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神のみぞ知る先の世  作者: 握り飯太郎
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距離と時間


「私も一緒に住むってどう言う事なの?」


 天子は動揺したまま優一の顔を見ると、優一はニッコリと笑みを返す。

 そんな話など今までしていない天子は訳も分からず、久松と優一の顔に視線を幾度となく行き来させたが答えが返ってくる事もない。

 この状況にただ一人置き去りにされていた。


「いやな、どうせならここに住めば良いと思ってのう。天子が焦がれて訪れた村ではあるがそんなに大きく栄えている訳でもないから色々大変だろう」


 良い案だとばかりに優一は人差し指を上げるが、天子は喜ぶ事もなく困ったように笑みを返した。


「でもそこまで甘える訳には行かないわ。私は何とか働き口を探すから大丈夫よ! 今までだってそうして来たんだもの」


 天子は両腕を曲げて胸の位置で掲げると拳を握って笑いかけるが優一は食い下がる。


「天子、ここに住む方がな……」


「私が他所で生活しちゃ駄目な事があるの?」


「それは……いやしかし……」


 その様子を会話の始まりから聞いていた勇二郎は、片眉をヒクつかせながら必死に口を閉じていた。親父様が言い出した事に否定は絶対にするつもりはないが、どこの馬の骨とも知らない小汚い女を住まわせるなんて事……しかも自分の了承もなくその会話が続いている事に腹を据えかねかけていた。


「天子さんが良ければ奉公人として住み込みで働くと言うのはどうだろうか? 私からの提案なのだが」


 意地になって断る理由もない。ただ天子は優一と親しくなったその立ち位置を利用して仕事、更には寝床を得る事をとても申し訳なく思い首を縦に振る事が出来かねていた。だが久松は人の良い笑みをしているがその優しげな言葉の中には確かに力があり、非常に断りにくい。

 この村で一番大きな屋敷に住む小林久松……優一の父は恐らく権力者、栄えた大きな村で年貢を取り立てるのはこういう人物なのだろうと容易に想像が出来るのだった。


「どうだろうか。天子さん」


 天子は暫く考え込み、深々とこうべを垂れる。


「謹んでお受け致します」


 その光景を目の当たりにした優一は安堵の笑みを浮かべ、勇二郎は舌打ちをしてその場から立ち去ろうと踵を返すと、獣の様に鼻息荒く大股で歩き襖を勢い良く開いた。


「わぁ!」

「…………」


 勇二郎が襖を開けるとその会話を盗み見していた少年が倒れ込み、少女がその傍で表情を変える事なく立っている。


「佐助! 何してる! それに紅緒まで、お前も一緒になってみっともない真似をするな!」


 勇二郎は少年少女に今まで腹に溜まった鬱憤を晴らす様に怒鳴ると、少年は罰が悪そうに立ち上がり、少女は腰を折って頭を下げた。


「勇二郎。その二人を儂らに紹介してくれんかのう、新しい家族が増えとるなんて始めて知ったわい」


 優一が腕を組み胡座をかいたままの状態を横に傾けて、勇二郎を通して少年少女を見た。

 勇二郎は言葉を発せず目で二人に命じるとピシャリと後ろ手に襖を閉めて立ち去り、残された少年は優一の前に歩みよって八重歯を見せて笑いかけた。


「佐助です、優一さん」


「お前は勇二郎の息子か、顔が昔のあいつと瓜二つだ。さん付けをせんとも伯父さんでいいぞ」


「はい! 伯父さん!」


 佐助が優一に頭を下げると、天子は優一の背後から正座をしたままの状態で膝先の左右に両拳を置いて滑るように移動してくると、頭を下げて笑顔を作る。


「天子とお呼び下さい、佐助様」


 奉公人として働く事になる天子は早速佐助に敬語を使うが、佐助は一瞬顔から笑みが消える。

 天子がそれに気が付いた時にはまた無邪気に笑って宜しくと伝えると早々に立ち去った。


「紅緒……」


 紅緒と名乗る美しい少女は無機質な声で名乗ると頭を下げる。サラサラと肩から流れて地に伸びる髪は美しく天子は息を飲み、優一は訝しげな顔をした。


「紅緒様、よろしくお願いいたします」


「のう紅緒、お前は勇二郎の娘か?」


「いいえ、わたくしは……勇二郎様の妻です」


「ほう、随分若いな。……これからも宜しく頼むな」


 優一は一瞬驚いたように目を見開くと優しく笑い掛け、紅緒は天子と優一に再度頭を下げて立ち去って行った。


「じゃあ儂らも取り敢えず部屋に戻るか、儂が空いてる部屋に天子を連れて行こう」


 優一が立ち上がり腰を拳で軽く叩いていると、天子もその場から立って久松に頭を下げる、そして部屋から二人で立ち去ろうとした時に久松が口を開いた。


「優一。……大事な話が出来なんだな、また酒でも酌み交わしながら話そう」


 すると優一は腕を組み天井へ視線を向けると、凛々しい眉を下げて困ったように顔を綻ばせて久松を改めて瞳に映す。


「いいや親父様、儂らに話すべき事はありゃあせん」


✳︎


その後優一は空き部屋へ天子を案内すると、天子は早速少ない荷物の荷解きをして畳に腰を下ろして優一を見上げる。

「寝転んでもいいかしら?」と尋ね、優一から了承を貰うと思い切って着物の皺や乱れを気にする事なく横に寝転んだ。


「あ~~~! 畳……畳よ~! 野宿は平気だけど腰が痛くなるからこれは嬉しいわぁ~~」

「あ゛ーーー疲れたーー」


 天子が畳に頬を着けて寝心地を堪能していると優一もどっかり隣に仰向けで寝転んだ。


「……あら、そう言えば私もうあなたを優ではなく優一様って呼ばなきゃいけないわね」


「……他の奴らの手前、そうした方が天子がやり易いじゃろうなぁ。……まあ二人の時に優って呼べばあいい」


「ふふふ、そうね。……本当、出会ってから時間なんて然程経っていないのに私達すっかり仲良しこよし」


 優一は天井と向き合いながら目を閉じる。


「時間は関係ない、二十年……いや、それ以上時間を掛けても相反する者もおるんじゃから」


「そうね、十年以上共にいても脆い関係もあるものね」


 天子も畳から頬を離すと優一のように天井と向き合い腕を丿はらいぼうのように広げると、手先に優一の腕が触れその温かな体温が自分に伝わるのを感じた。


「…………天子」


「なあに」


「……何かあったら、言うのだぞ」


「何かって、何を?」


 天子は首だけを動かして優一の顔を見ると、優一は逞しい腕を曲げて肘を畳に付けて掌で頭を支えながら天子の側へ身体を向けて笑いかける。


「何でもじゃ」


「っぅう…………」


天子は火が付いたように顔に熱が帯びると両手で自分の顔全体を覆い隠して頷いた。







長くなってしまい申し訳ありませんっ、ここまで読んで頂きありがとうございました!

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