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16話 死してまた死す

16


 チャパーが指を鳴らす。

 その力によって、おれの体はテンスイノ世界へとばちんと弾きだされる。気がつくとおれは空のなかだ。体が重力に絡めとられる。

 遥かしたにアマネを乗せた高速艇が見えた。

 紙の蝶たちがどこからともなく現れる。メリッサの下僕がおれの体を受けとめ、落下傘のかわりになってくれた。


〈生も死も関係なく、世界を円環することのできる狼……おまえの物語は特異的なんだよ、ゼンジ。

 生きながら死んでいる。

 死にながら生きている。

 死を怖がるな、失うほうがもっと怖いんだからね〉


 母さんの言葉が脳裏をよぎった。

 

 高速艇が目の前に迫る。

 紙の蝶が風をつかみ、減速させてくれた。おれは艇の甲板に着地する。ごろごろと転がって衝撃をいなした。役目を終えた蝶たちは、風にもみくちゃにされながら、空の彼方へと消えていった。

 

 ここにアマネがいる。

 

 殺せ、白の魔術師を殺せ。


 メリッサの声が脳裏をよぎった。

 あんたの言葉に従うつもりはないね。これはおれとご主人の物語だ。外野の指示は受けない。

 風の音満ちる甲板を駆け抜け、重いドアを開ける。艇内は薄暗い。壁の色は冷たく、ひどく入り組んでいた。

 二種類の匂いがあった。

 ひとつは機械兵の体臭である、甘酸っぱい匂い。

 もうひとつは魂の匂い。数多くの魂の香りが集まった、闇鍋的な魅力溢れる香り……アマネの匂いだ。

 彼女の匂いを追いかける。

 冷たい通路を突き進む。最初の曲がり角で巡回の機械兵と遭遇。背中の鞘から折れた剣を引き抜き、すれ違いざまに切り倒す。警報が艇内に響き、がしゃがしゃとした足音が四方から近づいてくる。

 剣で切りまくるという方法で、おれは道をこじ開けた。鼻を利かせて、耳を利かせて、待ち伏せしたり遠回りしたりしながら。


〈侵入者あり、各員注意されたし。現在侵入者は第六区画を進んでいるもよう、繰り返す……〉


 アナウンスを聞きながら、おれはアマネの匂いのする部屋のドアを、剣でこじ開ける。


 剥きだしの鉄壁に囲まれた部屋の真ん中に、アマネがいた。膝を抱えてうずくまっている。


「アマネ!」


 その華奢な両肩をつかみ、ぐわんぐわんと揺すぶってみた。「アマネ、アマネ!」と何度もやるけど、反応が一切ない。アマネの顔を引っぱりあげて目を覗きこんでみる。宝石色の目は虚ろで、焦点があっていない。口の端によだれの泡があって、まるで廃人状態だ。


 ご主人、なんかされたのか。


 舌打ちをする。


〈殺せ〉


 どこからともなくメリッサの声がひびく。


 外野は黙ってろ。


 虚ろなアマネを抱き抱え、口で剣をくわえて部屋から飛びだす。ふざけんな、誰にもてだしさせないぞ。アマネの物語は、アマネのものだ。

 

 来た道を引き返す。途中で機械兵とかち合うが、アマネがいるから手だしができないようで、おれは体当たりをして突破を繰り返した。どうにか甲板まででることに成功したが、そこである失敗に気づく。どうやって脱出すりゃいいんだよ、これ。遥かしたに広がる大地を見つめ、おれは口にくわえていた剣をぽろりと落とす。

 背後から機械兵の足音が聞こえて我に返る。艇内から現れた機械兵が甲板を埋め尽くす。連中の後ろにラークが立っていた。にたにたと笑いながら、


「くると思っていましたよ、ゼンジさん」


と大声をだす。


「名前を知ってもらって光栄だよ!」


 さけび返す。


「白の魔術師が、うわ言のようにあなたの名前をつぶやいていましてね」


「彼女に、なにをした?」


 腕のアマネに視線を落とす。相変わらずの廃人状態だ。ラークが肩をすくめる。


「とくに、なにも。ただ、あなたが死んだということを告げただけです。彼女はそういった衝撃にひどく弱い。継ぎ接ぎである魂の物語の感情的文脈揺らぎは、簡単に崩れてしまうんですよ。それに加えて、彼女の魂はわれわれに操られるようにつくられているんです。ちょちょいと魔法をかけるだけで、彼女は廃人になり繰り人形に……って感じでしてね」


 にやけていたラークの顔が、急に真面目になった。


「妙ですね、ゼンジさん。あなたは、死んだはずだ」


 機械兵たちの腕が展開する。無数の銃口がおれを見つめる。


「おれは最初から死んでるんだよ、ラーク」


「訊ねるだけむだってことですか。まあ、いいでしょう。もう一度殺せばいいんですから」


 ひとりの機械兵が、光を撃った。

 鈍い衝撃が顔をうがった。顔の半分がなくなったのがわかった。半分になった口から、ひゅうひゅうと息が漏れる。抱きかかえていたアマネの服が、おれの血で赤くなった。

 虚ろな彼女の目に光が戻った。


「……わんちゃん?」


 ぽつりとつぶやく。


 それから、半分になったおれの顔を見て、「イヤァァァァァァ!」と絶叫した。




 また、死んだ。


 気がつくと冥府で仰向けに倒れていた。背中に草原の感触を感じる。母さんとチャパーが顔を覗きこんできた。


「死にましたねー」


「顔の半分がなくなってしまったな」


 母さんがなぐさめるように、頭をなでてくれた。


「殺せ、といっただろう」


 メリッサが、あざ笑うかのように言った。


「まあ、まだ時間はある。きさまの好きなようにやればいい」


 チャパーが、指を鳴らす。


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