ザ・A day by お姫さま
よろしくお願いします。
私の名前は杉村由香利。女優名は八村由佳と言うベタなネーミングだ。まあ、芸名などどうでもいい。智美社長の命名だから受け入れるしかないのだ。本当は赤いカラコンを入れっぱなしで、クリスティーン・ユカリくらいにはして欲しかったけど。「黒い瞳の恋人」としてカラコンは絶対にご法度である。つまんない。本当はゴスロリファッション大好きなのに。
手前みそだが、私は相当売れている。今だけだって?それがどうした。一度だけでも売れるのがいかに至難なことかわかってる?それをもう五年以上も続けてるんだよ。
元々アイドル志望じゃなかったし、デビューも二十一才と遅かったからね。この世界はちょっと可愛いくらいでは生き残れない。そんな女なんてゴロゴロしてるんだもん。まあ、本当は女優さんのメイクを施す仕事がしたかったんだけど、何故かされる側になってしまっただけである。しょうがないだろう!周囲が放っておかないんだから。
私の類い稀な美貌と演技の感は天からの授かりものだそうだ。そう、天才と言うやつである。オーホッホ!
事務所の先輩に当たる亜矢子姉さんとも、大手化粧品会社のCMで共演して以来立ち位置がハッキリしたようだ。何たって私には「吸い込まれそうな黒い瞳」と言う人も羨む武器がある。とにかく、私の方が売れているのよォ!オーホッホ!
そんな私ももう二十六才だ。オファーはどんどん舞い込むし、役柄はもちろんヒロインばかりである。売れてる方が正義の世界で、助演が主体の八反綾さんとはステイタスが違うのよォ!オーホッホ!
しかし、生き馬の目を射抜く世界でいつまでも同じパターンは通用しない。大衆はものすごく飽きっぽいので、今のうちから貪欲に演技の幅を広げて行かなければ。かと言って、亜矢子姉さんのように映画を見まくったり自分のビデオを何度も回したりして研究熱心に励むことは性に合わない。諸君、わかるかなあ?他人の影響が個性にマイナスに作用する、天才故の苦悩が有るんだよ。
いつも超多忙だから、ハメを外して遊びたいしデートもしたいよ。そんな時に元カレの透は格好の遊び相手になる。何たって私より売れてない亜矢子姉さんの旦那だからな。
まあ、透自体は大した奴じゃない。薄給でうだつの上がらないゴミのような電力リーマンだ。華やかな業界人に比べれば地味で「路傍の石」のようなもんだ。でも、そんな業界に居るからこそ、あの能天気バカが恋しくなったりするのだ。
三桁の金額で目を見開き、四桁の支出ではウンザリするほど悩み抜くセコさといい、いつまで経っても優柔不断で物事を決められない曖昧さが好きだ。だって、下僕には持って来いの性格してるんだもの!私には忠実で従順だし、憂さ晴らしには最高の精神安定剤よォ!
きっと亜矢子姉さんも薬代わりに使ってるんだと思うわ。芸能界はストレス溜まるからね。絶えずプレッシャーに晒され続けてるんだもの。普通の心じゃ絶対持たない世界なのよ。強い自己顕示力と笑ってライバルを踏み潰せる精神力が必要なの。
そんな熾烈なサバイバルの弊害としてサイボーグのオンパレードが有るわ。至近距離で見る人が見ればわかるもん。魑魅魍魎が闊歩してるモンスターハウスだよ。もちろん私はイジってないけどね。天然なのがプレミアムになってるのよ。
まあ、そんな天才美人女優の私が過去に彼氏を盗られた。世紀の大スクープに匹敵する事件よ。わかる?この屈辱がァ!いくらデビュー前のこととは言え、当時からローカルでは名高き美女だった私が、駆け引きしてるうちに老獪な牝猫にゴミリーマンを掠め取られたのよォ!確かにあいつはゴミみたいなもんだけどさァ……。
以来、八反綾イコール泥棒猫との概念が私にこびり付いたってわけ。年上のババアのくせに恐れ多いんだよな。透もホントにクソ野郎だよ。せっかく私が長年の功績に免じてヤらせてあげようとしたのに自爆しやがって。
私は透を好きだったけど、今では別の意味合いを持つことになってしまったじゃない。私のアイデンティティーを踏みにじったゴミリーマンとして、掛け替えの無い存在になってるんだよ。何なんだ!この有り得ない切なさは……。
だから私は平気で透を誘惑する。亜矢子姉さんが怒ったって怯まない。恋愛は先着順なんだよ!割り込み厳禁!って言われなきゃわかんないの?子供が出来る前にさっさと離婚しろ!ゴミは私が引き取ってやるからさ。中古マンションくらい持ってけばいいじゃん。私が新築を透に買ってやるよ。
でも、何か透のポジションってスゴくない?日本一(脳内で昇格させている)の大女優であるスーパーお姫さまの私と、一応売れ筋の中堅女優をセレクト出来る立場ってどうよ?恐竜並みのお味噌しか無いくせに。
まあいいや。いつか薬を盛って押し倒してやるわ。亜矢子姉さんが怒れば離婚するだろうし、庇ったら襲われたと脅迫してやるだけだ。あれ?じゃあ、私は襲った男と一緒になるの?ちとマズイよなあ。人気稼業にあるまじきオチじゃないか。
私が八反綾に唯一負けているのは好感度ランキングだ。あの女はそれを武器に仕事を取っている。クッソー!アダルト層に媚びを売りまくっていやがるからなあ。腹黒の略奪女のくせに。
本当は尾ひれを有りったけ付けてマスコミにリークしてやりたいところだが、同じ事務所なのでそれも叶わない。バレたら智美社長に対する背信行為だもんなあ。さすがの私も自爆行為まではする気になれない。あんなゴミリーマンごときのために。
さあ、今日はバカ兄貴が愛妻の絹ちゃん共々透んちへ遊びに行くそうだ。私も連れて行ってもらおうっと。
鬼嫁が居なければいいのに。確か事務所のスケジュールボードでオフになっていたような気がする。こちとら売れっ子な分あんたより貴重なオフなんだよ!よしッ!今日は絶対に透を誘惑してやる!邪魔されても怯まないぞォ!
