第2話 異世界
意識が覚醒する感覚。
それは体の神経がはっきりし始めているということを少女は感じ始めていた。
そして覚える違和感。それが何の違和感なのか少女には分からない。
ただ忽然と覚醒しようとする意識の中で、少女の全ての視界がだんだんはっきりしてくる。
「リリアーナさま。おはようございます。」
目を開けると、薄紫色の美しい瞳とかち合った。
まるで外国人....、いや、外国人なのだろう。
私の事を揺さぶり起こした外国人さんは、ゆるふわな長い金髪を背中まで伸ばしていて、黒と白の可愛いメイド服を着ている。
歳は17歳くらいだろう。少し幼い感じの声と笑顔で、見た人が安心する雰囲気だ。
「えっと、あなたは───」
誰ですか?と続けようとして、私はこの人が誰なのかを知っているではないか。と心の中で思い直す。
この人は、このお屋敷で一番愛嬌のあるメイドのフラウだ。
いつもドジばかりしているが、そこを含めて人を安心させるメイドだと思う。
「──?どうされたんですか、リリアーナさま。」
フラウが可愛いらしい顔をコテンと首を傾げる。その反動でフラウの髪も揺れる。
「あっ、何でもないのフラウ。おはよう。」
多分、恐らく、きっと、私は今笑えているはずだ。
心の中は嵐なんて生易しいものではなく、ほぼほぼ波が私の心と言う町をヅタヅタにしていたとしても。
まず、辺りを見回す。
さっきから感じている違和感は、今わたしが寝ている天蓋付きのベッドだ。凄くふかふかで、恐らく羽毛が入っているのだろう。
そして、今わたしがいる部屋は、白い木製のクローゼット、その隣にある鏡付きの化粧台、茶色い木製の机と椅子、あとは書斎でみるような本棚が一つあるだけだ。
窓からは日差しが入ってきており、先ほどフラウがピンクのカーテンを開けたのだろう、あと、絨毯と壁紙がやたらと上品だった。
──そもそも、何故この少女がここまで焦っているなか、それはもう一つの自分が関係している。
この少女の今の心情は、何故この場所にいるのかという疑問に尽きる。
なぜなら、この少女は『リリアーナさま』であり、『岩田 鈴花』でもあるからだ。
別にこの少女が2つの名を有しているわけではなく、この少女の中には文字通り2つの人格が存在している。
── 一つは『リリアーナさま』と呼ばれている公爵家の娘であり病弱な娘。
とても弱々しく尊くも儚い印象を抱かせる少女だ。
── もう一つは『岩田 鈴花』という三つ編みの眼鏡っ子少女という、典型的な地味子である少女だ。
だが、見た目に反して言動は結構図太いのだが。
何故こうなってしまったのか、少女自身にも分からなかった。
なぜなら、岩田 鈴花である少女が眠って目覚めたらリリアーナになってしまっていたのだから。
そこで大声を出して泣き喚くような事態にならなかったのはひとえにリリアーナとしての記憶もちゃんと有していたからだ。
リリアーナとしてのこれまでの人生。その記憶を何故岩田 鈴花が持っているのかは分からないが、とりあえず今のところは納得しておくしかない。
「リリアーナ様、そろそろお着替えをしてもよろしいですか?」
「えっ、自分で着替えるよ?」
「.....何を、おっしゃっているのですか?」
心なしかフラウの笑顔が陰っている気がする。
そしてそのワキワキさせている手はいったい........。
***********************
「イヤーーーーー!!!!!」
「ど、どうなさったんですか!?」
青い髪の毛を両方に分け、お団子にしている眼鏡のメイドさんが部屋に入ってきた。
このメイドは、私のメイド兼マナーの先生だ。
いつも身嗜みや動作を気にしている、きっちりやさんの美人。
「お嬢様もフラウも、いったい何をしているのですか.......。」
お団子のメイド兼マナーの先生である彼女は、サンシャ。
今は眼鏡を指でクイッとして、呆れた表情でこちらをみている。
うん、なるほど、美人さんの冷めた眼差しってこんなに辛いんだ。
「だって先輩!! リリアーナさまが私から逃げるんですよ!!」
「だってサンシャ!! フラウが私の事を、無理やり脱がそうとしてくるの!!」
「まっ、なんですか!! まるで私がリリアーナさまを襲っているような言いぐさで!!」
そう、今のこの状況は、すごーく見た人に誤解をあたえる光景だろう。
というのも、フラウが私のベッドの上で私を押し倒しながら私の服を脱がそうとしているのだ、百合好きな人にはたまらない光景な筈だ。
「はぁ。フラウ、ワタクシも手伝いますから、そのままお嬢様を押さえていてください。」
「サンシャ....、私の事、裏切るの?」
「裏切ります。」
即答だった。
これでもそれなりにウルウルと涙目で言ったはずなのだが、やっぱりサンシャには無駄のようだ。
サンシャは部屋のクローゼットを開けると、薄い緑色の簡素なドレスを取り出した。
そしてそれを、フラウへと渡した。
「はい、リリアーナさま、バンザーイ!」
「ばんざ~い...。」
子供じみたかけ声とともに、寝間着ようの白いワンピースが剥ぎ取られ、ドレスを着せられる。
唯一の救いは、この世界にコルセットが存在していないことなのだろう。
あれは見ただけで、凄くきつそうだったからね。
「今日の予定ですが、まず午前中はマナーを学びます。.....明らかに嫌そうな顔ですね。
午後はフィランカお嬢様が屋敷へと来ますので、フラウ....、顔をなんとかなさい。」
フラウが幼い顔を、苦い野菜を食べた時のように歪めている。
フラウにとってフィランカお嬢様という人は、とても苦手なのかもしれない。
と言いつつ、フィランカお嬢様が記憶にない私であった。
「ねえサンシャ、フィランカお嬢様って誰なの?」
「お嬢様のお姉様ですが?」
「そっか、私のお姉ちゃんか、お姉ちゃん、.....え?
