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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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4 少年王・学 その2

4 少年王・学 その2



「其れでは、重ねてお伺いしたいのですが、椿姫様」

「ええ、何かしら?」

「何故、女王陛下としてのお立場のご見識と、戰様のお妃様としてのお立場のご意見が食い違うのか、をです」

 知りたくて、堪らないのだろう。真の言葉に学が慌てて、こくこくと頷く。

「学、聞いてくれるかしら?」

「はい、女王様」

 知識欲盛んなただの少年に戻った甥子の額を撫でながら、諭すように椿姫は語りかける。


「祭国の女王の立場でみれば、確かに、禍国が新たに制定した新法は驚異です。この2年間、戰と私が、真様を始め皆と共に、心血を注いで育て上げてきた新たな国造りを模倣されたも同然なのですから。この政策が、如何なる成果をあげるものであるのか。一番よく理解しているのは、私たちです。禍国の国力が何処まで強大になるのかと思うだけで、恐ろしい事です」

 椿姫の言葉に、学は真摯に頷く。

「はい、私も女王様と全く同じ意見です。ですから郡王様のお妃様としてのお立場としてならば、尚更、驚異と感じられるのではないのですか?」

「一見すれば、そうかもしれないわ。でも、郡王・戰の妃としての私の目には、禍国の姿はこう見えているの。形ばかりをこの祭国と真似た処で、所詮は其れだけの事。遠からず、自ら身を滅ぼすだけ、と」

「ええ?」

 ますます解らない、と小首を傾げる学の額を撫でながら、此処から先は、お師様のご講義の方が良さそうよ、と椿姫は微笑む。

 椿姫から再び鉢を回された真は、まだ意味が分からず、う~ん、と唸り続ける学を、戰と共に逆に頼もしい思いでみていた。



 ★★★



 此度の禍国の徳政の新法は、大きな特徴がある。

 祭国にて、戰が此れまで施いてきた政策を、自国に合うよう取り入れた処だ。

 だが、一つ、決定的に見誤っている点がある。

 此れにより、この新法は遠からず内側からの抵抗により、瓦解して行く事が決定事項として運命付けられていると言ってよい。


「つまり、禍国は祭国ではないが故に、この新法は施行される以前から失敗するという儚い命運が決定付けられているのですよ」

「お師様、どういう意味なのでしょうか、それは?」


 急激な改革案は、それが何程の良案であろうとも、苦痛を伴い歪みを生じるものだ。

 祭国でも、抵抗や反感は当然あった。

 しかし、軋轢があったとしても、結局のところ此等の政策が受け入れられたのは、偏に、国としての規模が小さいに起因している。

 つまり、国王として君臨している女王である椿姫と領民の間の隔たりが薄いからだ。

 先帝・景の死去により取りやめる破目になってしまったが、自ら行幸みゆきを行おうとし、また数々の政策施行の為に、自ら率先して動いている彼女の姿を領民の皆が見ている。

 うら若き乙女である女王が、国を改善しようと奔走しているのだ。

 感銘を受け、助力を惜しまぬ方がどうかしている。


 しかし、禍国の新法は根本からして違う。

 上からのお仕着せ、いや押しつけに過ぎない。


 青苗法についていえば、荘園を有する地主層と金利貸付を行う高利貸しの存在を無視できない。彼らの背後には、そのこがねが齎す利益によって国政に望む貴族階級が潜んでいる。当然、彼らからの抵抗がある。

 祭国について言えば、蕎麦を広める為に椿姫が3年に限り無償で種を貸し付けた政策がこれに当たる。

 祭国内でも、実は同様の動きをみせる向きはあるにはあった。何しろ、蕎麦自体に馴染みがない。成功するとも思えない事業に手は出さないのが、古き土地を守る地主の心得の一つだ。

 だが、あの時点での抵抗は即ち即刻国が滅ぶに等しかった。何しろ、国庫にまともな金が残されていない状態だったのだ。屋台骨が砕け散ってしまっては、元も子も失う。

 それに結局の処、祭国の富裕層とて国を支えるのは己たちが切り開いた土地の力である、という矜持を持ち合わせていた。徐々に成功をみせる政策を見れば、同意同調の意思に転向するのに時間はかからなかったのだ。

 だが、禍国の富豪で知られる地主層たちが、祭国の地主たちと同様の心の動きをみせるものであろうか?

