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神のみぞ知る先の世  作者: 握り飯太郎
12/19

思い出したくは

ヒラリヒラリ、葉が落ちるは女の腹へ。

 天が私を落としたもうたのは遠い秋の暮れの事。

 おぎゃあと泣く私を絹の布で包み産湯へと運ぶは5人の女官。

 無邪気なままで年月を跨ぎ、ふと己の身分を実感してしまった時……私は皆が理想とする姿を演じなければならなかった。

 何て事はない、ただ私は己に課せられた役目を全うすれば良いのだ……私自身の価値は其れを置いて他はないのだから。


 天に最も近い所に腰を下ろす我が叔父上、彼の方にも邪魔にはならぬと存在を認識されていた私であったが、ある時ふと気紛れで城から下町に降りた時に一つの書物と出会った。


 所詮は御忍びの気分転換であったが、ふと店先で目に入った書物を手に取る。

 変装した護衛曰く、元々は名を馳せた著者による書物……だが今となっては名ばかりらしい。

 店先でその表紙をめくり、文字を追うと、そこには今までの私には知り得ぬ世界が広がっていた。

 美しいとしか、私の語彙力では表せられぬ言葉の羅列。自分の中にある枯れた井戸にしとしとと小雨が振って満たしていくような感覚に思わず立つ鳥肌が収まらない。


 「……これを書いた者は、仙人か?」

 

 「いいえ、身分の低き者です。高龍だなんて分不相応な名を使う愚かな物書きですとも。あなた様にはもっと相応しい書物がある筈」


 「高龍……嗚呼、名が体を表すとはこの事か」


 何故ここまでの方が皆に見下されているのだ、私が読んだ書物これと同等……それ以上に美しい物語は誰も書けぬだろうに。私が逆立ちしたとて書けるとは思えぬ。


 身分が低かろうと、天が高龍殿に筆を持たせたのだ。


 「こんな物を見たら、憧れてしまうではないか……筆を、取ってみたくなるではないか……」


 私の呟きを他所に護衛達は華やかな店へ私を誘導しようとする、だが今の私にはそんな事二の次……興味と憧れを同時に抱いたのだから。


 ーー会ってみたい、どんな方なのだろうか。高龍……先生。



 「ひぃっ……ひぃっ……待ってくれぇ~!」


 あの後私は足早に道を進むひょっとこ男の背中を小走りで追いかけ続けていた。

 ひょっとこ男の長い脚でひょいひょいと歩かれれば否応無しに小走りになってしまう。

 これが奴の普通とするならば、若い女子と道など歩けんだろうに。……私も歩いた事はないが。


 「はっはっは! 高龍先生、急がねば鬼婆が追いかけて来て頭から食ってしまうぞ~!」


 「呑気だな君も!! ……と言うより我々は何処に向かっているんだい!?」


 「逃げ出すんじゃて~、黄泉の世界からのう」


 はぁ!?……と言う私を他所に前方から私の背後へと回って来ると「ほうれ頑張れ頑張れ」と背中を押して先を急かすひょっとこ男。

 全くもって掴めない男である。


 「曰く、私は死んだのではないのかい!?」


 「ゆくゆくはそうなる、このままここに居ればのう!」


 「……なあ、ひょっとこ男。私が異形の老婆達に物語を誦んじる時、確かに薄ぼやけた己の記憶が戻って来た感覚がしたのだ」


 ひょっとこ男に背中を押してもらいながら荒い砂利道を踏みしめる。その最中で確かにあの時感じた奇妙な感覚と、漠然とした不安が口からホロホロと零れ出てしまった。


 「このまま、記憶の全てが戻ったら……私はまた同じ道を選ぶだろうか」


 「大丈夫、先生なら二度目は同じ道を辿らんさ」


 だが、でも……そんな否定的な言葉が止まらない。生き返りたいのか、それともこのまま死んでいたいのか分からぬ私の心にひたすらにひょっとこ男は「大丈夫」と優しく言葉を掛け続けて先へと絆す。


 そしてまた止まった足を動かして、彼が指し示す方角を目指すと突然背中を押す手が止まった。


 「ひょっとこ男……?」

 「思ったより早く追いかけて来おった」

 

 彼の口から出た言葉は私の脳天に打ち付ける雨のように全身をざわめかせた。

 振り返ると、目を凝らさないと見えないが確かに遥か遠くから何かが追いかけて来ているのが見える。何かと言ったが、そんなもの決まっている……私を食いに来た鬼婆だ。


 「まずいまずいまずいまずい! もうそんな時間が経ったのか!?」

 「ふーむ、どうしたもんか」


 ひょっとこ男は呑気な声を出しながら腕を組み首を傾げている。こやつ、自分の命がかかっていないからと言ってなんと悠長な!

 するとひょっとこ男は懐から人の形に切った懐紙を取り出すと、そこに深く吸った息を吹きかけた。そして私にも別で人形の懐紙を渡して来たので見様見真似でゆっくりと息を吹きかけてやるとそれを高らかに放る。

 ひらりひらり、息を吹きかけた懐紙は二本足で歩きながら私達とは別方向に歩き出したのだ。


 「これで暫くは時間稼ぎが出来るだろうて」


 私は思わず自分の眼を指で擦り、もう一度その光景を見る。やはり視線の先には歩き出す二枚の紙、更には私とひょっとこ男の影を持って行ってしまっていた。

 分かりやすく言うと、その懐紙の影が私とひょっとこ男の影になっているのだ。


 「な、どうして紙の影が私を模しているのだ。と言うより我々の影がないではないか」


 「ああ、あの紙に貸しているだけだから案ずる事はない。これで鬼婆達は紙を儂等と思って追いかけるだろう」


 「……神みたいだ」


 「紙じゃ紙! ありゃー何処にでもある普通の紙だ先生! 儂は少し細工したに過ぎんよ」


 ひょっとこ男、この男と関わるとつくづく不思議な気分になる。この男は私が執筆した物語の主人公と似ているからだ。

 掴み所がない、不思議な男。何故だかこの男の事をよく知らないが傍に居られるととても頼もしく感じる。


 「ひょっとこ男、君は私の物語に出る人物と似て居るな。ボツになった物語なのだが」


 「おお、それはもしかしてあの書物の事かのう。たしかに主人公は変わり者で、奇妙な力を持っておった神の成れの果て。……鬼婆にそらんじていたな。あの話はとても読み応えがあって好きだったから、アンタが話してくれた時は嬉しかった」


 「……? 待ってくれ、ひょっとこ男。私は君に話すのは初めての事なのだ。あの話は元々ボツになった物だから君は知らない筈では」

 

 ーーそう、知るはずがないのだ。私と……あの子以外に。


 ドクリ、黄泉の世界で……もはや意味を成さない心の臓が再び激しく脈打つような感覚が身体を襲う。動悸が激しくなり、全身を巡る血液が沸騰しているようだ。


 ーー知りたくない


 全身が、ひょっとこ男が発する次の言葉を聞くのが恐ろしくて震えてる。

 やめてくれ、そう叫びながらこの男の口を塞いでしまいたい位に


 「おかしな話だわい、儂は先生の誦んじた物語と全く同じ物を確かに読んだぞ。……作者は、高龍ではなく……宝珠という人物で公表されていたが」


  「あ、ああ……宝珠……」


 膝下から崩れ落ちるとはこの事……私はまともに立って居られなくなりその場にしゃがみ込むと己の肩を抱いて浅い呼吸を繰り返していた。


 全てを思い出した。思い出してしまった。

 私が死んだのは、自分の魂を込めた作品を盗作されてしまったからなのだと。


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