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神のみぞ知る先の世  作者: 握り飯太郎
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優一と天子


「優、そういえばあなたはどうしてこの山奥にいたの?」


「む? 儂か? おそらく天子と同じ、村に行くつもりでいる」


 優一の爪を綺麗に切り終えた天子は、懐から布切れを取り出すと髭の汚れを拭くように優一に渡す。

 優一はしげしげと布切れを眺めると 「汚してしまっては勿体無い」と天子へ返すのだった。


「私と同じ……そう、優もあの噂を聞いたのね。村に掛る朝靄はまるで龍の息吹、誰かが死ぬとまるで神々が涙を流すように三日三晩雨が降ると聞くわ。人とそうでない物の距離がとても近いのね」


「そんな幻想的な所ではないがな、でも確かに人とそうでない物の距離は近い」


「あら、知ってるの? 村の事……」


「儂はその村出身じゃからのう」


 優一は火の傍に居すぎて身体が熱くなったのか、着物の襟を大きく緩ませ胸元をはだけさせる。開いた着物からは厚い胸板が見え、その筋肉の盛り上がりをなぞるように汗が一筋流れていく……その光景がとても艶かしく思えた天子は思わず視線を逸らした。


(い、いくら今まで男に御縁がなかったとはいえ反応しすぎじゃないっ。これじゃあ発情期の雌猫……いや、節操なしの頭の緩い女じゃない)


「な、んで優は村に戻るの? 故郷が恋しくなった?」


 天子はしどろもどろ会話が途切れぬよう話を進めると、優一は手入れをされた自身の指を触りながら答える。


「ふむ、まあちょっとした復讐かのう」


「復讐って……?」


 あっけらかんとした明るさと人の良さが滲み出ていた優一から似合わぬ言葉が飛び出し、天子は思わず聞き返してしまった。そして優一はその事には答えず立ち上がると洞窟から出て行く。


「火に焚べる枝を拾ってくる、天子はちょっとそこで待っててくれ」


「待って私も手伝うわ!」


「こんな暗い中女子を働かす訳にいかんだろう。大丈夫、ちょっと拾ってついでに用でも足して帰ってくる」


 優一がそのまま出て行くと天子は思わず自身の頭をぶんぶんと横に振るい、膝を拳で叩いた。


(きっと聞いてはまずい事だったのに、昔から私は空気が読めないんだからっ……! ああ気分を害してしまったかしら! 私はだから仕事だって長続きしないでいつもいつもっ……!)


「……なんて……考えても仕方ない……」


 天子は暫く火に視線を投げてぼんやりとしていたが息を一つ吐くとゴロリと横に寝転がった。

 思いの外疲れていたようで、先程まで眠っていたというのに身体はまだ睡眠を欲している。

 優一が戻ったらさっきの事はまるでなかったように接しよう、そう思いながら重力に負けそうになる瞼を抵抗させるように開く。


(さっきまであんなに賑やかだったから……楽しかったから)


「一人で寝るのって、寂しいわね……」


 また重力のない沼のような所に意識をポトリと落として、沈んで行くような感覚に唇が小さく動くと完全に瞼を閉じきった。








 翌朝、天子は肌寒さと鳥の鳴き声で目を覚ますと洞窟の外へ視線をやる。外はもう日が昇っている筈なのに、景色が真っ白で白い霧が立ち込めている中日差しが反射してキラキラと光っていた。


「龍の息吹……」


 天子はそう呟くとブルブルと寒気を感じて昨日まで暖を取っていた火を見ると火は消えていた。だがそこにはまだ燃え切っていない新しい枝が刺されていた事から、昨日優一が足し木を拾って来てくれた事を悟ると、自分の腹部に目をやる。深緋色の大きな着物が布団のように自分に掛けられており、天子が慌てて優一を探すと直ぐ傍で大きな口を開けて熟睡していた。


(良かった、昨日優も戻って来てたのね)


 天子に気遣って着物を掛けている優一は上半身が裸のまま眠っており、時折ボリボリと硬く幾つも盛り上がる、丘陵きゅうりょうのような割れた腹筋を爪で引っ掻いている。


(こんな寒いのに肌を出して、私なんかにこんな着物を使っては勿体無いわ)


 天子がそっと、自分にそうされたように優一の上半身に着物を掛けなおすと改めて顔を直視した。

 そこでようやく気付く違和感、何かが違う。昨日とは明らかに違う何か……仙人のように伸びきっていた優一の髭が綺麗に剃られていた。


「へ!?  え!?  ……えぇっ!」


 何度か見返した後に思わず声を上げてしまい己の口を手で塞ぐ。だが優一は口から声を漏らしながら目を開けゆっくり起き上がり大きな欠伸をした。


「ん~、なんじゃあ? 熊でも出たか~……?」


「あっ、起こしちゃってごめんなさいっ。一瞬誰かと思って」


「何じゃいな、まったくうっかりさんな女子おなごなこって」


 仙人……もとい山男……もとい、優一の顔の半分以上を締める髭がなくなった事により、今まで見えなかった顔の全貌が現れている。

凛々しい眉に意思の強い目力のある瞳、筋の通った高い鼻、能面のような顔とはまた違い少し彫りが深い顔。


 小林優一は男前と呼ぶに相応しい容姿をしていた。


「そ、そりゃあ驚くわよ。だって髭がなくなって別人じゃないっ」


「ああ、そういや昨日剃ったな。指を綺麗にしてもらった事だし髭でも剃るか、と。……ん~? 天子、もしかして儂が髭剃って寝とったから他人かと思って声を上げとったんか」


「ええ、それとなんだか裏切られた気分……」


「んん?」


 背も高く思わず何度か視線を向けてしまう美しく着いた筋肉、それに加えて自分に着物を掛ける程の気遣いに男前なその顔。

 女子が放って置く筈がない。


「山男と狸女の珍道中って思っていたのに……」


「だっはっはっはっは! や、やめてくれっ! ひー、ひー! 天子は、っとに面白い女子じゃて!」


「いいわよいいわよ、男前大男と狸チビ女の愉快な旅って思って置くから」




優一「どうせなら、狸チビ女の前に可愛いと着ければいいのにのう」


天子「その可愛いって動物的な可愛いでしょう」





宜しければ御感想や御指摘をお待ちしております。

ここまで読んで下さりありがとうございました!

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