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終わりなき、物語

作者: 山石 悠

童話際に参加しようと思って書いた話です。……が、どうしてこうなった感がしております。

童話? という疑問は作者も抱いております。違うなー、と思ったらこっそりと教えてください。

【→陸杜】


「リクト! 来たよーっ!」


 アマネの声が聞こえ、僕の思考回路は起動した。記憶が確かなら、今は夜中であって、アマネがやってくるような時間ではない。そもそも、真夜中に『中の森』を抜けるなんて、住み慣れた僕にしかできないことだ。

 それでもアマネがここにいるというのは、たった一つの可能性を示唆している。


――――始まった


 それは、何か楽しいイベントなどではなく、決してありえてはいけない世の理を乱す現象の始まりだった。




 僕がこの現実に気が付いたのは、僕が数えるのを放棄するほどに前のことだ。数えるのは四百で止めたが、これはそれからまだ二百以上は進んだだろう。


 繰り返し(リピート)


 それがこの現象の名前。不思議な話だけれど、何かをきっかけに、ある時間まで巻き戻される。それが、この島……この世界の中で、僕しか知らない。三人のうち、僕しか気がついていないのだ。




 話は変わるが、この世界はとても狭い。何が比較対象なのかは分からないが、漠然とそういう認識がある。

 東西に長い楕円形に浮かぶこの島がすべて。ちなみに、島の名前はない。名前というのは、複数ある何かを識別するためのものだから。この広い海の中で、島というのはここだけだ。もっとも、僕らが知らないだけという可能性もあるけれど。

 島は、短径が五キロ少々で、長径が十キロ弱。中央には、島の六十五パーセントを占める『中の森』があって、後は『西の園』と『東平原』に分かれている。


 住人は、僕を含めて三人しかいない。

 『中の森』の最深部に住む僕、リクト。

 『西の園』と『中の森』の境に住む女の子、アマネ。

 『東平原』の東端に住む男の子、カイト。

 他には、いない。寂しいほどに、誰もいない。


 僕らは、三人で助け合いながら暮らしてきた。カイトが海で魚や海藻をとって、僕が森で獣や木の実をとって、アマネが園や平原で野菜や穀物を育てている。互いに足りないものを、与え合ってきた。

 僕らは助け合って生き続け、そして、いつかは死んでいく。そう、何も変わらないものだと思っていた。


 しかし、現実は違った。なぜか、僕達は老いない。繰り返すからだ。大体、今日か明日には繰り返しが起こる。僕は、五日後より先を見たことがない。それも、五日も持ったのなんて、奇跡に近かった。あの時は、迫りくるカイトの短剣を…………やめよう。こんなことを思い出すのも無意味だ。




「リクトー! 入るよ?」


 アマネの声で思考が現実に帰還する。僕は、急いで玄関口からは見えない場所に移動する。

 ガチャッ、と音がしてアマネが入ってくる。その両手にあるのは、木苺のタルトだ。もう、忘れられないほどに繰り返してきたこと。持ち物も、この後のアマネの台詞すらもすべて記憶している。確か、「リクトー? やっぱり出て……


「リクトー? やっぱり出てきてくれない? ……今日は、園で取れた木苺を使ってタルトを作ったの。中の木苺がすごくおいしくて、ついつい食べ過ぎちゃった。五個も作ったのに、気づいたら二個しかなかったの! 私、三個も食べちゃったみたいで、食べすぎでしょう? だから、ここに来るのも、ダイエットのつもりで、ちょっと走ってきたのよ? すごいでしょう?」


 ……たのよ? すごいでしょう?」だ。

 アマネは、姿は見てないけどきっと楽しそうなんだろう。あの元気の、百分の一……いや、一千分の一だけでもあれば、僕はもう少しがんばれるのに。そう、思わずにはいられない。






【陸杜→天音】


「じゃあね、リクト」


 挨拶を残して、リクトの家を出た。扉を閉める直前に何かが動く気配がしたけど、だまし討ちみたいに扉を開くつもりはない。もしもそんなことをすれば、もう二度と家に入ることができなくなってしまうから。


 この家の主、リクトは所謂、人間嫌いと呼ばれるタイプの人間だ。最低限の関係をとってはいるけれど、私やカイトとは顔も合わせてくれない。話もしたことがないので、人間嫌いな理由も分からない。すべて、なぞに包まれた不思議な男の子。そして、私が恋をしている、男の子だ。


「次は、顔見せてくれるかな?」


 きっと、無理だろう。私には、分かってる。いくらこんなことをしたところで、彼に会うことなんてできないって。カイトの、言う通りだって。




 いつから、どうして、こんな気持ちになったのだろうか?

