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神のみぞ知る先の世  作者: 握り飯太郎
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道中


「よし天子、朝霧も深い今がいい頃合いだ。いっきに村を目指そう」


「ええ? よりによって今? 視界が悪いし危険じゃない?」


「いいや今しかない、でないと三日間歩き続けなくてはならんぞ」


 優一は伸びをすると立ち上がり、着物を羽織り直してすっかり火が消えて燃えさしだけが残った場所に立ったまま手を合わせた。


(村までどう頑張ってもあと三日は歩く距離なのにどうして……)


「昨日も無事夜を超える事が出来た、ありがとう」


 天子は不思議だった。朝霧が深い今、外を闇雲に歩き回ると獣道に出てしまい余計危険ではないか……また、昨日まで焚き火があった場所に手を合わせる行為を初めて見たのもあり、小林優一という人物にまた謎が増えた気がした。


 だが天子も見よう見まねで焚き火の燃えさしの前にしゃがむと手を合わせる。


「昨日、凍えずに済みました。ありがとう」


 それを見た優一はニッカリと爽やかな笑みを浮かべ「いい心掛けだ」と呟いた。


 そして二人は洞窟を出ると優一を先頭として朝霧の濃い中を歩き始める。

 天子は一人逸れないよう優一の傍に付き添ってはいるが、優一が何を目印に進んでいるかが分からなかった。


(……何だか、自然が恐い)


 白い靄は洞窟の内から見ると景色が切り取られているようでいて、何とも幻想的だがいざその中に入るとなると右も左も分からない、立ち止まると前に進んでいるかも自分に問いたくなる程方向感覚を危うくさせていた。


「優、何も見えないけれど……」


「んー? 大丈夫じゃ。近道をする、……あー……でも天子には厳しいかもしれぬな」


 優一が立ち止まると天子はその大きな背中にぶつかってしまい優一を見上げる。


「厳しい? 体力にはそこそこ自信があるのだけれど……なあに? 私達、大男と狸女の愉快な仲間達じゃない」


「珍道中から改名したか、儂はアレ結構気に入っとったがのう! ……よし。じゃあ天子、儂の言う事をちゃーんと聞いてくれるな?」


 優一は天子の目線に合わせるように屈むと真っ直ぐ天子を見つめた。その眼力に心まで見透かされるような気さえして、天子は思わずたじろぐが自身の着物を手で握って皺を作りながら頷く。


「これから何があっても、儂が良いと言うまでは喋ってはならん。……例え呼ばれても、絶対にじゃ」


「返事をしてはいけない? ……もし、してしまったらどうなるの?」


「儂が少し困る事になる」


「分かった。私は容量は悪いけれど、一つの事ならちゃんと言う事を聞き通せるわ」


「よし! 天子、ほれ!」


 優一は深緋色の大きな着物を片手で開くように広げると、自身の脇下に空間を作り天子をそこに入れるように包む。

 天子は優一の着物の内、抱き寄せられるように密着する事になって、側から見れば人間が左右並んだ二人羽織のようになった。


「ゆ、優っ……私、こんな密着を人とする事がなかったから今から既に心配なのだけど」


 天子はワナワナと震えながら優一の脇腹に密着する。視界も着物で遮られ、着物の内は暗く優一の匂いが充満していて、天子は心臓が暴れる獣のように激しく脈打つのを感じた。


「我慢してくれ、もう今から話せなくなる」


「……昨日川で水浴びしていないのよ。……臭かったらごめんなさい」


「そんなのお互い様じゃて」


 外から着物の内にいる天子の背中を軽く叩くと優一はシーっと天子に口を閉ざすよう宥めながら歩調を合わせ、密着したままゆっくり歩き始めた。


 暫く優一の言葉のままに沈黙を守り、優一の素肌に密着したまま見えないながらも転ばないよう歩く事に神経を使う天子。

優一は無言で歩きながら歩幅を小さくし、天子の歩き易いよう徐々に調節をしながら歩いていると、天子は二人の足音にズレて遠くから足音が聞こえて来るのに気が付いた。


(優……私……あら、足音が、増えている……)


「……来た」


 言葉を発したかと思えば優一の声は低くなり、それを皮切りに緊迫した空気が辺りを包んだ。


 おーーい。


 おーーーーい。


 まるで遠くから自分達に向かって呼んでいるような声が響き始める。足音は聞こえてはいるが砂利を踏みしめる音は自分達より少し距離があり、まるで待ってくれと言っているように天子は感じた。


(誰の声?)


 おーーい。


(どうして優は無視をしているの?)


 おーーーーい。


 天子は無視をしている事に罪悪感を感じたが、優一の言った通り自分は一切言葉を喋らず、優一の着物の内で歩き続けた。


 そしてふと思った。優一と天子が人気のない山奥で出会う事事態が奇跡的な偶然。……しかも霧の中どこを歩いているかも分からない自分達を見つけて後を追ってくるなんて、そんな事があり得るのだろうか。


(じゃあこの人は……)




 おーーーーーーーーい。


「っ……」


 優一の着物越しに天子の直ぐ真横から声が聞こえ、天子は思わず優一の身体に抱き着いた。

さっきまで後を追っていたのに、いつの間に真横に来たんだと思えば思う程、頭から冷静さがなくなり恐怖が顔を覗かせる。


(恐いっ……恐いっ、人間じゃないっ。だって……)


 声の主が天子の肩にそっと手を添えた。


(子供や老人、若い女性や妙齢の男。声色を変えて呼んでる。……返事をさせたいんだ……私に!)




 おーいおーいおーいおーいおーいおーい!

 おーいおーいおーいおーいおーいおーい!


 声の主はガクガクと着物越しに、天子の身体を物凄い力で揺すり始めた。天子の身体は釣られて大きく揺れるが両腕で必死に優一の身体にしがみつき、離されまいとする、だがあまりの恐怖に吐き気を催し、口から吸った空気がヒュッと喉奥で留まる感覚がした。



 おーいおーいおーいおーいおーい!



(助けてっ……!)


 天子の目に涙が浮かび、恐怖の限界に達した。その時、先程まで肩に触れている声の主の手でなく大きく優しい手が天子の背中を軽く撫でる。宥めるように、落ち着かせるように、声を発してはいないがそれが優一の手だと悟ると今までの恐怖がゆっくり自分から離れて行くのを感じた。


 優一は自分が持っていた風呂敷から、昨日二人で食べた魚の骨に頭と少しの肉が付いた残飯を取り出すと、高らかに背後へ放る。

 すると声の主の気配が遠ざかり、呼ぶ声も止んだ。


 そしてその沈黙を保ったまま歩き続けようやく、立ち止まった。


「……よく耐えたな。もう話してええど」


「いっ……いま、あっ……私……」


 自分の身に起こった事が分からず、優一が着物を開けて天子を外に出しても、天子はへなへなと腰を抜かし優一の脚に縋り付いていた。


「天子にはやっぱりキツかったな。……すまん、遅かれ早かれ長居すると遭遇する事になると思って急ぎ過ぎた」


「今のは何……? 私をどうしようとしてたの?」


「さあな、人がおらん山には何かがおる。……儂一人だとよう近付いて来ん癖に、あんたを狙って近付いて来たか。こんな近くでアレを見たのは久し振りじゃ」


「……優。私はあなたが悪い人でないと確信しているわ。……けれど、私はあなたの事が分からない……」


 優一は天子の言葉に笑みを返すがその瞳はどこか光がなく、悲しみが浮かんで見えた。


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