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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
一ノ戦 祭国受難
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4 祭国王女・椿姫 その2

4 祭国王女・椿姫 その2



 宴といっても、参加する人数はごくごく少数だ。

 戰と、真としょう姫夫妻と、その介添えである椿姫。

 しょう姫の母・蓮才人とその御付の女官たち。

 真の父・優と真の兄たち。

 そして、商人・時を始めとした、ごく内輪で深い付き合いのある者たち。


 側妾腹の真が、妻帯すること自体が度し難いと思っている兄達は、相手が皇帝・景の王女・しょう姫でなければ、かつまた『男殺し』の宿星を持つ姫でなければ。真とその妻であるしょう姫を、共々に奴隷売り場と娼妓館に売り払っている事だろう。真の妻であるしょう姫が、身分が低くとも紛う事なき王女であるからこそ、耐えているだけこの事なのだが、彼女が未だ幼い身であるを配慮して、時折、こうして母娘を会わせる為の宴が行われるのも、兄たちは片腹痛く思っている。それを侮蔑の視線と共に、隠す気すらなくあからさまにぶつけてくる。

 何が、側室風情の子がいっぱしを気取っているのか。その金の出処は何処だと思っている。宰相である父・優の力添えあってこそではないか。


 腸が捩切れる苦々しさを、兄たちは、なんの・側妾腹風情の腹出には不要とばかりに、隠そうともしない。面倒くさいと真は欠伸をもって出迎えたくなるのを、毎回の事だと、辛うじて押しとどめた。嫌な顔をして、座を白けさせる位であるなら、最初から断れば良いのに面倒くさい方々だ、と思う。それでも兄たちがのこのことやって来るのは、ひとえに椿姫に会いたいが為だ。この時ばかりは遠慮会釈なく、彼女の白椿の妖精に例えられる美貌を、存分に愛でる事が出来るからだ。


 面倒くさいと真は思う。

 戰のような一生懸命さという可愛げが、兄たちにはない。ただ、己の僅かな欲望を満たす為に自分を貶め蔑みながら、椿姫を色慾に染まった濁った眼付きで撫で回す為にやってくる。

「こういうのを下衆というのでしょうね、文字通り」

 不思議そうに見上げてくる幼妻・しょう姫の視線気がつき、思わず言葉にしてしまっていた事を悟った真は、慌てて笑顔を取り繕った。



 ★★★



 宴に呼ばれた楽団は、時が早急に見繕ってきたとはいえ、なかなかの手前を披露していた。いや、なかなかどころではない。中央で舞をみせる舞師は、この禍国全土を探し求めたとしても、得られるものではない程の腕前の持ち主だった。


「舞師……を名乗るのですから、まあ、多分、男性……なのでしょうけれど……」

 独り言ちながら、真は月見団子をひと串とって口に運ぶ。上品に練り上げられたその甘味を楽しみにつつ、座の中央で堂々と臆することなく舞を披露する舞師に視線を定めた。

 男性なのか女性なのか、一見したところで掴み取れない美貌をもった舞師だ。

 細くしなやかな躯の張りと蠢きは、正しく男性の凄惨さを時に匂わせつつも、弓張月の月光を吸った肌の艶めきと、その輝きを流す目尻の艶然さは、女性のそれよりも艷冶えんやであった。

 男性でもあり女性でもあり――

 そのように映る舞師の存在は、その危うさに、その場の者をうっとりと酔わせずにはいられなかった。


 しかし、真が注目していたのは、その舞師そのものではなく、彼が演じている舞の内容と曲だった。それは、3年前に椿姫の祖国である祭国で聞きかじったことのある楽曲に、類似するものがあったからだ。国によって独特の節や音韻を何度も繰り返したりとそれぞれに特徴があるものだが、時折差し込まれる音色に、祭国独特のものを、真は感じていた。それが、何故だか危うく感じる。どうしても、椿姫と繋げて考えてしまう自分は、考えすぎなのだろうか?


 ――何だろう、偶然だろうか? それとも、自分の気にしすぎなのだろうか?

 ちらりと戰に視線を投げかけると、ちらちらと椿姫を気にしている様子ばかりをみせていた。

 ……ああ駄目だ、今の戰様はまるで使い物にならない……。

 真は深い溜息をついて、団子をもうひと串ほおばった。

 


 ★★★



 ぴんと張り詰めた弓張月に相応しい舞を演じきった舞師が、優雅に礼の構えをみせると、しょう姫と蓮才人が寄り添う座より、わっ! と歓声が上がった。

 確かに見事な舞だった。戰も心よりの拍手を贈ると、真と父・優が続き、渋々・といった体で兄たちが手を叩く。彼らの思惑はどうであれ、戰はとにもかくにも、椿姫がどのように思ってくれたかが、知りたかった。


