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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
五ノ戦 紅塵万丈

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6 新たなるうねり

6 新たなるうねり



 11月に先帝・景の1周忌が執り行われる。

 此度は、先の百ヶ日の法要とはまた様相が大きく異なる。

 其れ故に、旅立つ者は間を惜しみんだ。

 祭国では、今また、様々な人と物とが、忙しなく動いていた。




 きぃ、からら……きぃ、とんととん、ぱたん

 きぃ、からら……きぃ、とんとん、ぱたん


 雅楽の音節を踏むかのように、織り機から軽やかな音色を奏でているのは、椿姫だ。白く長い指先が滑る度に、糸は布へと姿を変えていく。舞うような動きは、油断すれば見惚れてしまい何も手が付かなくなってしまう嫋かさだ。

 椿姫の機織り物の音を聞きながら、戰は真と、例の農機具について話し合っていた。


「句国新王・きゅう陛下よりの親書が届きまして御座います」

 其処へ蔦が、見事な赤い絹に巻かれた上に金糸で編まれた組紐で結ばれた書簡を、盆にのせてやってきた。視線のみを上げた戰が、その先を真へと動かす。心得た蔦が、真にその書簡を盆ごと差し出した。

 有難うございます、と礼を述べつつ真が手に取る。組紐を解くと、はらりと赤い絹が自ら解けた。

 現れた巻手紙を広げる。短かなものであったが、視線を走らせた真は、表情を曇らせた。珍しく、戸惑っている事を隠そうとしない。


「どうした、真」

「いえ、大したことは。句国新王・きゅう陛下におかれましては、恙無くとは言えませんが、1周忌でお会い出来る事を愉しみにしていらっしゃると。ただ……一つ、句国の国元にて問題が生じられたご様子です」

「問題?」

「先の句国王・番陛下の後宮であられる左昭儀さしょうぎみつ殿が姿を眩ませたられたとの事です」

 立ち上がり、歩み寄る戰に、真は書簡を広げ直した。


 左昭儀・蜜。

 此度の戦にて戰が討ち取った、句国王・番の最も寵愛深き後宮の美姫であり、且つ正王妃・文の腹出であるきゅうを差し置いて王太子の地位を得た、王子・みちの生母である。

 句国の王都を陥落せしめた折、戰は句国王・番の持ち物である後宮に爪先を向けさせぬよう、禍国より従ってきた万騎将軍たちは肩を怒らせつつ目を光らせていた。兵部尚書である優に厳命されていたのだ。句国王が所有する後宮の美姫たちが、戰の胤である御子を孕んだとの噂がたってはならぬとの配慮からである。だがそもそも、戰には椿姫以外の女性にむける興味というものが存在し得るはずがないのであるから、要らぬ世話であったのだが。


「行方が知れぬというのか?」

「そのようです」

 あのどさくさ紛れに後宮を出奔したというのか?

 しかし、幾ら我が子を亡くし国母への道が閉ざされたとは言え、其処までするであろうか?

 後宮からの出奔は、国が違えどほぼ重罪であり、鞭打ちの刑の後に木馬による引き回しや牛裂きなど、与えられる処罰は過酷苛烈を極める。

 15年以上に渡り、寵愛を我が物として君臨しておきながら、知らぬ筈があるまい。

 その禁忌を犯してまで、何故?

 為人ひととなりが知れぬ為何とも言いようがないが、句国王として即位した矢先に、玖としては不気味な事には違いない。


「玖陛下も戸惑っておられる御様子です」

「だろうね、しかし、用向きはそれだけではないのだろう?」

「はい、勿論です」

 二人の会話に、椿姫が織物の手を休めた。

「何かあったのですか?」

「あったというよりも、此れより起こすつもりなのだよ」

 立ち上がり、二人の元に寄ってきた椿姫に戰は答えた。

 促されて、椿姫も書簡に視線を落とす。其処には、此度の先帝・景の1周忌に、代帝・安より参列を許す旨を伝える使者を頂戴したと記されていた。契国せつこくにも、同様の使者が向かったとも記されている。

