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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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4 少年王・学 その1

 4 少年王・学 その1



 椿姫の部屋に、学は呼ばれた。

 学が身成を整えて部屋を訪れると、寝台に上体を起こしている姿の椿姫と、彼女を背後から守る様に佇む戰、そして戰の傍に控える形で真がおり、三人とも笑顔で少年を迎え入れた。


「郡王陛下、此度の戦勝、誠に欣喜雀躍きんきじゃくやくに耐えません。そして無事の御帰還を、お慶び申し上げます」

 両膝をついて最礼拝を捧げる学の丁寧な挨拶を受け取り、戰が柔らかく目を細める。淀みない動きが、自分たちが国を空けていた間に少年がみせた成長速度を表しているかのように、思われたからだ。

「学、君こそ私が不在の間、この祭国と妃である椿の為に奔走してくれた。礼を言うよ、有難う」

 礼拝の姿勢を崩さず目を伏せたままに、いいえ、と短く答える学の姿は、幼いながらも、既に一廉の人物であるという片鱗を見せているようにも思える。

 ――とするのは、私の身内贔屓が過ぎるのかもしれないかな。

 しかし、以前と比べて、今回の戦において自分が留守にしていた数ヶ月間に、学は確実に成長を遂げていると感じている。目を見張っているのは、自分だけではないだろう、という自信が戰にはある。

「学、君が御免状を出してくれたお陰で、禍国の兵部尚書のところに、より早く椿の現状が伝えられた。お陰で、禍国においての動きを、私も真も椿も、ある程度誘導する事ができた」

「はい」

 戰の言葉に、喜んで声を明るくしつつも、流石にそこまで意図するところが掴めないという表情を見せる幼い顔ばせに、椿姫が微笑む。

「真、学に、説明してくれるかい?」

「はい、戰様」

「お師様、ご壮健にてのご帰国、何よりと存じあげます。久しぶりの講義にございますね」

 学少年の心和む笑顔に、真も思わず口元を綻ばせた。



  ★★★



 緊急事態故の措置とはいえ、禍国に御免状が届けられる事により、椿姫が懐妊中である現状が知られるのは非常に危険な事だった。

 椿姫は何も、戦場にいる戰に心配をかけぬ為だけに、この慶事を隠し通そうとしたのではない。

 我が子の身の安全を、鑑みていたのだ。

 自身の懐妊が知られれば、どのようにこの身と御子を利用されるか分からない。

 戰の置かれた、禍国での危うい立場。

 彼の施政を共に担う国の女王にして、妃である己の身分。

 双方からして、政争に巻き込まれる事のない、恙無い平和な一生は、この子は命を芽吹かせた瞬間から、望むことは許されないのだ。

 契国の攻略、しかも完全なる勝利にわき酔いしれている時期とは言え、嫌だからこそ、慎重には慎重を重ねるべきだ。

 御免状の存在から、何かあると思わせてはならない。

 完全に目を逸らさねばならない。

 王太子・天にも。

 二位の君・乱にも。

 いや、誰にも悟らせてはならない。


 何か、想定外の突発的事変が起こった時の為に、真は杢に幾つか対処法を授けていたのだが、この時、杢は蓮才人を頼った。代帝・安の一人娘である皇女・染姫の嫁下の儀が行われるのとほぼ同時期に、嫁下する姫がいる事に着目したからだ。

 杢からの連絡を受けた蓮才人は、不遜な態度をとる宮女たちを敢えて泳がせ、見事、染姫を焚きつける事に成功した。

 幾ら、かず後家であり、しかも大年増ときている厄介者の娘であろうとも。いやそれ故に、娘の鬱陶しいばかりの嘆きと癇癪の所以を知れば、安としても何としても対処してやりたいと思うのが母親心というものだ。


「誰ぞ、何とか出来ぬものか」

 居丈高に命じる代帝・安の言葉に、居並ぶ皇子と王子は息を飲み込みつつ、お互いの顔色を伺った。

 確かにこれは、一歩抜きん出る良い機会だ。

 染姫の憂いを見事に晴らす事が出来れば、今、戦場にいる戰と違い、命をただの肉塊ししむらに変える恐怖に、剣や矢尻に怯える事なく、代帝・安の覚えを良くし一歩先んじる事が可能となる。大きな魅力だ。