お、お、おおお姉ちゃん!? え、私にお姉ちゃんがいるの!?」
「はい、いますよ。」
平然と答えるサンシャ。
というか、今初めてお姉ちゃんが存在するって知ったんだけど!? ていうか、フラウも私にお姉ちゃんが存在するって知ってたんだ!!
「──? 大丈夫ですか、リリアーナさま。」
「ウン、ダイ、ジョウブ。」
思考が止まりそうになるくらいビックリしたけどね。
と、とりあえず、午後は初めてお姉ちゃんに会う訳だね。
って、あれ、そもそもどうして初めてお姉ちゃんに会うんだろう?
家族なのに一回もあったことがないって変だよね。
「まあ、リリアーナさまはお身体が病弱でしたから、家族にあえるまでに回復なされたのは、とても喜ばしいことです。」
フラウがそっと私の髪を撫でた。
リリアーナにとってフラウは本物のお母さんだった。
そして、フラウも私の事を自分の子供のように感じているのだろうか。
今のフラウの瞳はまさしく子を慈しむ母親のそれだ。
てゆうかゴメンねフラウ、17歳で母親代わりにしちゃって。
「ねぇ、お母様とお父様は、今どこにいるの?」
このリリアーナは、確か公爵家のはずで、お母さんやお父さんも、この家で会ったことはなかった。
「ああ、それは朝食を食べながらお話いたします。」
そうサンシャが締めくくった。
見慣れたようで、どこか違和感を感じる廊下を渡る。
サンシャとフラウはそれぞれ私の後ろを歩いてきていて、やっぱり従者と主の関係性を直に感じて落ち着かない。
いうなれば、生徒の後を先生が付いていくような違和感がある。
屋敷はそれなりに綺麗で、窓には必ず花瓶に花が飾られていた。
恐らくフラウが飾ったのだろう。
......だって、全部フラウの好きな花なんだもん。
紫陽花、向日葵、ガーネット、パンジー、コスモス、ぽい謎の花々は、魔法によっていつの季節でもみることができる。
そのなかでもフラウが好きなのは紫色の紫陽花だ。
自分の瞳と色が同じだかららしい。
「なんか、寂しい......。」
朝食は、ちょっと固いパンとサラダとホットコーンスープ。
別にこのチョイスが寂しいという訳ではない。
もともと朝からガッツリ食べるタイプではないのだから。
そして寂しいのは、この目の前の現実だ。
長い机の端っこでポツンと私だけが朝食を食べている。
メイド2人は廊下の時どうよう、朝食の準備をしたあと、相変わらず私の後ろに立っている。
「ねぇ、私、サンシャとフラウと一緒にご飯食べたい。
それに、ずっと後ろに立ってるのキツくない?」
「ワタクシ達は、メイドですので、主の後ろへと、常日頃から待機しておりますのが当たり前なのでございます。」
「でも、確かキツいんですよね~。
私、サンシャ先輩と違って胸が大きいですから、肩も凝る凝る。」
「.....フラウ、朝、昼、夜の時のご飯の肉なし。
お給料30%カット。しばらくのお惣菜やらの買い出し担当。」
「げげっ!! サンシャ先輩ってば、どれだけ貧乳気にしてるんですか!!」
ついつい2人の会話を聞き、サンシャの胸元に目が向かう。
確かにサンシャの胸は、....慎ましやかな感じが滲み出ていらっしゃるような。
そして、フラウは、まあ、確かに豊かです。
Dカップくらいありそう。
そして、気になる私は.......
Bカップくらいかな?
普通だった。
まあいっか、べ、別に特別胸が大きいからって喜ぶような感じはしないしね。
別に、ぜんっぜん負け押しみとかじゃないから。
サンシャが食事をしている私の横へと移動した。
そういえば、サンシャに両親の事を聞いていたのを思いだす。
サンシャはそれを言いに移動したのだろう。
「お嬢様、旦那様と奥様ですが.......、
つねに、両御方とも、お亡くなりになられております。」
「えっ。」
思わず口に持っていこうとしたパンを落とす。
それを見てもサンシャは今は何もいわない。
.......でも、別に会ったことがあるわけじゃなかったけど、その、凄くビックリした。
悲しい気持ちなのかと問われても、今の気持ちは、まだ判断が着かない。
───悲しい、のかな?
自分の中で自問自答しても、やっぱり答えは出てこなかった。