 答えは間髪を容れず、否、とかえってくる。

 彼らは国の利害の為には食指を伸ばしはしない。動くのは、己が肥太るとの確信があればこそだ。もしも出遅れたのであれば、先んじた者を貶め、掠め取り、その上で搾り取れるだけ絞り尽くせば良いとすら考えているようなやからだ。


 均輸法においては、先ず、商品を動かす大商人の存在を忘れている。

 彼らの力もまた、国中に縦横無尽に張り巡らされ、隅々にまで及んでいる。其れは、国政を司る県令などよりも、広く深く根ざしていると言って良い。

 祭国では、特に農閑期に絹織物を広め、その物品を取り扱う方法が此れに当たる。代帝・安が紗と名付けた美しい絹織物は、既に後宮の妃たちを始めとして、貴族の女性に向けて多くの引き合いがある。充分な儲けを織り手である女たちの元に届けるには、先ずは国の保証と後押しと賃金の保証が必要だ。禍国ほど、こがねによる物品の動きが顕著でない祭国においては、国の庇護を受け、自分たちが新たな商売の機軸になると知れば、心踊らせ忠誠心と胸に刻み、励むのは必定だ。

 だが禍国においては、真は父・優に頼み込んで興した、綿布から胡服への加工までの一貫しての事業に、国が横から入り込もうとしているのだ。

 ときのような新興勢力の商人たちにとって、大商人へと躍進する絶好の機会を得ることになるこの事業。

 が、禍国は商人たちの間でも背後の貴族階級が固く食い込み、利潤の周る仕組みが出来上がっている。大商人たちの利益を無視しきったこの事業を守る新法も、当然、抵抗と槍玉に上がるのは必死だ。そうなれば、商取引の場において激突と混乱は避けられない。


 保甲法も、結局は同じ事だ。他国からの移民を受け入れるには、受け入れ側が先ず、懐を深くせねばならない。つまり、差別してはならない。

 祭国において、郡王として戰が屯田兵として兵士たちを入植させた折、女王である椿姫も彼の国の民も、快く彼らを仲間として認めた。それ故に、兵士たちは、根幹を別にしようとも祭国こそが我が国、わが祖国である心に新たにしたのだ。国難を共にしようとする、うねりが生じたのだ。

 また、真の妹である娃のような籍を得られぬ身分の者も、祭国で生まれた者には祭国の民として籍を入れると認めた。

 これは大きい。

 逃散してきた者は、自らの根無し草の生き様を憂える。

 税は取られるのに、人としての尊厳を認めてもらえぬ生活が続くのだ。幾ら金を貰おうとも、影で所詮は根幹を持たぬ者として、臭いもの扱いされていたのでは、其処に愛国心は育たない。

 鎮兵として、命と誇りをかけて警護に当たる彼らを、軽んじ蔑む目を向けなどしたら。

 彼らの剣が、やがて外から内側に向けられると、何故気がつかないのか。


 蕎麦の広まり。

 新たな農具の開発。

 施薬を施す為の処置。

 人民の受け入れ。

 土地の開放。

 兵馬の育成。

 国境の整備。

 祭国であるからこそ、成功しつつあるのだ。

 だが、禍国は違う。

 祭国の成功例を横目で見て羨み、形ばかりを真似て導入したところで、それを運営する側からして仕組みを理解していなければ、絵に描いた餅にすらならない。



「上手くいくわけがないのです」

 真の言葉を聞き漏らすまいと、一語一語を追うように耳を傾けていた学であったが、聴き込むにつれてどんどんと表情が固まりだした。しかし、師匠と仰がれている真は、相変わらず切羽詰まった様子を見せていない。

「学様」

「は、はい!」

「学様は、私の話をお聞きになられて、どのように思われますか?」

「は、はい……」

 真にじっと見詰められ、学は項垂れる。

 しかし、真の背後から椿姫が励ますように優しく見守ってくれている事に気が付いた。一度、きゅ、と固く唇を結んで息を呑み込む。次いで、ふう、と大きく深呼吸すると、顎をあげて真を真っ向から見据えた。