 私には、理由が分からない。だって、リクトには会ったことすらないのだ。カイトなら、いつも会ってるし優しいから好きになっても納得がいく。でも、それがリクトになると、疑問が湧き上がるだけだった。


 そう疑問になるので、私はひとつの理由付けをしている。気持ちと理屈を結び付ける無理やりな理由。

 私には、たまに脳裏を翔ける不思議なビジョンがある。見たこともない男の子が、私に笑いかけているビジョンだ。園を追いかけっこしたり、森を一緒に歩いている。そんなビジョン。

 私は、彼がリクトだと思うことにしている。きっと、私が忘れているだけで、私達はどこかで出会っている。でも、この気持ちが彼を忘れていないのだと。そう、思うことに。




「あ、アマネ!」


 家に帰ると、カイトが待っていた。その手には、あふれるほど魚の入った籠があった。


「カイト! どうしたの?」

「あー、いやー、ちょっとね」


 カイトは籠を上げて苦笑する。どうやら、消費量をはるかに超える収穫だったらしい。いつもの倍は魚が入っている。私も、それを笑いながら受け取った。どうしようか。私にも多すぎる。でも、これを断るというのはできない。


「あはは……ありがとね」

「いやいや、むしろお礼を言うのはこっちだよ」


 お互いに例を言う合うと、私はとりあえず魚をしまう。今日の晩御飯は、魚に確定した。

 とりあえず、夕食が決まったので万事オッケー。と、自分に言い聞かせてカイトの方を見る。何か、忘れている気がした。


「な、何?」

「何か忘れてるの……」


 じっと見つめられたせいか、顔が赤いカイトを見ていると思い出した。木苺のタルトだ!

 思い立ったが吉日。私は、カイトにタルトを出す。これで最後。ラスト・タルトだ。


「これは?」

「木苺のタルトなの。それは、カイトの分。どうぞ」

「本当? ちょうど、お腹空いてたんだよね」


 カイトはそういうと、タルトを咥えた。ぽろぽろとタルトの生地がこぼれる。カイトはすぐに両手でタルトを持ってこぼれないようにした。


「おいひいね」

「……『美味しい』? ありがとう」


 まともな言葉になっていなかったけど、ずっと一緒にいるんだからこれくらい分かる。私は、布巾を取り出しながら笑う。


「あー、もう! 口の周りが」

「むん? ふっふー!」


 「そう? 取ってー!」と言われたので、布巾で拭く。軽くやると逆効果なのでゴシゴシやる。カイトは、うんうん唸りながらもされるがままになっている。


「はい、取れた」


 きれいになったカイトの口元を確認する。うん、オッケー。

 カイトは服の袖で拭きなおすと、少し恥ずかしそうに笑った。カイトにしては珍しく、子供っぽいことをしたからだろう。


 しかし、私の心はどこか淋しさを感じている。理由は、きっと、リクトだろう。私は、リクトとも一緒に笑いあいたいと思っている。


「アマネ? どうかした?」

「え? あ、ううん。なんでもないの」


 こんな気持ちを伝えるのを躊躇った私は、誤魔化すように笑った。






【天音→海翔】


 アマネの笑顔は、大まかに三種類に分類できる。


 本当に心の底から出る100%の笑顔

 仕方なく、という様子の社交辞令的な笑顔

 楽しくはあるが、70%ほどでしかない笑顔


 今のアマネが浮かべていたのは、三番目だ。口元を袖で拭いながら、そう確信した。

 アマネは、リクトにいてほしいんだ。俺、カイトではなく。


 俺は、アマネが好きだ。でも、アマネがリクトのことを好きなのも知っている。

 正直、アマネがリクトを好きなのも納得できる。


 リクトは、人間嫌いだけどいい奴だ。

 リクトからもらった食料は、丁寧に処理をしてあるし、『中の森』には川や外へ出る通路が獣道に見せかけて作られている。

 それは、リクトのささやかでありながら、気づきにくい優しさ。アマネがそれに気づいているのかどうかは分からない。でも、無意識的にその優しさを感じ取っている。そう思った。


