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傷ついたのは

「学校の勉強もせんと、携帯ばかり触って」


 学校からの帰り道。駅のホームで電車を待っていたら、突然私は詰られた。目の前には見知らぬお婆さん。

 苛ついているのか、私をきっと睨みつけると他にも当たり散らし始めた。

 子連れの父親に、お前がちゃんとしてないからこんな子供なんだと言い捨てる。子供はおもちゃ片手に元気よく声をあげていただけだった。

 若い女性に、ゴテゴテ飾りつけてみっともないと吐き捨てた。その女性は確かに着飾っていたが、上品で綺麗だった。

 言われた人達は一様に不思議そうな顔をし、周りにいる人々はお婆さんをじろじろと眺める。

 そんな周りにも苛ついたのか、ふんっと鼻をならすと、お婆さんは足早に去っていった。


 それは本当に突然だった。

 まるで通り魔のようで、私たちにはなす術もなかった。

 怒るには驚き過ぎていて、何か言おうにももうあのお婆さんは立ち去っていた。


 そんな妙な雰囲気は長く続かなかった。

 子供は何やら父親に話しかけ笑い、若い女性は時間を確認している。

 周りの人たちは前を向き、何事も無かったように電車を待っている。

 みんな、お婆さんが現れる前にすっかり戻っていた。


 だが、私は戻れなかった。

 スマホの黒い画面をぼんやりと眺めて、何も動けなかった。

 さっきまで楽しく写真や呟きを見ていたのに、見る気が無くなってしまった。


 あのお婆さんの言葉が、胸に突き刺さったわけではない。

 見知らぬ人に暴言を吐かれたくらいで、傷つくような性格はしていない。

 ただ、お婆さんの言葉は正しかった。自分が不真面目である自覚はある。

 いい加減勉強に本腰を入れるべきだとは思っていた。

 学生の本分は勉強で、テストだって近い。

 受験も、すぐやって来る。

 頑張らないといけない。

 そんなところに、あのお婆さんの言葉だ。


 思っているだけで、何もしようとしていない自分に気づいてしまった。


 私は傷ついていた。

 お婆さんの言葉にではなく、自分に。

 何かを目指して頑張ろうとする自分を想像できなかった。

 ただ日々を過ごして、たくさん時間を無駄にして、それを自覚しながらどうもしない。

 むしろ、開き直っていた。

 努力しなくて困るのは自分だ。なら、頑張らなくても大丈夫。全部自分のせいなのだから。

 そうやって言い訳ばかりする自分。そんな自分で良いのだと思っている自分が恥ずかしかった。


 あのお婆さんは私と同じかもしれない。

 知らない人に怒鳴って、もしかしたら後で反省しているかもしれない。

 それでも、結局は自分を正当化して、また繰り返すのだろう。

 私もそうだから。

 今、スマホを見ることを止めても、きっと私はまたすぐにするのだろう。

 アナウンスが流れて、電車がホームに入ってくる。ぞろぞろと列が動き出した。

 開くドアを見つめて、大きく息を吐いた。


 列の間を電車から降りてきた人が通っていく。その人たちを避けながら列は進む。

 電車に乗り込んで、空いている席を探して座る。

 スマホの明かりをつけて、私はアプリを立ち上げた。

 そして、最寄り駅に着くまでスマホから顔を上げることはなかった。

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