「お師様のお言葉は、よくわかりました。至極、最もであると思います。けれど」

「はい」

「お師様の言われるように、上手く……というのは言葉がおかしい様に思われますが、事は運ぶのでしょうか? 禍国とて、我が祭国のまつりごとに着目し成果を認められたが故に、政策を取り入れんとなされたのでしょう。導入を思いたたれ、奏上をあげられたお方が、禍国で成功するか否かを試算されなかったとは、思えないのです」

 よくお気づきになられました、と真は目を細めて答える。

「仰られる通りです。充分に導入するだけの価値が有るとしたからこそ、その方は代帝・安陛下に政策を押されたのでしょう。そう、その御方は実に真当な思考能力の持ち主であられます」

「はい、何かしら抵抗があったとしても、それに対抗する手段を講じておられるのではないでしょうか? 郡王様やお師様のように」

「恐らくは、幾つか手をうたれておられるでしょう」

「でしたら!」

「ですが、其処までです」

「――え?」

「最初に申し上げました。禍国は祭国ではないが故に、この新法は施行される以前から失敗するという儚い命運が決定付けられている、と。そう、禍国の帝室に存在しておられる至尊の冠を頭上に抱く方も、仰ぎ見る皇子様方も。我が祭国の椿姫様と、学様ではないのですから」

 領民の為にと国に寄り添おうとする姿勢を、女王である椿姫は自ら示し続けている。

 郡王である戰もまた、彼女を護るべく歩みの歩幅を揃えている。

 そして、跡を継ごうとしている学もまた、彼らを模範としようと努力する姿をみせている。


「お、お師様」

「奏上を受けとられた御方とそれを実行する御方が、郡王である戰様と女王陛下である椿姫様、そして王太子殿下である学様ではない。偏にこの事実によってのみ、どの様な救いの一手となる策も、意味をなくしてしまうのです」

「お師様……」

「しかし、学様が禍国を驚異と感じられ、万難からこの祭国を護り通すべくありとあらゆる術をと備えられるお姿こそ、王者としてのもの。既に憂慮すべき点を心得ていらっしゃる、ご立派です」

 師匠である真にここまでの賛辞を得たことに対し、学は頬を赤くして輝かせた。

 基本的に、真はよく褒めてくれる。学の良い点を見つけては、よくお出来になられました、と褒めてくれるのだ。だが、こうして讃えてくれた事は、自分を同等以上に扱ってくれたことはなかった。

 だが。

 王太子と呼んでくれた。

 師匠である青年が、自分を跡継ぎに相応しいと認めてくれた。

 自分はこの場にて、一人前の人物として認めてもらえているのだ。

 自覚できる一言は、少年は、少年ではなくひとりの『人物』として奮い立たせるに充分だった。


「椿姫様が学様と同意見であらせらたのは、祭国の女王陛下としての慧眼えげんを持って事を読まれた場合において故、です」

「は、はい、分かります、お師様」

「ですが、別の視点をお持ちになられている。それは戰様の、お妃様としてのお立場のものです。郡王の立場で戰様が見ておられる風景を、自然と己のものとされている。まさに正妃に相応しい深い洞察力にして、戰様の右腕となり政治を支える烱眼けいがんを有しておられます」

「はい」

 もう、学にも理解できた。

 何故、椿姫の意見が、祭国の女王としてと郡王の妃としてとで、全く真逆のものとなるのかが。

 そして自分の意見が、椿姫の『女王』としてのものと同じであったことに、自信を深めた。


「お師様。此度のお話、よくわかりました。そして私が、この国の王として持たねばならない見識を得ていた事が、とても嬉しいです」

「はい」


「ですが矢張り私は、まだまだ幼いです。意見を持つことは出来ても、それが正しいものなのか否か、郡王様や女王様のようには出来ません。皆様のご意見を聞くまで、判断できません」

