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PHASE.2

「お稲荷のレシピは盗品…?」

「ああ、そうだ。事件の犯人は、国際指名手配になってたんだぜ」

 そのあとすぐに、ダド・フレンジーが来て、現場を仕切った。あのゼニカタと言う男は、ヤマタにしか興味がないらしい。雑務は全部、地元の警察に丸投げだ。

「その男は、先日日本で放送された『YOUはなしてさリス・ベガスから?』と言う番組に『お稲荷をこよなく愛する外国人』として出演して、玉藻前之進さんのレシピに目をつけたそうだ。番組放映後、押し入られて秘伝のレシピを盗まれたそうな」

「その男は今、どこにいるんだ?」

 ダド・フレンジーはブルドッグなしわを、ぶるると歪めた。

「生憎だな。そいつはここへ帰ってきたあとリス・ベガスのホテルで死んでる。薬でぶっ飛んで、バスタブで心臓発作だ。銀行口座はゼロの癖に、クローゼットには、現ナマで五百万ドル。回収された紙幣のナンバーは一部が、二年前、東海岸で強奪されたものと一致」

 これだけで、ドン・アーゲルは逮捕だ。恐らく強奪事件の背景にはあのニャーヨークの赤い狐、ヴォルペ・ロッソが関わっているに違いない。

「分かった。ミズ・スナコ、君たちは、この玉藻前之進さんの依頼を受けて、お揚げのレシピを取り戻しに来たんだな?」

 こくん、とスナコさんは頷いた。

「SNSで伝説のレシピを捜してくださいが、#拡散希望になっていたのだ。返してあげるついでにお願いすれば、あわよくば、お稲荷The Oneの目玉商品になるかと思って」

「え?玉藻さんに頼まれたんじゃないの?」

 兄君がそのとき、スナコさんの袖を引いた。

「その通りだ。私たちは、大事なミッションの依頼を受けてここにいる」

「そうなの。困ってるの。お願いよお、ルパ…じゃなくてスクワーロウさーん」

 するとスナコさんのキャラが、少し変わった。何かの物真似だと思ったが、触れると非常にまずい気がしたので、私は見なかったことにした。まず場を仕切らねば。

「まだ連中はリス・ベガスにいるでしょう。何とか追跡しなけば」


 こうして私は各方面に連絡を取ったが、考えてみれば、怪盗ってどうやって捕まえるんだ?市警のダド・フレンジーには、手配写真を要求されたが、だってもしだぞ。何か手違いがあってそれこそ本物と間違われたら…いやいや、なんでもない。とにかく色んな問題があって、連中の顔はあまり公には出せないのだ。

「それにヤマタ三世は、変装のプロだ。手配書を回したところで、空港を出られたらすべてが終わる」

 とりあえず定期便はダド・フレンジーが、市警総出で見張っている。チャーター便はバーニーが調べてくれている。後は陸路の可能性だが、これは市警に検問を張ってもらうにしろ、すべてを封鎖するには時間がなさすぎる。

「ゼニカタさん!そうだあんた!国際捜査機関の人間だろ!?」

「ええっ!?それはあーた、そんなこと言われても!?」

 ここで自分に振る!?みたいな顔をされた。いや、あんたが進んで首突っ込んできたんだろ?実はこの犀、ヤマタを追いかけているとき以外は他人事だ。本当に役に立たない。

「ほっ、本官は確かにい、ICPZの捜査官ですがあ、個人の責任においてーと言うか、単独行動が原則で、ルパ…いやーヤマタを追いかけているに、過ぎないわけで!あーありましてえ!」

「つまり、ヤマタを捕えるのに、あんた以外の捜査官はいないんだな?」

 ゼニカタは、当たり前のように頷いた。じゃあこれ仕事なのか、個人的な趣味なのか。ったく、つくづくなんでこの人ここにいるんだろう?

