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神のみぞ知る先の世  作者: 握り飯太郎
18/19

変化を続ける感情


小林家は村を取り仕切る地主でもあった。

その歴史は深く、過去帳を確認出来たとしたら……きっとそれは複雑に入り組み人の業と言う物を感じるに違いない……。現在は過去の戦乱の悍ましい業火に焼かれ、全てを記された過去帳は焼失してしまった、只それでも何代か前の小林家の先祖が供養も出来ぬ……と記憶を頼りに新たに書いた二代目の過去帳ならば屋敷に存在していた。

だがそれは片手で数えられる世代までしか記録に残す事が出来なかった物、記憶に残っていない過去の業……はてまて何かはっきりとした要因があるのか、鬱蒼としたどこか呑み込まれてしまいそうか空気が小林家にはある。潜ってしまえば、その大きな力に溺れさせられるような、言い難し恐れがある、これによりて"敏感な人間"は感じてしまうのだ。

 なので村人の中にははっきりとした理由が無いにしても小林家の門を潜る事を仕切りに恐る人間もいる。

 そして追記をするなれば、恐る者も居れば、その溺れてしまいそうな力を好む存在も確かにあるのだ。



 ある日紅緒は小林家の廊下を一人歩いていた。彼女は勇次郎の妻と言う名目で小林家に嫁いだ絶世の美少女である、しかしそんな天女のころもに包まれ育ったのだと村人達に言われる様な妻を娶った果報者……勇次郎はと言うと、彼女に対して愛情と言う物を持っているのかと言われる程に他人の様に扱っていたのだった。また、紅緒もそれを気にするさまはなく、悠々自適に小林家で暮らしている。


 そしてそんな彼女は就寝中に夜中の寒さに目覚め、そのついでに花を摘みたくなった。

 廊下を歩きながら一人厠を目指していると、とある違和感に気が付いた。ズルズルと屋敷の柱に巻き付き上がって此方を伺っている様なナニカがいる。ソレは歯が生えているのかカチカチと歯を擦り合わせながら紅緒の脚元まで……恐らく這い回りながら近付き、舐め回す様に頭頂部まで眺めている。その心地はまるで……視姦でもされているように紅緒は感じた。



 ーーーなんとまあ、趣味の悪い。


 紅緒は寝間着の懐へ手を滑らすとゆっくりと短刀を取り出した。

 鞘から刀身を抜くと手に馴染ませるように掌で弄ぶ、その様はまるで短刀も身体の一部の様である。

 回し転がし指先で跳ねさせる、紅緒は短刀を跳ばし宙に弧を描かせると、まあるい弧を描いて落ちてくる短刀を片手で柄を掴み受け止めたのだった。

 来るか……、そう彼女は思いふり向こうとした途端ーーーー。


 「そぉぉぉこかぁぁぁぁぁぁ!!」


 紅緒の真後までべったりと寄り添っていたナニカは、遠くから聞こえて来る叫び声に反応し、その姿を消し去ってしまった。

 

 「…………?」


 不思議に思った紅緒が短刀を降ろし振り返ると、優一が視線の先の廊下を曲がって此方に向かって来たのだった。



 ーーー褌姿で。


 「だーーっ、くっそ〜〜逃げられたぁー! 一旦何回このやり取りをすりゃあええんじゃぁー!」


 「……優一様、……何故なにゆえ寝間着を着ていないのですか?」


 優一はと言うと穢れを知らない、無垢な乙女の様な白さの褌を夜風にはためかせながらその悔しさを柱に叩き付けている。この方は何と掴めないのか……そう思いながら目の置き所に困った紅緒は、割れた優一の腹筋を数えながら尋ねるのだった。


 「ああ! 儂は大体寝る時は裸か褌だけと決めておる、気配がしたから小虫を潰しに来たがまた逃げられてしもうた。……と、言うより儂とて尋ねるが、紅緒の短刀それはなんじゃ、持ち歩いておるのか」