「学様」


「けれど、私はまだまだそれで良いのだと、お師様は教えて下さったのですね」


 はい、と頷く真に、学は心底嬉しそうに輝く笑顔をみせる。

 戰の腕の中で、椿姫は、学の振りまく笑顔こそがこの先の祭国の未来を示しているように思え、誇らしく思った。



 ★★★



 起きている時間が長すぎる、と注意をしに蔦が椿姫の部屋を訪れた。

 早産の危機を幾度も乗り越えながら、遂に正規の出産時期を迎えるまで耐えに耐えたのだ。此処で無理をさせる事など、到底、許せるわけがない。


「さあさあ姫様、お名残惜しい事でしょうが、本日はお許しできますのは、此処までに御座りまするよ。もう横におなりあそばしませ」

 語気を強めた蔦の声音は、有無を言わせぬ迫力と、そして戰と真に「とっとと部屋を退出なさりませ」と言外に迫っていた。

 苦笑いしつつ横になろうとする椿姫の背後から、蔦の手を少しだけ済まない、と戰の大きな掌が留めた。背中から、包み込むように椿姫を抱きしめる。片腕をするりを解くと、細い首筋から這わせるように顎に手を当てた。上向いた艶やかな妻の唇に、戰は自身のそれを寄せた。


「子供の為にも、ゆっくりと休んでくれ」

「……はい」


 僅かに伏せ目がちに頷く椿姫に、戰はもう一度、同じ行為を施す。

 学はどうしてよいか解らず、全身を真っ赤に染めて硬直している。純情な少年の潤んだ瞳を、蔦が微笑みながら、そっと手にした披帛ひはくで覆い隠してやった。

 それでもまだ続く戰と椿姫の愛情表現に、真はやれやれ、と首を左右に振ったのだった。



 ★★★



 部屋の外では、苑が我が子を待ち構えていた。

 戰と真に、丁寧な礼拝を捧げると、学は母と下がっていった。並んで歩くと、如何に会っていない間に、少年の背丈が伸びたのかがよくわかる。

 しかし、大きくなったのは身長ばかりではなかった、と戰は何処か父親のような気分を味わいつつ、少年を見送っていた。


 ――自分が禍国に向かう迄の間に、何処まで祭国に尽くせるだろうか?


 西宮に蟄居閉門の生活を余儀なくされている、椿姫の父親である後主・順が国王であった時期は、祭国は暗黒時代といってよかった。

 親族内での王位継承権争い。

 それにより王太子・覺と有力な王位継承者であった便の死。

 国王・順の放蕩は止まらず、無能ぶりと後継者が椿姫しかおらぬ点に目をつけられ、つけ入れられた故の5年前の戦乱。

 そして2年前の再びの王位継承者問題。

 露見した、国庫の食いつぶしと国土の荒廃。


 それらから、たった2年で此処まで立ち直らせてきたのだ。

 禍国の王宮での政権の覇道争いの日は、刻一刻と迫っている。

 其れまでに、祭国だけでも磐石にしておきたいと戰は願っていた。



 戰の部屋に入ると、芙が室内を整えてくれていた。

 机の上には、茶櫃と共に、小振りの土瓶がおいてある。土瓶の肌が微かに汗をかいている所を見ると、中身は冷たい清水なのだろう。

 二人で向かい合って座ると、奥から芙が現れた。

 茶櫃をあけ、中に用意してある茶器を揃える。中に、梅漬けが落とされ、続いて土瓶の中身が落とされた。涼しげな透明の液体は、それが読み通りに清水である事を教えてくれる。

 一通り用意し終えると、芙はまた、音もなく下がっていく。姿が見えなくなると、戰が、待ち構えたように口を開いた。


「真」

「はい、戰様」

「もう少し話せるかい? 実は禍国では、まだ少し動きがあるんだ」

「はい、そうであろうと思っておりました」

 蔦が部屋に入ってくるのが、実に良い区切り過ぎた。

 恐らくは、少年である学にはまだ、聞かせるべきではない内容なのだろう。

「実はね」

「はい、如何なされましたか?」

 少々、歯切れの悪くなった戰に、真は訝しげな視線を投げかけた。戰は、手にした茶器を弄びつつ、うん、ともう一度頷く。どうも、言葉を選んでいるというか探っているような感じだった。


