ニコとガブ
「ガブ、どうした?」
突然歩くのを止めたと思ったら空なんか見上げて。何か面白いものでも見つけたか。
「雨」
「…雨だぁ?」
「もうすぐ雨降る。ニコ、雨降るの分かったら、言えって、教えてくれた」
灰色を見上げる。近頃分厚い雲が居座るようになって空模様が読み辛くなった。当然上等なセンサーなんぞ付いていない俺はこれまた下等な眼で得た情報を経験で補って読むしかない。じっと睨んで重そうな雲の塊に模様をやっと見つけて、ゆっくり動いていることを確かめる…が、俺からすりゃまだ雨の気配は無い。でもこいつが言うならきっと降るんだろう。丘を降りたところにボロ小屋が一つ見える。次の町まではまだちょっと距離があるな。
「あそこにボロ小屋が見えるだろ。とりあえずあそこまで歩くぞ」
「うん」
ガチャリと音がして、自分の右足が金属の塊…恐らく古いアンドロイドの頭部を蹴ったことに気付く。丈の短い草、踏み固めただけの砂利道にポツポツ落ちている機械の残骸。視界が開けているおかけでロボット狩りが潜むには少々やりづらい場所に思えるが、長居したい土地じゃない。“頭蓋骨”を少し転がして剥き出しの配線を引っこ抜いた。こいつがいつ頃の年代に生まれて死んでからどのくらい経っているか。多少は見当が付く。
「起こして悪かった」
「ニコ? どうしたの」
「何でもない。付いてこい」
バタバタと情けない足音で走る俺の後ろをガブが付いてくる。やっと不格好な走り方をしなくなったガブの身体は駆動音も殆どしないし足音もどこか上品だ。初めて雨を見た時こいつは不思議なことを言っていたっけ。…でもそれでいい。お前はお前の目で世界を見ればいい。後は俺が生きていく術を教えてやる。
* * * *
「それじゃあ今からお前はガブゴンザレス三世だ」
「ガブ…レ」
「ガブゴンザレス」
「ガ…ゴ…」
「…もうガブでいい。ガブ。言えるな?」
「ガブ」
「そう、お前の名前はガブ。覚えたな?」
「うん!」
仲介屋が頑丈そうなアンドロイドを連れてきたと思ったら俺にしばらく預かれと言ってきた。安い仕事でも貴重な稼ぎ、貰えるものは貰おうと引き受けた俺はそのアンドロイドと近くの廃墟にしばらく隠れていた。高級そうな見た目のわりに妙にものを知らないそいつは言葉もカタコト、恐らく頭の中と身体が一致していないのだろうと俺は悟った。薄汚い廃屋で、武器の知識と付け焼き刃の戦闘技能しかない旧式のアンドロイドの言葉を聞いて随分と嬉しそうにしていた。俺にもこいつにも表情は無いが声は嬉しそうだった。
しかし仲介屋からの次の連絡は中々来なかった。痺れを切らして確かめに行ったら仲介屋は消されていた。まず俺は預かりもののガブ起因の“厄介ごと”じゃないことを確かめ、金は貰ったからと仲介屋の代わりにガブが渡されるはずだった相手を探した。ところがまるで見つからない。仲介屋がガブを攫ったのかもしれないしあまり期待しちゃいないが、ガブがどこから来たのかも情報が残っていないときた。期待せずガブ本人に聞いてみるが得られた情報は何も無い。ただ、不器用に交わす言葉の裏でこいつは“知らないのではなく忘れている”ような気がした。完全に勘だがそう感じた。待ってりゃ掃除屋か引き取り手が現れたのかもしれないが、前者の場合二人とも消される可能性がある。最後に背中を押したのはガブの言葉。ガブが「外が見たい」というから、何か思い出したら儲けものと俺たちはその町を抜け出た。
* * * *
「ニコ、寝てるの?」
「起きてるよ。言ったろ、まだお前だけじゃ安心してスリープできないって」
「ごめんなさい」
「いいさ、お前は誰とも喧嘩するべきじゃない。できることならな」
やり方が分からなくても有事の際には俺を守れとガブに教えた気がするが、これはいつか撤回しようと思う。
ボロ小屋の中でどうにか雨がしのげることを確認した俺たちはしばらくそこで休むことにした。屋根の破れた箇所から空が見えるようにして倒れた木の棚にもたれかかった。朽ちかけた木組みが少しひしゃげて、最後の意地で機械の重い身体を支えてくれる。
「雨、降ってきた」
「そうだな」
やっぱり俺より先にガブが雨を認識した。耳代わりの部品に意識を向けると雨粒がトタンを叩く音が一つ、二つ。やがて目でも雨が見えるようになり、辺りが雨音に包まれた。ボロ小屋の中にどの程度雨が入ってくるのか気をつけておかないと、ガブはともかく俺の身体は雨の中で踊るには少々心許ない。一度は横になった身体を起こしてボロ小屋の壁に空いた穴を順番に覗いて行く。
「ガブ、できるだけ小さい声で話せ。音も立てるな」
すぐに嫌なものを見つけた。
「この小屋に近付いてくるやつがいないか分かるか? 今遠くに小さな光が見えた気がしたんだ」
ガブがそっとこちらに身を寄せて壁に空いた穴を覗く。
「一人近付いてくる。武器を持ってる」
「くそっ。所属のわかる目印は付けてるか?」
「ううん見えない。ボロボロの服」
身を隠すための装備。野良ロボット狩りか。これと同じようなボロ小屋は小高くなった場所に一つ確認できた。こっちの小屋は道から離れていない。少しでも腕に自信があるなら辿り着くまでに目立つ方を避けて“獲物が逃げても撃ちやすい”方で雨宿りをしたくなるはずだ。どうする、やり過ごせるか?
