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苺の赤は

 彼女との何度目かのデートで、喫茶店に行った。

 彼女とはかなり上手くやれていると思う。お互いの性格や趣味が噛み合っているのだ。

 この喫茶店にしてもそうだ。

 一応コーヒーがメインの喫茶店だが、パフェやホットケーキなどの甘味、サンドイッチやパスタなどの軽食もある。味はそこそこ、値段も手頃。メインのコーヒーも、特に香りが良いとか、味に深みがあるということはない。

 趣があって雰囲気がある訳ではない、隠れ家風みたいな感じでもない。そこがよかった。チェーン店ような気軽さが二人には合っていた。


 そんな喫茶店だから、お金のない学生たちが来ることが多い。

 俺たちが座っている隣には、五人の女の子が女子会を開いていた。若さと元気が溢れて、笑い声がずっと続いている。

 パフェを皆で分け合っているようで、テーブルには器が三つ並んでいた。


「元気だよね。私たちもまだ若いけど、あの若さとかはもう無いね」


 なんとなく話が途切れて、彼女がぼやく。コーヒーのカップの取っ手をなぞりながら、横目で女子会を見ている。


「まあ、そうだな。でも、今も良いだろ?」


 あの頃の思い出はしっかり自分の中にある。馬鹿みたいなことを真面目にやって、大騒ぎをしたのも覚えている。あれをまたやりたいとは思わないが、忘れようとも思わない。

 そんな風に思う自分を嫌だとは思わないし、彼女もそうだろう。その証拠に、笑顔が返ってきた。


 次の休暇に旅行しようと予定を話し合っていると、隣の子たちが女子会をお開きにするようだった。

 動き出した雰囲気を感じながら、特に気にすることなく、彼女と話を続けていた。


 ガシャンッ!


 俺の真後ろから、何かが割れる音がした。驚いて後ろを見ると、女の子が慌てていた。足元にはガラスが散らばっていて、辺り一面がきらきらと光っている。

 どうやらパフェの器を落として割ってしまったらしい。割れた欠片を拾おうとする女の子をその友達が止め、店員を呼んでくるよう言っていた。

 残った友達は、ナプキンでガラスの欠片を一ヶ所に集めているようだ。


「大丈夫?」


 彼女が心配したのか、声をかける。が、どうやら俺に言っているらしい。何がと思って問い返すと、俺の足元を指した。どうやら俺の足元までガラスが飛び散っていたようだ。足を動かすとジャリジャリと音がした。


「ああ、すいません!」


 ガラスを集めていた子たちが慌てて謝ってきた。大丈夫だからと返すが、小さくなっていた。


「やっちゃったね」

「うーん、どうしようか。一応、集めてるけど」

「店員さんに任せた方が良いのかな」

「怪我はしてないよね?」


 女の子たちは手を動かすのと口を動かすのとで忙しない。それを見下ろしていると、ある女の子が持っているナプキンが赤く染まっていてぎょっとする。


「え、ああ、びっくりした!」

「ん? どうかしたの?」

「ううん、ほら、ナプキンが赤くなってるからさ、てっきり血だと思ったら、そういや食べたの苺のパフェだったね」

「ああ、そうだね」


 俺と同じものを見たのか、一人の子が赤いナプキンの子に声をかける。どうやら、その赤いのは苺だったらしい。床に散らばっている残骸には確かに赤いソースがついていた。

 女の子たちは変わらずに手を動かしている。


「大丈夫ですか?」


 そうしていると、やっと店員が来た。手には雑巾やバケツを手にしていて、ガラスにナプキン越しとはいえ触れている女の子たちに止めるよう告げた。そして、申し訳ないと俺たちにも声をかけた。

 席を移動するように勧められたが、そこまでしなくてもいいと断った。


「怪我はされていませんか?」


 店員の問い掛けに、女の子たちは首を横に振り、次々と謝った。店員は気にしなくていいと言い、処理を自分に任せるようにと告げた。

 ここで残られても邪魔にしかならないだろうから、店員の判断は正しい。女の子たちもそう思ったのか、最後まで店員に任せることを申し訳なさそうにしながら、帰っていった。


 テキパキと掃除をして、店員は最後に俺たちに頭を下げて去った。その手際の良さはこういうことに慣れているようだった。


「ちょっと災難だったな」


 俺が元の椅子に座ると、目の前の彼女が眉を寄せながら頷いた。そして、テーブルに身を乗り出して、俺に顔を近づける。


「ねえ、気づいた?」


 声をひそめる彼女に、俺もつられて小さい声を返す。


「本当は怪我してたの。ほら、あの、ナプキンが赤くなってた子」

「え、パフェのだって言ってたけど」


 彼女は女の子の手が赤くなっているのを見たらしい。それを隠しているのも。


「それに、ナプキンの赤いのが増えてたし、あの子が拭いてた場所にはソースなんか無かったのよ」


 多分、友達やお店に迷惑かけたくなかったんでしょう。そう思うなら、最初から手を出さなければよかったのにね。怪我なんかしちゃってさ。もうちょっと考えてから動かないと、逆に周りに迷惑だよ


 彼女は顔をしかめて、怪我をした女の子を責めた。確かに、女の子の行動は浅はかで無謀だ。

 でも、それは若さや未熟さで、もう俺たちには無いものだ。自分のできること以上のことをしてしまうなんて、俺たちはきっともうできない。

 多分、思わず動いてしまったのだろう。あの女の子たちは皆良い子のようだったから。


「……何笑ってるの?」

「何でも無いよ。でさ、旅行どこにしようか」


 細かいところまで見ていたのも、怪我をした女の子に怒っているのも、きっと彼女も似たような経験をしたことがあるから。彼女は、なんというか、そういうところがある。

 きっと言うと怒られるだろうけど、そんな彼女が好きで、大事にしたいと思った。


 あの女の子も、いつかこのことを思い出して、学んで成長するのだろうか。

 ガラスの欠片でついた傷は多分小さいだろう。傷が綺麗に治るのを願う。

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