「大丈夫だ、ミスター・スクワーロウ。わたしにいい考えがある」

 スマホ片手についっと出てきたのは、スナコさんだ。

「いい考え?」

「ヤマタはSNSにはまっている。それを逆手に取るのだ」

 もの凄い速さでスマホをフリックする彼女のディスプレイをのぞくと私にもその考えと言うものが、一瞬で判った。


「わたしの可愛いお猿さんへ。わたしは波止場で待ってるわ ♯拡散希望 フージーより」


 これ、釣りである。アカウントもわざわざフェイクで作ったみたいだが、フォロワーまだゼロだし、拡散たってどこまで拡散するのやら。ため息をついているといきなり、フォローの数字がいち、にい、さん。

 驚いたことにそれらみんな、ヤマタたちのアカウントであった。

「やつらよく、アシがつかないな…」

 まさかの顔写真入りである。公認がついていたが、いいのかそれ。本物と間違われるぞ。


 二時間後、リス・ベガスのマリーナである。ここは砂漠の街だから、海なんかないのだが、それらしいところを見つけたのだろう。よく見ると、帆船の模型と人造池に波止場の外観が作ってあるここは、地中海料理のレストランだった。

「来るんですかね、あれでスクワーロウさん…」

 昼時でお腹が空いてきた我々のためにスナコさんが、有機ナッツをくれた。ブラジルの農場で作られたそれは、日本人の契約農家が丹精込めて作った品で、バターでほどよく炒られた肉厚の実が、頬袋の中でほぐれるときの食感と香ばしさは、特筆に値する。

「来ましたよ」

 クレアが言うので見てみると、来たのはバイク女子の憧れ一つ目のハーレーダビットソンである。ライダースーツのスナコさんがそれにまたがっている。あのゆるふわの茶髪はヅラ…ウィッグだと思うが、何をする気だろう。

「スナコさん、その恰好、もしかして峰不二…」

 危険なことを言いかけたクレアの口を、兄君が急いで塞ぐ。

「話しかけないで。今、集中している」

「あー、テステス!本日は、晴天なりい…東京とっきょときゃきゃきゃきゃ…」

「言えてないぞ」

「(ふふん、とスナコさんは急に優雅な仕草で笑った)大丈夫よお。ルパ…いや、待ってるわよお、ヤマタ三世ぇ!」

 スナコさん、すっかり声色を使っている。準備は万端と言ったところか。

「さ、隠れて」

 ヤマタ三世は時間通りに来た。目が輝くハートマークだ。スナコさん…いや、フージー効果は抜群と言うところか。

「移動するぞ。すぐに追跡しよう」

 兄君は、スナコさんのハーレーにつけたGPS発信機を作動させる。防弾ガラスにスモーク付のバンも完備だ。お稲荷The Oneのロゴが愛らしい。


 追跡は容易だった。スナコさんは連中をアジトを上手く聞き出してくれたのだろうが、この道のりで、人目につかない場所は限られている。

 例のジャッジスの偽装油揚げ事件(『ハートブレイク・リス・ベガス』参照)で使われた工場物件だ。あの一件で栃尾揚げ事業を失敗したヴェルデは、生産ラインをリス・ベガスから移して、この工場は売却予定と聞いていたが。看板見たら賃貸物件になってるじゃないか。こんなとこ、製造業やらないなら犯罪組織のアジトにくらいしか、使えない。

「あの狸、詰めが甘すぎるな。そろそろしょっぴかれるんじゃないか?」

 私がぼやいていたときだった。中から不可思議なスモークが。なんて言うか、尋常な量じゃない。

「けほっ、けほっ…何ですかこれっ…どう表現したらいいか。安物の、油揚げをコンロで焦がしちゃったみたいな…」

「油揚げスモークだ。スナコが油揚げギャングが造った、まずーい油揚げを加工して作った新兵器だ」

 とりあえず視界を塞ぐのが目的なので、吸っても問題はないらしい。

「援護します、スクワーロウさんっ」

 クレアがホルスターから銃を抜いて壁に近づく。

「銃を使うと、危ないぞクレア。マガジンに有機ナッツを詰め替えたら、私についてこい」

「行くぞ、突入だ!!」

 ポンプ式ショットガン(ヘーゼルナッツ弾入り)にターミナルベロシティを装着した兄君と私は、煙幕の中へ飛び込んでくる。中は当然ながら真っ白だ。誰が誰やら分からないし、焦げ臭い。そしてなぜか、お祭りの屋台で使うバッテリーの音がブーン。周りを見渡すと、ベルトコンベヤーの上にひらりと影が飛び乗ったのが見えた。そこへ、まるではかったように響くヤマタの甲高い笑い声。