「楽しかったか、しょう姫」

「はい、お兄上様。ありがとうございます」

「椿姫、貴女は?」

「はい、身に余る栄誉を共にできまして、恐悦至極に存じ上げます」

 伏せ目がちに、淑やかに答える椿姫は、しかし、喜びを隠そうともせず瞳を潤ませて微笑んでいた。

 うん、と戰は満足げに頷いた。本当に、久しぶりに椿姫の嫋かな微笑みを見たような気がする。それだけで、満足しなければならないな、と戰は自分に言い聞かせる。しかし、彼女の表情が、ふと固く閉ざしたものになったのを、見逃さなかった。


 楽師たちが新たな曲を奏ではじめ、舞師がまた、曲想にのり蝶々のように舞を披露し始めた。まだ心を固くする何があるのであれば、椿姫の心がより晴れ晴れとなってくれるようにと祈りながら、戰は盃を傾けた。

 しかし、気持ちとしては、別になにか濁ったものを残している。

 その濁りがなんであるのか、後で真に確かめたいな……そう思いつつ、盃を重ねた。



 ★★★



 弓張月の月見であった為、座を開いたのは夜明け近くとなった。

 蓮才人は、そのまま娘であるしょう姫の元に泊まりたいと願っていたが、後宮の華に外泊は許さる事ではない。それは、親兄弟の死に目であっても覆ることのない掟だ。後ろ髪を引かれつつも、蓮才人は輿に揺られて帰っていった。

 真の父である優と兄たちも、椿姫の舞を見ることが叶わなかった事に後ろ髪を引かれつつも、蓮才人が座を立っては居残る事はできない。礼を施して本宅に戻ってゆく。

 商人・時も「お邪魔さまで御座いました。楽しき時をありがとうございました」とこうべを垂れて、仲間と共に梟のように笑いながら去ってゆく。


 戰も彼らを見送ってから、当然帰るつもりでいた。いたのだが。

 が、面白半分に真に無理矢理に酒を飲ませたところ、顔を真っ赤にして前後不覚に陥ったかと思うと、バタン! と大の字にぶっ倒れてしまい、帰るところではなくなってしまった。しょう姫に責任を取れと泣いて責められ、仕方なく真を背負って寝所まで連れて行き、手ずから介抱をする。前後不覚どころか、意識不明の酩酊状態だ。呻くような鼾までかいている。たったひと舐めで、ここまでの状態になるとは……。


 真の意外な可愛げに、笑いが込上がってくるが、笑うどころではないのがしょう姫だ。背後から、ぽかぽかと戰の頭を叩きだした。

「もう! もう! お兄上様の馬鹿馬鹿! 我が君がお酒は苦手だと知っていらっしゃるのに、無理強いするなんて! 我が君に何かあったら、どうするの!?」

「大丈夫だよ、濁り酒をひと舐めした程度で、そんな……」

「いやぁああん、我が君、目を開けてぇ~!」

「そんな大げさな……」

「わあぁああん! 我が君の目が覚めなかったら、お兄上様のせいなんだから!」

「いた、いたた! そんなに叩くな、引っ掻くな、振り回すな、蹴るな、しょう姫! こら、いたたた!」

「我が君! 我が君ぃ~!」


 もうこのまま真が死ぬのだとでも言いたげに、手足を振り回して大袈裟に泣き喚くしょう姫に戰が辟易していると、笑いながら椿姫が現れた。

「冷たい水に、梅漬を潰して参りました」

 どうぞ、とそっと差し出された竹製の器を受け取ろうとすると、横からしょう姫が奪い去った。ん? と思うと、義理の妹はきりきりと眉毛をはね上げて叫ぶ。


「わ、我が君の妻は、わ、わたくしですから、我が君の、お、お世話は、わ、わたくしが致します!」

 ふ~・ふ~・となで肩を怒らせるのは、変わらない。戰と椿姫は互いに顔を見合わせると、くすりと笑みを零しあって、真の介抱をしょう姫に託して共に部屋をでた。



 ★★★



 開けかけた空には、まだ明るい星と弓張月が宵の名残を残している。


「綺麗……」

 空を見上げながら呟く椿姫の声に、戰の胸の音は高鳴った。椿の方が何倍も綺麗だ。と、胸の中では平気で言葉に出来るのに、それを口にしようとすると、言葉にすらならないのは何故なのだろう? 己の不甲斐なさを戰が呪っていると、椿姫が訝しむ気配が夜気にのって流れてきた。


「綺麗ですね」

 返答をせずにいたため、聞こえなかったと思ったのか、椿姫が戰を振り向きながら重ねて言ってきた。

「ああ、綺麗だね」

 やっとそれだけを答えると、ほっとしたように、椿姫は頬を緩めて微笑んできた。体温が沸かしたての風呂よりも熱くなったのがわかる。よもや身体中が真っ赤になっているのではと戰は気が気ではなかったのだが、椿姫は戰が望んだ答えを口にしたのが満足したのか、空の月へと視線を戻している。


