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1話 月は死者の太陽

一章   1


 ここは冥府。あらゆる世界からこぼれ落ちた命の終着点であり、生と死、その片翼を担う場所。地平線の向こうまで続く草原に、数多の十字架が突き立っている。


「まったく、おまえは馬鹿みたいに真面目なんだね」


 草原の真ん中で、母さんがおれの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「ほら、あれを見てごらん。パラゴン卿の竜だよ、宝石竜の夫婦だ」

 二匹の竜が冥府の淀んだ空を飛んでいた。全身がきらびやかな宝石に包まれていて、キラキラと輝いている。


「いつか、おまえにパラゴンの領域を見せてあげるよ。竜たちの楽園――そこには偉大な竜の物語が眠っているんだよ」


 おれはふがふがと答える。母さんは呆れたようにため息を吐いた。


「口に咥えている剣を放したらどうだい? それじゃ、しゃべれないだろう?」


 母さん、そいつは無理な相談だ。この剣はおれの牙なんだから。母さんは呆れたように笑った。そのとき、銀色の光の雨が、空を切り裂いていく。


「おや、珍しい、世界蝶の鱗粉だ」


 世界蝶。なんだか偉そうな名前だ。


「ああ、おまえは知らないんだね。この世界の頂にて翅休めする、円環を司る虫けらだよ。彼はすべてを見ている。そして、円環を介して世界のかじ取りをしているんだ」


 母さんはときどき、おれの知能指数を無視した発言をする。だからそういうときだけ耳を閉じるようにしている。なにも聞こえないふりをしてとぼけるのが一番カシコイ。


「おまえは死を象徴するんだ。死と生はひとつながり、円環による物語の積み重ねで、世界は前に進んでいく。おまえは、円環を担うものなんだ。死を見守るのがその役目なんだよ。そして、いずれ、この冥府を背負うことになるんだ」


 母さんの骨ばった指に喉をくすぐられた。おれは口に咥えていた剣を置き、ぱたぱたと尻尾を振った。母さんの横顔は酷く骨ばっている。というか、骨そのものだ。


「おまえに教えなくちゃいけないことは、まだたくさんあるんだ。おまえは知らなくちゃいけない。そして、経験をしなくちゃいけない」


 骨の手がおれの頭を再び撫でる。その指がおれのふわふわな耳を、わしゃわしゃと弄った。

 くすぐったくて、嬉しくて、おれは小さめの遠吠えをした。


   ◆


 おれの名前はゼンジ・デッドマンだ。

 自分の名前しかわからない。それ以外のことは一切覚えていない。


 湖の上に朽ち果てた街が広がっていた。

 夜。火の粉のような星屑が、夜闇に浮かぶ。

 ちょっと待てよ、ここはどこだよ。っていうか、どうやってここにきたんだ、おれ。

 湖上の街に見覚えはない。

 なんでこんなところで、ひとりで立ってんだよ、おれ。不意の恐怖に心臓がキュッと縮む。なにかが足に引っかかる。落ちていたのは異様な形の剣だ。長剣で装飾は一切ない。鈍色の刃は真ん中でぽっきりと折れてしまっている。なんとなくそれを拾う。側に転がっていた鞘も一緒にとる。

なんだか妙な剣だ。まるで、大きな生き物の牙をそのまま剣にしたかのような……。


「おーい、誰か!」


 大声で叫ぶが返事はない。ちくしょう、足で探すしかないってか。おれはとぼとぼと歩きだす。街は人っ子ひとりいない。建物の壁という壁はみな苔に覆われて緑色になっている。