「いーっひっひっひっ!このヤマタ三世を出し抜くなんて、やるじゃなーい、スナコちゃーん!そしてスクワーロウ!」

「そこかっ!」

 私は頬袋のナッツを放ったが、ひらりと、その影はナッツ弾をかわして消える。まるで猿だ。あっ、猿か。

「むーだだぜっ、ミスター・スクワーロウ!このヤマタ三世を捕まえたって、すーぐに脱獄しちゃうんだぜえ!ゼニカタのとっつぁんは捕まえるのだけ一生懸命で、後はまんまと逃がしてくれるんだぜえ!」

「そっちの話の事情はいい。ここはリス・ベガスだ。ちゃんと裁判を受けさせてやる」

「笑止ッ!」

 ひらりと別の影が、飛びすがったのはその時だった。近くでみると分かる、その黒い羽根は。クマゲラのゴロー・イシカワ!

「拙者に斫れぬものはない。性懲りもなく襲ってきおって、ここで止めを刺してくれるッ!」

 と、突き出して来たのは、おわっ、電動ドリルだ。アスファルトとかに穴が開く、削岩機である。

「こらっ、危ないだろっ!そんなものいきなり人に向けて!お子さんが真似したらどうするんだ!?」

「お子さんはこんな重いもの持てんわッ!そらそらそらッ!その頬袋、穴だらけにしてやるでござるっ!」

 これは困った。電動工具をそんな風に使ったら、純然たる凶器じゃないか。

「待て!スクワーロウ殿、こいつを使うでござるっ」

 誰だ語尾引っ張られてるのは。迫るドリルに、誰かが割って入ってきた。

「スナ彦特製、肉厚油揚げシートだ!」

 日本の技術すっげえ。それは人が隠れるほどのお揚げさんだった。ドリル防御用の油揚げシートを作ってきてくれたのは、スナコさんのチームの仲間、スナ彦だ。

「そいつを斫ってみろ!肉厚でしかも油ぬるぬるだ!滑るだろう、ドリルがずれて、いらいらするだろう!?」

「ぬぬうっ、だがこれしきでへこたれる拙者ではないッ!三代目イシカワの名に懸けて!斫れぬもなどないっ!斫る斫るぅ!」

「今です、スクワーロウさんっ、スナ彦さんっ」

 こうして私たちは、シートの内側から脱出したが、イシカワは気づいていない。日本の職人さんは一途だ。ご苦労なことである。

「だが、いくら馬鹿でもあいつ、いつか気づくんじゃないか?」

「大丈夫ですよ、スクワーロウさん。あれ…」

 クレアが、言う。見ると大型の発動バッテリーが、ぶんぶん鳴っていた。このバッテリー、イシカワの電動工具を動かしていたのか。そうだこれ、お祭りの屋台でも使われるけど工事現場でも多用されてるんだっけ。

 ぶつっ、と私はドリルのコンセントを引っこ抜いた。それは大分イシカワが引っ張り過ぎたせいか、すでにほとんど脱落しかけていた。漏電するぞ。

「あれっ…(ドリルが停まったのに気付いたらしい)コンセント引っ張り過ぎて抜けちゃったかなあ。…どれどれ…」

 いそいそとイシカワが、コンセントをつなぎ直しにやってくる。当然、プラグを持ったままの私とばっちり鉢合った。

「あっ…」

 うんともすんとも言わないドリルを持ったまま、イシカワは硬直した。いくら電動削岩機でもそれじゃ、役立たずだ。私はそのまま頬袋を膨らませた。

「喰らえ正義のハードボイルドナッツっ!」

「ちょっタンマ…あああっぐえええっ!」

 イシカワは有機ナッツの散弾を喰らって気絶した。

 やれやれ、ちょっとの不注意が現場では事故の元だ。


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