第1話 プロローグ
───混沌、混乱、最悪、災厄、矛盾、無情、残酷、残虐
世界に真っ赤な悲鳴が、狂気が、嘆きが、怒声が、響き渡る。
誰しもが、誰もを、それこそ、家族や親族でさえも、信じる事の出来ない時代。
真っ暗な闇の中で、一握りの希望すら見いだせず、希望を見ることを恐れ、恐怖しているのだ。
その恐怖は、叶えられそうな、叶いそうな希望が、潰えてしまったときの絶望の恐れからくる恐怖感。
隣の家で悲鳴が上がった。だが、助けにはいかない、だって次は自分かもしれないから。
それに、助けにいったって良いことなんてない、きっとアレに目を付けられれば、全てが終わりだから。
『自分だけ助かればそれでいいや』そう人々の心の中に深く、深く、熱烈に刻まれた曲がる事のない思考。
ただ無情にも、人々の絆は絶え、皆が皆、下を向いている時代。
そんな中、一人の年端もない少女も悲鳴を上げていた。
戦地となった町で自分の事を庇い、業火に焼かれた母親を、何とか背中に背負い、焼けただれた母親の皮膚を背中に感じ、涙を必死にこらえながら、やっとこさ家の中に運び込み、母親の弱々しい手を握り締め、ただひたすらに祈る少女。
どうか、どうか、誰でも良いからお母さんを助けて──。
ただ一心に、純粋に、それだけを懇々と眠り続ける母親の隣にジッと座り、祈り続けた。
少女が何もできず、ただ母親を見守っているのには、理由があった。
少女は町の医者を訪ね、薬を貰おうとした。
しかし、
───馬鹿じゃないのか!薬は自分に使うんだ!!
医者は怒鳴り散らして、足を踏む。
そして、大きな音を立てて、無情にも扉を閉めた。
そんな言い方しなくってもいいじゃないか。
少女は心の中で思った。
ギュッと手を血がにじむ位力を込めて握る。
でも、確かにこんな時に薬を貰いに来たのは無神経だったかもしれない、と思い直す。
あのお医者さんだって、自分が大切で、怯えているのだから。
でも、今この一瞬でも一秒でも、家でお母さんが高熱で苦しんで、死んでいないか想像すると、つい目頭が熱くなり、泣きたくなる。
「お母さん、死なないでね。
お母さんが死んでゃったら、私......。」
母の手を握り、脈の弱々しいく、血色の悪さに憂いの表情を浮かべる。
残酷な事に母のこの調子は、もう3日も続いていた。
その間少女は、ずっと母が息をしているか、気が気でなかった。
しかも、こんな時に母親のために食べ物さえも手に入れることができず、母親がだんだんと衰弱していくのを見守るのだ。
母の様子をみるたびに、眉を下げ、母の寝息を確認して、安心する。
そんな生活を、もう3日もしていたのだ。
その間の少女の心労は、想像を絶するものだっただろう。
少女は嘆いた。自分の無力さを、自分の頭の悪さを。
薬草すら、知識がないために採ってくることもできないのだ。
お母さん、ごめんなさい。と幾度も母に投げかけた。
返ってくるのは、無言だった。
誰か、誰でも良いから、どうか、母を、いや、どうか私を救ってと、幾度となく祈った。
そして、それと同じ分だけ、呪った。
自分達を助けてくれなかった医者を、助けてと叫んでも、聞いていないふりをした町の住人達全てを。
やはり、理性では住人の反応が仕方ない事だと分かっていても、心ではどうしても思ってしまう。
あんな人達と、同じ土地で、町で、住人でいたくないと。
だが、
ついに一週間がたったその日、母親は死んでしまった。
少女は、泣いた。泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。
3日後には、なんとか自分の寝床から這いずるように動けるまでにはなった。
そして、ふと少女は思った。
───私のように嘆いて悲しんでいる人を、絶望に包まれて、誰一人、味方がいない人達を、助けられるようになろう!
と、少女は絶望の中の体験を経て、それでも心を無理矢理に奮い立たせ、奔走した。
───両親が亡くなった子供には、自分が親代わりになり、その子供を守るために自分の力を売った。
そして、かいがいしく世話を焼いた。
───薬がなくて、泣いている人には、自分の髪を切って売り、そのお金で薬を買い渡した。
───戦場で泣いている赤ん坊がいたら、自分の手を失っても、足を失っても、泥を被っても、赤ん坊の所までたどり着き、赤ん坊をあやした。
大人になった少女は言った。
「ああ、人が救われた時の笑顔って、本当に見ていて幸せになる。」
と。
微笑みながら、その頬を嬉しさに赤くし、満足しなから、言ったのだった。
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君は、今の話を聞いてどう思った?
少女は素晴らしい大業を成したと賞賛を送る?
それとも、あそこまで他人のために尽くそうなんて思う少女は、さいそう狂ってしまっていた。と、そう罵る?
まあ、今すぐにその答えを求ちゃあいないよ。
でも、僕はどちらかと言うと、後者かな?
だって、少女は確かに様々の人々の絶望を拭いさり、希望を与えた。
でも、その助けられた人々にとって、少女はどのような存在になったか。
少女は全く考慮していなかったようだよ?
まあ、拙い頭で必死に考えたようではあるけど....。
本当に、そのあとの事なんて、まるで頭が及ばない。
まるで子供の思考をしていた。
例えば、赤い花と青い花、どちらかを手折るかでも、この世界の変化へと繋がる。
赤い花を手折ったら、残るのは青い花だけ、つまり他の人は赤い花を手に入れられない。
些細な変化だ。でも、少女は些細変化で大きな被害を齎す。
確かに少女が咲かせた笑顔は数多く、それは、本当に星の数程存在するだろう。
けど、同じ、いや、それ以上の数を少女は泣かせた、絶望に染めたんだ。
───この僕を含めてね。