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3話 ふたりのおちびさん

3


 翌日、おれとアマネは翡翠の蟲に向かうために、旅客艇を利用することになった。

 荷物を纏めて宿をチェックアウトする。肩を並べて都市の頂にある発着場へと向かう。


「で、どうして翡翠の蟲へ?」


 歩きながら訊ねた。するとアマネは偉そうにむふーと息を吐き、


「そこに翡翠の蟲があるからだよ。旅に理由はないんだよ、わんちゃん。なにが魂を震わせるかわからない。だから魔術師たちは世界を旅するわけで」


 なるほどね。なにが君の物語となるのかわからないから、どこへでもおもむく。そういうわけだ。発着場にて待機する翡翠の蟲行きの飛行艇は、とんでもなく大きい。超級という分類で、包容力は八百人ほど。藍色の薄い膜のような十対の翼が艇下部から伸びている。機械の蟲のように見えなくもない。

 出発まで時間があったので、二人でその超級の艇内を探検することにした。

 超級は外見と同じく艇内もアホみたいに広かった。アマネ曰く、下手な街よりも大きいとのこと。主だった通路ではバザールが開かれていた。竜の卵の殻を使ったランプや、虹色の翅が織り込まれたスカーフ、キチキチと音を鳴らす機械の花など、各領域原産の工芸品やら嗜好品が、ところせましと並べられていた。


「この艇は世界中を巡ってる定期循環艇なんだ。各領域の首都を訪れ、そこで色々仕入れたものがここに並べられるの」


 アマネがやっぱり偉そうに説明した。


「艇自体が街みたいなもので、ここに住んじゃう物好きもいるぐらいだし」


 艇に住む。確かに物好きだ。


「君はそうしないのか? 艇は世界を巡る、君も世界を巡る。そっちのほうが、効率がいいような気もするけど」


「わんちゃん、君はなにもわかってないよ」とアマネが首を振った。さも馬鹿にするような言いかたにちょっと傷つく。


「旅に効率もクソもないんだよ。大地をゆっくり歩いて得られるなにかもあるわけで……」


 竜の角を並べた店の前を歩き抜けた。


「魔術師の行動基準ってのは、物語を前提にしてるんだな。なんだか自己中心的だ」


 アマネがむっとしたように眉を潜めた。


「誰がエゴイストだ! ひどいこと言う口はこれか!」


 頬をつねられた。左右にぐにぐにと引っ張られる。

 こいつは完璧な犬扱いだ。アマネのオッドアイにおれはどう見えているのか、非常に気になるところだ。

 艇の出発時間が近くになるにつれ、乗客の数が増えていく。こそばゆいような、妙な感覚に襲われた。誰かに、見られている。最初はただの気のせいかと思ったけど、いつになってもその違和感は消えない。隣のアマネに顔を近づけて、


「……さっきから誰かに見られてるかも」


 アマネが「え」と呟き、身を震わせた。


「な、な、な、なにを言うんだい、わんちゃん。そういう怖いお話は願い下げだよ」


「なんだろう、ずっとつけまわされてるかもしれない」


「だ、だ、だ、だから、そういうのはだめだよ、苦手なの」


 アマネはきょろきょろと挙動不審になる。どうやらつけまわされるだけの心当たりがあるようだ。そのタイミングで艇内にアナウンスが流れた。


「出発の時刻となりました。当艇はこれより、高高度まで上昇し、大樹の幹街ガーガーへ向けて航行を開始します。本日の【狭間竜】との遭遇確率は、十パーセントです。万が一に備え、脱出艇への通路を確認しておきましょう」


 鈍い音と振動が突きあがった。上昇の感覚がお腹をくすぐる。


「本日の機体制御は、わたくし、意識生命体ユリシーズが務めさせていただきます。航行時間は六時間です。三十分後に、当艇は高高度空域に到達します。保護力場を形成し次第、デッキ区画を解放する予定です。本日は晴天なり。空の園と世界蝶がよく見えるでしょう。それと、廃飛行艇船団が東の方向に現れるかもしれません。では、催される艇内イベントを紹介します。最初に――」


