第三角 失態と五体と大天狗
「忍の手が・・・」
状況を傍観していた陰陽師たちが呆然とする中、忍は黙り込んでいた。忍の右腕が二の腕の部分まで袖が焼け落ち、血と灰で赤黒くなっていた。
「無茶をするからだ。しかし、鬼を式神にできたとなれば相当のキャリアだぞ。」
真酉が忍を上からほめる。
「うるさいよ。真酉。」
忍が口を開いた。忍の額、頬には汗が流れ出ていた。
「コストオーバーだよ。約五匹、僕の式神が放たれた。」
忍は息を荒立てて言った。
「なっ・・・。」
真酉を含めた陰陽師たちは一気に顔色を変えた。
「待って。忍。何が放たれてしまったかわかる?」
朱音はその場にいた陰陽師のなかで唯一冷静だった。
「わからない・・・。そんなすぐには。」
「まずいわね。」
「お前、逮捕されるぞ。」
そう言った真酉を忍と朱音は睨んだ。
「これは、大きな失態だ。どう責任を取る?」
「真酉・・・。あんたね————」
朱音が言い切る前に忍が気を失い、倒れた。忍はその後、自室に連れていかれ、この場は真酉と朱音がまとめ、治めた。
そして、翌日、土蜘蛛退治で活躍した四人、坂田忍、碓井真酉、卜部朱音、渡辺古武威それに加え卜部全吉、警察庁の役員で会議が開かれた。この状況を作り上げた本人、忍は右腕を包帯で巻かれた状態で参加した。
「この状況どうすんのさ!忍!」
古武威が叫ぶ。古武威は、大の怖がりである。
「落ち着いて古武威。忍、もう分かった?なにが放たれたか。」
朱音が古武威を抑え、忍に問いかける。
「うん。わかった。漆番・火車。弐拾参番・くびれ鬼。弐拾伍番・がしゃどくろ。参拾番・陰摩羅鬼。四拾玖番・精螻蛄。の五体が式神の封を切り逃げ出しました。」
「凶悪なのも野に放ったな。」
真酉が嫌味たっぷりに言った。
「忍。どうするつもりだ?」
全吉は優しく問いかけた。
「責任を負って、全妖怪を消そうと思います。」
「ほう・・・。面白い。期限はどうするんだ?」
会議室の外から声が聞こえた。そして、扉があいた。
「大天狗・・・。」
入ってきたのは鞍馬の大天狗であった。
「人間や他の健全な妖怪に危害を加えるかもしれんじゃろ。そのため期限を決めなければいかんじゃろ。そして・・・。その期限を過ぎてしまえばお前の陰陽師としての力を奪い、お前の式神すべてを燃やす。というのはどうじゃろ?」
「大天狗さん。まずは『遅れてすまない』じゃないですか?」
全吉がほほ笑む。
「遅れてすまん。ほほほほほ。」
「期限・・・。」
忍は左手の爪を噛んだ。
「十日というのはどうじゃ?一体二日良いじゃろ。」
「わかりました。」
忍は立ち上がった。
「いけるのか?忍。」
全吉が問いかける。
「できます。覚悟は決めました。」
忍は会議室をそう言うと出ていった。
「大天狗さんも意地悪な。」
全吉と大天狗は少し黙り見つめ合った。
「陸番、歯車回る、炎の標輪入道。伍拾番、黒煙立ち込める、鎖の錠前黒鬼丸。」
外に出た忍は輪入道という赤い髪をした青年の妖怪と黒鬼丸を呼び出した。そして事情を話した。
「了解した。要はこいつのせいか。」
輪入道は黒鬼丸を指さした。
「この事件が終わったら覚えておけよ。」
そう言って靴底をローラースケートのようにして駆けて行った。
「ああ言っているえ、いい子なんだよ。あの子には探索を頼んだんだよ。」
「忍・・・。俺のせいで・・・。手も。」
「黒、そんなことはどうでもいいんだよ。いまは目の前の事件を解決しよう。僕と黒は他の場所を探すよ。がしゃどくろは多分、まだ山のなかにいるだろう。」
「わかった。」
黒は首を犬の水払いのように振った。そして二人は走り始めた。
期限はあと十日・・・。