皇子様みこさま

「ん?」

「弓張月の御伽噺をご存知ですか?」

「え? いや、知らないが……」


 月を見上げながら、椿姫が、その短く御伽噺を紡いだ。

 昔、月の精霊と恋仲になった青年がいた。

 しかし、精霊と人間の恋は御法度。

 けれども、青年は月にいる恋人に逢いたくて仕方がない。

 誰にも見つからぬよう、夜中まで起き続け精霊を待ち、月の輝く間だけ逢瀬を重ねる日々。

 青年は、夜中から朝まで、恋人と逢わせてくれる下弦の月に、精霊を返さないでくれと願った。

 やがてつごもりとなれば、逢えなくなる。

 その日が来ないでくれと、青年は天を守る天帝に願った。

 健気な二人に心を打たれた天帝が、精霊を人間の娘に変え、二人を夫婦とすることを認めた。

 それ以後、下弦の月を待って願をかけると、天帝が願いを叶えてくれるという。


「綺麗な御伽噺だね」

「はい、とても美しく……そして、哀しいお話です」

「――ん?」

 寂しそうに呟く椿姫の声に、戰が戸惑いながら彼女を見やる。美しいというのは分かる。この話の一体何処か哀しいのだろう? しかし、何はともあれ二人きりは二人きりだと、戰はうきうきしている。


皇子様みこさま、今日は、下弦の月でした」

「うん」

 しかし、まだ寂しげなままの椿姫の声音に、戰はどきりとし、はっとなった。椿姫は何か、願をかけたい事柄でもあったのだろうか? それを、自分が宴など開いたりしたから、台無しにしてしまったのだろうか?


「皇子様」

「あ、ああ、なんだい?」

「皇子様……」

 潤む瞳で、涙に滲む震え声で、椿姫が戰を見上げてきた。白い肌のうちで、そこだけが艶やかに薄紅色にほんのりと色づく頬の上に、涙が伝う。

「椿……?」

 思わず、名を呼び捨てて呼んでしまった戰の声に、椿姫の細い肩がぴくりと跳ねた。手の甲で涙を拭い取りながら、にっこりと笑った。

「折角ですから、一舞、差し上げたいと思うのですが……ご笑納くださいますか?」


 戰が頷くと、椿姫は口元だけで微笑んだ。扇を取り出して庭先に駆け下りると、椿姫は驚く戰の前でくるくると踊りだす。消えゆく月光を調べに踊る椿姫の姿は、正しく精霊のようだと戰は見惚れる。音もないのに音が聞こえる椿姫の舞を、ひとり愛でるこの幸せを戰は噛み締めならば、一つの動きも見逃すまいと見つめ続ける。

 やがて、短かな舞を踊りきると、戰は手を叩いて褒め讃えた。


「初めて見せてもらった折の、舞だね」

「はい」

 こうべを垂れる椿姫は、弾む息を整えながら頷く。

「皇子様」

「なんだい?」

「……いえ……」


 何度も何か言いたげにしている椿姫に、戰の動揺が蘇る。ああ、しまった。やはり椿姫は、何か願い事があったのか? 自分は、それを妨げてしまったのか?

 しかし、椿姫は閉じた扇を戰に差し出してきた。不思議に思いながらも、思わず扇を受け取る戰に、椿姫は満足そうに口元だけで微笑んだ。

 だが、その微笑みが、何処か本心ではなく、というよりも本心から笑っていないのが分かり過ぎて、戰は気にかかった。気にかかったが、自分が姫の邪魔をしたのだと思い込んでいる戰には、どのように声をかければ良いのかが、全く分からない。


「椿姫」

 しかし、もしも自分に非があるのであれば、謝るくらいはできる。何か気に障る事をしでかしてしまったのであれば、遺憾無く話して欲しい――と伝えようとした戰の目の前で、突然、椿姫の身体はふわりと踊った。

 え? と戰が驚く間もなく、椿姫は彼の首筋に腕を回して抱きついてきた。戰の肩までしかない椿姫は、背伸びをしており、見方によってはぶら下がっているかのような滑稽さが何処かにあった。


「皇子様……」

「な、なんだ?」

「……夢の、ようでした」

「あ、ああ、宴を喜んで貰えたのなら、私も嬉しいが……」

「……忘れません……」

「あ、ああ、うん……」


 椿姫の吐息と身体の熱が耳から触れ合う箇所から伝わり、戰の体温と鼓動を一気に跳ね上げる。

 ど、どうすれば良い!? どうしたら良い!? ……せ、背中に手を回しても良いのか!? だ、抱きしめて良いのか!?


 壊れた玩具のように、忙しく腕を上下させたり手のひらを閉じたり開いたりさせていた戰が、ようやく思い切り、そろり……と姫の腰に手を当てようとしたその瞬間。椿姫は、するりと身を翻して、戰の身体から逃れでた。ぱたぱたと普段はたてぬ足音をたて、そのまま、振り返りもせずに走り去っていく。

 呆然と見送りつつも、戰は、最後に彼女が残した言葉を噛み締めて、頬が緩んでくるのをとめられないでいた。


「……忘れないで……」


 椿姫がどのような思いでこの言葉を残して去ったのかを戰が知るのは、この数刻のちの話となる。



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