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ザ・やられっぱなし by 若奥さま

よろしくお願いします。

 ちくしょう!由香利めェ!アッサリとシラを切りやがって。誰が何と言おうと、お姫さまが第一容疑者ってことには変わりないんだからねッ!


 私と透の行き違いとか痛めつけ過ぎたことなど今に始まったことではない。そりゃ透が怒ったことの非は認めるよ。正直、やり過ぎたと反省してるわ。頭に二回も椅子を振り下ろしたんだからね。それも手加減なしに。


 でも、違和感が有ったのはそこじゃない。当たり前のように家を出て行く決断をするなんて、生粋の優柔不断野郎にあるまじき行動じゃないか。


 これはウラが有る。バカな飼い犬をたぶらかして、背後で糸を引いてる奴が絶対にいるはずだ!特定するのに思考を巡らせる必要もない。透の周囲に存在する最凶の人でなしなんてお姫さま以外いないもの。


 ホントあいつは悪魔の化身だよ!いくら同じ事務所とはいえ、イリュージョンに騙されてる世間さまが哀れに思えてくることもしばしばだから。クッソー!好感度ランキングは私より低いくせに。どうせ今頃、隣の部屋でほくそ笑んでいるのだろう。アーッ!ムカつくゥ!


 取りあえず絹ちゃんに電話してみよう。勝利君が突破口を示してくれるかも知れない。無理だよなあ……。透と親友だけあって大した頭はしてないし、一応由香利の実兄だもんなあ。お姫さまに不利になるようなことなんて言う訳ないじゃん。でも、縋るところがそこしかないのよねえ。まして透と同じ職場なんだから。



 絹ちゃんに電話したら挨拶のあとに勝利君と代わってくれた。


「亜矢子さん、こんばんは。今日の昼休みに透と話したけど、駅前のビジネスホテルから通勤してるって言ってたよ。そこで同期の恭ちゃんがチャチャを入れて来たので質問終了!でも、透は血色がいい気がした。あっ、ゴメンね。余計なことまで言っちゃって」


 ふむ、まあこんなもんだろう。でも、透が無事に出勤してて良かった。


「ありがとう、勝利君。余計なことなんて何一つないから、気付いたことは全て話してね」


「わかりました。じゃあ、絹江と代わります」


 絹ちゃんは私にやさしい言葉を掛けてくれた。巻込んじゃってゴメンなさい。勝利君は絹ちゃんの飼い犬なので、主導権を握っているのが親友で良かった。精々旦那さんにハッパを掛けといてもらおう。


「明日もお願いね。無理言って悪いんだけど、今だけはお願いします」


 カッコ付けてる余裕など無い。素直に懇願した。


「任せといて!亜矢ちゃんの頼みなら全力で協力するのは当然よ!」


 友情を示され思わず胸を撫で下ろす。



 さて、分析してみよう。そうか、ビジネスホテルに泊まってるのか。実家へ帰られるよりはマシだな。さすがに透も親には心配掛けたくないってか。まあ、ご両親に説得されて戻らされるのは私もイヤだからなあ。後々面倒になるから。早く子供を作らないからこんなことになるんだよ、とでも言われかねない。


 ホテルは駅前か。それだけじゃ場所が特定出来ないじゃない!この辺は勝利君の尋問能力も透並みだ。うーん、全然わかんないぜ。おかしいなあ。クソお姫さまとの接点が見えて来ないじゃない。私にしては珍しく勘違いしてるのか?確かに冷静さを欠いている状態ではある。




 翌日、絹ちゃんから報告が有った。丁度良かった。同期の「恭ちゃん」とやらのことを訊いてみよう。


「ねえ絹ちゃん、同期の「恭ちゃん」ってどんな方なの?今でも透と特別な間柄なの?付き合ってたのって十年以上前の話なんでしょ?」


「ああ、「恭ちゃん」は現在透君と同じ部署に配属されてるの。サッパリした性格だから透君とも平気で話すんでしょうけど、亜矢ちゃんが心配するようなことは絶対に無いって。それに、同期一の美女と言っても女優さんとはレベルが違うから、独身だけど安心して頂だい」



 クソお姫さまとかクソ同期とか、透の元カノはロクでもないよなあ。まあ、若奥さまに納まった私が勝者なんだけどね。


 あれ?本当に勝者と言えるのか?あんなバカ犬に固執する必要があるのかよ?私もまだ三十になったばかりだし、人生やり直すって手も有るじゃないか。あいつより高スペックな男くらい見つける自信は有るぞ。これでも全国区の女優なんだからね。


 出て行った奴に未練など持たなくてもいいじゃないか。もっとしあわせになってあざ笑ってやればいいだけだ。しあわせか。私はまだその正体が掴めていない。もしかして、永遠に感じることが出来ないのかも?