「ガブ、近付いてくる奴が持っている武器はこの前教えた武器のどれに似ているか分かるか。眼は良いか? 耳は?」
そいつは一定の速度でゆっくりと歩いて向かってきた。雨に濡れることを嫌う素振りもない。ガブが推測し並べた情報を俺は信じて、もしかしたら最後になるかもしれない命令をガブに伝えた。
「分かった」
恐らくこいつには俺のついた嘘が分かる。
「ニコ」
「なんだよガブ、時間が無いぞ」
「ごめんなさい」
「謝るなって」
お前はもっと、
言葉を続けようとしたが、お粗末な頭では気の利いた言葉をすぐに出せなかった。どうやって死ぬか、それだけを演算していた。決して殺し屋にガブの存在を気付かれないように、それだけを。
* * * *
片手持ちの小さな自動銃、メンテナンスは十分だが随分と年代物。威力も精度もどうやったって最近の装備には及ばない。それどころか使用者本体まで年代物ときた。腰のホルスターから相棒を手に取る。ボロ小屋のドアを開けて一歩外に出た。途端に雨の音と水気が身体を包む。それを感じ取るセンターは無いに等しいのに、最後の武器である泥臭い知恵までも体から溶け出て流れていく気がする。水平やや上。雨粒に曇った視界の先に襤褸切れを纏ったロボット狩りを捉えた。まだ距離少し距離がある。奴は俺からすれば上等な武器を持っているが、眼は並みだ。そして幸いなことに温度が見えない。
ただ雨の音だけが聞こえていた。やがて俺もそいつの方へ向かって歩き出す。泥道を踏む耳障りな足音が聞こえる。それを一度止めて、その場でじっと待つ。また聞こえ始めた雨の音に、やがて小さな足音が混ざるようになる。先に俺が相手の射程に入った。
「止まれ」
もっとマシな台詞は無かったのか。バカ言え和解などあり得ない。“そんな贅沢な思考回路など備えていない。”戦闘には不要だからだ。こちらの声を認識したロボット狩りは肩にかけていたライフルを構えて膝をついた。発砲を聞いてから走るのでは遅い。リミッターの外し方があるのなら誰か教えてくれ。まず右斜め前に、ジグザグに。
「ちくしょう」
ガブ、お前はもっと自由に生きろ。
三回目の方向転換、着地の瞬間に左膝が吹き飛んだ。既に次の動作へ向いていた意識が追い付かない。バランスを崩した視界に黒い空が、雨粒が覆い被さるように見えて泥の地面に倒れ込んだ。右手を突き刺すようにしてすぐに身体を転がす。次は左手、停止するな射貫かれる。
ガブ、この汚い世界で何か美しいものを見つけろ。その時俺はもういないかもしれないが、誰かにそれを教えてやれ。
「このっ」
もはや届くかどうかも分からない弾を敵のいるはずの場所に向けて撃った。2発、3発。4発目を撃つのと同時に肩が砕けて右腕が飛んでいった。相棒も一緒か、ごめんな。
残った左腕を付いて頭を持ち上げる。ああ、これじゃあ良い的じゃないか。このまま頭を撃ち抜かれて俺の存在は消える。
ガブ、もっと色々と教えてやればよかった。薄汚く生き残るための知識しかない俺には無理か。
目と目の間に向かってくるライフル弾が見えた。“人間ベース”の粗末な仕組みだからだろうか。だがこの記憶はどこにも残らない。ロボット狩りの餌になるんだから、何も残らない方がいい。さようなら世界。さようなら、ガブ。