街の中心部に入ると、さらに大きな広場に辿り着いた。水のない噴水が目に付く。なんで誰もいないんだよ。頼むからでてきてくれよ。心臓の音が胸にこだまする。そのときだ。


「うたうたいのうたは犬のうたでうたはわたしのうたじゃない」


 妙なうたが聞こえた。歌詞が支離滅裂なのに付け加え、このうえなく音程が下手糞だ。どこのどいつだよ、なんつううただ。


「そのうたは花の生まれ変わりで花の生まれ変わりは竜のうた」


 下手糞なうたが続く。相変わらずのガタガタ音程だったが、少なくとも安心した。おれは一人じゃない。どこかに歌い手がいるはずだ。


「うたは道しるべになりうたは魂を導きうたは空を貫き大地から芽を出して……」

歌い手を探して走る。広場から伸びる道を進む。支離滅裂なうたに近づいていく。

 一度だけ、


「へっくし!」


 とくしゃみがまざった。半分壊れた廃屋からうたが漂っていた。光る花がその廃屋の入口で揺れていた。


「おーい、ちょっと、誰かいるのか?」


 大声で訊ねる。返事はないがうたは続く。廃屋に足を踏み入れた。ボロボロの家具が転がっていた。ひどくかび臭い。足元は苔でぬるぬるする。緑色となった床板に足跡があった。部屋をあっちこっちに移動してから、階段へと向かっている。

 これまたぬるぬるした階段を上る。二階にはいくつかのドアがあった。そのうちの一つが半開きになっている。隙間から淡い色の光が漏れている。


「空から降り注ぐうたはテンスイノ世界を彩って、それから、それから……」


 いきなりうたがとまった。ドアの向こうで誰かが動く。隙間風が鳴った。

恐る恐るドアを開けた。真っ先に目に入ったのは天井で揺れる発光花だ。その真下、古ぼけた椅子に座って、一人の女の子が佇んでいた。彼女とがっつり目が合う。

 ふんわりとした白い服を纏う彼女は、どことなく異様な雰囲気を湛えている。その原因は女の子の眼と髪にあった。肩口まで伸びる髪は、丁度真ん中を境にして、白と黒に分かれている。それに準ずるように、瞳も左右で色が違っていた。向かって右がルビー色、左がサファイア色というように。冷静そうだとか、活発そうだとか、そういった印象が一切なく、まったくつかみどころがない。

 まるで半分人間のようだ。右と左で、それぞれ違う人間が繋ぎ合わされたような……。


「や、いらっしゃい、わんちゃん」


 女の子がニッコリと笑って言った。まるで客人を迎えた家主のような落ち着きだった。

 ん、いや、ちょっと待てよ。今こいつ、なんつった?


「あの、申し訳ないが、今なんて……」


「わんちゃん」


「わんちゃん?」


「犬をちょっと可愛く表現した敬称だよ」


「いや、それはわかるけどさ。……ちょっと待てよ、誰が犬だって?」


 女の子は迷わずおれを指差した。


「犬じゃないぞ」


「わんちゃん」


「いや、だから……」


 その押し問答をしばらく続けた。なんで君はこんなところにいるんだとか、ここはどこなんだとか、そういった疑問を投げ捨て、おれはひたすら


「わんちゃん」


という言葉を否定し続けたわけだが、彼女は


「わんちゃん」

 を連呼し続けた。

 とうとう根負けして、


「違う、おれはゼンジ・デッドマンだ」


「ゼンジ・わんちゃん・デッドマン。どこからきたの?」


「わんちゃんは余計だっての」


「質問に答えなさい、わんちゃん。どこからきたの?」


 そう返されて言い淀む。違う色の瞳に見つめられたおれは、その場を右往左往することしかできない。


「わからないんだ!」


「わからない? それ、どーゆーこと?」


「それもわからないんだ。自分の名前しか覚えていないんだよ。どうしてここにいるのか、というか、そもそもここがどこなのか、もっと言えば、この世界の名前だとか、そういうのすらわからないんだ」


