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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
一ノ戦 祭国受難
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3 剛国王・闘 (こうこくおう・とう)

3 剛国王・闘 (こうこくおう・とう)


 剛国王こうこくおうとうは、祭国の玉座にどかりと音も高く腰を据えた。肘掛に肘をつき、力を抜いて殊更に寛いでみせる。しかし暗愚と名高い国王の元に集う、それを支える臣下たちも、揃いも揃って腰抜けた腑抜けばかりとくるとは。ふん、所詮は属国に堕ちる国はこの程度か……。


 ふと、視線を上げると、鎧帷子をがちゃがちゃと打ち鳴らす音が、奥から近づいてくる。自身が引き連れてきた自慢の精鋭部隊の一人が、何か巻物らしき物を手にやってきた。それを差し出すことに許しを与えて傍に寄らせ、眼前で広げさせる。

「ほう、これは」

 闘は目を見張った。そこにあるのは、今は禍国に虜囚の身として差し出しているとかいう、嘗ての闘の婚約者――いや今現在も婚約者であるが、祭国の姫君・椿姫の舞姿の似姿絵図の掛け軸であった。


 今を去ること3年前。

 己の婚約者となった椿姫は、その名の由来が示すように、まるで白椿の精霊のようであると諸国に絶賛されていた。が、闘は眉唾ものだと思っていた。美しいと噂される美姫の9割9分9厘は、10割以上の極彩色の誇張表現でこてこてに彩られているものだ。

 しかし、婚約の為の儀式の為に送られてきた椿姫の似姿絵図を見て、あてにならぬ噂話が此度だけは真実であるのはと期待を抱いた。可憐な乙女、いや乙女にもなりきらぬ童女の姿は、胸を躍らせるに充分な美貌を似姿でさえ漂わせていた。


 当時、そんな童女の姿絵図であった彼女は、今、麗しくも嫋かで惜しまず匂い振りまく美貌の乙女の似姿絵図へと成長を遂げて、闘の目の前にあった。

 横におどおどと侍りながら、ちらりと祭国王・順は愛娘の掛け軸を見上げてくる。「面白い」と、とうは呟いた。肘に頬骨を預けたまま、闘は鳩のようにくつくつと喉を鳴らして笑う。


「祭国王よ」

「は、ははっ。何か……」

「前言を撤回しよう。もしも椿姫とやらが、上手く我が子を腹に宿し、産まれ出でた御子が王子であれば、妃の類に、いや――もしも一番に王子を産み落とせるというのであれば、正妃の座につけてやることも、視野に入れてやってもよい」


 喉仏を跳ね上げながら、闘は腹の底から笑った。

 その声を、祭国王・順は青ざめた顔で聞き入りながらも、心の内では再び浮かれ出していた。

 ――何と、何と、吾の娘姫・椿が王子を産みさえすれば、強国とうたわれる剛国王の正妃にたてるのか。なれば、早う帰ってきておくれ、椿。あれが為、一刻も早う、御子を孕んでおくれ。自身の誕生日祝いに、日々の心配がせめて心休んじられる様にとの、娘の気遣いの品がこのような作用をもたらすとは。椿よ、お前は本当に吾想いの良い娘だぞよ。


 再び夢想に心を飛びたたせた祭国王に、剛国王・闘は数えるのも馬鹿らしくなる程の、何度目かの嘲笑を贈った。



 ★★★



 用意させた宴の席で、剛国王・闘は盃に酒を満たさせながら、恥など微塵も感じずに酒壷を傾けている祭国王・順を横目に見やる。


 暗愚な親というものは、どのような下層階級の家にも存在するものだ。

 しかし、仮初にも国王として玉座に座る者が、かように己の都合の本能のみだけで動くとは。実に哀れな国だ、祭国という国は。贅をつくして喰いつぶしたり、無闇に戦に参じて疲弊させたりする愚かな王もいるにはいるが、国王である以上、己は国であり、国は己であると誇りを捨てる事など、考えもしないだろう。

 しかし、この祭国王・順は違う。簡単に捨て、都合よく拾いに回る。野良犬と変わらない。


 盃を唇にあてる。

 既に、祭国は手の内に落ちた。無論、領土全てというわけではない。掌握したのは城のみだ。しかし、それで良い。国土を焦土と為さしめての勝利なぞ、愚の骨頂というべきものだ。


