アレクト
A.D.2316 May
PRN 旧日本 東京
街明かりで照らされた高層ビル群の隙間に影を落とすように存在する細い小道。
賑やかな繁華街とは対照的にシン、と静まり風の音すら聞こえてきそうな場所。
そこに吸い込まれるように幾つかの人影があった。
「目標ポイントまであと100m、これよりファーストフェイズを開始する」
黒を基調とした軍用コートのような姿の人影が路地を駆ける
顔にはヘルメット式のバイザーをしており表情は見えない。
「目標確認、NG08交戦する」
バイザー越しの視線の先には筋肉質のいかにも柄の悪そうな男と、うずくまる女の姿。
男はこちらに気がつくとあからさまに敵意を向けてくる。
「なんだぁテメェ?ただの通行人ってナリじゃねぇよなぁ?」
男との距離が10mを切ったところで黒服の影が壁を蹴って宙を舞った。
地上からおよそ4m。
ビルの2回ほどの高さまで跳んだ黒服をみて男が笑う。
「テメェもそうかよ!同類さんってことかよ!いいぜおもしれェ!!!」
男が臨戦態勢に入り、黒服を迎え撃とうとする。
男の足下のアスファルトにピキリ、と亀裂が入った。
男が飛び上がる。
「喧嘩売って来たんだ死ぬ覚悟は良いよなァ!!!」
目にも止まらぬ勢いで男は黒服へと接近し、腕を振り抜く。
黒服のバイザーに当たるその瞬間黒服の姿がブレた。
男の腕は空を貫き拳を追随して風が流れる。
「消えた!?」
男が呆気にとられたその時、黒服の脚がその振り抜いた腕、肘関節へとと打ち込まれる。
黒服が男の身体を掴み足で上半身をかためるとそのまま地面とプレスする。
アスファルトに大きくヒビが入る。
黒服は男からいったん離れ5mほど先でうずくまる女の元へと寄る。
「大丈夫か・・・まだ、息はある」
黒服が女を抱え上げる。
女は150cmほどの小柄な体型で背中ほどまで伸びた黒髪をたらす
腕や足には楔のような杭が打ち込まれていた。
「ファーストフェイズ完了。被害者を回収ポイントまで運んだのちセカンドフェイズに移行する。バックアップを頼む」
「テメェ・・・」
男が立ち上がる。
右腕はダラリと垂れ額からは血を流している。
「このまま・・・逃すかっ・・・!」
男が叫び黒服へ駆け寄る。
男の背中から左腕へかけコンクリートのような物質が隆起し鋭利な牙を作る。
「・・・ギフトか」
黒服は女を抱え回避行動へ移る。
男の左腕と鋭利な牙が黒服へと打ち込まれるそのとき、不意に男の背後から閃光が抜ける。
「アルハルト・・・」
彼らの遥か後方のビルの屋上に同じような黒服を着た赤髪の若い男の姿があった。
「ヒュー、100m以上の距離、風障害物有りでこの精度、我ながら恐ろしいねぇ」
構えたライフル・スコープから目を離し口笛を吹く。
再びスコープを除き通信ディバイスで連絡を取る。
「あとは任せな、セカンドフェイズ目標地点に誘導する」
『了解』
路地では左腕を撃ち抜かれた男が苦い顔をする。
「ちぃ・・・味方がいんのか」
腕の牙がは砕けているが本体にはダメージはないようだった。
男は劣勢を理解すると左腕を突き出し黒服との間に、再びコンクリートのような物体を出現させ壁を作りだす。
壁はビルとビルの間を伸び3.4階ほどまで達し、男と黒服とを隔てる。
「戦闘終了、回収ポイントへ移動する」
戦闘が終わり、黒服は女性を連れて移動を開始した。
────────
─バヒュン─
路地を走る男に当たるか当たらないか、ギリギリのところを縦断が掠める。
「ッチ、しつけェ!」
クソックソックソッ・・・・!