 1周忌には、二位の君である皇子・乱が関わった、例の陵墓完成御披露目の式典も、御霊祭共々に執り行われる。


「どうなると思う、椿」

「代帝陛下が、句国くこく王陛下と契国せつこく王陛下に、忠義を求められるという事かしら?」

 そうだね、と戰は頷く。

「その証に、何を求めると思う?」

「何かを差し出すように命じられるのでしょうけれど……それが何かまでは、分からないわ」

 うん、ともう一度頷きながら、戰は真に答えを促す。

「真はどう読む?」

「領土を差し出せ、貢物を増やせ、奴婢を贈れ、と通り一遍のお言葉でしょう。然しながら、先ずは服従の意思を他国に対しても顕わにすべく、国王自らの参列を絶対的な条件とされますでしょう」

「それだけで、済む訳がないのでしょう?」


 椿姫の言葉に、はい、と真はこうべを垂れる。

 つたが、椿姫に座るように優しく促したが、少女はいいえ、とその気遣いを断った。座ってしまえば、甘えて考えるのをやめてしまいそうに思えたからだ。

 真は続ける。

「人頭狩りを行った皇子・乱皇子殿下におかれましては、このように奏上なされる事でしょう」



 我が国を裏切った句国を随えねばなりませぬ。一度ならず二度までも裏切るような輩とは最早、同盟など成り立たちませぬ。


 我が国に擦り寄った契国を服させねばなりませぬ。己の宗主国を臆面もなく裏切るような輩などとは、いつ吾国に楯突くやもしれませぬ。



「そうだね、乱兄上であらば、言い出しそうだ」

 椿姫の顔が強ばった。真の言葉に、きゅ・と下唇を固く噛む。

「国そのものを、差し出せとお命じになられるの?」

 この祭国が選んだように、属国への道を辿れと命じる奏上をあげるのかと問う椿姫に、いいえ、と真は静かに答える。

「陛下より直々のお声掛かりとなれば、この1周忌の法要、句国王陛下、契国王陛下共々に、ご自身自ら参列せぬ訳にまいりません。その留守を狙い、討ち平らげよ、という意味です」


 本来であれば、三槐さんかいをして国王の代理となす節を送る処であるが、此度の戦にて恩義がある身の上だ。両国とも、この国力の疲弊した時期に、荒立てる事を好まぬとなれば、素直に聞き入れる事だろう。そして禍国としては、まさに濡れ手で粟のこの機会に、二国の国領を狙わぬとは愚かとしか言いようがない。

「二位の君におかれましては、今のこの時流をそのままご自身の運気となすべし、とお考えになられるでありましょうし、となれば、討論の口火を切られる事は間違い御座いません」

 別段、この二国に対しての討伐論が持ち上がるのは、可笑しな話ではないよ、と戰も続ける。

「乱皇子様であられずとも、多少知恵の回るものがお身内としてお一人でもお仕えあれば、そのように代帝・安に奏上するよう勧められるでしょうね」

「それでは、代帝・安陛下は、戰に句国と契国を討伐せよ、とお命じになられると言うの?」

「はい」

 表情を曇らせる椿姫とは反対に、戰は少女の横顔を穏やかに見詰めている。


「禍国軍を掌握する兵部尚書である父を私が抑えております以上、戰様に向かえとお命じあるよう、耳打ちされるでしょう」

 句国と契国とは、先の戦を通じて禍国皇子・戰としてではなく、祭国郡王・戰としての立場での交流が始まりかけた処だ。

 兄皇子である王太子・天が自滅した今、戰にこれ以上、政治的地盤と勢力を持たれては、乱だけではなく、他の兄皇子にとっても非常に厄介な事になる。不穏なる芽は早急に摘み取るべきであり、出来れば内側より瓦解して行く様に仕掛けられれば、なお都合が良い。


「しかし、蔦」

「はい、皇子様みこさま

 鈴が転がる、と形容されるそのままの涼やかな声音で、蔦が答える。

「お前が来た、という事は、何は他に伝えるべき事柄があるのだろう?」

 はい、と蔦は答える。

 禍国に戻り嘗ての裏稼業仲間を使っての暗躍が増えた時との繋ぎをとるのは、此処祭国で、本来であれば彼は担うべきえきをこなすようになってきた蔦である。その彼が、配下の者を使わずに自ら赴いた、という事は何か禍国側で動きがあったのだと見るべきなのだ。