 だがそれは同時に、言葉一つの尻をあげつらわれ、瞬時に己の首と胴体が永遠の別れを迎えるかも知れぬという狂気の沙汰にも直結しているのだ。

 誰もが、何方を、と天秤にかけて躊躇する中、二位の君である乱が、厳かに進み出たのだ。

「恐れながら、安陛下。私ならば、陛下の憂いを、見事に晴らしてみせます」

「――ほう?」

 異様に白い肌の下に潜む、分厚い脂肪を弛ませながら、安はにやりと口角を持ち上げた。


 代帝・安に、二位の君・乱が奏上した言葉とは。

 皇帝・景の三回忌の時期の繰り上げだった。


 本来であれば、秋の良日を卜して選ぶ処であるが、秋に行うは此れ凶なりとの卦が出たとなれば、期日を還ねばならない。



「二位の君の奏上は、ほぼそのまま代帝陛下に受け入れられました。兵部尚書である父が伝えてくれたところに寄ると、とうに三回忌を前倒して行う為の亀卜儀式が行われ、期日が定められたそうです。事から逆算すると、今頃は既に、先帝・景陛下の三回忌は、恙無くしめやかに執り行われた頃合でしょう」

「えっ……!?」

 すらり、ととんでもない事を口にした師匠である青年に目を剥きつつ、学少年は絶句する。

「また兵部尚書である父には、戰様が禍国に戦況報告を怠ってまで帰国を急いだ理由として、隣国である燕国えんこくが、国境が定まらぬ地域を犯して近づく気配あり、故に郡王としての責務に就くを第一と考えるもの也、と奏上するように頼んであります」

「そ、そんな……! お師様、其れでは、郡王様のお立場が……!」


 乱が武功を立てる事なく、安の懸案であった染姫の怒りを去なす方法を仕上げて見せたのに対して、戰は戦勝をあげようとも、責を負うべき任である郡王の治において汚点を見せたに近い。しかも、安の目の前で動きが叶う乱に対して、此方は遠方に取り残されている。

 此れでは、口先一つで何をされるかわかったものではない。

 そもそも、三回忌をもってして、代帝・安は次代の皇帝となるべき人物を定めると先に宣下している。

 その場に居合わせなかった戰が、皇太子として安に推される可能性は、完全に潰えたと考えて良いだろう。


 殆ど悲鳴に近い、かん高い声をあげる学に向かい、真は手をあげて制した。最後まできちんと聞いてから判断するように、と促したのだ。学は己の未熟な感情の動きを恥じたのか、頬を少し赤らめると、素直に口を慎ましく閉じ、引き下がった。

「しかし学様、良くお考え下さい。私は禍国の帝室の流儀についてもかなり詳しくお教えしてきたつもりです」

「――え? お師様、それはどう云う事でしょうか?」

「今、椿姫様が御懐妊されておられる御子様は、三回忌の後に誕生なされますね」

 師匠の言葉に学は、あっ!? となり、弟子の素直な驚きに、真は短く微笑んだ。


 禍国の帝室の慣についても、真の指導の元に学は学んでいた。

 だから知っている。

 禍国の帝室において、三回忌の間に誕生した御子は男御子であれ女御子であれ、母親の系譜に組み入れられる。服喪の最中に誕生の時を迎えたのであれば、椿姫の腹に宿る御子は、祭国の王室の一員としてみなされる。

 しかし。

 既に、三回忌は執り行われていたならば、喪は開けている。

 つまりは、じきに出産の時を迎える椿姫の御子は、禍国の帝室の家系図に、そう、戰の御子として名を連ねる事が出来るのだ。


 皇太子・天も二位の君・乱も、それぞれに後宮に妃を得ている。

 己の後ろ盾を強くする、手っ取り早い方法であるし、何より純粋に女の肌が根っから好きな質だ。ともあれ、二皇子とも、良媛・承徽・昭訓・奉儀と順当に妃を増やしており、子供も授かっている。此処だけは兄弟で、実にいやらしい程よく似通っている。