 それを、3年前の戦で、闘は大いに思い知った。

 それは衝撃的な戦いだった。

 いや、戦とは、未だに剛国内では、『あれ』はいくさであったとは、認められてはいない。

 しかし、『あれ』を見せつけられた時、闘は思い知った。

 力――武力だけが全てではないのだと。

 無論、最終的に完膚なきまでに叩き伏せる必要性はある事は認めている。その際において、自国・剛国の勇猛果断さは、他の如何なる国に勝るとも劣らざりし也という、強い自負もある。


 しかし、焦土となった国土は、何も生み出さない。国は、民草からの年貢でなりたっているのだ。その元手を奪い尽くされた者が、蹂躙した側に如何様な感情を持つものか・という想像を、剛国の王侯臣下の中で純粋に考えを巡らせようとする人物は、自分しかいないのだという事実に、闘は愕然とした。


 生きる気力を失い死を望むのか。

 それとも生きるために反逆心を育てるのか。

 それとも国を見限って逃げ出すのか。


 いずれにしても、占領したところで、有益とは程遠い。しかし、自国の父王をはじめ、王太子である兄や他の兄弟たちも、口を揃えて憤慨するばかりだった。

 あのような戦いは、戦いではない。認めない。戦いとは、矢尻を飛ばしあい剣の鋒を潰し合い、鉾を折りあい、馬をぶつけあい――兵士達が恐れを克服して果断に立ち向かうからこそ、戦いなのだ。それをなんだ。あの穴熊のような『なり』は。あんなものは、戦とは呼べぬ。


 闘にしてみれば、どいつもこいつも度し難い『たわけ』揃いだった。

 このまま、戦強者を頼りに国を保っていこうと考えているのであれば、遠からず滅亡するだろう。――と、自国の未来を憂えずにはいられぬ程、父も兄弟も馬鹿にせずにはいられなかった。


 何故、分からない。わかろうとしない。

 禍国という国は、基本は自国である剛国と変わらない国であったはず。

 戦場において、圧倒的な勝利を得る事に過大な重要性を見出す国だ。

 しかし、そのだからこその軍事力に二の足を踏む事までを計算に入れた、3年前の戦いが、闘には羨ましくて仕方がなかった。陣頭指揮をとったという、皇子みこせんという人物に注目せずにはいられないというのに。何故、父王も兄弟たちも、己の国の優位を得意げにして地団駄を踏むばかりで、現実を見ない。


 闘が見て仰天したものは、戦だけに終わらない。

 属国と成さしめた祭国に、禍国皇子・戰は先に刈り取った稲穂を、全て祭国の国民に返した。それだけでも仰天ものであるというのに、実質支配は変わらず国王・順が続けることを許し、王侯貴族のうち誰ひとりとして戦争責任を負わせて、処刑場に引きずり出す事はしなかった。

 国民は皆、此れらを命じた禍国皇子・戰に感謝の念を抱くのは当然のことであり、王女・椿姫が望まれて禍国へと向かう仕儀となった時、逆にあのような頼りない国王陛下の元におられるより、余程よい生活を送ることができるであろうと諸手を上げて喜んだという。そして、武力をただ貸し与え、手駒として禍国への尖兵として戦わせる事だけが目的であったのだとようやく鈍い頭で思い至った祭国は、剛国に憎しみにの目を向けるようになったのだ。


 人心掌握が如何に大切であるかを、3年前の戦は、闘に教えてくれた。

 そしてこの祭国王を操るには、飴と鞭が必要であるとも学んだ。

 学んだ事を大いに活用できぬのは、それがその人物が、愚かであるからだ。だから闘は、学ぼうとすらしなかった、先の国王であった父も王太子であった兄も同じく王子として存在していた兄弟全てを、嘲っていた。

 そう、この祭国王・順も、同罪の男だ。故に、嘲る。自分には、誰よりもその資格があるのだ。傍らでは祭国王・順が、いくら教えても闘の持つ杯が空になっていると指示されなければ、酒壷を傾ける事ができずにいた。


 ふん……と、目を眇める。

 本来であれば、このように愚鈍なくせに、ただ王者の血筋であるという一点においてのみ、王座に座り至尊の冠を頭上に抱くような男は、脳天から叩き割ってやりたい。闘とても、元来は戦闘を尊しとする勇猛果断な剛国の民なのだ。気に入らぬとあらば、剣を担ぎ弓を負い馬を駆けさせるのが、至上という考えは根底にある。それは、民族の根幹だ。簡単には覆えらない。