 そして、その読みは正しかった。

 蔦が礼の姿勢をとり、畏まって伝える。

遼国りょうこく国王しゃく陛下におかれましては、過日行われました皇子・乱殿下引きたる禍国軍による人頭狩りに対し、丞相・ぜん殿をして使者にたてられ、異議を申しいれるとの事。事の釈明と詫言、そして償金を求められるとの事に御座いまする」


 そして、と息を継いだ。

「此方が、郡王陛下に宛てて遼国王しゃく陛下御自ら認められました、密書に御座いまする」


 瞳を伏せ、蔦は袂より取り出した小さな土塊を、恭しく差し出した。



 ★★★



 遼国は、11年前に河国から分たれた国だ。

 11年前。

 そう、つまり那国なこくを挟んでの、禍国と河国かこくとの戦の後にである。

 遼国の成り立ちと立場、そして河国との関係は、禍国と祭国の縮小版と言えばわかり良い。

 国家としての成り立ちは、遼国の方が古く、正しき由緒もある。然しながら彼らの血脈は、中華を支する民族とは異なっていた。力河を越えた那国の更に西南方向にある、赤銅色の肌と黒檀色の眸を持つ、羅紗埡ラシャーヌ国と同様の根幹なのだ。其れ故に、遼国の民は此処、中華平原で異民族扱いをされ迫害対象となり、時に生口せいこうとして屍人扱いをされるという酸鼻な歴史を刻みながらも、長らく所持し続けている暦法史記により、畏れと敬いの念を以て距離を置かれるという、全くもって不可思議、且つ異質な国なのである。


 11年前の戦までは、遼国を従えていたが為に禍国と河国の国力はほぼ亀甲していた。

 が、その戦の混乱期に乗じた遼国は、見事再びの独歩を果たした。

 故に、現在の禍国と河国の間の国力差は歴然であり、独立間もない遼などは禍国からすれば吹けば飛ぶような存在と見て良い。

 その遼国。

 率いるのは国王・しゃくと彼が父親の代からの忠臣として絶対の信頼を置く、丞相・ぜんである。遼国王・灼は、その忠信孝悌ぶりを讃え、ぜんの事を『相国』と呼び慕い全般の信頼を寄せており、ぜんもまた、しゃくの期待によく応えている。

 その遼国に、二位の君である乱は入り、人頭狩りを行ったのだ。

 そして、国王・灼自ら認めたという、密書が今、彼らの眼前手中にある。


 蔦が差し出した土塊を、真が受け取った。

 机の角に、こつこつと土塊を打ち付けると、ぽろりと固められていた土塊が割れ、剥がれ落ちる。中から、小さな竹簡が現れた。

 真から手渡された竹簡に、戰は静かに視線を落とす。

 音のない、互の息遣いのみの刻が暫し流れた。


「遼国王・灼殿は、なかなか聡明な身内を持っているようだよ」

 読み終えると共に、ふっ、と短く微笑むと、戰は真に竹簡を返した。

 寄ってきた椿姫と蔦と、真は竹簡を開く。

 其処には、こう記されていた。



 ――遼国王・灼の名において告ぐ。なれわれと共闘せよ。



 ★★★



 此れは、と蔦は躰をくねらせながら、ほほほ……と笑い声を上げた。彼にしては珍しい。


「随分と、剛気な御方に御座いまするな」

「しかし、真当な御方です」

 返す真の言葉に、椿姫が複雑な表情を浮かべた。


 吾と共闘せよ、と呼びかける先は、皇帝の座を争う禍国皇子・戰に対してではない。

 祭国郡王たる戰、に対してだ。

 戰の禍国における立場、そして祭国の現状を鑑みた場合、彼がどちらの道を選択するかを看破しているからこその言葉だ。時節を読むに長けていなければ、口にできる言葉でなく、それだけの情報を有している以上、小国だからとて侮るなと言外に表している。


