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ザ・寂しさへの抵抗 by お姫さま

よろしくお願いします。

 土曜の午後、ピンポーンとチャイムが鳴ったのでエントランスの画像を見たらバカ兄貴が一人で立っていた。インターホンに出たら「絹江と大ゲンカして家を飛び出してやったぜ!ハッハァ!」と言いやがった。ホントこのお兄さまは最悪である。



 取りあえず透の靴を下駄箱に隠し、エントランスまで迎えに行ってやった。この高級タワーマンションは、静脈認証の登録をしなければエレベーターまで辿り着けないのだ。スーパーセキュリティもハイエンドの証の一部だ。助演女優が主体の誰かさんとは住居も格が違うのよ!オーホッホッホ!


 逆に面倒とも言えるけどね。内側からロックを外しバカ兄貴を招き入れてやった。ここへ来るのは引っ越しを手伝わせて以来二回目のことだ。


 透はクローゼットルームに隠してある。兄貴が居る間、トイレは死んでも我慢しろ!と言っておいた。



 招かれざる客は当たり前のようにソファにドッカリと腰を下ろし「コーヒーでも出してくれよ」とブッ込きやがった。「キッチンに行って自分で淹れろ!もちろん私の分もだぞ!」と返したのは言うまでもない。



 バカ兄貴が淹れて来たブルマンを一口啜って事情聴取してやった。


「だってさあ、絹江はお前のことボロクソになじるんだぞ!今こそ大切な旦那さまの権威ってやつを示してやらねばと思うのは当然だろ?俺がいなけりゃ何も出来ないって再認識させてやるんだよ」


 権威?お前にそんなもんあるかァ!独りになって困るのは、どう考えたって兄貴の方だろう!ホント早くゲラウェイだよ。典型的なお荷物振りに、兄妹とは言え目まい起こすぜ。



「お兄ちゃんたちに干渉などしないけど、私に迷惑掛けるのだけは止めてね。独りで静かに過ごす時間は多忙な私にとって大切なものなの。転がり込むのだけはカンベンだからねッ!」


「えっ?そんな冷たいこと言わないでよ。俺が今まで妹を思ってどれほど奮闘して来たことか。少しくらいは恩返ししようと思わない?いつも留守なのも不用心でしょ?」



 ふざけんなッ!こっちはやっと透とのアバンチュールを迎えようとしてるのに、今までの努力をこんなバカタレごときに潰されてたまるかってんだァ!クッソー!こじらせると面倒なのでやんわりと否定してお引き取り願おう。



「まあ、お兄ちゃんにはいつも助けてもらってるけど、ここに住むのはちょっとねえ。居心地良すぎて戻れなくなっちゃうよ。しがないリーマンらしくボロアパートで過ごした方がいいって。人間、分をわきまえるって大切なことよ」



 そうだよ。ここでは貧乏クソリーマンが望むべくもない暮らしが可能なのよ。家事一つとっても手触りが違うもの。調理器具から食器類まで高級品が揃えてあるんだもの。まあ、選別は智美社長に紹介して頂いたインテリアコーディネーターの方に丸投げしたけどね。とにかく、家具も食器もいっぱいお金が掛かっているのよォ!お兄ちゃんのような庶民には質感の価値すら見い出せないかもね。



「実の兄に向かって分をわきまえろとは失礼な奴だな。俺は妹との違いなんて感じてないぞ。小さい頃から一緒に育って来たのにさあ。だいたい、透だって俺がいなけりゃ出会えなかったんだぞ!最終的にはうまく行かなかったけど、由香利だって透が好きだったろ?でも、何で振っちゃったんだよ?俺はすごく残念だったんだから」



 それを言われるとちょっと辛いが、兄貫が残念がってもしょうがないじゃない。確かに私はその過去をリセットしようとしてるんだけど。現実的TSってやつね。それは力の有る者だけに許されることなの。そう、私のような人も羨むお姫さまだけにね。オーホッホッホ!



 待てよ。救いようのないバカ兄貴だけど、こっちの陣営に組み込んでおくのも有りだな。多勢に無勢って言うじゃないか。敵の懐で活動するスパイに使うっ手も……無いか。実の兄妹として情けないことだが、能力に問題が有り過ぎる。



 一応、味方だということだけ認識しておくか。イラついた時に私の真空回し蹴りを受けるサンドバッグが一つ増えたと思えばいい。少し思案した……。よしッ!バカ二人で連るませるか!


