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PHASE.1

 黄金色に輝く、豊かさの象徴。

 そして、丁寧な職人技を感じさせる肌理の細かい肌と、完璧な四角形のフォルム。私がその『宝』を見たのはほんのつい最近のことだ。その『宝』を手にしたものは、まさに至福。輝かしい人生と至高の贅沢が約束されると言う。


「リス・ベガスにもついに、やってきたんですね…」

 テレビを観て、クレアは感涙していた。女の子ってやっぱこの手の流行りものとかに弱いんだろうか。私はそのテレビのリポーターが、感に堪えないと言う口調でそのことを話すのを、冷めたコーヒーをレンジで温め直しながら聞いていた。

「財宝なんて、見たところで何にもならないぞ。うちの事務所が潤うわけじゃなし」

「ええー?いいじゃないですかあ!今度のお休み、食べに行きましょうよう!」

「ったくくだらない。ん?…食べに…だって!?」

 テレビに映っているのを見て、驚いた。ショーケースに後生大事に入れられた富の象徴とは。ほかほか揚げたて、手作りの油揚げだったのだ。


 東海岸きっての料理人、ドーン・アーゲルの特製手揚げ油揚げ。油揚げに使う豆腐の豆から厳選し、極上の米油を使い、その日使う分だけを一枚ずつ手揚げして出す、と言う超逸品。アーゲルの油揚げは中でも芸術品と称されるほどの傑作らしい。この前さる超セレブ女優のために出されたお揚げは、一枚五千ドルは下らないとか。馬鹿な。


「五千ドルあったら、農家契約有機栽培の良質なナッツが、何キロ買えると思ってるんだ…」

 私は正直苦々しかった。

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。ほら、美味しそうですよお」

 ショックを受ける私の袖を、クレアがぐいぐい引っ張る。テレビでは、あのバカ高い油揚げがどうなるのか、続きがやっていた。


 超セレブな油揚げを最も美味しく食べるには、やはりそのまま七輪であぶるのがベストだと言う。料理人が備長炭(びんちょうたん)だと言う高い炭を(おこ)して、ぱたぱた団扇をあおぎ、五千ドルの油揚げを揚げている。ぷっくり膨らんで狐色にかすかな焦げ目のついた油揚げはお醤油をひと垂らし、ステーキのように切り分けて、お上品に頂くのがベストだそうだ。まあ、確かに美味しそうだが、この料理で五千ドルはないだろ。


「うわー、すごいです!すごいですようスクワーロウさん!今度絶対食べに行きましょうよ!」

「クレア、君もリスの端くれだったら、油揚げじゃなくてナッツの料理で喜びたまえ」

 うんざりしていると、デスクの上の携帯電話(セル)が震えた。ちょうどいい仕事だ。そう思ってコールに応じると、スピーカーから懐かしい声がした。

『…ミスター・スクワーロウ、わたしを憶えているか?』

「ああ、ちょうど思い出していたところさ。元気でやってるかい?」

 彼女の名は、チベットスナギツネのミズ・スナコ。以前、一緒に仕事をしたことがある。非常に優秀な捜査官だ。かつてリス・ベガスの町へ現われ、油揚げギャングなる犯罪組織と対決したのも、もはやいい思い出だ。