 砕けた調子で言葉が続く。おれとアマネは適当なひとの流れに紛れこみ、歩き続けた。追手らしき謎の気配は消えない。


「追われる心当たりは?」


 アマネに訊くが、彼女はきょろきょろすることに夢中だった。やっぱり、追われる心当たりがあるのか。真っ白な魔術師を追う謎めいた追手。アマネには悪いが、少しだけワクワクする。


「追手、確かめてみるか」


「……え?」


 アマネがきょとんとする。おれは彼女の腕を掴み、歩く速度をあげた。


「わ、わ、わ、わ、わんちゃん、ちょっと待った! 待て! 待て! 伏せ! 伏せ! 言うこと聞きなさい!」


 アマネが命令を繰り返し、じたばたしながら喚く。残念ながら従えないよ。犬は主人の身を守るとき命令を無視する。そういうものだ。

ユリシーズの艇内アナウンスが続いている。


「翡翠の蟲である大樹は生命の樹として知られています。【緑の生命】として認知される草原は、生命の樹の物語から派生した、物語の外伝的領域との伝承がありますが――」


 流れる声を聞きながら、客室ホールの通路に入る。追手の気配がいったん消えた。またすぐに現れ、おれたちのあとを追いかけてくる。アナウンスが声を継ぐ。


「大樹の首都からは竜の領域【焦土の背中】を望むことができるでしょう。みなさんは道化竜の伝説をご存知でしょうか。パラゴン卿と呼ばれる偉大な竜は、等価交換にて竜の物語をひとに授ける――というものです。あの伝説は真実なのか寓話であるのか――」


 抵抗するアマネを引きながら、通路を右へ。なだらかな下り坂状の廊下を足早に進む。


「わ、わ、わ、わんちゃん、待て待て待って!」


 アマネはおれをとめようとするが、全部無視した。アナウンスがアマネの声を掻き消す。


「【無限の図書】の司書メリッサは生命を愛しています。それ故に本を貸し出し、物語を記させるのです。だからこそ【死霊術】が禁忌になりました。魂の改変行為は、メリッサの想いをあざ笑う行為であり……」


 通路を抜けた。第二客室に辿り着く。乗客を押しのけながら先に進む。徐々に足を速くしていく。乗客たちがなにごとだと言わんばかりに、おれとアマネを見た。

 追手も足を速めたのがわかった。続くアナウンス。


「テンスイノ世界はひとつの物語なのです。われわれ生命は、世界という物語を描く文字のひとつであり、言葉の欠片なのです。そんな我々の魂にも、物語があります。この世界はそういった小さな物語の集合体であり、すべての物語は過去現在未来で繋がっているのです。円環が、なにもかもを繋げているのです――」


 こっちだ。アマネの腕をぐいと引く。その肩に手を回して目についた通路に滑り込んだ。一気に駆け出す。第六展望室と記された区画に飛び出した。壁に貼りついて耳を澄ます。かつんかつんかつんかつんと、駆ける足音が近づいてくる。


「つ……つかれ……た……」


 息も絶え絶えにアマネが言った。どうやら運動はだめらしい。


「今だ!」


 タイミングを計って足を突きだした。通路から飛びだしてきた人影が、おれの足につまづいてど派手にすっころんだ。そいつはキューッと摩擦音を立てながら床に突っ伏し、ぴくりとも動かなくなった。しつこく追いかけてきた、謎の追手。おれとアマネは、「「え?」」とほぼ同時に呟いてしまった。


 その正体は、幼い女の子だった。長い三つ編みが腰まで伸びている。身に纏う服は黒一色で、ひらひらとした装飾だらけだ。アマネが女の子の側にひざまずき、つんつんと指で突く。幼い女の子はやっぱりぴくりとも動かない。