 しかも。

 戰をなれと呼び捨て、自身をわれと称している。

 郡王である戰こそが遜り、平身低頭して己の言葉を受け取りに来るべしとしている。

 遼国王・灼自ら考え出したものであるか。

 或いは丞相・ぜんの手によるものか。

 何れにしても、先制攻撃の第一波としては先ず先ずの出来、という処だろう。


「どうする、真?」

「様子を見るべきでしょうね」

 蔦、と竹簡を手渡すと、心得た蔦は表面を小刀で削り取り、香炉にくべた。 炉の中で、独特の臭気を放ちながら、竹は慌てたように燃え上がった。が、それも一瞬の瞬きであった。香炉は直ぐに平静さを取り戻し、元通りの柔らかな薫りをともす。

 見届けると、さて、と真は立ち上がった。


「それでは戰様、今日は此れにて失礼致します」

「うん、ご苦労様」


 戰と、寄り添う椿姫に軽く一礼すると、真は部屋を出た。

 今日は、念願の左腕の添え木が外れる日なのだった。



  ★★★ 



 真が部屋をして暫くすると、しょう姫が小さな身体ごと使って、ひょこ・と部屋の中を覗きに来た。

 真を迎えに来たようだった。


「あれ? お兄上様、我が君は?」

 なで肩の肩を更に落として落胆の色を隠さない正直な義理妹いもうとに、戰は笑いながら、入れ違いだよ、と伝えた。

「私もお師匠に会いたいからね、しょう姫、途中まで共に行こうか」

「はい、お兄上様」

 連れ立って部屋をでる兄妹の背中を、新たに奏でられ出した椿姫の機織り機の音が、優しく撫でていった。



 連れ立って歩くのは久しぶりだね、と笑いかけてくる義理兄あにに、しょう姫は、うん……と適当に笑いながら頷いた。

「どうかしたのか? 気になる事でもあるようだね?」

「うん……」

「真の、事か?」

 しょう姫は、小さな脚を止めた。

 うん……と俯いて、着物の裾を手で握り締める。ぎゅ・と摘まれて酷い皺が裳に出来たが構わないようだった。暫く戰が静かに見守っていると、しょう姫はぐす、と鼻をすすった。


「お兄上様」

「何かな?」

「私、我が君のお傍にいても、いいのかしら?」

「ん?」

「だって、私のせいなのに」


 予測していたとは言え、まだ幼い義理妹いもうとの口からこのような切ない言葉が零れ出ようとは。

 戰は努めて笑顔を作ると、小柄な義理妹いもうとと目線が等しくなるように跪いた。

「真の怪我の事を言っているのだね?」

 こくん、としょう姫が頷き返す。

 戰は大きな掌をいっぱいに使って、義理妹いもうとの額を撫でてやった。


「真の怪我は、しょう姫のせいではないよ」

「でも、お兄上様、私の……」

「真が怪我をしたのは、私を守ろうとしたからだ。責められるなら、私であるべきだ。しょう姫は、私の不明と不徳をなじってよいのだよ」

「でも……」

 関わる男の全ての運気と宿星を反転させ転落させる『男殺し』の星の下に産まれたと占われたこの少女は、禍国の王宮に居た頃より、ずっと好奇と侮蔑と憐憫のを向けられてきた。

 けれど、夫となった青年は違った。

 全てを知りながらも、そりゃ大変です、父上から喰らう鉄拳が1発が3発位になりますか、とちっとも大変そうじゃなく、笑って受け流してくれた。

 そんな人が、戦に出て、怪我を負って帰ってきた。

 何も恨みがましい事も辛いとも言わないが、疼きに耐えかねて夜中に何度も起き、ふうたちに薬を煎じさせている事くらい、知っている。朝起きれば何事なかったように、けろりとした顔付きで、「おはようございます」と笑顔を向けてくれている事も。


 明らかに無理をしている。

 自分のせいだ。

 自分の宿星のせいで、戦に行って、行った先で怪我をして帰ってきて、帰ってきてまで痛くて辛い思いを抱えている。

 しょう姫には、どうしたってそう思えてしまうのだ。



しょう

 義理兄あにの手が、しょう姫の濡れた頬を包んで拭いてくれた 

「なあに、お兄上様」

しょう、間違えてはいけないよ。先程も言ったが、戦の勝ち負け、兵たちが背負った怪我、軍の損失から、関わる事柄の細微に至る全ては、上に立つ将兵の責任だ。だからどのような瑣末な事柄であれ、あの戦において起こった事の全責任は、総大将であった私が最高の責めとして背負うべきものなんだよ」

