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4話 灰色

4


「白だ。おれが探してるのは、真っ白な魔術師だ」


 チャパーが「ん?」と言いたげに首を傾げた。


「真っ白ー? あれー、もしかして、そのひと左右で目の色違いますー? それでもって白と黒の本を持っててー」


 そうだ、そいつだ。おれはうなずきつつ、どうしてチャパーがそのことを知っているのかと不思議に思う。


「いや、ちょっと噂を耳にしましてねー。妙な真っ白魔術師が、ふらふらと旅をしているってお話でー」


 まあ、確かに噂になっていてもおかしくはないか。本を二冊持つ異端の魔術師。不思議な雰囲気を持っていて、どことなくふわふわしている。すれ違っただけでも記憶に残りそうだ。


「よし、チャパー、そっちが探してるのはどんなだ?」


「ちんちくりんでー、見た目はガキんちょで、三つ編みでー」


 まさか。


「黒いひらひらの服を着てて、とんでもなく偉そうで、やたらと暴力的?」


「お、ご名答ですー。まったく、あの高飛車売女、なにも言わず駆け出しやがってー。……ちょっと待った、犬っころー、なんでそれ知ってるんですかー?」


 売女……口が悪過ぎやしないか。


「さっき遭遇した」


 チャパーが「えー」とマヌケな声を出しつつ詰め寄ってきた。


「それほんとうですかー。あいつ今どこにいますー?」


 今どこにいるかなんて言われても、わかるわけがない。あの三つ編みちんちくりんは、煙のようにして消えたんだ。


「……わからん。煙みたいにパッといなくなったんだよ」


「あー、なるほどー、そういうことですねー」


 チャパーの反応は柔らかかった。うなずきながら彼はおれをまじまじと見つめる。背筋がぞくりとした。得も知れぬおぞましさが、背中を引っかいた。まるで魂を覗き見られているような――。


「オッケーですー、把握しましたー。あなたの探し人に取りかかりましょー。どうやら、あいつは目的果たせたみたいなんでー」


「どういうことなん……」とまで言ったところで、人差し指を突きつけられた。


「質問は嫌いですー。さっさと行きますよー、ほら、歩け歩けー」


 チャパーに足を蹴られ、おれは歩きだす。デッキにいる乗客はみんな、床に根を張ったように動かない。遠景に目を奪われているのだ。

 アマネは見つからない。あれだけ目立つ身なりと雰囲気をしているのに、一向に探しだすことができない。ため息を吐いて空を仰ぐ。馬鹿だな、おれ。そんなところに彼女がいるはずないだろ。


 綿菓子のような雲を見つめているうちに、そこになにかいるということに気づく。それは矢のような形をしていた。かなりの大きさだ。細長くて先端がとがっていて、灰色をしている。目を凝らしてみた。たくさんの脚が生えていた。蟲の脚みたいに、わしゃわしゃと動いている。先端部分に目があった。人間の目に似ているが、白目がなくて真っ黒だ。なんだよ、あれ。悪寒を感じる。まさかだけど、見てはいけないものを見てしまったんじゃないか。


「あ、白ー!」


 チャパーが声をあげた。おれはソレから目を逸らした。


「あっちですー、あっちー!」


 駆けだしたチャパーはひどくすばしっこい。乗客の間をぬってどんどん進んでいく。その背中を追いかけるおれは、何人か突き飛ばしてしまった。


「気をつけろ!」


 背中に罵声をもらった。


「チャパー、待てって!」


「待ってもいいですけどー、白いの取り逃がしますよー」


 呑気な言葉が前から返ってくる。そのときだった。鈴が鳴ったような、可愛い音色が空から落ちてきた。その音は大きく、デッキ全体に響き渡る。チャパーが足をとめる。乗客たちが一斉に空のある方向を見た。デッキがしんと静まり返った。


「なんだよ、どうしたんだよ」


「ヤバいですー」


 ヤバい。なにがヤバいっていうんだ。


「【狭間竜】と【狭間蝶】ですよー。さっきの鈴の音は、狭間の言葉なんですよー」


 まったく持ってピンとこない。ざわめきがデッキの乗客の間で広がっていく。いきなり影が床をよぎった。みんなが空のあちこちを指差した。

 蝶に似た、灰色の化け物が飛んでいた。頭と腹だけの体から、絹のような翅が生えている。その皮膚を覆うのはたくさんの黒目だ。そいつが羽ばたくたびに、鈴に似た音色が響く。その数は多い。確認できるだけで数十匹いる。


「あれが、狭間蝶ですー」


 チャパーが呑気に言った。一匹の狭間蝶が落ちてきた。思ったより大きい。小さめの竜と同じぐらいの体躯だった。デッキを守る保護力場が、蝶の接近を阻んだ。青い光が弾け、力場が蝶を焼く。絹のような翅が燃える。どさどさと蝶が落ちてくる。力場のいたるところで光が生まれ、乗客の顔を照らした。

 再び鈴の音。今度はかなり激しい。そして艇内アナウンスが流れた。


「当艇の近接空域に狭間の名を冠するものが現れました。これより回避行動をとりつつ、対狭間火器にて撃退を試みます。万が一に備え、艇下層の脱出艇エントランスに避難してください。繰り返します、当艇はこれより……」


