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神のみぞ知る先の世  作者: 握り飯太郎
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宝珠


 四時しいじ、月桂を頼りに真白な紙に筆を泳がせる、水を得た魚の如く自由に泳ぎ回るその様はまるで別の生き物のようであった。


ーー魂をその水面みなもへと落とし込め


 この路に骨を埋めると決めた時から、こうしていない時の恐怖たるや言葉に表せぬ。

 だが……

 

「…………うぅ………………」


 ……いつから自由に泳ぐ事が出来なくなったのだろうか、評価ばかりを気にした私はいつしか飛び方を忘れてしまい、醜くも地を這いそれでも書いていたいと啜り泣いてばかりだ。


「高龍先生……」


 耳心地の良い声が直ぐ背後から聞こえる、我に帰って振り向くと床に膝を着き両手を揃えてお辞儀をする青年がいた。

 身なりや整えられた髪は格式高い家柄の青年である事を物語り、涼しげな目元に細く通った鼻筋、やおらに上がる口角等も全てが夜闇に良く映えていた。


「なんだ、また来たのかい? 君はとても物好きなんだね」


 この青年はよく私の根城に現れては没となった話を読み漁ったり、執筆をしている私を見学したりしている。最初こそは身分高き御方おんかたに恐れ多いと下げた頭を上げる事はしなかったが、変わった方のようで弟子のように扱ってくれと言って聞かない。名前も名乗らぬ見知らぬ他人にどうしたもんか……そう悩んだ挙句に彼の言いように從う事にした。


「君、あなた……では呼ぶ時に不便だろう。砕けた接し方をしているんだ、そろそろ名前位教えてくれても良いのでは?」


「いいえ……名を教えてしまうと、私はあなたの弟子でいられぬのです。先生が何か適当に名を付けて下さい」


「……ふうむ、困ったなぁ……なれば、宝珠と呼んでも差し支えはないかい? 龍がいつも手に持っている玉の事を指すのだよ」


 あまり深く考えず適当に浮かんだ名を挙げると、早熟なその青年は涼しげな目元を細めて口角を上げた。


「なんとも……名前負けを致しますなぁ」


 きっと昔の私であったらボロの長屋でも己の城、この青年の相手などいちいちしてはいない。

 だが、きっとこうして度々訪れる素性の知れない彼に心を許すのは……其れ程に、孤独は我が身を蝕んでいるからなのだろう。







 己の死を理解した瞬間から肩の力がストンと地に落ち、そして朧げな記憶が少しずつ鮮明になって行くようだった。

 薄汚れた書物を叩いて埃を落としていくその最中で、確かにそこにあった物が見えてくるように。


「婆さん等や、暫く高龍先生を連れ出しても良いじゃろうか? 適当に時間を潰す内に全てを思い出すかもしれん」


「駄目だ駄目だ、その男は酒の贄となるんだ。今直ぐ腑から食べてやる」


 ひょっとこ男が私の肩に手を置き異形の老婆達へと提案をするが、老婆達は渋い顔をして首を縦には振らなかった。すると、ひょっとこ男は老婆達の前に膝を折ってしゃがみ込むと、まるで童に勉学を教えるように一つ一つを謙って話始めた。


「よお考えて見ぃ。ただの凡人と才の溢れる者……どっちが美味いか考えずとも分かるじゃろう。ただ婆さん等はここで酒を飲んで待てばいい。そうしてる間にこの男も記憶が戻り、ただの凡人、和泉兼定から……いと高き龍に戻るじゃろうて。短期は損気、ただ待って熟成させれば滅多に口には出来ぬご馳走になるぞ」


