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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
六ノ戦 落花流水

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1 花園 その1

1 花園 その1



 遼国王・しゃくの支配下に入り、国名を奪われた。

 河国は事実上滅んだ。

 幾世代にも渡る、支配と被支配者層が、此処に逆転した。



 

 城に残る金品財宝。

 王侯貴族、庶民の戸籍。

 税の蓄え、産業の状態。

 風紀と病の流行の特徴。

 其れらを中心に調べあげているのは、当然というべきか、祭国の郡王である戰に仕えている真だった。

 当初、勇んで各尚書に入り、書庫に残る国内情勢の記録から河国の現状を調べあげ、国政を我が物とせねば、思った矢先の事だ。

 灼は、はた(・・)と気が付いた。


 ――何処から何から、手を付けたものかよ。

 眉根を寄せる灼の背後で、燹も同様に唸っている。彼もまた、同じ悩みに直面していたのだ。


 ――わしが国には、其れらに特化してこなせる人物がおらん。


 燹は確かに優秀な丞相だ。

 国を治める為、内政においても外交においても、また当然戦においても、自分の右腕と言い切れる。経験豊富な彼に、知識知恵を仰がねばやってはいけないと強く感じているし、燹も自覚している事だろう。

 しかし、此れまで、自分たちは『戦勝国』の立場になった事がない。

 当然、燹もだ。

 それ故に、戦勝国として、どのような態度に出ればよいのかわからないのである。燹を責めるつもりは毛頭ないが、此れでは些か情けない。河国に僅かに残る、宦官や雲上人たちがそれ見た事かと、哀れみ蔑み、嘲笑している声が耳に届く。脳に血が上るままに、危うく痴者打ちをしかかるのを必死で思い止まるのは、既に一度や二度ではない。

 そんな灼主従の元に戰と真がやって来たのは、二人が四方八方塞がりで頭を抱えていた時だった。

 事情を聞くまでもなく、戰が笑いながら真を促すと、それでは、と嬉しそうに彼は芙を従えて各尚書の書簡保管場へと向かい、あっという間に懸案の事例を次々に捌いていったのだった。



 ★★★



 伸びてきた前髪を鬱陶しげにかきあげつつ、真は書簡に埋もれていた。

「此れはまた、面倒くさい事ですね」

 と、嬉しそう(・・・・)に呟いては、芙や部下たちに的確な指示を出し、また別の書簡に視線を落とす。彼らが事の答えを手にしたり片付けたりの報告をしに戻れば、次の命を下すのだ。


 握飯を片手に頬を膨らませながら、作業に没頭している真を、灼はほう、と刮目して見る。

 正直なところ、灼はこの真という男の評価を、実に低く見積もっていた。


 何しろ、馬に乗っても真面に手綱はとれない。

 漸く馬に乗れたと思いきや、ずり落ちるばかりで乗りこなせない。

 せめてと千騎長並みの甲冑をまとわせれば、その重みで身動きがとれない。

 その為、労役にて使役についている民兵に毛の生えた程度の鎧しかまとえない。

 そこまで身軽にしていても、剣はふるえない、弓は引けない、矛はまわせない。


 ないないずくしの男なのだ。

 石投げをして戦遊びに興じる童の方が、戦力して余程まともに役立つだろう。

 ――郡王め、どんな酔狂で飼っているのかよ。

 と、灼は呆れていたものだ。

 幾ら頭がよかろうとも、戦場いくさばに置いて、策を弄する術に長けていたとしても、所詮、それだけだ。臣下というものは、戦において剣と馬とに命賭けて、主君に役立ってこそ本望であろう。政治まつりごとなどは、後からついてくるものだ、と11年前の独立から灼は思っていた。

 しかし燹ですら、眼前にある王室の膨大な資料の山を前にした時、どこから手をつけてよいものか呆然となるしかなかったというのに。あのひょろひょろとした、いつまでもどこまでも青白い印象の青年は、すたすたとその山に近寄ると、的確に指示を出し始めた。