『今、テレビを…観てるか?…チャンネルフォックスを』

 実にタイムリーな話題だった。私は後ろを見てまだ、クレアがテレビの油揚げに夢中になっているのを確認してから答えた。

「その通りだ。油揚げを見ていて、君を思い出していた。五千ドルの油揚げ…もしかして仕事は、それだけの価値がある依頼かい?」

『それ以上だ。…兄に替わる』

 ミズ・スナコはクールだ。たぶん電話の向こうで、肩をすくめているはずだ。

『…すぐに来てくれ。もう、リス・ベガスに着いてる』


 一時間後、私はクレアを連れて、現地へ向かった。まさかと思ったが、さっきテレビでやっていたお店だ。東海岸からの直営店、ドン・アーゲルの『アゲ・デ・オマー』。

「ああ、あんたがスクワーロウさんだっか。話は、ミズ・スナコから聞いておま」

 アーゲル氏は、テレビで観るよりもでっぷりと太った中性脂肪が多そうな男だった。一瞬、丸々と太った狸に見えたが、一応狐なのだと言う。揚げ物を控えろ、揚げ物を。

「ミスター・スクワーロウ、早速だが用件を。実はこのお店、怪盗に狙われている」

 すぐにスナコさんとその兄君が出てきた。彼らは身体にぴったりとした黒のスーツを着、すでに武装して、キレ者のエージェント風だ。

「怪盗だって?」

「ヤマタ三世の名を聞いたことは?」

 兄君が言ったが、私は寡聞(かぶん)にして心当たりがない。

「世界的に有名な怪盗アルセーヌ・ヤマタの孫を自称している男だ。狙った獲物は必ず逃がさず、たったの二時間で世界中のお宝を捜し出す、夏にしか仕事をしない大泥棒だ」

「なんか聞いたことある設定だ…」

 不吉な予感がしたが、私は黙殺することにした。

「スクワーロウさん、わたしも聞いたことがあります。彼らは夏だけ集まって、大仕事をする三人組の怪盗だと言うお話です。彼らに狙われたら、ひとたまりもないですよ」

 とかやっていると、どこかで聞き慣れたしわがれ声が。

「ヤマタ三世、逮捕だあ!」

「わっ、なんだいきなり現れたなあ、あの人。市警の人間か?確か、ダド・フレンジーがここの管轄だと思うんだが」

 カーキ色のコートの男は、サイである。男はごっつい人差し指を立てて左右に振ると、ぶるぶると鼻の頭についた角を誇示した。

「私は、国際警察動物園アイ・シー・ピー・ズーから来たゼニカタ警部!捕まりもしないヤマタを追うだけで給料がもらえる幸せな仕事についているものです。この私が来たからには、心・配・御・無・用!必ずや、ヤマタを逮捕してみせますぞ!」

「もしや知り合いですか…?」

 私はこっそりスナコさんたちに聞いた。

「まあ、定番みたいなものだ」

 スナコさんと兄君は、訳知り顔で頷いた。

「カレーに福神漬けみたいなものだな。…だが、実はあんまり役に立たないから、放っておいてくれ」

「そんな人、どうして呼ぶんですか…?」

 許可…と言う言葉が頭に浮かんだが、私は黙っていた。なんかこれ以上のことが、起こりそうな気配がしたからだ。

「で、本題に入りたいのですが、連中は一体何を盗もうと…?」

 私が、恐る恐るそれを口にしたときだ。何か人間とは思えない甲高い笑い声とともに、辺りに煙幕が吹き出し、視界を塞いできた。

「わっ、まだ何盗むかも聞いちゃいないのに!」

 展開が急すぎる。やっぱ二時間ドラマほどの(しゃく)は、取れないからか。

「ヤマタ三世!()いがさんぞお!」

 ゼニカタの声がする。そうだ、あの人に聞こう。

「ゼニカタさん!奴の狙いは一体なんなんです!?」

 私が声を上げると、ゼニカタはきょとんとして振り向いた。

「あんた…誰だ?初対面だぞ!?」

「はっ?何を馬鹿なことを言って…」

「なっ、なっ、なにするでおまあ!」

「スクワーロウさん!そっちが本物です!」

 クレアの声と、アーゲル氏の悲鳴が同時発生だ。クレアとアーゲル、そしてもう一人が揉み合っている。あのカーキ色のコートは…あれっ、ゼニカタが二人!?

