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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
四ノ戦 戦禍繚乱

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終幕 白き花咲く

 終幕  白き花咲く



 代帝・安の命をうけ、せつ国救済の為に軍を率いて国王・番を討ち果たしに、戰と真は西方へく。


 時の遣わした早馬の知らせが、祭国に齎されたとき。

 怒りのままに暴れ狂い、泣き喚いたのは珊だった。


 ――姫様、皆で今直ぐ禍国に行こう! 皇子様と真に会いに行こう! 戦になんて行く事ないって、止めに行こう!


 珊は、戰と一途に想い合う椿姫のことだ、喜び勇んで頷き返して、同意してくれるとばかり思っていた。けれども椿姫は、静かだった。涙も見せず、どころ微笑みすら浮かべながら首を左右に振る少女に、カッと頬が熱くなるのを珊は感じた。


 なんでニコニコ笑って、冷静でいられるの!? 

 どうかしてる、どうかしてるよ姫様!


「なんで!? どうして!?」


 皇子様だってきっと、姫様の顔を見たいはずなのに! 

 こんな時には、絶対、絶対、姫様に傍に居て欲しい筈なのに! 

 皇子様だって真だって、戦なんて嫌いだよ! 

 行きたくなんてない筈だよ!

 それは姫様だって同じ筈なのに!

 それなのに、なんで!?


 不満をそのままぶつけても、椿姫は、激しい泣き吃逆で苦しそうなしょう姫を抱きながら、優しく背を撫であげている。こんな時なのに、穏やかさを失わない椿姫が、今の珊には逆に、禍国の王宮にいる戰たちの政敵のように小憎たらしく思えてきた。


「どうしてだよう、姫様! 何で行かないんだよう!」

「珊、確かに、私たちが禍国に行けば、戰も、真様も、二人共きっと喜んでくれるわね」

「分かっているんじゃない、姫様、だったら!」

「それに、禍国に行けば私は、戰が、戦に行かないように働きかける事が出来るわ。祭国の女王として、禍国の代帝陛下にそれを嘆願出来る立場にあるのですもの。それが叶わなくても、戦仕度の為に力沿え出来る」

「そうだよ、そうだよ、姫様、だからさ!」

「でも、行かないわ」

「どうして!? 何で!? あたい、分かんない、わかんないよ!」

「約束したの、戰と」

「――え?」

「待っている・って」

 しょう姫をかいなに抱き、涙の泣き吃逆を宥めつつ、艶やかな黒髪をすくようにしている椿姫は、やはり静かに答える。


「戰が禍国に行く時に、行かないで、連れて行ってと言いたかったわ。でも、出来なかったの」

「どうして? 椿姫様、それはどうして?」

 まだしゃくり上げながら、懸命に問いかけてくるしょう姫を、きゅ・と椿姫は抱きしめた。

「どうしてだと、思う?」


 今でも、同じよ、会いたいから会いに来たの、と戰の元にこのまま駆けつけたい。

 私だってそう思っている……会いたくて堪らないの。

 けれど、それでこの祭国を離れてしまったら、そうしたら一体誰が、産声をあげたばかりのこの国を守っていくの?

 

「それは……」

 珊は、ぐ・と言葉を飲み込む。

「ねえ、珊、いつか貴女がわたくしに言った事を覚えている?」

「え?」

「姫に生まれつかなくて良かったって」

 あ、うん、と頷きながら、珊は椿姫が何を言いだしたのか分からず、大きな瞳をくりくりとさせた。

わたくしも、ずっとそう思っていたのよ、珊。国の為に、誰かの為に、何かの為に犠牲になる存在でしかない、都合の良いお姫様。それが私。そんな自分が、本当は嫌で仕方がなかったの。いいえ、珊が、気がつかせてくれたのよ、本当は私も姫になんて生まれつきたくなかったのだって――でも」

「でも?」

「でも、今は違うの。王家の血を引く娘で良かったと胸を張って言えるわ。だって、あの人が見ているものを同じ場所に立って見る事が出来るのは、私が姫として生まれてきたから。王女だからだもの」


