4 種
4 種
城内に作られた菜園に、ぼつぼつと人が集まりだす。中には、覡と巫の姿もある。
禍国では考えられぬ事に、祭国には城の中に菜園がある。祭事国家であった祭国らしく、神への供物は城内で育てられるのだ。菜園を取り仕切るのは禰宜の仕事であるが、実質的に作物の世話を行っているのは、覡と巫と采女たちだ。苑は、元々はこの菜園で働く采女だったのである。
ふうふうと息せき切って類が走ってきた。最後に、戰と椿姫とが連れ立って現れる。
戰に手を取られて椿姫が座るのを見届けると、真は振り返り、琢に頷いて合図を送った。二人して荷車に駆け寄る。
被せてあった筵を外すと、そこに現れた道具とは、どうやら犂のようだった。
しかし、禍国や祭国などで主流となっている床の長い犂でもなければ、那国や河国で主に使用されている床のない型の犂でもない。
だが長床式の犂よりも耕作する床部分が明らかに短く、しかし見た目には床無し型に近いようにも思える。不思議な型の犂に、皆が思い思いの表情で覗き込んだり首を捻ったりしている。
そんな中で、戰が面白そうだと言わんばかりに目を輝かせて、荷車に歩み寄ってきた。犂の持ち手から、耕筰する部分までをしゃがんだり立ったりを繰り返しながら、舐めるように見入っている。
「真、これは犂に見えるが?」
「はい、戰様、そうですよ」
珊の言う『妙ちくりんなもの』の正体が知れた。
どうやら、真があれこれと改良を加えたらしい、新型の犂のようだ。薔姫が馬を引いて来ると、真は背に犂を引かせる為の用意をし始めた。
「まあ、先ずはこれの働き具合を見てやって下さい」
一同が見守る中、空いた畝を馬に取り付けられた犂が、真に操られて耕していく。一畝を耕し終えると、今度は琢が真の後を引き継いで耕し始める。
此れまで主流であった型のものよりも、明らかに軽い動きをしているにもかかわらず、深く耕している事に気が付いて指摘してきたのは、意外にも時だった。
「ほう、面白いですなあ、深く耕すわりに、動きが軽いようで」
ほうほうと梟のように笑いながら、鰻の触角のような髭を紙縒るのは相変わらずだ。
「意外ですね、時が最初に気が付いてくれるとは」
「なになに、これでも私は、昔々は農家の小倅でしたのでな」
思わぬ告白に、皆が探るように時の顔を覗き込むようにする。時は構わずに、にこにこと笑ったままだ。
戰の幕下として仲間に数えられる人物の中で、一番の年長者であり人生経験が深いといえば、時をおいていない。逆に言えば、全員が時の子や孫で通用するような若輩者ばかりとも言える。
正直、真は時に対してかなりの無茶を言い続けているが、時はいつも笑ってそれを許してくれている。何処かで、無制限に甘えても良いのではと思わせてくれるような、伊達に長く人間をやってはいないぞという、どんと構えた懐の深さを覚えるのだ。それは、ひどく心地よい。
此処に居る皆の、精神的な父親役を進んで買って出てくれているのを、真は感じていたが、その過去は誰も知らない。
まだにこにこと、一見、好好爺の風体で、時は笑っている。
★★★
新たに真が開発した犂を取り囲んで、早速、城の菜園を支える神職の覡や巫、そして采女たちが寄ってきた。不思議そうな顔付きで、犂を取り囲んでいる。が、明らかにこれを使ってみたいという、深い興味を惹かれた表情だ。
「新しい道具ですので、出来れば神職の方々に祓って頂きたいのですが、お頼み申し上げても宜しいでしょうか?」
「勿論に御座います。然と、承りまして御座います。我らから、禰宜様にお取次致しましょう」
真の言葉に頷きつつも、覡は、まだ犂を様々な角度から覗き込んでいる。かなり興味を引いたらしい。
そうれはそうだろう。
神前に据える供物は、神が食する聖なるものだ。だからこそ、自らが汗して捧げなければならない。だから此処には、畑作を支える下男はいないのである。その為、彼ら自身が汗して米や麦や野菜を育て上げるのであるが、何しろこの田畑を耕すという作業の難儀さは、従事している者にしか理解できない事である。
「しかし、素晴らしい耕耘力ですな。これは効率が飛躍的にあがりますぞ」
ほくほくとした顔付きで、時が手を揉んでいる。真が、時の言葉に頷く。