 しかし、戰が得ている椿姫は、後宮の一員などではない。

 れっきとした正妃であるのだ。そして椿姫は、祭国の女王でもある身分だ。

 皇太子・天も二位の君・乱も、己の派閥を広める為に諸侯からも後宮に娘を入れているが、椿姫に匹敵する身分の娘は、いやそもそも『姫君』の御位の妃がいない。

 一国をあげての後ろ盾を有した御子を持つ戰を、禍国は、おいそれと扱う訳にはいかなくなる。


 戰はまだ、禍国にて実に大きな存在感をもって政争に加わる位置にたっているのだ。



  ★★★



「椿姫とお腹の御子様は、戰様の大いなる救世主となられます。しかし」

「しかし? しかし、何なのでしょうか、お師様」

「はい、しかしです。椿姫様がこの先、女王陛下として祭国を率いていくのは、最早限界に近いと思われます」

「は、はい」


 其れは学にも理解できる。

 祭国が此処まで一枚岩でまとまっているのは、そしてすんなりと郡王・戰の施政を受け入れられたのは、偏に、女王として輝く椿姫の存在感があるからだ。この2年間、二王体制の一角を担う形で、共に祭国を盛り立ててきた。

 だが戰が、禍国においてその身の安全の確証を得るには、もう彼が皇帝として即位する事以外になくなっている。そうなれば、この先、椿姫は祭国の女王としてだけでなく、禍国皇帝・戰の皇后としての役割を担う事になってしまう。

 どう考えてみても、彼女ひとりの肩に荷を背負わせすぎている。

 荷が勝ちすぎるという訳ではないのが、一層、周囲を困惑させる事だろう。

 彼女ならば、二足の草鞋であろうとも、それなりにやり遂げる事が可能だろう。

 だが、それは平和な治の世であれば、の話だ。

 戰の現状から目指すこの先は、その平和な治世を平原全土に迎える為に尽力する、其処に集約されていると言い切れる。

 戰が、禍国の帝王として君臨した暁には、彼を支え、そして暖かく受け止める身近な存在が必要となり、それは椿姫をおいて他はないのだ。

 其処に重ねて一国の王として領民を束ねるなど、余程の胆力をもつ者であろうとも、誰にも代役が叶わない重責に精神を潰されるのは目に見えている。



「学」

「はい、郡王様」

「学」

「はい、女王様」

「学様」

「はい、お師様」


 戰たちに順に名を呼ばれ、何故かは詳しく問う事はしなかったが、学は、突然理解できた。

 彼らは、自分を、祭国の国王の座にすえたいのだと。

 王太子であった、父・かくの跡目を継がせたいのだと。


「学、聞いて欲しいの。そして、受け入れて欲しいことがあるの」

「はい、女王様、仰って下さい。何を仰られましょうとも、私は受け入れます」

「本当に?」

「はい」

「では、学よ、此方に」

 寝台の上から椿姫が手を伸ばすと、学は静かに歩み寄り、そして両の膝をついた。少年の額に指先を静かに当て、椿姫が厳かに宣言する。

「祭国女王である椿の名にかけて。学、貴方を、先の王太子であった覺の血を正統に引き継ぐ王子として認め、王太子の御位を授けます」

「はい」

「同時に、私は、この祭国の女王の位より下り、大上王だいじょうおうとなります。即ち、王太子・学に、この祭国の国王の座を譲位致します」

「――はい、女王様、いえ、女王陛下。謹んで、祭国国王の御位を受禅致します」


 決意を固めた学の姿。

 声音は幼いながらも、立派な君主、国王としてのそれであった。



 ★★★



 目元を涙で潤ませる椿姫の肩を、戰がそっと抱き寄せる。

 それに促され、勇気付けられたのか、椿姫は小さく息を吸い込んだ。

「真様」

「はい」

 突然、椿姫に声をかけられて驚きを隠さずに、真は目を丸くしている。

「実は、つい先頃、真様のお父様であらせられる兵部尚書様より、内密に連絡がありました」

「父上から?」


 椿姫と、彼女を背後から支えている戰の表情から、何か禍国でただならぬ動きがあったのだと、真は瞬時に理解した。父・優が知らせてきたそれは、恐らく、祭国にも戰にも、何よりも自分自身に、深く関わってくる。悪い方向に。