 彼の母親である麗美人の祖国、楼国が滅びる前に彼が見せてくれた、あの景色。

 あれは一体、何を意味していたのだろうって。

 知りたい、と思っている自分が居るの。

 彼があの位置に立って、本当は何を見ていたのか。

 彼は、何を見たかったのか。

 彼は、何を見ようとしていたのか。

 彼は私に、何を見せようとしてくれていたのか。

 彼は私とあの景色を見て、何を感じたいと感じて欲しいと思っていたのか。


 私、今、とても知りたいのよ、珊。


「王として皆と手を携えて生きていきたいと、戰は言いました。私もそうよ。珊、貴女は?」

 珊は答えられない。

 椿姫の胸の中で、しゃくり上げながらしょう姫は、不思議そうに見上げながらも、心を落ち着け始めていた。何を椿姫が伝えようとしているのか、子供過ぎる自分には分からない。けれど、でも、だからこそ、聞き漏らしてはいけない。しょう姫には、そんな気がしたのだ。

 しょう姫の様子が変わったのに気が付いて、椿姫は改めて少女を抱き直した。自分とてもまだ少女の身の椿姫の心の内側では、ぐるぐると熱い想いが渦巻いていた。


 ――初めて戰と結ばれた夜。

 姫でいてくれた良かった、そうでなければ出会えなかった、と彼は言ってくれた。


「珊、私、思うの」

 攻め入られた敗戦国の王家の姫であったからこそ、彼と巡り逢えたの。

 出逢えたからこそ、こんな気持ちを持つことが出来るようになれたの。

 此の世に、神様がくだされる奇跡というものが真実、本当に存在するなら、これこそが、きっと奇跡と言うのだわ。

 だからこそ、奇跡で終わらせたくないの。

 彼の為にも。

 この腕の中にいる、彼と同じ血を引く姫の為にも。

 何よりも、自分の為に。


「戰が目指したいと言ったこの国を、この地で広め続ける事が、彼の願いを知る私たちには出来ます。それが本当の意味で彼を救う戦いだと、戰もそれを望んでいると、私は信じているわ。だから私はこの国で、皆と手を繋いで、あの人を待っていたいのです」

「姫様……」

「皆で考えあえば、力を惜しみなく出し合えば、出来ないことはないと、あの晩、戰は言いました」

 勿論です、覚えております、女王様、と学が大きく頷く。少年の柔らかな髪を、母である苑が優しく撫でた。

「今、その言葉を弛まず行わねば、この国は彼が夢見た国ではなくなってしまいます。力を合わせましょう。この国を、より愛し、豊かにしてゆく為に。戰と真様がこの国に脚を踏み入れた時に、ああ帰ってこられたのだと、自然と笑顔になるような国でいる為に」

「ひめさまぁ……」


「王となると自らに定めを課した戰の目指す先を、私は見たいのです。見てみたいのです、共に並んで。彼の思いを知るからこそ、堂々と隣に立てる身でありたい。ですから私は、戰が胸に抱く誇りの為に、禍国には参りません」


 穏やかであるのに、きり・と引き締まった表情の椿姫は、正しく女王の姿だった。珊は、はあ、と吐息を零して胸を熱くする。

 何時の間に、このお姫様はこんなに強くなっちゃったんだろ?

 何時も、いつだって何かをぐずぐずと思い悩んでてさ、俯いてばっかりでさ、だからついつい構って守ってあげたくなっちゃう、可愛い可愛いお姫様だったのに。

 でもなんか、格好いいよ、姫様!

 今の姫様の方が、あたい、好き!

 皇子様なんかよりも真よりも、格好良くて、大好き!


 珊は、しょう姫を抱いたままの椿姫の背後から、腕をまわした。その細い腕に、椿姫が少し、小首を傾げるようにしてくる。それが珊には何だかこそばゆいく感じて、でも、気持ちが良かった。

「うん、わかったよ、姫様。あたいね、あたいもね、姫様と一緒がいい!」

 椿姫の腕の中で、しょう姫が、慌てた様子で、袖を使ってぐいぐいと涙に濡れた頬を拭い取った。

「椿姫様、私、私も、そう思う!」

 我が君の為に、頑張るんだから! と、まだその小さな頬を、赤く腫れたように涙光りさせつつ、しょう姫も負けじと叫ぶ。幼い少女の想いの詰まった濡れた頬を撫でながら、椿姫が微笑むと、珊が椿姫にまわした腕に、ぎゅ! と更に力を入れてきた。


「私たちが戰と真様を信じている限り、お二人は私たちの傍にいてくれるの。私たちは、お二人と共にいるの。何処にいても、私たちは、私たちの心はひとつに繋がっているのです」