 だが今、その衝動を抑えているのは。

 そのような事をしてしまえば、比べられるという一念においてだった。

 3年前の、禍国皇子・戰と比べられる。

 そして劣っていると思われるは、我慢ならない。


 この男を殺せば、『姫君様がどれほど哀しまれるか』という美徳にもならぬ美徳で、民心はこの自分から、潔く離れていくことだろう。そう、美しく麗しい姫君・椿姫の父親だというだけで、この男は辛うじて王であることを許されている。


 この城に入り、闘はそれを肌で実感した。武力で奪いつくす事は簡単だ。しかし、それでは3年前の戦に勝てない。

 それならば、自分も奪いはすまい。

 祭国の民草は、既に城が剛国の手中にある事を知らない。祭国王・順が、剛国王となった自分にひれ伏した事を知らない。知らぬがうちに、事を推し進める。

 彼らが気がついた時には、国を傷つけずに全てを手にした後だ。

 


 ★★★



 闘の目の前で、楽団が新たに、異国情緒溢れる調べを奏で始めていた。

 舞師がまるで蝶々のように優雅に舞い、楽師がつま弾く弦が生み出す音にのるかのような、軽やかさだ。旅に旅ゆく一座であると聞いたが、目と耳を楽しませるには、まずまずの、いやなかなかの楽団だ。特に舞師が良い。女性にょしょうかと見紛う程の、いやいっそ女性などよりも数段上の美貌だ。舞師に艶然と微笑まれると、その手合いの気はないが、なる程、あのような者が男色家に触手を伸ばされるのであろうなと、奇妙な納得が腑に落ちる。


「剛国王よ」

 おずおずと、祭国王・順が声をかけてきた。何事かと杯を口にしたまま、ぎろりと黒目だけを彼に向ける。う……と幾分怯んだ様子を見せる。

「先ほど、貴殿が申し出られた言葉は、誠であろうか……?」


 期待を込めて伺う祭国王・順の様子は、言う事を守れば菓子がもらえるのかと重ねて問いかけてくる子供のそれと同様だ。つまり、彼が確かめたい事は、娘姫・椿が懐妊し、誕生した御子が王子であれば彼女を正妃の座にすえるという、その一言だ。


「心配めさるな、祭国王よ。私は方便などは口にせぬ。そのように思っていなければ、考えなしに言葉を紡がぬ」

「そ、それは、それでは、我が娘姫・椿が王子を出産した暁には……!?」

「我国、剛国とこの祭国は、真実のともがらとなろう」


 闘の言葉に、順は調べにのって身体を揺すりだした。喜色満面とはこのことだろう。既にこの男の中では、娘が王子を出産し闘の正妃となり、己は舅としてこの祭国に国王として引き続き尊ばれる存在として、そして我が剛国にも君臨しているのだろう。


 何という下衆な男だ。

 ああ、この男に唾を吐きかけ、脳天からかち割ってやりたい。


 衝動を堪えるのが、此処まで苦痛だとは思っていなかった剛国王・闘はいつかこの鬱憤を吐き出す日を唯一の慰みとして、辛うじてこらえきる。

 この男を殺すのは、全てを手にした後だ。

 禍国皇子・戰を倒し、そして祭国を無傷で己のものとし、3年前の雪辱を晴らした後だ。

 その後にこそ、禍国本土に、軍勢を率いて華々しく出向いてやる。


 心を静める為に、掛け軸の中で微笑む祭国王女・椿姫の似姿絵図を愛でる。本当に、美しい。この似姿絵図と違わぬ容姿の持ち主であれば、せめて飽きるまでは、閨に侍ることを許してやろう。可愛がってやろうではないか。お前たちが白椿の精霊とまで崇め奉る姫君とやらを、心ゆくまで愉しませてもらうとするさ。


 だがさて、禍国皇子・戰とやらよ。その前に、私を楽しませてくれよ。

 3年前の戦争に、真実の決着を。どちらがより優れているかを、定めようではないか。


 戦いのない戦いで、自国は負けた。だが、最終的に勝てば良いではないか。

 禍国皇子・戰よ、私は負けぬ。

 いや――勝つ。


 その為には、どのような策をも使う。奴こそ、さきに策を弄したのだ。此度は、弄されてみるがいい。



 白く濁った地酒とともに、闘は渦巻く闘争心を飲み下した。



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