 いや、透との暮らしで何となくこんな感じかなくらいは思ったことも有るはずだ。あいつって、馬鹿の一つ覚えでやさしいもんなあ……。



「絹ちゃん、悪いけど、その「恭ちゃん」に探りを入れてくれない?私の杞憂でしょうが一応独身の方だからね。まさかがまさかじゃない時が有るんだよ、透って奴は」


 絹ちゃんはクスッと笑ったけど、私の申し出を承諾してくれた。今は杉村夫妻が頼みの綱だからしょうがない。まあ、由香利も週末までは東京に居るから何も出来ないはずだしね。



 気分は晴れないけど何らかのヒントが暗示されるだろう。ヒントか……。てっきりクソお姫さまがかくまってると思った私の感では無理かな?



 あれ?そういえば由香利の買ったタワーマンションって駅前じゃなかったっけ?市内一の高級マンションだと自慢気に言っていたはずだ。うーん、根拠とまでは言えないよなあ。部屋に呼びつけて尋問したって、あのお姫さまがゲロするはずがないし。




 水曜の夜、絹ちゃんに定期連絡したら、「恭ちゃん」は透を友達としか見ていないので安心してと言ってくれた。そのあと勝利君に代わったら変なことを言った。由香利が電話で透の様子を訊いて来たと言うのだ。私が心配だからとのことだが嘘くさい。いや、絶対に嘘だ!


「私たちのことで妹さんにまで心配させちゃってゴメンなさい。そんなこと気にせず、彼女は仕事に打ち込んでくれればいいんだからね」


「それがさあ、由香利も変なことを言うんだよ。「同期の恭ちゃんって人とベタベタしてないよね?」って」


 えっ?何でお姫さまの口から「恭ちゃん」の名が出て来るの?以前から知ってたにしてはおかしな言い方だ。私は由香利に「恭ちゃん」のこと言ってないぞ。


 あっ、糸が繋がったじゃない。同期の「恭ちゃん」の出所は透だ!お姫さまに状況連絡した時出たに決まってる。あいつら間違いなく連るんでいやがる!てことは、駅前のタワーマンションから通勤してるんだ!



 クソッタレェ!あの外道ども、どうしてくれようか?怒りで頭が爆発しそうだ。涙がポロポロ零れ出した。情けない。透と二人で築いて来たものって何だったの?


 やっぱり私はお姫さまに勝てないのかな……。由香利を問い詰めて締め上げることは現実的にむずかしい。私に協力してくれてる杉村夫妻の妹だもん。開き直られたら分が悪い気がしてならない。


 私は女優が生命線だけど、お姫さまならアッサリ引退する線も有る。それでは大恩人である智美社長も困るだろうしなあ。私、どうすればいいんだろう?ワンルームの下積み時代以来最大のピンチだよ。




 翌日、マネージャーさんを通して由香利に夕食を共にしようと連絡してもらったが、セリフを覚えなくちゃいけないからとやんわりお断わりされた。そりゃ、ヒロイン役のあなたはセリフも多いでしょうけどね。


 この申し入れは失態だと思った。お姫さまの感を働かせてしまうかも知れない。あの悪女は透と違って鈍くないからなあ。やっぱり焦りが出てしまったのだ。


 しょうがない。直接話してやろう。夕食後、隣の部屋へルームコールしてやった。


「はい、どちらさまでしょうか?」


「私よ。忙しいのに電話してゴメンね。手短に言うけど、週末はオフでしょ?一緒に帰らない?名駅までだけど、話し相手がいた方が楽しいから。たまには由香利ちゃんと女子トークしてみたいし」


 お姫さまは思案するように一拍置いて返して来た。いきなりの申し出にもパニクらないのが彼女らしい。


「いいですよ。土曜日の午前9時にチェックアウトでどうですか?ロビーで待ち合わせということで」


 ほう、OKかよ。体よく断られると思ってたのに。そしたら金曜の最終新幹線で帰ってタワーマンションを見張ってやろうと考えてたのだが。よしッ!名駅に着いたらそのまま由香利のタクシーに乗り込んでマンションへ雪崩れ込んでやる!バカ犬が言葉を失う光景が目に浮かぶぜ。