亜矢子姉さんが住宅ローンを完済してやったマンションを訪れた。確かにここは高級だ。中古で購入したとしても。
「いらっしゃーい。あら、由香利ちゃんも一緒なのね。さあどうぞ」
チッ!やっぱり鬼嫁が居やがったか。小ギレイに化粧してやがるな。まあいい。想定の範囲内だ。パワーゲームなら負けないからねェ!何たって私は世界一(更に脳内昇格している)の大女優、八村由佳さまなんだからァ!状況なんて吹っ飛ばして踏みにじって、グチャグチャでギタギタで粉々にしてやる!ざまあみろだァ!
ハアハア……、いけない。お姫さまの私としたことが、ちょっと取り乱してしまったみたい。何処かでカメラは回ってないでしょうね?スターは周囲を気遣って、常にイメージを大切にするものよ。
リビングに通されたら、ターゲットのバカ犬が呑気に笑ってソファに座っていやがる。さあ、私の忠犬よ。本当の飼い主の下へお戻り!
「ねえ透ゥ!亜矢子姉さんが仕事の時にオフを当ててもらうから、何処かへ遊びに連れて行ってよォ。少しは息抜きしないと私も潰れそうだし、透なら安全パイだからいいでしょォ?」
亜矢子姉さんから見えない角度でバチンとウインクしてやった。キマリだ!世界一(今更引き返さない)の大女優さまのウインクだぞォ!ありがたく思えェ!
さあ、姉さんの前で私になびきなさい。お財布とアッシーでボロボロに利用してあげるからねェ!
「えっ?それは亜矢子の了解を貰わないと返答出来ないよ。まあ、お許しが出ればOKだけどさ」
チッ、相変わらず気の小さい奴だな。飼い慣らされてるのが丸わかりじゃん。しょうがない。もう一押ししてやるか。
「何か透って残念だよね。自分のことも自分で決められないの?亜矢子姉さんに完全に抑え込まれちゃってるね」
コラ!イチイチ姉さんの顔色を伺ってるんじゃないわよ!もう一度私と主従関係を結びなさい!あなたをこき使ってあげるんだから!
「あなたが決めればいいわ。私は文句など言わないよ」
あら?亜矢子姉さんもツッパるわね。さすが芸能人!でも、私が相手じゃ勝ち目など無くってよ。これで透は私の下に帰ってくるはずだわ。だって、私のことを忘れられるはずが無いもん。
「うーん、じゃあ行こうかな。亜矢子も認めてくれたことだし」
イヤッター!当然よね。私はイイ女ランキングナンバーワンだもの。まあ、こんなペーペーリーマンの争奪を張り合ってること自体、ファンの皆さまには見せられないことだけど。いいの。私は全てのステージを制覇する宿命が課せられてるのだから。こんなつまらない男にでも全力を尽くすのよ。ウサギを狩る百獣の王ライオンのように。
「なーんてね。冗談に決まってるだろ。そりゃ今をトキメく八村由佳と歩けたら嬉しいけど、亜矢子がイヤがることはしたくないんだ。俺は自分のナンバーワンが誰だか知ってる。由香利ちゃんは勝に連れて行ってもらいなよ」
な、何ィ!?お前、言ってることがわかってるのか!?宇宙一(脳内革命のピーク)の大女優、八村由佳さまが直々に誘ってやってるんだぞォ!こいつ、死刑確定だな。異論は認めない。貼り付けにして火炙りにしてやる。ジーザスのように昇天しろッ!
取りあえずバカ兄貴に八つ当たりだな。どうせ売り言葉に買い言葉の展開だろうから、真空回し蹴りで撃沈してやるよ!
「フンッ!バカ兄貴と一緒なんてこっちから願い下げだわ!恋人に間違われたらもう最悪!」
「お前なあ、こっちこそなんでバカ妹のために時間を割かれなくちゃいけないんだよ。いつまでも我がままやってると誰にも相手にされなくなるぞ!」
バキッ!フッ、決まったな。私の真空回し蹴りをモロに受けて立っていられるはずが無い。バカ兄貴はガクッと膝から崩れ落ちた。弱過ぎてダイエットにもなりゃしない。当たり前か。私は天空(何処までもエスカレートして行く治らない性癖)の女神さまだものォ!逆らうなんて片腹痛いわ。百万年ほど修業を積んでから向かって来いっつーの!
何か消化不良だけど、バカ兄貴に免じて今日のところは引き下がってやるか。透ゥ!覚えてろよォ!必ずお前を姉さんもろ共泣かせてやるからなァ!
私は泣かない女だ。周囲は遠慮無く泣かす。それが私に与えられた世界を救う壮大なテーゼに繋がって行くのだから。脈絡は全く無いけど。
いいのよ!世界の中心はいつだって私なんだもの。だって私は永遠のお姫さまなのよッ!オーホッホッホ!
読んで下さりありがとうございました。