「真」

「はい、戰様」

 戰が椿姫の手から受け取った書簡を、真に向けて差し伸べてきた。

「父から、何と?」

 受け取りつつ改めて問い掛ける真に、戰は視線で自身で読んで確かめろ、と促してきた。

 促されるままに、真は、書簡を広げる。

 そして、書簡を埋め尽くしている文字を拾い上げるにつれて、表情が強ばっていく。

 真の、別の顔を見た学が、息をのむ音にすら気が付かずに読みふける。

 師匠である青年の、厳しい顔ばせを見た学は、彼がどれほどの決意をもって戰に仕えていつのか、この祭国に賭けているのかを知った。



 真の父である兵部尚書が伝えてきた事とは、予想通りの事柄が半分。

 残る半分は、全くもって予想外の事柄であった。

「お師様、お師様のお父上であらせられる兵部尚書様は、何をお伝え下さったのでしょうか?」

 心配そうに語尾を上げて探ってくる学に、真はようやく表情を穏やかにする。

「そうですね、此れからこの祭国を統べて行かれるのは学様です。ですから、学様にこそ、よく聞いて頂かねばなりません」

 真の言葉使いは丁寧であるが、それ故に、彼の中の感情は真逆のものであった。

「先ず先程、三回忌について言及しました」

「はい、お師様」

「父からの最新の書簡が伝える処では、禍国において、先の皇帝である景陛下の三回忌が執り行われました。仕切られたのは二位の君・乱殿下。実質的には、抱えておられる、大令・・・兆殿です」

「えっ……?」

 さらりと告げられて、学は一瞬、真が何を告げようとしているのか分からなかった。意味が分かると同時に、禍国の王城内にて政が一段、別の処に移行したのだと、さっと頬に青い緊張が走る。

「更に、禍国において、特別の政令が発布されるとの事です。徳政を施す為の新法、とでも言い表すべきでしょうか」

「お師様、その新法とは、如何なるものなのでしょうか?」

 緊張感は使命からくるものだと気が付いていないのか、学は表情を引き締めた。


 様々な区切りの場において、徳政を施す為の恩赦が発せられるのは良くある事だ。

 だが、それは、一過性の政令に過ぎない。

 しかし今回、禍国にて発布されるという予定の政令は違う。新法、と真が言い表したように、恒久的に実行されるものだ。


 第一に、青苗法。

 貧困農民層への救護政策だ。低金利で小作農へ貸付を行い、穀物にて利貸し分返却を認める策だ。しかも出来高払いを命じている為、強制的な搾取ができない。

 第二に、均輸法。

 国による物品の買い上げ及び転売を強化するものだ。此れにより物資の流通が円滑に行われ、それにより価格の安定を齎す。特に特産物の買い上げを目的としている。

 第三に、保甲法。

 禍国は基本的に兵士は生来の兵であるが、この先の戦乱を見越して、更なる兵力の増強に務めるものだ。自国出身者のみならず、他国に根幹を残す逃散者であろうとも、傭兵として雇い入れる。だが平治であれば用はない為、当然食いあぐねる。常に仕事がある状態を保つ為に戦争時以外では鎮兵として警護に当たらせ、賃金を与える事で安定的に保持しようとするものだ。


「大まかに、この三つが今回の徳政における新法の目玉のようです」

「お師様、それは!」

「お気付きになられましたか? そうです。此等三つの新法はこの2年間、戰様と椿姫様が祭国を豊かにせんと実施された政策と、ほぼ同等の意味をなすものです。ただ名前が少々、格好つけている、というだけですが」

 真はいつのも癖をみせ、うなじに手をあてて、後ろ髪をくしゃくしゃとかきあげる。

「ところで、椿姫様」

「何かしら?」

「椿姫様は、此等、禍国の政策に対してどのような考えを思し召しでしょうか? 宜しければ、お伺い致したいのですが」

 背後から抱いて支えている戰を、ちらりと覗き見るようにすると、椿姫は学に視線を落とした。


「学」

「は、はい、女王様」

「確かに、蕎麦の育成を広める為、そして新たに絹織物であるしゃを手工業の一軸を担うものとする為、そして禍国より戰が率いてきた兵を養う為に屯田制を施きました。そう祭国は、いいえ戰と私は、政策として同じような事をしてきました、それは理解してくれていますね?」