「はははは! そんな訳がない! ただの腑抜けた貧民じゃないか!! 物書きだとか言っていたが、こんな下つ方の書く書物などたかがしれている!」


 ゲラゲラと腹を抱え、貧民と嘲笑う老婆達に言い返す言葉も浮かばない。そりゃあボロを纏い、質素な生活をしていればそれがやがて己の位だと滲み出る事だろう。

 流石に、私の物語まで馬鹿にされては悲しいが、それが世の意見なのだ。


「ならば賭けよう、今からこの男が儂も含めて婆さん等に自身の物語を諳んじる。それを聞いて才があるか判断すりゃあいい」


「まっ……待ってくれ! 諳んじるだなんて、そんな事した事もないし心の準備も出来ないではないか!」


 突然に振られた話に動揺した私はひょっとこ男の着物を掴むと左右に揺すったり平手で叩いたりを繰り返す、だがこの大男はビクともせず……まるで女子のように私をあしらって終わらせてしまった。


「心配せんでええじゃろう、先生や」


「君はひょうきんな男だな! こんな化け物達を納得させられる話を私が作った事があるとでも!?」


「おう、あるとも」


 仮面越しに、なんとまあ自信のある声色を出す事か。


「……君は………」


「……先生や。今よりそう遠くない過去に、特別な誰かに褒められた作品をただ言葉でなぞればいい」


「…………そんな、物……」


 今もなお燃え続ける天を見上げて途方にくれるとふと、また不透明な物が鮮明になって行く感覚が押し寄せる。


ーー私はこの話が好きです。


 魂を落とし込んだ、そんな作品でさえも認められぬ。涙を流しながら投げ捨てた物を拾い上げた……そんな変わり者が確かにいた。


「一つだけなら、諳んじれるかもしれん。……だが噛むかもしれぬし、途中でつまづくかもしれぬし、言い間違えるかも……」


「良いから早う喋らんか! 噛り付いてしまうぞ!」


「そ、それは困る!」


 胡座をかいて座り、聞きに入っている異形の老婆達に急かされると一つ咳払いをする。

 私がよくやる癖だ、緊張した時などこれでよく紛らわせていた。……だが今回のような諳んじる事なんて初めてだが……相手を化け物と思わないで語ろう。……彼に話す時のように。


 「ではーーーーー」


 そこから、私はただ脳裏に浮かぶ文面をなぞり上げて声を高らかに放つ。


「!?」


 老婆達は卑しく笑みを浮かべた顔を固まらせると視線を私へと集中させた。

 ピリピリと身を焦がす空気を創り上げた後に語るは、何でもない……貧民の創り上げた与太話だ。だが何とまあ、聞き入ってくれる。


 常磐での激しく絡み合う伏線には首を傾げ、一つ一つ紐解く謎に思わず口を開き、主人公が陥る窮地にはソワソワと忙しなく脚を震えさせる、そんな化け物共を見て一番沸き立つ所で口を閉ざした。


「……おい、続きは……」


 先を気にさせたら此方の流れに身を投じたも同然ーー。


「…………そして、そこから状況が二転三転するーー」


 なんと気持ちの良い事か。


「…………場を用意しただけで、もう……化けおった……」


 ひょっとこ男も異形の老婆達の背後に立ったまま腕を組んで仮面越しに顎を掴んでいる。

 彼もまた、私の物語に上手く引き込めた。


 そのまま緊張感を保ったまま起承転結の筋を通り、そして最後には一番始めに作った伏線を綺麗に回収する。

 めでたい終わりではないが、全てが綺麗に収まった。


「………………」


 執筆中の時のように、我を忘れて語り、そしてそれが終えると現実に戻る。

 ……場の静けさに予想した反応と違う、そんな不安が待ってましたと言わんばかりに降り注いで来たが、やがてまちまちだが拍手が聞こえて来た。


「…………連れて行ってもいい、ただし半刻戻って来なければ逃げたと見なして二人共引き裂いてやる」


「……それはつまり……」


 傍に歩み寄って来たひょっとこ男を楯のようにして背後に隠れるが、思わぬ回答に耳を疑った。


「……儂が予想した結果より遥か上を行ったのう。……誰じゃ、堕ちたなんぞ行った阿呆は」



久しぶりに執筆したら色々おかしいツッコミ所も多くナニコレポエミーな点も多く皆様には土下座致します。

ですが、ここまで読んで頂いた感謝は天元突破!姿勢は低く感謝の念は高くします!

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