「うっふふふーっ、伝説の玉藻前之進(たまもまえのしん)のお稲荷の甘だれレシピ、(いっただ)きまーす!」

 ゼニカタとも思えない、能天気な甲高い声が響いた。

「お前かヤマタ三世は!?」

 偽ゼニカタは、振り返るとサイのマスクを取った…いや、ちょっと引っかかっている。

「ばあっ!(やっと取れたらしい)あれえー、あんた誰?今回のゲストキャラ?」

「お前がゲストだろ!?」

 色々、段取りのおかしいやつだ。マスクをとった途端、なぜか体型も変わってるし。ヤマタ三世は、やっぱりと言うくらい足の細長い、ニホンザルだった。…まずいなあ、スーツは真っ赤だし、猿なのに揉み上げが異様に長い。

「ヤマタ三世!この話は、お前が主役の話じゃない。悪いが色々とマズいこと言う前にきちんと、捕まえさせてもらうぞ」

 私は頬袋に、連射できるソルトピーナツを沢山含みながら言った。

「フィリップ・スクワーロウ、思い出した、この街一番の私立探偵だ。ここはあんたが守る街だったな。いーい助っ人知ってるじゃないのスナコちゃーん」

「アルセーヌ・ヤマタ三世…そのレシピは、わたしたちの直営店『お稲荷The One』…いやいや、お稲荷を愛するすべての人たちにとって大切なもの。油揚げギャングに売り渡す前に、返してもらうぞ」

 スナコさんが銃を構える。馬鹿なやつだヤマタ、丸腰で変装を解くからだ。

「多勢に無勢だな。覚悟しろ!」

 私が口の中のナッツを射出しようとしたときだ。

「ヤマタ!逃げるでござる!」

 電動工具のけたたましい音がして、ごとんとお店のカベが落ちた。そこからうなりをあげて突っ込んできたのは、あれっ、どこかで見た真っ黄色のベンツのSSK。現れたのは、なぜか手に削岩ドリルを持った着流しに地下足袋のどっかで見た黒い羽根のクマゲラ(キツツキの一種)だ。

「拙者に(はつ)れぬ(大工用語。硬いものに穴を開けること)ものはない。また詰まらぬものを、斫ってしまった…」

「刀じゃないんだ!?」

 カベを破ったのはまさかの、バッテリー式の電動工具である。いや、いいんだけどね。

「奴は江戸の宮大工にして大泥棒ゴロー・イシカワの三代目、ヤマタの相棒だ」

「それで刀じゃないのか…」

「刀で壁が斫れるか、実際問題」

「そりゃそうだけど」

 なんて身も蓋もないキャラ設定だ。まあ、それはそれとして。

「逃がさんぞヤマタ!」

 ターイホだあっ!と今さら出てきたゼニカタが、突っ込んでくる。しかし悲しいかな、突進しか出来ないサイは跳び箱みたいに、ひょいと猿のヤマタに飛び越されてしまった。

「スクワーロウさん今ですっ」

 クレアに言われるまでもなかった。私はヤマタが飛び上がった瞬間を狙ってナッツを放った。しかしそれは命中しない。瞬間、ナッツを撃ち落したやつがいたのだ。

「ルパ…じゃなかったヤマタ!さっさとずらかろうぜ!」

「ジーゲン!色々危ないとこ悪いなあ!」

 すれすれだった。危ない発言をしそうになったのは、357マグナムに黒い帽子の、渋いクロヒョウだった。

「ジーゲン・コバヤシ…三人組の中では、唯一現役で頑張ってるとてもえらいガンマン様だ」

「ああ皆声優さん交代して残ったのはあの人だけ…って、そう言うネタはやめろ!」

 私はめげずにナッツを射出したが、無駄だった。マシンガン並みの速さで発射したナッツをジーゲンはそれをマグナムの連射でことごとく、撃ち落としたのだ。ヤマタはもうSSKのハンドルを握っている。

「あーばよっ!とっつぁーん…じゃない、スクワーロウ!そしてスーナコちゃーん」

 黄色いベンツは、すごい勢いでターンして走り去った。その後を、パトカーの群れが追う。恐らくこれから馴染みのオープニングだろう。やれやれだ。ハードボイルドはどこへやら、今回はあくまでこの路線で行くって言うのか。


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