 一際大きく、しょう姫はぐず、と鼻を鳴らした。


「戦はこの先も続く。何度も何度も、大きな戦が起こるだろう。戦が起これば私も真も、戦いに赴く。戦いとなれば、誰かが疵付く。いや……誰も疵付かぬ戦いなど有り得ない。此度の戦いは、真が怪我を負った。だが次の戦いは分からない。克かもしれぬし、兵部尚書かもしれぬし、杢かもしれぬし、私であるかもしれない。それは避けられぬ事なんだよ」

「そんなの嫌!」

 しょう姫がぶつかるように義理兄あにに抱きついてきた。年齢の割に小柄な義理妹いもうとを戰は、うん、そうだね、嫌なことだ、と優しく抱き止めた。


「けれど、忘れないで欲しいんだ」

「……何を?」

「私たちは、しょうや椿に、皆に笑っていて欲しいと願えばこそ戦い抜ける。戦の最中、皆が笑顔でいる事が拠り所であり支えとなるからこそ、真直ぐに敵を蹴散らしに行けるんだ。しょうが自分の宿星を気にして俯いて泣いていたら、真は気になって、前を向いて戦えなくなってしまう」

 慌ててしょう姫は戰の手を振り払って、離れる。

 自分の小さな手をあてて、ごしごしと涙を擦りとった。そんな健気な義理妹いもうとの行いに、戰は微笑んだ。


しょう。真はいつも、しょうに何と言うかな?」

 え? と鼻をぐずぐずさせつつも頬を拭っていたしょう姫は、視線を上げた。

しょう、気がついているだろう? 言ってごらん?」

「……笑っていて下さい、って言うの……」

 戰も気が付いていた。小さな諍いや、些細な事で喧嘩になった後の仲直りの最中、真は必ず言うのだ。姫は笑っていた方がいいですよ、笑顔でいて下さい、と。

 義理妹いもうとの答えに、うん、と戰は頷いた。


「私もそう思う。しょうだけじゃない。椿にも、珊にも琢にも、蔦にも時にも、類にも通にも、克にも杢にもふうにも、学にもその殿にも、那谷にもお師匠にも、とよにもだいにもまるにも、こう殿にもあいにも。皆に笑っていて欲しいと思っているよ――しょう

「はい、お兄上様」

「背負う宿星が無ければ、と思う気持ちは誰よりも私が分かっているよ、しょう。だからこそ、聞くよ。真に笑っていて欲しいかい?」

「うん」

「それなら、どうしていたら良いのか、もう、しょうにはわかるね?」

 うん、としょう姫は大きく頷いた。


 初めてだった。

 特別扱いをしないでくれたのは、真が初めてだった。

 笑い返せば、底抜けの笑顔を向けてくれる人は、自分が宿星に囚われる事を嫌っている、と言うよりも、そんな宿星があるなんて事は、忘れて接してくれているではないか。

 それが嬉しくて笑えば、彼も笑い返してくれる。

 彼が笑ってくれるのが嬉しくて、また笑顔になる。

 出来るなら、真の笑っている顔をいつも見ていたい。

 それなら何時も、笑っていればいい。

 簡単な事だ。

 でも、その簡単な事が、本当は一番難しいのだとも、しょう姫は知っている。

 それでも。

 真の笑顔を見る為なら、今すぐは無理でも、きっと出来るようになる、なりたいとしょう姫は思った。


 ちょいちょい、と手の平を振って、しょう姫が戰を呼んだ。

 ん? と更に身を屈めて、しょう姫の口元に耳を寄せると、義理妹いもうとは両手で囲いを作って声が漏れないようにし、ぼそぼそと話しかけてきた。


 ――お兄上様

 ――何だい、しょう

 ――それでも笑えない時は、こっそりお兄上様を苛めに来てもいい? 


「えっ……それは、勘弁願いたいな」

「どうして? 楽しくて、直ぐ笑顔になれるのに」

「奇妙な処だけ、夫婦で似なくてもいいよ、しょう姫」


 兄妹は、楽しそうな笑い声を上げながら、再び並んで歩き出した。




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