 ――相国には、出来ぬ事よな。

 驚愕は、直様、感嘆にとって変わられた。



 禍国側としても、戦利品の掌握は一大事の急務だ。

 代帝・安への報告の為にだけではない。

 戰の妃である椿姫の元に、一刻を惜しんで戻らねばならぬのだ。

 半瞬をも無駄には出来ぬ、とばかりに真は各尚書を目まぐるしく動きまわり、その倍の速さで口を動かして指示を出し続けている。


 禍国の代帝・安を筆頭とした、王城側との外交政治的駆け引きは、古狸の部類に入りだした、真の父親だという兵部尚書・優と、遼国側は燹を中心にまとめさせれば良いだろう。

 だが、様々と事案による差異を差し引いたとしても、この様な動きを見せる事が出来る人間は、この遼国にはいない。

 真という男の真価を、戰が何故、彼を身近に置き続けるのかを、灼は漸く肺腑に落ち着けて得心した。


 成程、人こそ財産――確かにだ。

 消えた邑にて、子供らを守った娘・涼の言葉が耳に蘇る。

 戦にて失ったものは実に多い。

 その失ったものをそのままにおいては、結局、この遼国も河国と同じ命運をたどる事だろう。

 足らぬものが目に見えているのであれば、埋めて余りある人材を育てれば良いのだ。

 例え、どんなに時間が掛かろうとも、まずは一歩を。


 真の背中をみながら、灼は燹に、使いを出すように命令を下した。残してきた子等を、此処で鍛えてやりたい、と思ったのだ。それは良いお考えに御座います、と答える燹が、どこか含み笑いをしていた事に、この時、灼は気が付かなかった。


 こうして、内政的な事は紅河こうがの流れのように滞る事なく進んでいた。

 だが、灼も燹も、予想もしていなかった方向からの横槍、盛大な一突きを喰らった。



  ★★★



「如何なされますか、陛下」

「そんな事ぁ、知るものかよ。放っておけ」

「知る、知らぬの問題でも、放っておけるものでもありません。陛下、此れは既に内政の一部なのです」

「知るか。そもそも、片付けねばならぬ事柄が多すぎるのだ。女どもの機嫌になんぞ、いちいち構っていられるかよ」


 普段であれば、国王らしからぬ快活さを誇るしゃくが、憮然とした面持ちで腕を組んでいた。彼の前に立ち、答えを待っているのは、相国と慕われている人物、のびその人である。

「陛下、その女たちの身分が問題なのです」

 知るか、ともう一度、灼は吐き捨てた。

 灼と燹の口に上がっている『女たち』とは、そう、滅亡した河国の最後の王妃であり、現在西宮に自ら望んで蟄居屏息している王太后・伽耶その人。そして彼女を筆頭とした、創の後宮の華たちの事だ。


 後宮の女たちが騒ぎ出した、という事案が届いた時、彼らは激しく戸惑った。そして騒ぎだての内情を知り、灼と燹は大いに言葉を失った。

 何と、女たちの間で、新国王となった灼の夜伽の順を決める争いが勃発しているのだという。こっそりと足音を忍ばせて様子を伺いに行けば、成程、女たちが文字通りに狂乱していた。金切り声をあげ、取っ組み合いを繰り広げている。

 後宮の女たちが、そんなあられもない醜態を晒しているというのに。

 元王妃、つまりは王太后である伽耶は、彼女たちを鎮めるでも煽るでもない。引きこもった西宮にて、自身の名の元になった伽耶琴かやきんを奏でながら、ぼう(・・)とした日を連ねているのだ。

 知っていて、事態収束の為に手を尽くさない王太后・伽耶の姿は、灼には考えられぬ怠慢である。

 何の為に王太后という、王家の長者たる証である称号を得ていると思っているのか。

 解せぬ以上に、分かりたくもない。


「河国の女どもは、王妃を筆頭に揃いも揃って飾り人形の中身なしだ。死んだ河国王は女の趣味がよほど悪かったのだな」

「陛下」

「この間来た、涼をみろ。惜しみなく良く働き、しかも気が利く。要らぬ口はきかぬし、無駄に出しゃばらん。なのに意見を出すべきところは心得ている、かんのよさ。何よりも、い身体つきをしている、あれなればい子を……」

