目の色
「かわいい服着てますね」
待ち合わせの時間まで、あと十分。
相手はまだ来ておらず、私はぼんやりとしていた。そんな私に、その人はゆっくりと近づいてきていたらしい。
「は?」
スマホをいじっていた私は、何がなんだかさっぱりわからなかった。
目の前には、いつの間にやら若い男の人が立っていた。
「かわいい服着てますね」
律儀にも繰り返した男の人を、私はやっと見返した。
日に当たっているからか、目はとても色素の薄い色をしている。暗い色の服に、明るく染められた髪。
どこにでもいそうな、普通の人だ。
「はあ」
ちらりと自分の服を見下ろす。七分袖の白い服は確かにかわいかった。刺繍が施されている。
最近おろしたばかりの、お気に入りだ。
「待ち合わせですか」
男の人は自然に話しかける。私は戸惑ったまま、スマホを触る。ちょうど開いていたページを閉じるところだったのだ。
「え、あ、はい。これからですね」
スマホの画面を消して、カバンに滑り込ませる。色素の薄い目を見ると、男の人はゆるりと笑っていた。
待ち合わせの相手はまだ来ないのか。連絡は無かった。
「そうなんですね」
「はい。ありがとうございます」
混乱してお礼を言って、逃げ出したくなった。ここから離れよう。待ち合わせをしているが、すぐに戻ればいいだろう。
そう判断して動き出すと、男の人も歩き出したところだった。進む方向が同じで止まる。
気まずくて、しかたない。お見合いの状態が続いて、困ったように見つめ合う。
「あ、こっちに行くので」
「どうも、はい。ええ」
男の人は再び歩き出し、私はその場で固まっていた。
さっきまでのやりとりが頭の中で繰り返される。服装から入って、待ち合わせの有無を聞かれた。あの男の人は何だって声をかけてきたのか。
もうそろそろ待ち合わせの時間だと相手を探しながら、あれはナンパだったのだとやっと実感した。
私の対応はおかしくなかっただろうか。思い返してみると、お礼を言ったり、変な返事をしたりしていたような気がする。
驚きの出来事に、ついさっきのことなのにもう記憶が曖昧だ。あれは本当にナンパだったのだろうか。もしかしたらセールスだったのかもしれない。
ただ、色素の薄い目だけが印象に残っている。