 艇が唸りをあげながら旋回を開始した。雲に隠れていた例の矢のような生き物が、頭をこちらに向けて突っ込んでくるのが見えた。


「あれが、狭間竜ですー。蝶たちの母であり、狭間を司る存在でしてー」


 艇の側面から光が放たれる。蝶たちを切り裂き、雲を穿っていく。竜はぐねぐねと体をうねらせて光を避けた。


「なんだよ、あれ。これからなにが……」


「無知って面倒ですねー。説明する暇はないですよー。さっさと白いの捕まえて逃げないと、マズいことになりますねー」


 デッキの乗客たちが動きだした。避難のためだろう、通路に流れ込んでいく。おれとチャパーはその流れに逆らってデッキの端に向かう。


「狭間の名を冠するもの」


 チャパーの声が聞こえた。

「連中は世界高高度に棲む【狭間】を司る生き物なんですー。あれには習性があってー、艇の動力の波動に引き寄せられてしまうんですよー。で、その勢いのまま艇を攻撃してー、動力を食べようとするんですー。蝶は大したことないんですけど、竜が厄介でー」


「最初っから高高度を飛ばなきゃよかったんじゃないのか?」


「テンスイノ世界の空は艇で溢れかえってますー。で、竜の個体数は僅かで、今のところ数体しか確認されてないんですー。艇の数と竜の数、分母分子の数が違い過ぎるわけでしてー」


 つまりかち合う可能性が低いから、わざわざ竜を避ける意味はないってことだ。


「まあ、万が一を想定して、すべての艇には対狭間火器と脱出機構の搭載が義務づけられているんですけどねー」


 おれとチャパーはようやく乗客の群れを突破した。空っぽになったデッキを走る。フロアの端に白い魔術師が佇んでいた。数多の踊る蝶とうねる竜をじいっと見つめていた。


「アマネ!」


 彼女は体をビクッと震わせた。


「わ、わんちゃん?」


 驚いたように目を丸くするアマネ。ようやく、見つけたぞ。


「なんでおれを置いていったんだよ、寂し……心配したじゃないか! 早く避難しよう!」


 手を差し伸べる。早く行こう、という願いを込めて。ところが、アマネは拒むように首を振った。


「わんちゃん、わたしは汚らわしいんだよ? そんなふうに言われても……」


「ふざけるなって、まさかあの三つ編みちんちくりんの言葉を気にしてるのか?」


 アマネが口をつぐんだ。不自然に目を逸らされた。また背中を向けられる。

 まったくなんてわがままで気まぐれでナイーブなんだ。あのちんちくりんがどう言ったところで君は君だってのに。いきなり鈴のような音――狭間の言葉が空を震わせた。乗客の悲鳴がわっと巻きあがった。竜が艇に迫っていた。大型空艇よりも大きな竜を目の前に、おれは言葉を失った。緊急警報らしき音がなり、アナウンスが滑り込む。


「艇が大きく揺れます。避難中の乗客のみなさまは注意してください。業務連絡、第八区画の乗員は退避を。各防衛機械人へ伝達、乗客の避難を最優先にし、手の空いたものは消火準備と蝶の迎撃準備を。繰り返す――」


「くるぞ!」


 誰かが叫ぶ。そして狭間の叫びがおれの耳をつんざいた。竜が艇の側面に突っ込んだ。尖った頭が装甲を押し破る。矢が突き刺さったかのように、ずぶずぶと艇に入っていく。

 衝撃、艇が揺れた。チャパーがひっくり返り、床に頭をぶつけた。アマネの足が床から離れた。おれは慌てて手を伸ばし、真っ白な魔術師を受けとめる。


「あー、やられましたねー、串刺しですよー」


 頭をさするチャパーが言った。艇の側面に突き刺さった竜――めくれた装甲の隙間から、ちらちらと炎があがっている。蝶たちが隙間に体を押し込んでいた。艇内に侵入しようとしているのだ。


「これってヤバいのか⁉」


「当たり前じゃないですかー。これから竜はネジのように回転して、動力である結晶駆動機構を目指しますー。動力がやられたらこの艇はお終いですねー。地面にべちゃーでハイ終わりー」


「蝶はなにをしてるんだよ⁉」


 おれの腕のなかでアマネが目をぱちくりさせた。


「艇内に入って、中身を食べようとしてるんですー。狙いはお肉ですかねー」


 お肉。意味はすぐにわかり背筋が寒くなった。

 デッキを保護していた力場の色が薄くなった。蝶たちがそれを突破してぼとぼととデッキに落ちてくる。降り立った蝶の体が変化していく。翅は折りたたまれ、脚が生えた。そして刃のような腕がにょっきりと伸びた。


「に、逃げろー!」


 チャパーが緊張感のない声で叫んだ。おれはアマネを抱えたまま走った。チャパーと一緒に通路めがけて突進する。蝶が次々に落ちてくる。腕の刃を振りまわして迫ってくる。

 どうにか通路にすべりこんだ。デッキの乗客はほとんどが避難を終えていて、おれたちが最後尾だった。


「したですよー、脱出艇エントランスに行きますよー」


 チャパーが先導する。


「あ、わんちゃんの新しい友だち?」


 おれに抱えられるアマネが呑気に言った。さっきまでの態度はどこへいったんだよ、ご主人。


「あ、どうも、チャパーですー。この毛玉犬っころの主ですねー」


「その通り、好きなだけ撫でても構わないぞ」


 緊張感のないやり取りだ。


 それにだな、誰が犬畜生だ、クソガキと白魔術師め。

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