カワイイ冒険者
私は気がつくと見渡す限り真っ白な空間に立っていました。
確か公演が終わって楽屋で休んでいたら、いきなり背後から不審者に襲われたんだっけ。
慌てて備え付けの姿見の鏡で相手を見ると、以前から熱心に応援してくれていたおじさんが血走った目で私を押さえつけようとしていました。
もちろん必死に抵抗して逃げ出そうとしたのだけれど、業を煮やしたおじさんが隠し持っていたナイフを取り出したから最悪。
テンパった私はより一層暴れちゃって、それでもみ合いになってナイフがそのまま…
……そう、私はあのまま死んだのね。
気持ちを切り替えて辺りを見直しましたが、ただただ真っ白な場所です。
これが死後の世界ってことなの?だったら寂しいな。
このまま立っていても何も起きそうに無いので、とりあえず呼び声を上げてみます。おーい。
私だって伊達にアイドルをやってません。日頃の発声練習の甲斐もあって結構大きな声が出ました。
すると白い服を身に纏ったお爺ちゃんが出てきたよ?
文字通り何も無い空間から唐突に出てきたよ。
見た目も白い服、白髪、白い豊かな髭で、なんだか神様っぽい。
ひとしきり眺めてはみたけれど、神様っぽいお爺ちゃんも出てきただけでこれと言った反応がありません。
しょうがないので私から挨拶してみます。
「こんにちは!あなたは神様ですか?」
挨拶は基本です。ハキハキと元気良くね!
「わしはガイじゃ。おぬしを導くためにいる」
ガイさんと言うらしい。外人?
「私を導いてくれるって言うけど、何をしてくれるんですか?」
「お主は若くして亡くなった。だが、その魂の輝きをそのまま失うのは惜しい。そこで提案があるのじゃ」
ガイさんが言うには
ここは生命の間という不思議な空間で、死者が生まれ変わる前に『来ることもある』場所らしい。
『来ることもある』と言う通り、人によってはスルーして生まれ変わっちゃうそうな。
じゃあなんで私はここにいるかと言うと、さっきも言われたように【魂の輝き】?がすごいらしくって、そのまま消しちゃうにはもったいないんだって!
魂の輝きとかよくわかんないけど、初対面の人に思ったより高評価されてます。普通に嬉しい。
残念ながら私は既に死んじゃったので、もう一度生まれ変わる必要があるそうです。
私が選べる選択肢は二つ。
再び地球で赤ちゃんからやり直すか、異世界で生まれ変わる代わりに多少のサービスをして貰うかのどちらか。
何でサービスがあるかというと、この世界の輪廻の輪から外れることになるので補填してくれるんだって。
よくわからないです。
「異世界ってどんなところなんですか?」
「そりゃもう様々じゃ。ここと同じような所もあれば、まったく違う場所もある。例えばじゃな...」
異世界に行った人の話を聞けた!
ある中学生男子の話
中世ヨーロッパのような世界に王子様として生まれる。
でも悪い竜に取り付かれてしまったため勘当されて、賢者のおじいさんと田舎暮らしになる。
悪い竜が憑いてる左手は黒くて気持ち悪いっていじめられたりしてた。
だけど力が強くて魔法もすごい。おじいさんが亡くなってからはその力で冒険者になって活躍中!
今は有名になってから、もう一度実家に戻ろうと頑張ってるんだって。
何だかゲームみたいですね~。
悪い竜が憑いてるのも希望したらしいんだけど、何でだろね?
赤ちゃんからやり直しているので、本人はその辺りの記憶は一切無いらしいけど、黒くて時々暴れそうになるとか単に不便なだけじゃないかな...?
伯爵家に生まれ変わった女性の話
こちらも中世ヨーロッパのような王国に、伯爵家の長女として生まれる。
よく雑誌に出てる海外モデルみたいに超綺麗。
勉強も運動もできる上に、人当たりもよく誰からも好かれる存在。
上の二人の兄に加えて幼馴染の王子様や、知的な大臣の息子などイケメンパラダイス。
入学した王立学院では他国から留学している友人が、これまたイケメン!
だけど、最近は彼女を取り合って何だか修羅場中らしい。
もてすぎるのも怖いなぁ。
完璧超人に生まれ変わった男性会社員の話
世界の9割が海の世界に生まれたイケメン(魚人)。
前世の記憶を持ち、文武両道で剣も魔法も何でも一流の一言で言えば完璧超人。
3歳で(!)危険生物を退治したヒーローで、実家も裕福でモテモテらしい。
魚人なのは望んだわけじゃなくて、そこの設定を忘れたんだって。
種族さえ除けば順風満帆な人生なので、最近は本人も前向きに生きてるってさ。よかったね!
異世界っていっても色々あるなぁ
これは神様にお願いして、私にお奨めの世界を案内してもらおう!
このあと何度かリテイクして、私にあった世界と恩恵を選んで生まれ変わったのです。
「ここがカピスの街かぁ」
ようやく目的地の街が近づいてきました。
転生した私も以前の年齢と同じ16歳になりました。この世界では既に大人と言えます。
容姿もほぼ元のままで、違うのは金髪に青い目になったくらい。
最初は赤ちゃんからのやり直しで羞恥心と(主におしめとか)、初めて聞くことばで大変だったけど、もうすっかり慣れました。
神様のくれた恩恵のおかげで体は健康だし、鍛えればゲームみたいに強くもなれる。
裁縫技能(A)で趣味だった人形作りも捗るし、何より眷属作成技能っていうのがあるからお人形が動くの!