 私は意を決して透を呼びに行くことにした。バカコンビは只のバリゲート代わりに使えばいいから。



「ちょっとお手洗いに行ってくるね」



 兄貴に言い残してクローゼットルームに行き静かにドアを開けた。透は入り口の私に背を向けうずくまっていた。前かがみの姿勢で手に何かを持っている。私のAカップブラだった……。



「この変態野郎がァ!今直ぐ死にやがれェ!」


 叫びながら渾身の力を込めたドロップキックを背後に喰らわせてやった。透は吹っ飛んで顔面から壁に激突した。首が折れて死んだかも知れない。いや、こいつは不死身のバカのはずだ。放っとけばムックリ起き上がって来るだろう。



 バタバタと足音が聞こえ兄貴がスッ飛んで来た。


「何か有ったの!?由香利、大丈夫?」


 そう言って壁際で顔面を押さえうずくまっている汚物に目をやった。ジリジリと距離を詰め、バカ兄貴は恐る恐る言い放つ。


「こ、この泥棒野郎がァ。け、警察に突き出してやるゥ」


 全然迫力不足である。ホント頼りにならない兄貴だぜ。本物だったら間違いなく返り討ちに遭ってるよ。



「ゲッ!透じゃん!何でここに居るの?って言うか、お前流血してるよ。由香利ィ!手当てしてやらなきゃ死んじゃうってばァ!」


 なんちゅうリアクションだァ!迫力も無けりゃピントも外れてる。さすが迷コンビの片割れだけあるぜ。



 しょうがないので透の胸倉を掴んで引き起こしてやった。鼻血をダラダラ流していやがる。思わず下僕が打ちつけた壁を見た。良かった!壁紙は汚れていない。鼻血が出たのは崩れ落ちてからみたいだった。


「お前さあ、何で私のブラを手に持ってるんだよ?匂いでも嗅いでたのか?マジ変態だぞ!」


「独りで暗闇に佇んでたら、クローゼットの引き出しがしっかり閉まってなかったので思わず開けちゃったんだ。そしたらこの手が……、この手が勝手に動き出して掴んだブラを口元に運んで来るんだよ。ホントにいけない手だよね。こいつめ、こいつめェ!」



 殺意を抱いた私を尻目に、バカ犬は前足をペシペシ叩いた。お前なあ、青龍刀でその前足を叩き切ってやろうか!?こんな茶番をやってる場合じゃないんだよ!こちとら、姉さんに宣戦布告したも同然なのにさ。



 察するに、絹ちゃんは亜矢子姉さんの所に向かっただろう。上等だァ!チームお姫さまvsチーム若奥さまよォ!戦力的には不利だが私の優秀な頭脳でカバーしてみせる。お姫さまに敗北の二文字など存在してはいけないのだから。



 バカコンビを引き連れリビングに戻った。キッと透を睨んでやったらガタガタ震えていやがる。しょうがないのでティッシュボックスを投げつけてやった。鼻の両穴に突っ込んで窒息しやがれェ!



「ねえお兄ちゃん、私はいずれ透と暮らすから協力してね。誰にも言っちゃダメだよ!お母さんにもね」


「お前さあ、透は亜矢子さんの旦那だぞ!いくら別居中とは言え、かなりマズイんじゃない?略奪婚でもしようものなら、お前の女優生命も終わっちゃうぜ」


「もちろん、引退してケジメを着けるわよ!ある程度はお金も貯まったし、透さえキチンと働いてくれれば生活して行けるわよ。私は五年の芸能生活で一般人の何十年分も稼いだんだからね!大手の契約CMで荒稼ぎよ!まあ、旬はいつか過ぎるものだし「オフィス・カムレイド」は契約が一年更新だから、期間満了をもって引退よ!もう、新たなCMオファーも受けないわ。引退後、一年間おとなしくしてれば自由の身になれるもの」


「それはお前の独断で、透や周りの気持ちも少しは考えないとしあわせになれないぞ。俺はもちろん由香利の味方でいてやるけど、あまり感心しないなあ」


「透ゥ!もちろん異存はないよねェ?永遠に私への愛を誓ってくれるでしょ!?」



 透はためらうように視線を外しやがった。オイ!こっちは今更引き返せないんだよォ!優柔不断もここまで来ると悲しくなってくる。私も何でこんなクソ野郎にこだわるんだろう?既婚者で安月給のリーマンなんて条件最悪じゃん!