 「我が身に降りかかる厄難は、斬らねばなりませぬ故……お気になさらず……」


 紅緒は剝きだした殺意を鞘に収めると先程までナニカが巻き付いていた柱の見つめる。


 「どんどん大きくなっております、このままでは近い内に、人まで食う様になるかと」


 「おう、早々に潰そうと思っておるが……どうやら隠れるのがかなり上手いらしい、近付いた瞬間に逃げ去られてしもうては見つけ出すのも難しい……早く何とかせんと天子が肩身狭い思いをしっぱなしじゃ」


 「静かに近付いたら良い……のでは……」


 そりゃあこんなに体格の良い大男が叫び散らしながら……しかも褌姿で走って来たら自分とて逃げる……そう思いながら紅緒が指摘をすると優一はニッコリ口角を上げながら人差し指を唇の前に立てた。


 ーーもしかして……わたくしが襲われると思いわざと……



 「さーて、消えてしもうては堪らん。森の中から木を見つける様に! 多分見つからん! そういやここから天子の部屋に近かったな、寝る前に安否の確認でもしに行くか!」


 旗めいた純白の乙女色の褌、布の下を不運にも見てしまった紅緒はサーと血の気が引くのを感じ四歩程後退する。……が優一は構わず笑顔のままどんどんと距離を縮めて来るのだ。

 

 「い、いやそのお姿は流石にまずいかと……」

 「寝顔見るだけじゃて! 儂は何もせんぞー!……多分」

 「今多分とお仰いましたね?……そ、そんな事、聞いてしまったからにはお通しでにませぬ……」

 「まーまー! 黙ってたらえーんじゃー」


 こんな真夜中になんて格好で向かおうとしているのだ、寝間着を着たとしても怪しいのにそんなほぼ全裸な格好ではまるで夜這いをしに行っていると誤解を受けてしまう。


 「私が代わりに行って参ります故!!!」


 こんな大声を出したのは……生まれて始めてだ、そう思った時紅緒は大声を出す時に声が裏返ってしまった事に気が付き……格好がつかないと羞恥に口元を隠す。優一はその様を可笑しそうに笑うと紅緒の頭に手を置き撫で上げた。


 「紅緒、天子は好きか?」

 「……好きも何も、私にとってあの方は……道端に咲く野花と同じでございます。言われぬ限り特に気にも止めないような…………」

 

 そうか、と優一は伸びをすると大人しく引き下がり踵を返した。優一に背を向けられようやっと諦めて下さったかと紅緒は肩の力を抜くが優一が上半身だけ紅緒へ向ける。


 「多分、お前さんと天子は仲良くなれると思うぞ。儂の勘じゃけどな」


 自室に帰る優一を呆然と見送り、やがて紅緒は視線を地に落とすと夜風に攫われてしまいそうな声で嘘だ……と呟いた。





 紅緒と優一が騒いだ廊下から直ぐの所に天子に与えられた自室がある、紅緒はそっと襖を開けて中に入ると天子の顔を覗き込んだ。


 あれだけ騒いだと言うのに天子は無防備にも深く眠っている。


 (良かった……起きていない)


 紅緒が安堵の息を漏らす、これで義理は果たした。さあ帰ろうと考え立ち上がろうとした矢先に、紅緒の耳に微かに震える天子の吐息が届く。不思議に思い振り向いた紅緒の目には天子の変化が見られた。


 「行かないで……」


 魘されている様な、今にも消え入りそうな声を漏らしている天子。きっと、夢の中だけに留めておけない気持ちが溢れて出ているのだろう。


 紅緒は天子の事は何も知らない、天子に何ら興味もないし、自分の事も理解してもらおうとも思わない。劣悪な環境に咲く哀れな野花だ。

 そう思っているのにーーー。


 「…………どこにも行かないよ」


 紅緒は思わずそう呟くと天子の前髪を払う。

 ずるいな、出て行こうとしたら引き止めるんだから。……そう心の中で静かに悪態をついた紅緒は天子の布団の中に手を入れると天子の手を引き寄せ、握り始めた。


 「柔らかい手……」


 こうして握っていたら、夢の中で独りぼっちの彼女は寂しくないだろうか……そんな事をぼんやりと思いながら。







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