なんなんだあいつは!いやあいつらか。
少なくとも2人以上のいやがる。
俺をハナから狙っての計画的行動か・・・
とにかく今は態勢を立て直す。
人通りの多い大通りまで出れば奴らも攻撃はできまい。
そしてこの『力』で混乱を起こして一旦引けばいい。
走りながら男は今後の動きを考える。
しかし自らが誘導されているということにはまだ気がつかない。
─バヒュン─
「・・・ッチ」
────────
先ほどの路地から数百メートル離れた空き地。
回収ポイントと言われたその場所。
そこに無事たどり着いた黒服は、抱えていた女性を待機していた仲間へと委ねる。
「ディン怪我はないか」
ガタイのいい男が黒服へと問う。
ディンと呼ばれた黒服はバイザーを脱ぎながら、あぁと答える。
バイザーの下にはこげ茶色の髪と少し明るい色の黒目の男の顔があった。
短い癖のある髪がバイザーから解き放たれて広がる。
「タツマ、彼女は助かりそうか?」
ディンが女を見ながら言う。
タツマと呼ばれたガタイの良い男が女の手足の楔をみてため息を吐く。
「わからない、Xマターで作られた物質だ人体にどんな影響があるのか・・・」
「そうか・・・じゃあ彼女は任せる。セカンドフェイズまで0180だ、俺は目標ポイントに向かう。」
タツマに告げディンは再びバイザーを被る。
「いよいよ世界に姿をお見せする時だ、ヘマすんなよ」
「ああ、行ってくる」
────────
「狙撃が止んだな・・・ここまでくれば一安心か」
あとはタイミングを見て『力』を使い混乱を巻き起こす。
男は思う、駅前のスクランブル交差点なら人も多く逃げ道も沢山ある。
素早く地下鉄にでも乗り込めばいい。
大通りを駅へ向かい歩く。
黒服にやられたら右腕も徐々にだが回復はしている。
何人巻き込めるかと思うとゾクゾクとする。
自然と口元が緩む。
交差点まであと20mほどの地点であたりを見渡す。
狙撃手がいるであろう方角はちょうどビルで遮られている。
次の信号が青になった瞬間に飛び込む。
そして・・・。
何も知らない人達笑い声がザワザワ、とノイズのように感じられる。
頭をチリチリとした不快感が覆う。
車道の信号が黄色から赤へ変わる。
吹くビル風は5月とは思えないほど生温く。
歩道の信号が青に変わる。
「うおおおおおお」
男は走り出す。
人はなんだ?と振り返る人もいれば、キチガイか、と見向きもしない人もいた。
人でごった返す交差点で、男は『それ』を解放した。
────────
120秒ほど前交差点のはるか上空を走る2つの流星があった。
「もー私が『空』なんてありえなーい!」
「口を謹めクーナ・アリエッテ、任務中だ」
「正確にはまだセカンドフェイズ始まってませんー!」
二つの影はディンと同じような黒服にバイザー、そして着地用のバックパックを背負い降下する。
クーナと呼ばれた小柄な影は空中で地団駄を踏むような動きを見せた。
それに対しもう一つの影は全く微動だにせず同じ姿勢で降下をする。
「そもそも空から行く意味がわかんないのよ」
「セカンドフェイズの開始予測地点が複数箇所ある以上効率的なことはわかっているはずだ」
「そうだけど・・・ああっイラつくわねあんた」
「それは同感だな。任務でなければ共にいることはないだろう」
『二人とも、セカンドフェイズまで0060よ、気を引き締めて』
言い争いに終止符を打つ無線が入る。
男は私は言い争いなど…と不満げだったが、二人の空気が確実に変わる。
交差点のまで数百メートルへと迫り、バイザーが映像を映し出す。
そこには交差点へ走りこむ例の男の姿。
「Xマター反応、目標を確認NG06シラハ・カザリ任務を遂行する」
「NG09、クーナ・アリエッタ、セカンドフェイズを開始しまーす」
同時にバックパックからパラグライダーを展開させる。
空を滑走しながら二人は『ギフト』を発動させる
「シラハあいつの周りの空間を歪ませて!」
「言われなくてもっ」
────────
「NG08、ディン・紅セカンドフェイズを開始する」
交差点の対岸に男を確認したディンは行動をする。
男はおそらく交差で『ギフト』を発動させるつもりだ。
周囲の人間への被害は空の二人が防いでくれるはず。
自分は目の前の男を制圧すればいい。
「うおおおおおお」
男が唸り走り出す。
男が人を弾き飛ばし、それを解放しようとした瞬間。
男の周りの空間がぐにゃっと曲がる。
─ガキンッ─
男から円状に巨大なコンクリート質の物体が生えるように生み出されるが、ぐにゃりとした空間に触れた先が消える。
消えた部分が男の10mほど上空に大輪のようにひらく。
─ピキピキピキン─
落下してくるそれを氷の柱が地面から生え、とらえ、地面との間に結んだ。
周囲の人が驚き呆気にとられるなか俺は走り出す。
男は『ギフト』の力だと悟り、同時に俺の姿を目にし、こちらに向き直る。
「テメェの『力』かァ!?」
男は再び左腕を覆うように牙を作り出す。
俺はそれを避けるのではなく、
体を『粒子化』することで
受け流した。
男には再びディンの姿がブレたように見えた。
しかし、理解する間も無く、腕、太もも、脇腹に
Xマターで粒子化から作り出されたナイフをディンに差し込まれた。
「くっ・・・ぐ」
そのままディンは男を押し倒し、地面に男をナイフで縫い付ける。
「て、テメェらは・・・何者なんだ」
男がディンに問いかける。
「俺たちは、アレクト。NGを狩る者だ」