PHASE.3
「イシカワ!…こいつは困ったことになったぜ」
しかし真のハードボイルド展開はそこからだった。さすがは現役のガンマン、ジーゲン・コバヤシは年季が違う。
この白煙の中でも遠慮なしに、三五七マグナムが火を吹く。射撃スキルがチート並みだ。こいつは困った。
「ガンマンなら、煙の流れくらい読めなきゃな」
こいつは穴がないぜ。下手に反撃すると、逆にこっちの居場所が特定される。
「クレア!危ないッ」
クレアを押し倒した隙に、コートの裾が弾けた。こっちはナッツ、あっちは本物だ。分が悪すぎる。
そのときだ。どこからともなく弾け飛ぶ、六連発のバックファイア。この銃声は本物だ。
「増援かっ、スナ彦くんかスナコさんかね?」
「いや、違う。どちらでもないが、味方だ」
見ると、小柄な狐がハリウッド級の重火器を担いで立っている。こいつは頼もしい。
「その独特の音、火薬の香り、ゴン!おまいだったのか!?」
「遅くなったな」
もくもくと上がる黒煙の中、ゴンは、サムズアップ。なんだ、煙が黒いぞ。
「待ってろ。もう一発、げっついのをお見舞いしてやる」
あれっ、なにするのかなあと思って観ていると、ゴンはそれから、よっこいしょと銃を下ろすと、筒口を掃除し、調合した火薬と弾丸を押し込むとカルカで突き固めて…
「火縄銃じゃないかっ!」
ガトリングガンかと思いきや、まさかの骨董品がキタ!
「心配するな。それほど時間は掛からない。スナギツネたちに銃を教えたのは、おれだ。見ろこいつはなあ、こだわりの六雷神機。今でも稼働する六連発火縄銃ッ!」
えっちらゴンは火縄銃を持ち上げたが、この手の銃は持ち上げ方が悪いと落ちるのである。発射前に、筒口からころん、と弾丸が。今、持ち上げた隙に一、二個落ちた。あっ、火薬もこぼれてる。焦ってる。
「えっ、今落ちた?弾丸…一発?」
あっ、と地面を捜し出した隙に、みんな落ちた。これじゃ撃てん。だって今ので弾丸みんな、落っこちゃったもん。
「さーて、どうするスナコちゃーん」
ワルサーを構え、余裕のヤマタ三世である。見ないうちにこっちの対決も、大分進んでいた。スナコちゃんも太腿に隠したコルトの二十一口径の銃口にキスしてみたり、色々それっぽくやっていたが、小器用に弾丸を避ける猿にいらいらしてきたらしい。しまいには、グレネードやら何やら投げて応戦していたが、キャラがぶれた方が、不利に決まっている。
「大丈夫かスナコさん!」
「フージーよ!失礼しちゃうわね!」
必死で声色を戻すスナコさん。とりあえずウィッグがずれてたので、直してあげた。
「ヤマタ三世!お前、料理人でもないのにどうしてお稲荷レシピを盗むんだ!?」
「そりゃー、おれのかわゆーいフージーちゃんが、たーまには心の籠もったお料理でこのおれを喜ばせたーいってゆーから!」
「お稲荷のレシピなんて、ネットで調べればいいだろ」
「あーっはっはっはっ、そう言えばそーかなあ。じゃー、やっぱり本命は、こーいつかなあ」
ぱらりとヤマタ三世は一枚の写真を、ばらまく。見るとそれは、先日リス・ベガスのホテルで中毒死したレシピを盗んだ男が、札束のお風呂でピースサインしながら死んでいる写真だった。
「ギャンブル雑誌の広告によくこう言うの、載ってるな…」
「そーじゃなくてさ。この押収された札束、リス・ベガスの中央銀行で引き換えられたもんだったんだよねえー。口座はドーン・アーゲル氏の秘密口座から、引き出されていた」
「まさか…そうか、なるほど!」
絵図が見えた。この事件、黒幕にいるのはレシピを盗んで死んだ憐れな男を、公の事件に引き出した人間である。さらにその人物はヤマタにレシピを盗ませ、アーゲル氏を揺さぶるとともに、私たちの目をこの玉藻のレシピに向けさせた。
しかし真の狙いは実は、アーゲル氏がレシピ盗難の報酬に払った黒い金だったのだ。アーゲル氏が赤い狐ヴォルペ・ロッソとのつながりで儲けた金が、この事件で公になりつつある。目の前に捜査関係者がちらつき始めたアーゲル氏は急いで残りの裏金を隠す必要に迫られているだろう。
私はワンセグをつけてみた。ドンピシャだ。リス・ベガス市内で現金輸送車が、何者かの襲撃を受けたと言うニュースだ。
「ルパ…いや、ヤマタ!お前まーた、フージーに騙されたな!?」
「いーんだよ、ジーゲン。フージーちゃんが、いいって言うなら。おれは、そう言うキャラなんだからさあ」
「なるほど。そこまで貫けば、あんたも立派だ」
ヤマタは肩をすくめた。いつものうふふ笑いが消えている。
「それこそハードボイルドだ」
「言ってくれるねえ。渋いじゃない」
ヤマタは銃を、ホルスターに戻した。伝家の宝刀、あのワルサーP三八を。
「さーて分け前は後でフージーちゃんと相談するとして、ここで、勝負だけはつけて行かなきゃあなあ」
「そう言うことか。だったら受けて立たなきゃな」
私はそれと知って、頬袋にナッツを詰める。
「そうさ。ハードボイルドだろお?」
ヤマタめ、男だ。ハードボイルドと言うものを理解している。
「スナコさん、下がって」
私は、指をわきわきさせながら下がった。頬袋ナッツなので、別に手は遣わないんだけど。
「勝負は、この煙が晴れたとき」
工場のファンを誰かが回したのか、煙が急速に退けていく。見るがいい。これこそがハードボイルドの真骨頂だ。
と思った瞬間だった。
「ヤマタァ!ターイホ!逮捕だあっ!」
何かと思ったら、くその役にも立たないゼニカタだ。あれっ、リス・ベガス市警の装甲車じゃないか。
「許可取ったのかあっ!?」
「国家に、重大な危機が迫っているうっ!事後承諾でえっ、本当に、申し訳ないと思ってるうッ!」
それは別のドラマだッ!
「うわああっ、やめろおッブレーキ踏めえっ!」
真っ直ぐしか進めないゼニカタの装甲車は、ボイラーに激突。工場は倒壊し、呼んでもいないのに警察と消防車が来た。