 やっぱり私は透が好きなんだろうなあ。ああ、切ないよォ……。



 やっとバカ犬が視線を戻して小声でつぶやいた。


「でも、由香利ちゃんはせっかく今のポジションまで上り詰めたんだし、それは誰もが成れるわけじゃないんでしょ?努力して叶えた夢をアッサリ終わらせちゃうのってもったいないことだよね。色々騒がれるかも知れないし」



「何でそんなこと言うの!?私は透が大好きで一緒に暮らしたいと思ってるのに!引退して一般人に戻ってからの結婚なんだし、そのころには芸能界なんて関係無いわよ!」


「そりゃ俺も由香利ちゃんを好きな気持ちは有るけど、何たってまだ亜矢子と夫婦なんだし、時系列に逆らってデキちゃったら不倫になっちゃうよ。大切なお姫さまが後ろ指差されるなんて耐えがたいのも本当なんだ」


「だったら先に離婚しなさい!身辺整理をキチンとしてから堂々と付き合えばいいじゃないィ!」



 様子を伺っていたお兄ちゃんがボソッと口を挟んで来た。


「そうやって由香利は周囲を置き去りにするんだ。小さい頃からちっとも変わってないね。人の恨みって恐ろしいものだよ」


「うるさいッ!私はこのバカ犬に未来を賭けてんだよ!恨みを買う?上等だァ!」


 しまった!つい本音が出てしまったぜ。バカ犬呼ばわりされて透はうなだれる。あの頭でも少しは傷ついたようだ。



 ちょっと感情的になってしまったな。私らしくもない。お姫さまは常に冷静沈着で優雅に振る舞わなければいけないのに。


 バカ犬はおもむろに顔を上げて納得顔で言い放った。


「合同会議だな。バラバラで議論してても平行線で結論なんて出ないよ。当事者が集合して勝も俺も決着をつけよう」



 透は勢いよくケイタイを取り出し電話を掛けた。もちろん相手は亜矢子姉さんだろう。


「もしもし、亜矢子、透です。今、由香利ちゃんのマンションに勝と三人で居ます。明日、関係者で集合しよう。俺はこれから帰るから。色々有って全員がカオス状態だけど、それぞれの解決に向けて気持ちを話すべきだと思うんだ」



 受話器から姉さんのキンキン声が漏れて来たけど、激怒してわめいてることしかわからない。何なんだ、この展開は!?参加しないわけには行かないんでしょうけど、さすがの私も気が重い。修羅場になるのは確実だもんな。


 そもそも何で私が顔も見たくない相手と話し合わなくちゃいけないのよ!?ホント面倒くさいなあ。いったい誰のせいでこうなったんだ?透だ!透が悪い!断じて私は悪くない!お姫さまが悪役なんて間違ってるもの!



「あっ、勝、絹ちゃんは亜矢子と一緒に居るってさ。今夜は帰らないかも知れないけど安心しなよ。じゃあ由香利ちゃん、俺、取りあえず帰るよ。明日の昼頃に来てね。待ってます」



 電話を終えた透が清々しく言い放ったのが意外だった。暗闇に隠れていても前へ進めないと気付いたのだろうか?それなら私のAカップブラのお陰じゃないか!さすが私は何処まで行っても素晴らしい女である。



「そういう話なら俺もボロアパートに戻るよ。今夜は独りで過ごして頭を冷やし、明日は透んちへお邪魔するから。由香利、そこで会おう。安心しろ!俺は一生お前の味方でいてやるから。頼りない兄貴だけどな」


 バカ兄貴の言葉に思わずウルッと……来ないね!だいたい、お前らが不甲斐ないからこんなカオスになってるんだ!頼りになんてしないから邪魔だけはすんなよッ!



 まあ、亜矢子姉さんとはいずれ対決しなくちゃいけないんだし、力技でねじ伏せてやる!ヒロインはいつだって私!どう頑張ったって姉さんはチョロイン止まりなんだってばァ!


 強引だろうが理不尽だろうが、透が私を選べばあきらめるしかないじゃない!


 だって私、また今夜も独りぼっちなんだよ。いくらお姫さまだからって、たまらなく寂しいもん……。


読んで下さりありがとうございます。次のお話でおしまいです。

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