第一角 怒りと秘密と電信柱
一匹の妖怪が夜の木屋町通りを走って逃げていた。それを追う二つの人影。一つは、牛のフードを被った金髪の男。もう一つは、黒い髪の少年。
「あいつ、足早すぎやろ。はぁ。はぁ。」
「でも、あっちは行き止まりだ。」
金髪の男は息を切らしながら走っているが、少年はどことなく落ち着き標的目掛けて走っていた。行き止まりに妖怪がさしかかり動揺し、隙を見せたところを少年は見逃さなかった。袖の奥から鎖を飛び出させ妖怪を縛りつけた。
「おお。黒。やるやないか。はぁ。はぁ。」
「観念しろ。『いそがし』。お前は、今年の四月から半月以上も交差点に現れ、事故を起こさせたな。罪を償え。」
鎖は次第に圧力を増し。『いそがし』は上半身、下半身と分離され、即座に消滅した。
「黒。やったな。はぁ。はぁ。」
黒と呼ばれているこの少年は黒鬼丸という鬼である。現在、京都で妖怪退治で活躍している一家、酒吞一家の末っ子である。体から放出される鎖を操る能力を持っている。
「いや、突進系の技ばっかり連打するからこうなるんだよ。兄さんは。」
「体力の限界やったわ。」
金髪の男の名は、鬼童。酒吞一家の次男である。牛のフードから自分の角を出し突進や体術に秀でている。
「私たちも錦のほうの案件がおわったよ。」
二人の後ろから声がする。
「お兄!やったね。」
黒鬼丸が喜んで声を返したのは、酒吞一家の長男の茨鬼と次男の百目鬼である。茨鬼は長髪の白髪であり、百目鬼は白い頭巾を目を隠すようにかぶっている。肌の露出は極端に少ない。
「家訓は、鬼が妖怪を退治する。それが鬼退治となる。」
そう言い放ったのは、黒鬼丸だった。
「おれはこうやって”人”のためになにかできてることが嬉しいんだ。」
「これからもやってこか。」
四人は家に帰った。家は、一軒家で四部屋と居間、風呂、台所の構成で出来ている。
黒鬼丸には、朝からのローテーションがある。黒鬼丸は朝目が覚めると朝食を食べ、歯を磨いたあとすぐさま出かける。行先は、陰陽師の屋敷。塀を飛び越え、屋敷内に入った。
「黒。気を消すのがうまくなったね。」
屋敷の縁側に座っていた忍が言う。
「ほんとか?」
「でも明日は来ないほうがいいよ。真酉が帰ってくるからね。」
「真酉ってだれ?」
「怖い顔のおじさん。」
黒鬼丸がぽかんとした。
「まあいいや。今日も書庫を見に来たんだよね?」
「そう。」
忍が黒鬼丸を書庫に案内した。
「僕も書庫にいるから読み終わったら言ってね。」
「はーい。」
黒鬼丸は書庫の奥へ行った。
『今日はこっからここまでだな。』と黒鬼丸は本棚の端から端を見渡し思った。黒鬼丸は、左端の本を手に取った。題は『鬼』と書かれたノートだった。
『ノートか。珍しいな。鬼のことかあ。鬼だけどなにもしらないな。』
黒鬼丸は、そう思いノートを開いた。
[これは、二〇〇〇年に起こった事件の真相である。鬼の眷属というのは、三種類あり、角が一本の藤原千方に属する四鬼、角が二本の酒吞の一家、角が三本の梁塵一家である。二〇〇〇年の一家殺人事件にはこの件が関連していた。梁塵一家はもともと生き残り二人の夫婦のみだった。しかし、酒吞一家は梁塵一家を完全に根絶やしにしようとしていた。]
『これおれが生まれた年だ。』
[二〇〇〇年四月あたり、妊娠していた妻が出産した。それと同時期に茨鬼と鬼童、百目鬼の――———]
黒鬼丸は、次の文章を見た瞬間、頭が真っ白になった。信じられない一文に心がどよめいた。その時、誰かが後ろから黒鬼丸の持っているノートを取り上げた。
「見た?」
ノートを取ったのは忍だった。
「見た・・・。これほんと?」
「嘘だよ。黒のあいつらと生きてきた十六年間を思い出せ。」
「いや、話がリアルすぎて・・・嘘・・・だけで片付けられない・・・。」
黒鬼丸は走って屋敷を出ていった。忍は勢いだけに声が出なかった。
[————— 父の酒吞鬼がその家に侵入し、夫婦を惨殺し、赤ん坊をさらった。]
この一文が黒鬼丸の頭の中で往復する。
『兄さんたち、まじかよ・・・。なんで・・・。』
黒鬼丸は走った勢いで電信柱に体をぶつけ、そのまましゃがみ目から涙を口元の傷からは血を垂れ流していた。
そして二時間後、黒鬼丸は家の戸を開けた。
「おう。帰ってきたか。昼飯食うのか?」
玄関で茨鬼が温かく迎えた。
「おれたちの父さんはおれの本当の父さんと母さんを殺した?」
「何か見たのか?」
「黒、そんなん嘘や。」
居間で聞いていた鬼童が飛び出してきた。
「鬼童。隠してもしょうがない。そうだよ。おれの父さんは権力のためにお前の父さんを殺した。父さんが死んだ三年前に。」
黒鬼丸の体から鎖が大量に放出された。
「待て!」
茨鬼の声は黒鬼丸の耳に届かぬまま、放出された鎖はみるみるうちに家を壊し始めた。
そして、何時間も経ち、完全に崩壊した家と白目をむき出した黒鬼丸の立ち姿だけが残されていた。