 アマネが好きだ。でも、俺ではアマネを本当に笑顔にさせることはできない。

 俺は、アマネに想いを伝えてもいいのだろうか。それとも……


「カイト?」

「あ、何?」


 ……やはり、この気持ちは抑えておこう。俺は、想いを伝えるべきではない。なら、


「アマネ」

「どうしたの?」

「あのさ……」


 俺は、恋の終りを告げた。






【海翔→天音】


 カイトが帰ると、私は簡単に片づけをしてベッドに寝転んだ。脳内では、先ほどのカイトの言葉が何度も繰り返している。


『自分と相手には、正直になってやった方がいいと思う。……リクトのこと、好きなんだろう?』


 カイトが知っているのは、なんとなく察していた。気づかれているな……とは思っていたが、こんなことを言われるとは思っていなかった。

 私は、どうしたいのだろう。今のままで、いいと思っていたのに。なのに、こんな風に言われると……


「……動いた方が、いいのかな」


 リクトは、人間嫌いだ。そんなリクトが、私のことを受け入れてくれるのだろうか? 今の私には、成功するビジョンが見えない。

 でも、このままだとしても、何かが変わるとも思えない。私は、どっちがいいのだろうか……。


 しばらく悩んでから、私は少しだけ動いてみようと思った。どっちか決められないなら、間をとればいい。


「……よし!」


 私は、ベッドから起き上がると、『中の森』へと出発した。




 森には、動物達が踏みしめて道となったもの……獣道がある。川や森の外に続くそれが、私のリクトの家へと向かう。


 すると、ガサッ、と音がする。森には、イノシシなどの生き物がいて、下手に好奇心を見せると危険だ。私は、音を立てずにさっと茂みに隠れた。そして、そろそろと顔を出す。

 茂みの向こうにいたのは、二足歩行の生物。黒い髪に、茶色い服と簡単な弓矢や作業道具。


「よし。後は……」

「っ!」


 そこにいたのは、見知らぬ少年……間違いない、リクトだ。リクトが、私の目と鼻の先にいる。私は、驚きに身をこわばらせた。

 リクトは、獣道に伸びてきた木の枝や蔦を切り取っている。まるで、その道を整備しているかのように。

 私は、もっとよく見ようと身を乗り出した。


バキッ!

「きゃっ!」

「アマネっ!?」


 茂みの枝を踏み抜いてしまったのに驚いて声が出た。リクトが、驚いたように私の名前を呼んだ。


「アマネ、大丈夫?」

「う、うん」


 リクトが私に駆け寄ってくる。あちこちを見まわって、私の怪我がないかを確認している。


 ……リクトって、人間嫌いじゃなかったっけ?

 そんな疑問がわいてきたが、リクトをちらりと見ると、リクトからはうっすらと冷や汗が流れていた。私といるのが、怖いのだろう。


「リクト、大丈夫だから」

「でも……」

「大丈夫、だから、ね?」


 リクトの肩に手を置いて、ゆっくりと遠ざける。リクトは少し冷や汗が引いたようだった。

 沈黙が流れる。リクトは何も言わずに、心配そうにこちらを見ている。私は、その沈黙に耐え切れうに口を開いた。


「……こうやって顔を合わせるのって、初めてなのかな?」

「……分からない。初めてかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 リクトは、記憶をたどりながらそうつぶやく。やはり、リクトも曖昧にしか記憶を持っていないのだろう。

 私は、リクトの返事が返ってくるという状況に、少し嬉しい違和感を感じる。


「どうかした?」

「なんだか、不思議な感じ。いつもは顔も合わせないし、返事も来ないから」

「……そう、だね。ごめん」

「ううん。別にいいの。リクトが近くにいるだけで、私は幸せになれるから」


 私がそう言うと、リクトは辛そうに顔をそむけた。そこには申し訳なさそうな気持ちがにじんでいる。


 リクトのその表情を見て思った。

 リクトの人間嫌いは、嫌悪などではなく、恐怖心ともいうべきものだからだろう。リクトは、本当は優しいいい人なんだろう。


「……リクト、優しいんだね」

「は?」

「だって、私のことこんなに心配してくれてるし」


 それに、さっきの獣道の整備も、私やカイトのためを思ったものだろう。この森になれたリクトなら、そんなことをする必要なんてないんだから。


「……僕は、自分勝手な奴だから」


 リクトはそう言って、私の言葉を否定した。






【天音→陸杜】


 アマネは、僕のことをよく思いすぎている。そう思った。僕は、現実から目をそらして恐怖しているだけの臆病者だ。繰り返しの現実から逃げ、自分勝手に行動しているだけなのだ。