 ルビーとサファイア色の瞳が、おれをじいっと見つめ、


「記憶喪失のゼンジ・わんちゃん・デッドマン……笑える……」


 隠す様子もなく、くすくす笑い出した。流石のおれもちょっぴり傷ついた。


「笑うなよ。君にとっちゃ面白くても、おれにとっては死活問題だ。名前以外覚えてないんだぞ。頼りになるものはなにひとつなくて……」


 ため息がこぼれ落ちた。


「生きながらに死んでるみたいなもんじゃないか。全部忘れてるんだ、中身が空っぽの真っ白迷子だなんて……」


「だいじょーぶだよ、わんちゃん」


 女の子が立ちあがり、おれの肩に手を置く。頭一つ分小さい彼女は、おれをまじまじと見上げる。


「だって、わたしも同じだもん」


「同じ?」


「うん。君は忘れて真っ白状態。そして、わたしも君と同じ真っ白状態」


 ふんわりとした服の裾を掴み、微笑みながら広げた。


「わたしね、今、自分探しの旅の途中なんだ。ふらふらゆらゆらと【テンスイノ世界】をさ迷ってさ、失くしちゃった自分の物語をもう一度見つけようって頑張ってて……」


 なにを言ってるのかわからない。まさかだとは思うが、ヤバい女の子に絡んでしまったのだろうか。

 女の子に胸をとんとんと突かれる。


「わんちゃん、あなたのその毛むくじゃらな魂には、なにが刻まれると思う?」


 誰が犬畜生だ。それに毛むくじゃらな魂ってなんだよ。思わずツッコみそうになったが、言葉を噛んで、


「わからん」


「今、めんどくさいとか思ったでしょ、わんちゃん」


 誰が犬畜生だ。女の子がむふーと鼻息を吐く。


「魂に刻まれるのは物語。経験感情記憶なんかの移ろいが描く、そのひとの物語がそこに記されるの」


「……人生の比喩的表現?」


「わお、ちょっと頭良さそうな言いかただね、ソレ」


 彼女がぱちぱちと拍手をした。魂に物語が記される。おれたちの人生って言うのは、ひとつの物語だ。生まれ始り死に終わる。経験感情記憶が織りなす、壮大なひとつの物語。


「魂は物語と共にあるんだよ、わんちゃん。魂は物語によって形作られ、刻まれる物語によって魂の形が変わる。魂と物語は……」


 難しそうな話になりそうだったから、おれはそっと耳を塞いだ。


「そうはさせないぞ、わんちゃん」


 女の子がおれの手を耳から引き剥がした。


「と、に、か、く」と大声で声をおれの耳に捻じ込んでから、「わたしには物語がないの。どこかで落としちゃったか、完全に失くしちゃったかして。わんちゃんよりもサイアクな状況下にあるわけ」


 サイアクな状況下。だから、この女の子は……。


「そのために、旅をしているそういうわけだ」


 女の子は指をぱちんと鳴らし、


「そーゆーこと。この世界において、旅って言うのは特別な意味を持ってるんだよ。自分の物語を育むには、たくさんの経験をしなくちゃいけない。一か所にとどまったところでなにも起きない。物語を描くためには一に行動、二に行動!」


 女の子は興奮したのか、腕をぐるぐる回した。拳をお腹にもらったおれは、「ウゲッ」と声を漏らす。旅の途中ってことは、ここを今夜の宿にするつもりだったのだろう。よくよく見れば、部屋の隅に荷物らしき鞄が置かれている。


「なあ、訊いてもいいか?」


 ぐるぐると部屋を回っていた女の子の襟を捕まえた。彼女はハアハアと息を切らせながら、


「どーぞ。発言を赦すぞ、わんちゃん・オブ・ザ・わんちゃん」


「その旅って、ひとりじゃないとだめなのか?」


「ううん、そんなことないけど。……もしかして……」


 女の子がにたにたと笑う。ルビーサファイアの瞳がからかうように細くなった。かなり恥ずかしい。だけど、行動しなくちゃおれはいつまでも真っ白なままなんだ。


「そうだよ、もしかしてだよ。自然と記憶は戻ってくるかもしれないけど、こっちから迎えに行ったほうが早いかもしれないだろ」


「どうして、わたしと?」


 腕を広げた彼女が訊ねる。いちいちそんなこと訊かんでもいいじゃないか。


「君は世界を旅してる。君は色んなことを知ってる。そうなんだろ? おれはなにもわからん。だから、博学そうな君に色々教えを乞おうと思ってる。それに、こんなところで出くわしたのもなにかの縁だろうし」