「陛下!」

「喧しい。愚痴ぐらい言わせろ」

 全く、相国の石頭め、とぼやきながら灼はふん、とそっぽを向く。


 灼は、女の味は少年の頃には知りつくし、こよなく愛している方である。

 が、徒党を組んだ女たち(・・)の扱いについては、実に不得手であった。いや率直に言って、相手をしたことがない。

 つまり、遼国には後宮というものが制度として存在していないのだ。

 11年前に、まだ少年の身で国王に即位した灼は、以後、国力増進の為に鋭意努力の毎日を過ごしてきた。当然、丞相として、燹は年若い王に相応しい王妃を諸国に探し求めた。その国の成り立ちから、基盤の磐石を願い他国から姫の輿入れを願い盟約と共に後ろ盾に、と燹は東走西奔したものだ。

 が、叶わかった。

 背後で、河国の丞相であったほうが暗躍していたのは言うまでもない。大敗により傾きかけているとはいえ、河国は大国だ。怒りをかってまで、元が奴婢以下の存在の輩である遼国に肩入れしようなどという奇特な国が、現れる訳がなかった。

 故に、遼国には、灼には持ち物として後宮がない。

 国を統治しておりながら、実に可笑しな話だ。

 だが手を付けた女を後宮として認め、品位を授け任命する正妃がおらぬ以上、灼は後宮を持てないのは道理であった。愛でた女に後宮に当たる宮棟において、部屋を与えてやるくらいしか出来なかったのである。


 せめて、灼の御子を懐妊した女がいれば。

 ゴリ押しもでき、事態はかわったのであろう。

 しかし、灼は此れまで契った女たちとの間に、子宝に恵まれなかった。愛情を注いだ女はそれなりの数にのぼるというのに、彼の胤を孕んでくれる女は、この11年の間、一人も現れてくれなかったのだ。

 亡くなった灼の母親は、母としての立場を超え、国母としても、息子の不甲斐なさを長く憂いていた。

 国王の使命の一つに、国土を磐石に受け継ぐ正統な血筋の御子の存在は、欠かせない。河国が、禍国との戦いの後に国力を急速に衰退させた起因、大きな理由の一つが、それだ。衰弱していく国の有様を目の当たりにした灼の母である王太后は、長く、嘆息と共に我が尊孫を望み続けたものだった。

 ともあれ、後宮を定める王妃が存在せぬ以上、遼国の宮殿の女たちを統括していたのは、王太后であった。本来なら西宮にて余生を楽しむべきところを、息子大事と、気を張ってくれていたのだ。

 都合よく母親に甘えてばかりいた灼は、その為、男盛りのこの年齢になっても、女たちを悦ばせる術は熟知していても、女たちを牛耳るためのすべなぞ、まさに他所の世界の出来事として、何の知識も持ち合わせていなかったのである。



 ★★★



 戦後の事後処理に直面した時、確かに最も灼の頭を悩ませたのが、最後の王・創のもつ後宮の女たちの処遇について、だ。

 そもそも慣れぬ事であるし、他にこなすべき案件が山積していた。

 おまけに、まるで好みではない女たちの処遇など、考えるのも億劫であった為、顧みる事なくそのまま放置していた。


 その結果が、此れである。

 甘ったれた餓鬼であったのは、自分こそではないか。

 露呈してより、灼の腹の虫の居所は、当然の事ながらすこぶる悪い。


「……よもや、この様な形でしっぺ返しを喰らうとは、思いもしなかったぞ」

 机の上に肘を置き、額に拳をとんとんと当てている灼は、苦虫を腹一杯喰わされた顔をしている。

 どの様に収束させるべきなのか、頭の中を隅々までひっくり返すように掻き回して考え続けても、良い案が思い浮かばない。

 どころか、堂々巡りが延々と続くばかりで、げんなりさせられる。

 目を閉じれば、女たちが、着物を乱して醜く取っ組み合う姿が簡単に思い浮かぶ。振りまく化粧けわいの臭いと、頭にキンキン(・・・・)と響く金切り声も、聞こえてきそうだ。

