため息をつく。

数年前に引っ越していった幼馴染宛にお手紙でも書いてみようと思い立ってはや10日。

でもここから先がどうしても思い浮かばず、結局大晦日も残すところ20分とかになってしまった。


ずっと小さい頃から彼とは一緒だった。

何をするにもいつもひっついていて、周りの人たちには「本当に、仲良しさんだねぇ」って生温かい目で見られていた。

それが私たちにとって当たり前で、変わることのないことだと思っていた。

いつか離れることになるなんて夢にも思っていなかった。


初めのうちはお互いにいっぱいお手紙を書いていた。

毎週、あったことを報告しあっていた。だからそこまで遠くに行ってしまったような感じはしなかった。

でも年数が経つにつれて、お手紙はメールに変わり、やり取りする回数も減っていってしまった。今年はついに、メールすら来なくなり年賀状一通になってしまった。

「彼、今いっぱい頑張っているみたいよ」と教えてくれた母の声が頭の中に響く。


わかってるよ、でも。

忙しいんだってことくらい、直接教えてほしかった。

お母さんから聞くんじゃなくって、君の言葉で知りたかったよ。


送っても返ってこなくなってしまった片割れのいないメールたちを眺めながら、身体の芯が徐々に冷えていくような感覚を覚えたものだ。


彼が側にいることは当たり前。


それは私の頭が必死でしがみついている虚構でしかないのは解っている。

わずかな繋がりさえ消えかかった今、彼がどれほど私を埋め尽くしていたのかにようやく気づいた。遅すぎた。


きっとお手紙書いても、彼には届かないんだろうな。


ため息をもう一度ついて、のろのろと便箋をしまう。

書きかけを丁寧に封筒に入れ、引き出しの一番下に滑り込ませる。

なんだか封印みたい、なんてことが頭をかすめたら。

ベッドの上に放置していた携帯の画面がぱっと明るくなって振動しだした。

少しくらい感傷に浸らせてよね最後なんだから、ってぶつくさ言いながら震え続ける機械を手に取ってみる。

心臓が、とくんと跳ねた。

彼の名前がそこにあった。

何かの間違いだろうかと思いつつ、「通話開始」を押す。


「やあ、おひさ。元気?」


懐かしい、でも前より低い、ずっと聞きたかった声が耳を打つ。

返事をしようとしたら喉に何かひっかかるような感じがして、うまく声が出ない。

何度か飲み込んで、ようやく絞り出せた。


「ええ、元気よ。」


それだけかよ、冷たいなあ。なんて笑ってる彼の声を聞いて自然と顔がほころんでいく。でもなんだかそれが癪で、がんばって口をへの字に曲げ少しだけ恨み言をこぼす。


君こそずっとお返事返してくれなかったじゃない、それだけになるわよ。

ごめんて。ずっと忙しかったんだ。

お母さんから聞いてる。でもどうせなら君から聞きたかったな。何やってたの?

生徒会長やってた、部長もやった。あと勉強も頑張ってたんだよ。

ほーぅ?さぞかしおモテになられたんでしょうねぇ?

んなわきゃねぇだろ!てかさ、いやぁあのさぁ…


ふいに彼が口ごもる。


君さ、まだ志望校変えてないよな?


一瞬眉を寄せつつ、はっと思い出す。

小さい頃にした約束のことだ。

仲良く登校するお兄さんお姉さんに憧れてした、あの約束。

「「一緒にあの学校行こうね!ゆびきりげんまん、嘘ついたら針せんぼんのます!」」

幼い彼と私の声がこだまする。


ああ、その約束だよ。


笑みをふくんだ彼の声。どうやら漏れてしまっていたらしい。

勝手に激しく赤面しながらも声が震えないようつとめて平静を装う。

その間も彼は私に語りかけ続ける。


俺さ、君ほど優秀じゃないからすごい頑張らなきゃいけなかった。引っ越してからなおさら思ったんだ。あの約束をちゃんと守らなきゃって。だから…ごめん。ずっと連絡できなかった。


世界がピシッと固まった。

私だけじゃなかったんだ。

私、ひとりじゃなかったんだ。

ようやく脳が追いついてきた頃、身体がじんわりあったかくなっていってることに気づいた。

まるで、雪解けのような。

そこでふと、違和感を覚える。

そう、そもそも、


「ねぇ、どうして今連絡くれたの?」


「それはね。」


ドヤ顔が目に浮かぶようなもったいぶった言い方で彼は言う。


「もうそろそろ年が明けるからだよ。」


「…それ理由になってないわよ。」


「いーいや。窓の外を見ろよ。」


まさか。いやまさか。いやいやまさか。

否定したい心とどんどん膨らんでいく期待とで格闘しながらも部屋のカーテンをがばっと開ける。

そこには、ぶんぶんと手を振る満面の笑みを浮かべた彼がいた。


うそだ。こんなの夢だ。


窓越しではほんとうのことじゃない気がして、自分の部屋を飛び出す。

階段を駆け下り、玄関まで行ってはたと止まる。

もしこれが本当に全部私の夢でしかなかったのなら?

足が一瞬竦む。

でも真実はこの一枚の金属のすぐ向こうにある。

ほんの少し、上を仰ぎ意を決してノブに手をかける。

怖くったって、見なきゃわかんない。もし違ったって、素敵な夢を見られたってことでいいじゃない。

おそるおそる開けてみたら。

記憶よりだいぶ背の高い、頬を少し赤くした彼がいた。


「改めまして、久しぶりだな。」


何も言葉が出てこない、こんな感覚は初めてだ。


「なぁ、時間を計算でもしてたのか?」


少し怪訝そうな顔をした彼が聞く。

どうして?と首をかしげると、途端に変わってニヤニヤしだした彼は携帯を差し出した。


12/31 23:59:57。


えっ。


12/31 23:59:58。


12/31 23:59:59。


1/1 0:00:00。


完全に固まっていた思考が解けはじめ唖然として彼を見上げると、彼は勝ち誇った。


「君と年をまたぎたかったんだよ、その顔見れたから俺の勝ち。」


笑いたいような、泣きたいような。

哀しみを少し帯びた暖かさが胸の中を駆け巡った。

顔を見られたくなくて、あの頃よくしていたみたいに彼の肩にこつっとおでこを当てる。


「俺、もう少し頑張るから。春になったらまた一緒だよ、約束する。」


前と変わらない、優しい声が降ってくる。


その言葉、信じちゃうよ?

破ったらさ、


「「針千本、のます」」


小さい頃に指切った時みたいに、また声が重なった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「君と年をまたぎたかったんだよ、その顔見れたから俺の勝ち。」というセリフが良かったです。 初々しく温かいところが素敵な作品だと思いました。 「「  」」という表記で、二人が同時に同じことを…
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