 拒まれるかもしれない。そんな予感が走る。出会っていきなり旅のお供にしてくれだなんて、流石に信用されるわけが……。


「うん、いいよ」


「そうだよな、そりゃ嫌だよな、もちろん……は?」


 驚いて女の子をまじまじと見てしまった。


「いや、ちょっとそれって不用心すぎるぞ。おれは記憶失ってて身元不詳だ。君は女の子で、こんな謎めいた野郎とふたりで旅だなんて……ハッキリいって、不純だ」


「シーッ」


 人差し指を口に押し付けられた。噛みついてやろうかと思ったが、やめておいた。


「えっとね、わたし、犬が大好きなんだ。ひとり旅もいい加減寂しくなってきたし、連れには丁度いいと思って」


 はあ? 意味がわからん。壊れた壁から風が吹き込んだ。天井からぶら下がる発光花が揺れ、おれと女の子の影が踊った。


「犬?」


「うん。犬って、たくましくて、素直で、頼もしいでしょ?」


 女の子がむふーと息を吐く。そのオッドアイはキラキラと輝いていた。

 さっきから彼女が連呼していた「わんちゃん」という言葉が、頭に溢れた。

 誰が犬だ。


「まさかだけど、ペットとして迎えるつもり?」


「いやいや、まさかそんなそんな。夜寝るときに枕にしたり、ちょっと暗いところを先に歩いて行ってもらったり、それから……」


「おれは人間だぞ」


 腕を広げて言ってみる。獣耳も尻尾もない。毛むくじゃらでもなければ牙もない。顔は平たいし、それに二足歩行だ。誰が犬畜生だ。


「お手」


 いきなり手を差し出された。反射的にその手に手を載せる。


「おかわり」


 そしてその反対の手にも応えてしまった。おれは唖然としたまま、くすくす笑う女の子の顔を見つめた。


「違う、これは、違うんだ!」


 思わず喚く。部屋の中をうろうろしながら、拳を振り回す。倒れている棚に躓きそうになった。なんでおれは反射的にお手をおかわりをしたんだよ。これじゃあまるで犬……。

 ピューイと口笛を吹かれた。思考が頭から消えて思わず立ち止まる。女の子は椅子の上に立ち、手を伸ばしておれの頭をわしゃわしゃと撫で始めた。


「よしよし、ご褒美のなでなでだ」


 こいつは屈辱だ。この上ない辱めだ。完璧な犬扱い。ところが、怒りは一切芽生えなかった。それどころか、頭を撫でられて妙な安心感が……。

 文句を言おうとして、彼女を振り払うべく手をあげた。そのとき、女の子がニッコリと笑って、


「わんちゃん、わたしはアマネ・ツインだよ。これからよろしくね」


    ◆


 結局、おれは一晩をその部屋で過ごした。アマネはすぐに寝てしまい、おれは目が冴えてしまって、そのまま朝日を迎えた。


「おはよ、わんちゃん」


 そんな台詞と共に目覚めたアマネは、寝癖頭を掻きながら鞄を担いだ。

 おれとアマネは朝靄立ち込める湖上の街を発った。時刻は明朝、世界が目覚めてまだ間もない。


「それじゃ、目指すは要塞都市だよ、わんちゃん」


 アマネが張り切って草原を歩き出す。道なき道をぶらぶらと進んでいく。おれは忠犬よろしく彼女のお尻を追いかけた。

 草原はとんでもなく広かった。青々とした匂いが立ちのぼる。草原からはたくさんの世界を見ることができた。

 天を衝く巨大樹、浮く大陸、遥か遠景に建つ壁のような遺跡、天空に浮かぶ古ぼけた街。

 天空の街では、大きな蝶が翅休めをしていた。その翅は虹を縫いこんだかのように、七色に光る。


「わんちゃん、口が半開き。だらしない」


 振り返ったアマネにずばりと指摘された。おれは口をぱたりと閉じた。


「すごいな、ここ。なんだろうな、記憶がないから、目に見えるものすべてが新鮮に見えて……」


「わんちゃん、なんか、かわいい」


 可愛いと言われても、あんまり嬉しくない。突如アマネの表情が明るくなった。なにか閃いたのか、ふんぞり返って指をぴーんと立てた。


「この世界のこと教えてあげる。とりあえず、どっかに座ろっか」


 丁度近くに崩れた遺跡があった。巨大なものになぎ倒されたように崩れた遺跡は、ひんやりとした影を纏っていた。適当な瓦礫に座る。ふたりで肩を並べて世界を眺める。


「ええっと、この世界は【テンスイノ世界】って言うんだ。成り立ちを理解しなくちゃね」


「おれのわかるようにお願いします」