 椿姫の言葉に、皆が一斉に頷く。

 沈黙の中で、少女たちを見守っていたつたが、口元を綻ばせた。



 ★★★



 それから数ヶ月後の、7月の半ば。

 暑い盛りに戰が率いる禍国軍が大勝を果たし、禍国に向け凱旋を始めているという報が、早足のふうより祭国の王城に齎された。


「勝ったよ! 勝ったんだよ、姫様! 皇子様と真が勝ったよ!」

 飛び上がりながら、椿姫に抱きつきつつ、さんが喜び勇んだ声を上げる。

「勝った……」

「そう、そうだよ、姫様!」

「帰って、来る……」


 爆発的に広まりを見せる戦勝の喜びに弾ける空気に、惚けた状態の椿姫は、1人取り残されている。待ち望んでいた言葉なのに、どうしてか、実感として心にしっくりと馴染んでくれないのだ。


 ――勝った?

 戰が、勝った?


 正月早々にこの城を出立してより半年以上。

 ずっとずっと待ち望んでいた一言なのに、何処か別の世界の出来事を告げられているようで、身体がふわふわとする。ぱん! と両の頬を包み込むようにしてはたかれて、椿姫は漸く我に返った。

「さ、珊?」

「帰ってくるんだよ、姫様! 皇子様が、勝ったの、だから帰ってくるんだよ!」


 勝って、帰ってくる?

 戰が、あの人が、帰ってきてくれる……?


 頬を掴んで揺さぶられて、初めて、椿姫の心に、一気に何かが染み出してきた。

「いいんだよ、姫様、泣いていいの。ずっと女王様として、頑張ってきたんだもん。泣いていいよ」

「珊……」

「泣いちゃいなよ、泣いていいんだよ。こんな時に、女王様じゃなくてただの女の子になったって、誰も怒らないよ」


 椿姫が、珊の胸に縋り付いた。

 その背中を、よしよし、と珊が優しく撫で回す。女王の鎧飾りを脱ぎ捨てて、椿姫は、愛おしい男の無事をただ喜ぶ、17歳の少女に立ち返ったのだ。この細い身体の何処から、と驚く程の大きな声を張り上げて、ただ、心のままに泣きに泣く。思わず、珊も貰い泣きをして、ぐずぐずと鼻を啜りながら、涙を流した。

 ひたすらに泣き続ける少女たちの元に、小さな少女が駆け込んできた。

 仔栗鼠のようなその少女も、やはり泣きながら飛びついたのだった。



 ★★★



 そして、また、一ヶ月。

 8月も、もう終わりを告げそうだ。

 

 ざあ! と音を立てて葉が揺れる程に、強い風が吹いた。

 一面の白い小さな花が、まだ風の名残に揺れている。

 白い花は、蕎麦の花だ。

 空気には、未だ夏ものの暑さは残っているが、それでも、風はゆっくりと秋へと向かい始めている。その証拠に青い空は高くなり、薄い筋状の雲がたなびき始めている。先ほどの風だって、ほのかな秋色に染まり出していた。

 青い空の下、忙しなく羽音を響かせながら、飛び交う小さな影が絶えない。影の正体は蜜蜂であり、花から花へと移り気に飛び交いながら、やがて巣箱へと姿をけしていく。


 白い雲が爽やかにたなびき流れていく空の下、その様子を、穏やかな笑みで見詰めながら、赤ん坊を抱いている少女がいた。

 彼女は、少女の身の上ながらこの国の女王であったが、どこを見てもそのようには思われない。悪い意味合いでではない。彼女の醸す、何者をも癒す清らかさと穏やかさは、まさに女王として相応しいものだと言える。

 しかし今、彼女はその『女王』としての衣を脱ぎ捨てて、ただ、一人の娘として、自分の心のままに佇んでいるのだ。

 彼女の心に住まう、只一人の愛する人を思って。


 小さく握り締められた赤ん坊の拳を、人差し指でつつきながら、ゆらゆらと揺らし、子守唄を歌いあやし続ける。

「いつ帰ってきてくれるのかしら、ね、どう思う?」

 赤ん坊は答えない。

 ただ、機嫌よく少女の腕に抱かれて笑っている。

 もうそろそろ、長い長い戦から帰ってきてくれも、よさそうなものなのに。

 その先触れすら、ない。

「本当、酷い人たちよね、ね、そう思わない?」

 やはり、赤ん坊は答えない。

 くぷぷ、と機嫌よく喉を鳴らして、うとうとし始めていた。


 本格的な秋が深まれば、彼女が彼とこの祖国に戻ってから、1年を数える事になってしまう。もしかしたら、そこまで待たされてしまうのだろうか? 