 ますます鬱蒼としてくる。


 肘をついて片頬をつきながら、とんとんと拍子を取るように机を指で叩いていた灼であったが、突然、椅子を蹴りあげるようにして立ち上がった。

「ええい! このような事で頭を悩ますなぞ、わしが性分に合わんわ! 相国!」

「はい、陛下」

「馬を引け! 邑に行くぞ!」

 呆れつつ、はっ、と短く答える燹の言葉を待たずに、灼は扉を壊さんばかりの勢いで開け放ち、飛び出していた。




 ★★★




 愛馬を駆けさせながら、頬を嬲る風の爽快さに、灼はを細めた。

 王城から一番近く、最も立派な炉を持つ邑に入る。

 遼国の民を生口として酷使しつくしただけあり、炉は、遼国内にあるそれらより、巨大だ。舌打ちしたくなったが、近づき、轟音をたてて炎を上げている炉の振動を赤銅色の肌が捉えると、どうしようもなく身震いが起こる。


「やはり、炉の燃える臭いは、いい」

 轟音を立てる炉の焔の熱波が、全身を舐るようにまとわり付いてくるのが、心地良くて堪らない。心の臓の鼓動が、自然、跳ね上がる。


 此処の処、穴熊のように逼塞して内務に勤しむ日々であった為、この、腹の底から沸き起こる、言い表しようのない愉快さを忘れていた。

 理屈ではなく、本能が、血が、炉の滾りを求めて喜び勇んでいるのだ。

 灼も王子という立場故に、幼年期から青年期までを、ほぼ河国の虜囚として過ごした。その間、燹の助けを受けながら、幾つかの邑に入り、祖国が伝える技術を身を持って習得したのだ。でなくては、成人の折に、由緒ある魔除の符である刺青を施すことは、遼国の漢として許さない、と父王に叩き込まれもした。

 遼国王は、民の上に立つ以上に、技術の上に立たねばならぬ、という教えのもとに。

 だからこそ、失われた技術を求めて、燹と共に暗中模索を続けてこられたのだ。


「みな、調子はどうだ?」

 声をかけると、仕事に勤しんでいた人々が一斉に振り返り、喜びの声をあげて灼の前に集い、跪く。

 照れながらも、よい、仕事を続けよ、と腕を振ると、また喜びの声が上がり、人が散っていく。残るは現場を統括している長のみだ。

「この邑の、炉の具合はどうであるかよ?」

 河国内に点在する高温炉を備えた邑々に、兵士の中から鍛冶かぬちに長けた者を中心にして、人を派遣している。その中には、遼国から呼び寄せた子供たちも含まれている。

 その中には、涼も居る。

 控えめでありながら、遼国民としての誇りを正しく身に纏っている少女の姿を、この処、求めるように探している自分に、灼は気が付いている。やりあった時、つい思わず本音の言葉に出してしまった。が、燹が追求してこなかったので助かったと、実は胸をなでおろしていたのだった。


「はい、この邑の炉は、どれも良好のようです。此方が望む高温を、出しておるようです」

「そうかよ、それは重畳」

 試運転的に、契国産の骸炭を使用して炉内を最高温まで上げきり、それを何刻保てるかを測っているのだが、この邑の炉はどれも設計が良いらしい。熱の漏れが少ない、つまり高熱量を無駄にする事が少ないのだという。

 契国から紅河こうがを使い骸炭を仕入れるとなれば、出来れば陸路での輸送は、短ければ短いほど良い。そうなれば、大型の船着場を持つ河国が断然有利となるし、この大型の炉を遊ばせてしまうのは、実際惜しい。使えるものは、大いに使いまわすべきだろう。



 だが、そんな現実的な話など、どうでもいいのだ。

 自分たちの祖先の、血塗られた歴史を刻むものである、炉を。

 堂々と吾がものとし、栄光あるものへと塗り替える時がやってきたのだ。


 興奮するなという方が、可笑しいというものだ。


 炉の熱に浮かされるように、灼は両腕を高々とかかげ、吠えていた。




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