「はい、勿論です」

「祭国の王としてみれば、此度の禍国の新法は恐れを持ってみねばならないでしょう。けれど、祭国郡王の妃の立場で見た場合には、この新法、全く恐るに足らぬものなのです。真様、そうですね?」

「はい、椿姫」

「そ、そんな?」

 学が焦りを含んで、椿姫ににじり寄る。

 椿姫の答えが真には思い通りであった為か、余裕綽々の態度を見せている。師匠である真と、そして椿姫と彼女を見守るばかりである戰、年若いとはいえ国を統べる位置にいる彼らの意図するところがわからないのだろう。

 学は、訳が解らないと、目に涙を浮かべんばかりになっている。


 祭国が2年余の間に此処まで劇的に様変わりが出来たのは、戰の政策が図に当たったからだ。

 祭国が、この政策を施いた理由はただ一つ。

 宗主国である禍国からの、完全なる独立分離を目指す。

 それに尽きる。

 そして禍国が、急激に発展し変貌を遂げていく祭国に恐れをなし、国力増強を押さえ込まんと、逆にその政策を取り入れたとしても、何ら不思議ではない。


 遼国と河国との関係以上に、禍国と祭国の関係は複雑怪奇だ。

 祭国は根幹としては隣国である露国と血統的に同輩だが、その露国とて祭国を同盟国と見做して庇護するわけではない。いにしえの式を多く持つ国柄故に、更に剛国こうこく燕国えんこくにも狙われ続けているが、逆に王族の血の古式の奥深さに平伏し、完全に併呑される事なく、滅亡の憂き目を躱し続けてきている稀有な国だ。

 年代を遡れば、周辺では国境と国名のみならず、王侯貴族豪族すらも、がらりと根底から総入れ替えされ続けているというのに、祭国は、まるで天帝のたなごころに守れらた小さなぎょくであるとでもいうかのように、国も名も王族も、長らえてきているのだ。

 戰の初陣から数えて、そろそろ5年になる。

 その5年の間に、椿姫は自らの国を護る為に女王となり、彼女を守る為に戰は郡王として祭国に入った。そして、戰と椿姫は夫婦の縁を結び合い、彼らの愛情の結実である御子は、今まさに誕生の時を迎えようかとしている。

 そんな中、三回忌を繰り上げられた事により、椿姫との間に出来た御子は戰の子として認められ、禍国の家系に組み入れらる。

 戰にとって祭国の後ろ盾である、椿姫と生まれ出ずる御子の存在感は計り知れない。

 それのみをみていれば、成る程、一見して良いことばかりのように思われる。

 が、新法が施行されるとなった以上、安穏としてなどはいられなくなる。

 戰にとって祭国が重要な国で有り続けるには、彼が郡王として君臨して手腕を発揮した政策による。他の近隣諸国、特に宗主国である禍国と比べて、戰により抜きん出た政策が施行されて潤っているという事実があればこそ、彼の為政者としての威光がより燦然とした輝きを放つのだ。

 だが、禍国が戰が打ち出した施政と同じような徳政令を新法として発布するとなれば、話は大きく変わってくる。

 国の規模が違うのだ。

 新法が機能すれば、たちまちのうちに、潤い始めた祭国の姿など霞となって消し飛んでしまうだろう。そうなれば、祭国は戰の後ろ盾となり得なくなる。


 それなのに。

 戰も、真も、椿姫も。

 三人とも、実に余裕を見せている。

 特に、祭国の王としてと郡王の妃としてとでは、全く真逆の別の意見を持つ椿姫の言葉には、化かされているかのような惑わされているかのような心地にすらなって、背筋からぞくぞくと不安が這い上がってくる。


「私には、お師様をはじめ、郡王様や女王様が、そのように御心を休んじて大らかにしていらっしゃるのは何故なのか、全く分かりません。お師様、教えて頂けますか?」

「勿論です」


 真は頷きながら、額に手をあて、伸び放題になっている前髪をごしごしとかきあげる。

 そして、ああこれは今夜はまた、姫にせまられますねえと、心の内で密かに嘆息した。



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