「もちろん、わんちゃんがわかるように説明する。これは飼い主の宿命」


 やっぱりそうなったか。おれは犬でアマネはおれのご主人。そうなるよなぁ。


「この世界はね、継ぎ接ぎなんだよ」


 アマネが遠景を指差して言った。どこからともなく風が吹き、草原を撫でていく。


「テンスイノ世界は、【領域】って呼ばれる世界が集まってできてるんだ。いくつもの欠片で、ひとつの世界に成ってる。だから、継ぎ接ぎ」


 アマネが天衝く巨大樹を指差した。その樹の中腹には大規模な街があった。遠くから見ると樹に寄生した茸のように見えなくもない。


「あれも世界を構築する領域のひとつだよ。【翡翠の蟲】領域っていうんだ。王蟲なんかの、蟲たちが棲む地域で……。あっちの空飛ぶ大陸は【永遠の機械】機械の生き物たちの故郷」


「それじゃ、あのでかい壁は?」


 世界を二分するかのような巨大な遺跡群。霞の向こうに浮かぶその姿は、どことなく神々しい。


「【虚無の安眠】ね。意識生命体の聖地だね」


「それじゃ、あの空の上の街は?」


「【空の園】ちなみに、あそこで翅休めしているでっかい蝶は、世界蝶だよ」


 アマネの言葉に応えるように、世界蝶が翅を揺らした。数多の小世界が集まって、ひとつの世界を構築している。ということは。


「もしかして、他にもたくさん領域がある?」


「もちろんだよ! 人間の領域【一億の猿】だとか、竜の棲む場所【焦土の背中】とか」


 多分、他にもたくさんの小世界……地域があるのだろう。


「テンスイノ世界は有限なのか?」


 冗談めかして言ってみる。アマネが真面目な顔つきになった。どこぞの神官かと思えるほどに、その表情は凛々しい。


「世界は有限か、無限か。昔、ある竜人が、その答えを求めて行動を起こしたことがあるんだよね。超級の飛行艇を用意してさ、志願者を募って、世界の果てを見るために旅立って……」


 アマネが立ちあがり、空を仰いだまま右往左往した。


「で、どうなったのさ」


「消息不明になっちゃった。で、ずっとそのまんま」


 そうか、そりゃそうだよな。なんとなく肩を落とす。アマネはそんなおれの頭をわしゃわしゃと撫で、


「でもね、わんちゃん。完全に消息が不明になったわけじゃないんだ」


 そう言って、空の園を指差した。


「あそこで超級飛行艇の破片が見つかったんだよね」


 首を傾げてしまった。世界の果てを目指した飛行艇の部品が、あそこで見つかった? そんなことあり得ない。記憶喪失のおれだってそれぐらいの分別はつくぞ。


「わんちゃん、そんな表情で首を傾げちゃだめだよ。可愛くて悩殺されちゃう」


 誰が犬畜生だ。確かに犬が首を傾げてれば可愛いが、生憎おれは人間だ。

 いきなりアマネに襲われる。ひっくり返され、草原に押し倒される。彼女の手がおれをなでまくる。ペットを愛撫するように、ひたすらわしゃわしゃわしゃわしゃと撫でまくられた。


「おい、アマネ! やめろって! アヒッ! そこはくすぐった……! ワヒッ!」


 ちょっと待ってお願いやめて。そんな願いは届かない。数分後、撫で飽きたアマネがむふーと息を吐き、ようやく手を放してくれた。おれはぜーぜーと息をする。


「テンスイノ世界って、もともとひとつじゃなかったんだよね。同じ方向に進む、似た世界たちが接近してくっ付いて生まれちゃったみたいなんだ。いうなれば闇鍋世界だね」


「世界の名残が領域。今でもそのバラバラだったころの名残だけが残ってる。そういうわけだ」


 アマネの指がおれの喉をくすぐった。「よしよし、よくできました」と言われたが、褒められているのか侮辱されているのか、よくわからずに困った。


「不満げな顔も可愛い」


 もはやおれの人間としてのプライドはズタズタだ。いっそのこと本当に犬であればマシだったと思う。このとき、彼女があっと声をあげた。


「わんちゃん、あれ」


 銀色の光の雨が、翡翠の蟲の大樹に降り注いでいた。


「世界蝶の鱗粉が降り注いでいるんだよ。今頃、領域首都のガーガーは大さわぎだね。さ、行こう、わんちゃん」


 アマネに引き起こされたおれは、白い魔術師とふたりで草原を進み始めた。


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