「……わんちゃん、こんな女の子を殺しちゃうなんて……」


「人聞きが悪い。転ばせただけだよ」


「この子が追手?」


「ああ、多分」


 アマネの横に膝をつき、女の子の体をゆすってみる。本当に動かない。いや、まさか本当に死んだんじゃ……。


「……ジ……」


 声が聞こえた。その次の瞬間に女の子が弾かれたように起きあがった。アマネが「ひゃあ!」と声をあげて尻餅をつく。


「ゼンジィ!」


 とかなんとか叫び、真っ黒な幼子が飛びかかってくる。おれは見事に押し倒され、馬乗りにされた。


「ゼンジ、おまえは、わたしを、転ばせて!」


 幼子がおれの顔面を平手でペチペチと殴ってくる。その顔は真っ赤だ。


「おまえを殴っているわたしの心のほうが痛いんだぞ、ゼンジィ! 痛い! ああ痛い!」


「ちょっ、待っ……」


「どうせこうなるんじゃないかと思ってたんだ! お勤め途中で良い匂いにでも惑わされてふらふらとしちゃうんじゃないかってな! まったく、それがこうも的中するなんてな! わたしがどれだけおまえを心配したのかわかるか⁉ わからないだろう、この毛玉め!」


 意味不明だ。このうえなくわけがわからない。


「な、なにを言ってるんだよ!」


 おれは喚く。すると幼子は目をぱちくりさせた。「まさか」と呟き、おれの眼を覗き込んでくる。


「わたしは誰だ?」


 問われたが答えられない。むしろ逆にこっちが「誰?」と訊きたいぐらいだ。


「ゼンジィ、わたしの名前を言え!」


 涙目の幼子に凄まれ、喉を絞められた。またなにも言えない。幼子は今にも泣きそうになっていた。


「わんちゃん、この子知り合い?」


 ナイスなタイミングでアマネが割り込んでくる。


「わからないんだよ」


 幼子が衝撃を受けたように目を見開いた。口をぱくぱくとさせ、頭を抱える。


「ふ、ふ、ふざけるな、ゼンジ! これを見ろ、これを忘れたのか⁉」


 幼子が手の平を突き出す。そこにあったのは絡まりあった骨の印だった。要塞都市の夜、おれの手の平に垣間見た印と同じものだった。


「そ、その印! それって、いったい……」


「う、嘘だろう、ゼンジィ! まさか、そんなことを本気で……」


 幼子は三つ編みをぶんぶんと振り回しながら、頭をくりくりさせた。


「ムキィー! なななななんたることだ! そうか、あれか、物語を落っことしたのか? それともただ単におまえを受け容れる世界が変わったから、記憶がおっついていないだけなのか? 答えろ、答えろゼンジィ!」


 どうやら幼子はテンパっているらしい。再びおれの胸倉を掴んでぐわんぐわんと揺すってくる。なんでおれはこんな面倒な状況に陥ってんだ。って待てよ、ということは、この三つ編みちんちくりんは、おれの正体を――。


「君は誰?」


 アマネが割り込んだ。すると三つ編みちんちくりんは咳払いをし、平静を装って、


「わたしか? 誰という問いかけは的外れだぞ、小娘」


 とんでもなく偉そうな口調だ。泣きそうになったり慌てたり気取ったり忙しいやつだ。


「ん?」とちんちくりんが呟き、アマネをまじまじと見つめた。その眼差しはナイフのように鋭かった。


「おまえ、禁忌の肉人形か? 【塔の麓のハルモニア】? それとも【西灯台のダブリン】? 脳足りんどもめ、あれだけわたしとチャー坊でだめだと教えこんだというのに」


 なんのこっちゃかわからない。ところが、アマネは悲鳴のような息をして後ずさった。口をわななかせている。


「なんで、それが……」


「わたしには見えるんだよ。そのゆがんだ魂と物語……反吐がでる」


 三つ編みちんちくりんがぐりんと顔を回し、おれを睨んだ。


「ゼンジィ、おまえなんでこんな汚らわしい人形と一緒にいるんだい? なにをしているんだ?」


 すさまじい威圧感がおれの肌をぴりぴりと刺激する。ごくりと唾を呑み、


「旅だよ、旅」


 すると三つ編みちんちくりんの表情が柔らかくなる。鉛のような重圧は嘘のように消えてしまった。


「そうか、旅か!」腕を組みふむむと唸る。「なるほどな、記憶を取り戻そうとしているのだな? 旅はいいものだぞ、ゼンジ。旅をして魂を養え。さすれば汝の物語は豊かになり、世界は大きく変容するだろう」


「それ、誰の言葉だよ」


「誰の言葉でもない。気にするな。旅というのならばわたしはとめない。旅を続けなさい。そうやって失ったものを取り戻そうとする姿勢は大切だ。それに、おまえには世界を見て欲しかったんだ。丁度いい機会だ」