大好きだった動物の人形を作っては眷属にして、家事からモンスターとの戦いまで一緒にしてます。
あ、この世界はモンスターがいます。
放っておくと人や家畜を襲うので村の猟師さんや冒険者が倒しています。
私も恩恵のおかげで普通の人より強いので、今では冒険者になっちゃいました。
モンスターを倒した時にとれる素材やお肉、討伐以来の報酬が収入源です。
16歳らしからぬ殺伐とした感じですが、最近は戦闘も解体もお人形さんがやってくれるので楽です。
地球の現代社会とは違うので、動物の解体くらい村で生まれれば誰でも出来ますけどね。
そんなこんなで今日もクマさんのお人形を先頭に依頼のあった街まで元気に行進中!
クマさん、ワンちゃんとお尻をふりふり歩く行進は見ていて心が和みます。ああ、幸せ…
「カワイイが来たぞー!」
街に入ればだいたいこんな感じ。みんなが道を開けてくれます。
後ろを向けば一輪車サイズの馬車をぬいぐるみの馬がひいている。
今はオープンにしてある客車では、おサルさんやネコちゃんといった他のぬいぐるみたちが元気に手を振っているよ。
かわいいよね~。特注で作ってもらった甲斐があるね!
「く、くま……?」
目を大きく開いてこっちを見てる男の子に笑顔で手を振ってあげる。
子供には人気なのに大人はあまり人形に興味はないみたい。
気になって寄って来ようとする子もお母さんが連れて行ってしまいます。
言えばさわらせてあげるのに。うちの子はみんなかわいいよ?
さらに後ろはモンスターの素材を乗せた荷馬車が走ります。
物が物だけに周りには騎士の恰好をしたネコさん。通称ニャイトが護衛してくれてます。
鎧の隙間から出てるしっぽがチャームポイント。
かしこい犬者とか他にもいっぱい仲間がいるよ!
今日は冒険者組合についたら素材を売って宿に泊まろう。
久しぶりのベッドだし、少しゆっくりしたいな~
「カワイイが来たぞー!」
カワイイ一行を発見した衛兵の声で辺りが騒然となる。
領主からのお触れで来ることは分かっていたが、実際にそれを見ると驚きを隠せない。
「(おい、あれが例の『人形遣いカワイイ』か)」
「(ああ、間違いない。先導する異形の熊と犬が目印だ)」
人形遣いカワイイ。数年前からこの国に現れた凄腕の冒険者だ。
自らの身体能力もさることながら、その本領は周囲を固める人形にあると言っていい。
この国では今まで見られなかった不思議な造形の人形を操り、その小さな人形は相手が大型モンスターと言えども難なく討伐していく。
なまじ人形の作りが小さいだけあって一見非力に見えるのだが、実際は一撃で人の胴回りはある木をなぎ倒すほどの膂力を持つ。
過去にはアルマイト地方で、人間の三分の一の大きさも無い騎士型人形が、重装騎士でも弾き飛ばされる巨獣の突進を受け止めたのは既に伝説となりつつある。
それくらいあの人形どもは規格外れだ。
「く、くま……?」
「…!!(声にならない悲鳴)」
まだ警戒心の薄い子供がふらふらと近寄って行こうとするのを母親が必死の形相で抱え上げる。
子供は自信が何をしようとしたのかわかっていないのか、今も暢気に人形に手を振っている。
俺たちは子供が無事だったことと、母親の必死の形相が子供で隠れてカワイイに見つからなかったことに安堵した。
「お、おい…あの荷台に載っているのは羽蛇じゃねーか!?」
「バカな!あれは腕利きが二十人はいないと倒せないんだぞ!」
行列を眺めていた冒険者の一人が目を見開いて叫ぶ。
羽蛇は大人の上半身ほどの太さと馬車三台分の長さを持つ蛇の巨獣だ。
その巨体から繰り出される圧倒的な力は人間などいともたやすく弾き飛ばし、巻き疲れたら全身の骨を砕かれて無残な姿を晒す羽目になる。
そして名前にある通りその巨体を自在に浮かせる羽が生えており、討伐をなおのこと困難にしている。
羽蛇はその圧倒的な身体能力から腕に覚えのある冒険者が集団でかかり、それでも犠牲を覚悟して何とか倒す相手だ。
それをカワイイが討伐しただと…!?
「あの人形どもが俺たちの代わりってことか」
「…よく見ろ、数は十にも満たない。あの人形は俺達『以上』だ」
その事実に思い当たった周囲の人間が戦慄する。
もはや男たちには黙って一行を見送ることしか出来なかった。
異形の人形を『カワイイ』と呼ぶことから少女に付けられた二つ名は【人形遣いカワイイ】
その外見からは想像できぬ圧倒的な能力と、周囲を囲むさらに強力な人形たち。
彼女の異名は既にこの国ならず周辺国にも広がりつつあった。
「今度はドラゴンとか作ってみようかなー?」
少女はその事実を知らない。
お読みいただきありがとうございます。
今回もさっくり読める短編となります。
異世界への案内人ガイさんシリーズは出だしが共通で楽なので、今後も良いネタが思いついたら続けて行こうかと思います。