「禍国で何か?」

「うん、実はね」

 真に強く促されるのを待ち構えていたかのように、ほっとした表情で戰が再び口を開いた。

「先程の、新法の話だけれどね」

「はい」

「出処は、何処だと思う?」

 覗き込むようにしてくる戰の視線は、既に迷いがない。当ててみろ、と言わんばかりの鋭さに、真は一瞬で思考を巡らせた。

「皇太子殿下、ですか?」

「そうらしい」

 流石だね、と言いたげに視線を和らげると、茶器を口に寄せる。

 己の復権を賭けて、意気揚々と代帝・安に奏上している皇太子・天の姿が容易に思い浮かぶ。しかし、天には此処まで新法を整えるだけの力量がない。

 そもそも、祭国の国領が如何にして増強していったかなどきにも止めてはいない。いや、祭国が富国への道を歩み出している事すら、把握していないだろう。


「正確には、大司徒・じゅう様ではなく、大保・じゅ様、であらせられますか?」

「ああ。どうやら義理兄上あにうえは、とうとう叔父上に見限られたらしい」

「しかし、大保様が動かれました。人物評定が定まらぬ御方でしたが、それなりの方だったのですね、大保様は」

「らしいね。だが、本当に義理兄上あにうえの為を思っての奏上かな、此れは」

「はい、私も其処が知りたいのです」

 先に真が指摘した通りに、この新法は上手くいくはずがない。

 大保・受は、皇子・天が立太子された時より彼に従うように大司徒・充に定められて雲上を果たしている。しかし父親である充に押され、影にすら成り得なかった。

 大司徒・充が、長男である大保・受の元に皇女・染姫を嫁下するとの決定を受け入れた時点で、擦り寄り先は二位の君・乱、そして左僕射・兆、いや――現在は、大令・・・兆へと移っている。


 見限られた者同士、最後の最後に見せた足掻きなのだろうか。

 それとも。


「戰様、他にも気になっている事があるのですが」

「分かっているよ。『左僕射』にすぎなかった兆が如何にして、一足飛びに『大令』に任命されたのか、だろう?」

「はい」

 真は、表情を厳しくしつつ頷いた。

 左僕射は従二品下だ。

 それが一気に二品以上も特進して正二品上に繰り上がるなど、戦などによる切迫事態で人員が極度に欠落したときでなければ、起こりえない非常措置だ。

 考えられるとすれば、何か、強大な力が働いたと見るべきだろう。

 そしてその力の出処は、一体何処なのか?


「代帝・安陛下は、実の兄である大使徒・充様を毛嫌いされておられました。幾ら家門かえをしたとはいえ、兆殿は、元を正せば充様の御一族。それが、義理の父親である大令・中様を追い落とし、新たに特進任命されたとなれば、禍国にて如何なる政変が起こったのでしょうか」

 気になります、と言いつつ、真はいつの間にか飲み干して空にしていた茶器を、割れんばかりに強く握り締めていた。

「うん、実はね、兵部尚書も、その辺の事柄は詳しく伝えてきてくれていないんだ」

「父上も、ですか?」

 書簡で済ませる話ではない、ということだろう。

 其れだけ、禍国の王宮での政変劇は濁流の如き動きを見せていると思ってよいだろう。

「それとです。時期的に、そろそろ此処祭国に、先帝陛下の三回忌が執り行われた旨を伝える正使が到着しても可笑しくないのですが……」

「うん、その事だけれどね」

 頷いた戰の表情が、また曇った。今度こそ、形容しがたい複雑な心境が表に出ている。


「何か、お気に触る事柄でもおありなのですか?」

「学が居たので、見せなかったのだが……。兵部尚書からの書簡の、最後の部分だ」

 懐に手をいれて暫し探った後、戰が木簡を差し出してきた。

 書簡に視線を落とした真の眼光が、これまでにない輝きを発した。


よう兄上が、正四品下の右丞に任命された……?」


 其処には、真の父である兵部尚書・優の正室・たえの第一子であるよう、真にとっての長兄が、尚書省の中でも独立した部署である都省、つまりは大令の直属下に入閣し、正使として祭国に向かっていると記されていた。




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