 此れまでの彼の失態をなじれば、顔を赤くして懸命に弁解するのだろう。それがますます、墓穴を掘ってしまう事に繋がるとも知らずに。

 彼女が愛する男は、そういう男だ。

 知らず、少女の愛らしい桃色の頬に、微笑みが溢れる。溢れるそれは、暖かな、幸せそのもののように輝いている。


 遠くに声を聞いたような気がして、赤ん坊から視線をあげると、果たして、自分よりも幼い少女が、元気に手を振りながら此方に駆け寄ってくる所だった。

しょう姫様?」

 少女が声をかけると、駆けてきた少女が脚をとめた。一生懸命に、根を詰めて走り詰めに走り続けて来た為に、少女の顔を見て安心した途端、疲れが頂点に一気にきてしまったのだ。

 ふ~、ふ~、と仔猫のように息を荒くしながら、幼い方の少女は、それでも最後の力を振り絞って、畑の畝に大きく脚広げて踏ん張った。

 そして両手を口元にあて、大声を張り上げた。


「お兄上様・と、我が君・が、帰ってくるっ・て! あと、ちょっとで、祭国に入るっ・て、知らせ、が、来たの!」


 走ったせいで荒くなった息では、喋るのもままならない筈であるのに、幼い少女は懸命に叫ぶ。

 赤ん坊を抱いた少女の顔ばせに、溢れんばかりの笑顔が宿る。

 幼い少女がようよう、走り寄ってくると、二人の少女は額を寄せ合い、喜びを噛みしめ合った。


「もう、こんなにも待たせて。お兄上様ったら、悪いんだから」

「本当ね……でもきっと戰は、悪意の欠片もないと思うの。知らせなくては、なんて思い至る気配りなんて、出来ない人だもの」

「絶対、そうよ! でも、我が君はそれ、気が付いてて態と教えないのよ、きっと」

「そうね、気がついているのに知らんぷりしてるのよね」

「うん、絶対そう! 我が君、お兄上様の後ろで、楽しんでるのだと思う!」

「やっぱり、そう思う?」

「絶対絶対、そうよ! 椿姫様に怒られて、真っ赤になってるお兄上様を想像して、一人でこっそり笑ってるのに、決まってるもん!」

「やっぱり? やっぱりしょう姫様も、そう思う?」

「思う! でも、私も真っ赤なお顔をしたお兄上様、みてみたい!」

「――実はね、私もなの」

 笑い合いがその内に泣き笑いになり、泣きながらこの場にいない男たちへの不平不満を互いに言い合っている内に、また笑い声にかわっていく。



 赤ん坊は、そんな二人の腕の間で、大人しく満足そうに抱かれている。

 そして、青い空と白い雲とそよぐ風にむけて、ふあ・と呑気に欠伸をしたのだった。



  覇王の走狗いぬ 四ノ戦  戦禍繚乱   了





此れにて、覇王の走狗・四ノ戦 戦禍繚乱 は終幕と相成ります。


ラストは、クライマックスの戦争シーン以後、出番のなくなってしまったヒロインずで、しめ・とさせていただきました。戦争となると、置いてけぼりを食らうのは女・子供と相場が決まっておりますが、彼女たちだって頑張っていたんだよ、ってところを少しでも感じてもらえたらと思います。


さて、この四ノ戦。本格的な戦闘シーンを書いたのは初めてですので、なかなか思うに任せず、相当に苦労いたしました。真の考え出した戦術戦略は、実際に古代の国々の戦争で使われたものを、作者なりに(真テイストに)アレンジしました。

この辺、ってこの戦いを参考にしたのかな~? とか、ニヤニヤして頂けたら嬉しいです。


少々尻切れトンボ気味の終幕ですが・・・実は、はい、皆様が待ち望んでいたであろう「代帝・安陛下へのザマア」をブチ込むか、此方をブチ込むかで、ギリギリまで悩んだのです。

しかし、次の戦争の事を考えると、「やっぱ(ザマアは)次章でしょ」となってしまいました……。


そんな訳で、次章 【 紅塵万丈 】 は、戰と真の凱旋帰国のシーンから始まります。


開始はまだ未定ですが、どうぞ引き続き、楽しんでいただけましたなら、と思います。



         2015年1月16日  作者拝

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