 三つ編みちんちくりんはうなずきながら、おれの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「それじゃあ、わたしは帰る。気をつけなさい、ゼンジ。変なもの拾って食うんじゃないよ? あと、そこの人形には気をつけること。ええと、他には……まあいい」


 立ちあがったちんちくりんはアマネを威嚇するように一瞥した。おれは手を伸ばし、


「ちょっと待てよ、君はおれの正体を……」


 そこまで言ったところで、三つ編みちんちくりんの姿は煙のように消えてしまった。おれとアマネは唖然となって、しばらくその場から動けなかった。


 十分ほど経ってから、おれとアマネは我に返り、近くのベンチに移動した。二人で肩を並べ座り、展望室に流れこんできた乗客を眺める。アマネの様子がおかしかった。三つ編みちんちくりんが消えてから、一言もしゃべってない。口を真一文字に閉じて、うつむいている。何度も声をかけたが、反応すらしてくれない。


「ちょっと、アマネさん? どうしたっていうんだ?」


 何度目かの声掛けで、ようやく彼女が顔をあげた。いきなり立ちあがったかと思うと、すたすたと歩きだす。


「お、おい、アマネ!」


 声をあげるがアマネは振り返りすらしない。乗客の群れのなかに入っていく。慌てて追いかけたわけだが、あっという間に見失ってしまった。


「嘘だろ」


 いや、これはマズいぞ。頼れるのはアマネだけなのに、その彼女とはぐれてしまうだなんて、洒落にならん。彼女の消えた方向に進んでみる。真っ白な魔術師の姿を探すが、まったく見つからない。ヤバい。本当にどこにもいない。心臓がキュッと縮んだ。


「あぶなーい」


 緊張感のない、間延びした声が横から聞こえた。「ん?」と思って目を細める。

 その瞬間にひとりの少年が乗客の間から飛びだしてきた。あまりに急だったから避けることもできず、彼の突撃をみぞおちにもらった。衝撃と痛みのあまり、息ができずにおれは体を折ってゲホゲホと咳をした。


「あぶなーい、って言いましたよねー?」


 悪びれもせずに少年が言った。ぼさぼさとした黒髪をしていて、飛行艇の整備士が着るようなつなぎをまとっている。胸のところに猿をかたどったワッペンがあった。


「痛いですかー? 死んじゃう感じですかー?」


 だらしなく語尾を伸ばしながら顔を覗き込んでくる。めちゃくちゃ憎たらしい目つきをしていた。


「うわー、苦しそうですねー。でも、安心してくださいー、ぼくは無傷ですー」


「……最初に言うことがあるだろ、クソガキ」


 少年を睨みつける。ぶつかってきたのはそっちだ。なによりも謝罪が――。


「あーい、自己紹介ですねー。ぼくがチャパーでーす。あ、そっちの名前は訊きませんよー。だって興味ないですからー」


 少年、チャパーがにんまりと笑う。生意気なクソガキを投げ飛ばしてやろうかと悩んだが、今はそれどころじゃない。みぞおちに残る痛みを我慢して、おれは歩きだした。


「あららー、どちらにー?」


「君には関係ないだろ」


「人探しですかねー?」


「なんでそう思うんだよ」


「お兄さん不安そうですからねー。まるで飼い主とはぐれた犬っころですよー。尻尾を丸めてくんくん鳴いてるみたいな感じですー」


 おれは思わずため息をはいた。どうしてアマネといいコイツといい、おれを犬っぽく扱うんだ。クソガキを無視することに決めたが、チャパーはぴったりとおれについてきた。


「なんでついてくるんだよ」


「えっとー、馬鹿は放っておけない優しい心の持ち主なんですよー、ぼくー」


 いきなりぶつかってきて謝りもせず挑発してくるとは。もしもおれが犬だったら怒り狂って喉笛噛みちぎっていてもおかしくはない。


「君はとってもいい育ちなんだな」


「厭味いただきましたー。ありがとうございますー。そのお礼に馬鹿に助言をひとつー」


 流石に堪忍袋の緒が切れた。チャパーの胸倉を掴んだが、まわりの視線が痛いほどに集まってしまった。パッと見ればおれがガキを虐めているようにしか見えない。


「いいですかー、この艇には何百人という単位のお猿さ……もとい人間どもがいるんですよー。そのなかから探し人を見つけるのは難しいー。じゃあどうすればいいと思いますー? それはですね、ひとが集まるところで待ち伏せするのが一番なんですー」