「僕は、怖い。カイトの短剣が僕らを貫くことも、アマネが崩壊することも、僕の矢が二人を射抜くことも……」

「どういうこと? 私は壊れてないし、カイトやリクトがそんなことするなんて……」

「あるよ。……いや、あった、というべきなのかもしれないけど」

「あった?」


 僕は、これまで、繰り返しのことを二人に告げたことはなかった。これは、僕一人にしかわかっていないこと、それは何かしらの意味を持っていると思っていたから。

 今なら、アマネになら、言える気がした。


「……僕には、今日の記憶が大量にある。何度も、今日、明日、明後日を繰り返してきた。そして、僕はカイトやアマネに殺され、僕がカイトやアマネを殺した」

「そんなの、嘘でしょ? そういう冗談は、よくないと思う」

「冗談なんかじゃ……ないんだ」


 信じられないことくらい、分かっていた。でも、これは本当だ。何度も繰り返してきたのだ。一度や二度ではない。それこそ、三ケタになるほど。


「僕は、怖い。ずっと、一緒に生きてきた僕らが殺しあうなんて、信じられない。信じたく、ないんだ」

「リクト……」


 アマネは、ゆっくりと僕を抱きしめる。アマネの鼓動や体温が僕に伝わった。想いが伝わった嬉しさと、アマネが生きているということの実感が僕の心に沁みこんだ。

 アマネは、僕を強く抱きしめながら、悲しそうに囁く。


「リクト、苦しんでたんだね。そんな、そんな妄想を抱くほどに」

「っ!」


 一瞬で体がこわばり、何とも言えない冷たいものが僕の中に浸透してくる。……アマネは、なんて言った?


「アマネ……?」

「大丈夫。私がいる。カイトがいる。二人とも、リクトのことを傷つけないから。そんなの、幻想だよ」


 アマネはなんて言った? 妄想? 幻想? 僕の苦しみは、そんなまやかしの存在じゃない。

 そう思うと、アマネの体温が気持ちの悪い何かのような感じがした。僕は、その気持ち悪い何かを突き飛ばした。


「離れろっ!」

「きゃあっ!」


 アマネ……違う、アマネの形をした何かが僕のそばから離れた。それは、足をもつらせ近くの樹木に強く頭を打った。何かは倒れ、木には真っ赤な血が付いた。


「あ、ああ……」


 全身が冷たくなる。

 目の前にいる何かは、ピクリとも動かない。その体を、血の海に沈めながらその目の輝きを失っていった。


 恐怖。怖い。……そうだ、怖いんだ。

 二人に殺されるのが怖い。二人を殺すのが怖い。僕は何をした? 殺した。誰を? アマネを。どうして? 分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。


 どうして死んだの? どうして動かないの? どうして殺したの? どうして殺されたの?

 大量の言葉と恐怖が僕の中を駆け巡って溢れ出す。あたりが、真っ暗になる。何が起きたんだ? 僕は、僕は、僕は






【陸杜→瑞樹】


「三島さん」


 試行終了だ。また、失敗した。


「三島さん」


 どうして、こんなことになった? あれは、事故じゃないか。あれも、失敗になるのは分かるけど、納得できない。今回は、今回こそは成功すると思ったのに。


「三島さん。三島瑞樹さん」

「……っ! あ、はい。なんでしょう?」

「……試行終了だ。結果の報告を」

「あ、はい」


 手元のノートPCにデータが保存されているファイルを開き、これまでのデータを確認した。そして、今回のデータを入力すると、結果を報告する。


「第624試行目。リクトがアマネを殺害し終了。同例は、92回です」

「分かった。それでは、もう一度やろうか」

「……はい」


 私は、キーボードをたたいて、完全に記録。そして、再スタートの操作をする。


「第625試行目、開始します」


 これは、終わらない。いつまでも終わらない。

 永遠に、電子の世界で殺しのない終わりを迎えるために三種のAIがあがく。


 そういう、物語なのだ。

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