「わかったわ。じゃあ、土曜の9時にロビーで。コーヒーでも飲みながら待ってるわ。セリフ覚えの邪魔してゴメンなさいね」


「いいえ、大した量じゃありませんから。では、待ち合わせ、よろしくお願いします」


 フーウ、言ってみるもんね。もしかしたら事前に透をマンションから移動させるかも知れないけど構わない。それならそれで、二人での週末が過ごしにくくなるのだから。ついでにお姫さまのマンションでバカ犬の痕跡を探すだけだ。見つけたら徹底的に追及してやる。人目を気にしなくてもいい分、室内の方が好都合ってもんさ。




 土曜日の午前8時、ルームコールが鳴った。まだ早いじゃない。バイキングの朝食でも由香利を見掛けなかったけど、朝食抜きのダイエットってか?ヒロイン稼業も大へんだね。もちろん皮肉だけど。


「おはようございます。姉さん、由香利です。私、今、自宅からお電話してるんですよ。急用が出来たので最終の新幹線で帰りました。チェックアウトが夜遅くだったので、ご連絡は今朝にさせてもらいました。どうか怒らないで下さいね」


 やられたァ!あのクソ女めェ!私としたことがアッサリお姫さまの術中に嵌められてしまったじゃないかァ!屈辱である。唇がワナワナ震えるけど、東京ではどうすることも出来ない。


「姉さん、聞こえてますか?」


「わ、わかったわよ。じゃあ、私も午前中に自宅へ戻るから。由香利ちゃん、次回は一緒に帰りましょうね」


「時間が合えば私は構いませんよ。その時を楽しみにしています」




 自宅マンションに戻ったのは午後になってからだった。昼食を名駅で済ませ、タクシーに揺られながらボンヤリしてしまった。



 リビングに入ってコーヒー片手にソファにへたり込んでいた時だった。ピンポーンとエントランスからのコールが鳴り響く。うつろな気分で腰を上げ、インターホンが映し出している画像を見た。絹ちゃんだった。勝利君はいない。単独での訪問とは珍しいこともあるもんだ。直ぐに部屋まで上がって来てもらいリビングにお通しした。


「絹ちゃん、どうしちゃったの?お独りさまとはどういう風の吹き回し?」


「うん、ちょっとケンカしちゃったから。もとい!大ゲンカしちゃった!結婚以来最大のね。そこで亜矢ちゃんには悪いんだけど、暫くここに置いてくれない?当分あんなバカ亭主の顔見たくないもん!私、お掃除とかお洗濯もキッチリやらせてもらうから」


「えっ?まあ、私も今は独りだから構わないけど。でも、原因って何?やっぱり透絡みなの?」


「透君って言うより由香利ちゃん。あっ、一応説明しておくけど、「恭ちゃん」は透君のこと友達だとは思ってるけど、今更男としては見れないって言ってた。そこで、これからが本題。私ね、今回の件はどうも義妹絡みの気がしてしょうがないのよ。だから、バカ亭主にタワーマンションの様子でも見に行ったらって話したの。そしたら「お前は俺の可愛い妹を疑うのか!?絹江にとっても大切な義妹だろうがァ!」ってブチ切れられたんだ。

 私は気を悪くさせたことを謝って、今回の騒動の張本人である透君をなじったんだけど、これがまた火に油を注いだみたい。「俺の親友まで侮辱するな!そんな女に妻と名乗って欲しくないね。即刻出て行きやがれェ!」と啖呵を切りやがったの。ええ、私はお望み通り家を出てやったわ。あのバカ、私の大切さを全然認識してないのよね。どうせご飯もロクに食べられず、泣きついて来るに決まってるんだけど」



 ふむ、そうなってしまったか。可能性は認識してたけど、私が口を挟める問題じゃないし。


 まあ、これで敵と味方がハッキリしたわけだ。「恭ちゃん」は無関係で、お姫さま・バカ犬・バカ兄貴連合軍ってことか。由香利だけ相手にしてるのと変わらないよなあ。あとの二人はお味噌が知れてるから。絹ちゃんにはちょっと悪いとは思うけど……。


読んで下さりありがとうございます。

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