 まともな助言だったので、おれはチャパーをおろした。ひとが集まるところ。壁に貼られていた艇の案内図を見つめる。ぶっちゃけ、どこにでもひとは集まりそうだ。


「脳足りんですねー。いいですかー、この艇の最大の魅力とはなんでしょうかー?」


 訊かれた。超級飛行艇の魅力。領域と領域を繋ぐ街のような艇の売り。


「居住性?」

「ぶっぶー」

「乗り心地?」

「ぶっぶー」

「それじゃ、バザールか!」

「頭に蛆湧いてるんですかー、犬っころー」


 そこまで言わなくてもいいじゃないか。そして誰が犬畜生だ。


「答えは、テンスイノ世界を一望できる、ですよー」


 その言葉ですぐにピンときた。高いところから見下ろすテンスイノ世界っていうのは、きっととんでもなく綺麗だろう。


「デッキ区画か!」


「ご名答ですー。あと五分でデッキが解放されるはずですからー、みんなそこに向かうと思うんですよねー。つまり、あなたの探しびともそこにいるかもしれないわけでー」


 おれはチャパーの言葉を最後まで聞かず歩きだした。乗客たちの流れはデッキに向けて動いている。


「なんでついてくるんだよ」


 チャパーはこれ見よがしにため息をはき、


「実をいうと、ぼくも人探しをしていましてー。デッキに行けば見つかるかなーと思ったり思わなかったりー。あーあー、めんどーくさいですー。みんな死んじゃえばいいのにー」


 憎々しげな顔で舌打ちをする。


「かなり口が悪いよな。なにか問題が起きるぞ」


「警告いただきましたー、ありがとうございますー。今のところこれで生きていけてるんで、ご安心をー」


 チャパーは悪びれもせずに言い、頭をぽりぽりと掻いた。

 ざわめきを掻き消して、アナウンスを知らせるチャイムが鳴った。


「みなさまにお知らせいたします。当機は無事、高高度空域に到達しました。保護力場の形成も終わりましたので、デッキを解放いたします。世界のすべてがあなたの目に。どうぞ、お楽しみください」


 たくさんの乗客と一緒に、デッキに続く鈍色の通路を進む。徐々に空気の温度が変わっていった。外からの風が流れ込んできているのだ。

 通路を抜ける。降り注ぐ光と渦巻く風に、おれは目を細めた。

 デッキからテンスイノ世界を一望することができた。生命の樹、浮遊大陸、空の街……それだけじゃない。宝石で覆われ輝く丘、大地に突き立つ巨大生物の骨格、名前の知らない領域が、たくさん、世界に散らばっていた。


「犬っころー」


 チャパーに脇腹をどすんと殴られた。


「なーに突っ立ってるんですかー、ほらほらー、探さなくちゃー」


 そうだ、アマネを探さないと。

 デッキは大賑わいだった。艇の乗客のほとんどがここにいるんじゃないかと思えるほどに、ぎゅうぎゅうに混みあっている。人も蟲も竜も獣も、みんな風景を楽しんでいた。

 おれは生意気なクソガキを引き連れてアマネを探した。迷惑覚悟で乗客の群れを掻き分け、ひたすら白い魔術師を探したわけだが、状況が好転していないと気づくまでに時間はかからなかった。


「ひとつ気づいた」


「奇遇ですねー、ぼくもですー」


 どうやら、チャパーも思うことは同じらしい。デッキに集まる連中が多すぎて、人探しどころじゃない。


「ぼくもあなたも脳足りんでしたねー。まったく、あの高飛車売女めー、どこに行ったんですかねー。悔しいですけどー、ここはお互い協力したほうがいいですねー。えっとー、そっちの探してるのはどんなやつですかー?」


 おれの探し人。アマネの姿を思い浮かべる。白と黒の髪、ルビーとサファイア色の瞳……なにより目立つのは――。

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