実際に、一畝耕すのに、此れまでの長床式の犂では、相当な力が必要であった。馬は必ず二頭必要となる。扱いは楽なのであるが、二頭もの馬を養える程、そうそう皆が皆、豊かという訳ではない。那国で主流の床のない型のものは、馬一頭で耕耘可能ではあるが、扱いが難しく熟練を要した為、慣れた男衆しか扱えない。
しかし、今回、真が考案してきた短床式の犂は、扱いが楽な上に馬一頭で耕耘可能だ。おまけに、畑仕事に慣れぬ真ですら、楽々扱えるのだ。屯田兵たちは、皆それぞれに馬を有している。この犂さえあれば、相当広い田起こしが出来るに違いなかった。
確かに、飢饉対策と並行して金を手に入れる為に、蕎麦の育成成功は不可欠であるが、それはそれだ。それと並行して、石高の安定と増幅、つまりは米の収穫増大こそが急務で絶対なのだ。
強国となる為には、富国、そう、先ずは国が豊かにならねば話にならない。
だから真は、寝る間も惜しんで犂の開発に没頭したのだ。
「そこでですね、実は吉次殿に、相談があるのですが」
「はて、何用に御座ろうか?」
「この犂の先端部分を、鉄で覆いたいのです」
今は琢がひいてみせている犂の動きに目を細めていた戰が、顎に拳を当てながら続ける。
「それならば、是非、鍬の先にも欲しいとは思わないかい?」
「そうですね、それは良き考えであると思います」
「出来れば、鎌の刃も鉄で、と言いたいところだが、こちらは青銅でも良いかな、真?」
「はい、此れまでは石包丁や石鎌が主流だったのですし、出来れば鉄は剣の方に極力、まわしたいですしね。それは、青銅製でも陽国の手腕が発揮されれば充分すぎる程でしょう」
それは、と吉次は言葉に詰まる。
「出来ませんか?」
真の眸の光が真っ直ぐに、吉次を射抜くかのように伸びている。
背後の戰は、既に興味は犂の動きの方に移っている。もうこれ以後の事は、真に任せているのだと言わんばかりだ。ぐう・と息を止めて真と睨み合っていた吉次であるが、やがて、降参しかたのか、全身を使って、深く息を吐き出した。
「分かりました、やってみましょう」
「有難うございます」
吉次に、真は丁寧に頭を下げる。
吉次はと言うと、四十絡みの皺のある口元に、苦笑を浮かべていた。真の迫力に気圧された自分に、驚いている。
農機具の先端を鉄で覆ったり、青銅製の鎌を願う。
どうして、自分たちは、それを思いつかなかったのか?
吉次は腹の中で自問する。
簡単な事だ。自分も、崇拝する主人である陽国王・來世も、国を強くするのは先ず軍備第一であると考えているからだ。
だが、この考えが間違いであるとは、吉次は思っていない。
強き猛き者が勝利し、支配するのは、世の定めたる所だ。だからこの祭国が、軍事力に勝るのみの国となるのであれば、いずれ大人になり陽国全土を完全掌握した国王・來世が、この中華平原に乗り込む事も可能であると、吉次は考えていた。
しかし彼は、いや彼らは、戰と真は違う。
民衆と共にあるからこそ、革新技術により生産性の向上を願い、暮らしを楽に豊かにしようとする考えが、浮かぶのだ。
国の豊かさとは、人の営みの豊かさだと、戰も真も考えている。
根底に、『生きる』という根っこが確かに有るからこそ、生まれる考えだ。笑顔溢れる安寧な暮らしこそが国の強さなのだという、何処か信念めいたものを感じる。
ただ、強いだけでなく己の国の行く末を此処まで考え尽くし、誇りを持って富にむかって励む彼らに、果たして付け入る事など出来るのであろうか?
彼らを前にして、考えを改めざるを得ない。
そして自分の中の変化にも、驚きを隠せないでいた。
陽国を離れた時は、国王・來世の為とはいえ、国作りに共に歩めぬ、己の不運と不幸を呪い嘆き悲しんだものだ。何を好いて、愛する陽国ではなく、見も知らぬ他国の国政に関わるのだ、と。
だが、彼らを目の前にしていると、陽国ではなく、この祭国を共に強く励ましていきたいという気概が、ふつふつと湧いてくるのだ。
此れはどういうものなのだろう?
自分の中の心の流れの変化に、吉次は戸惑いを隠せないでいた。
★★★
犂の動きを確認した所で、今度は、いよいよ懸案の蕎麦の栽培についてだ。椿姫の兄王子・覺が遺してくれていた記録により、真も知り得ない事が相当に判明したのだという。
「それは、何だろう?」
戰の問いかけに、真が微笑む。
「実は、意外な事に、蕎麦は祭国全土で栽培が可能なようなのです」
「ええ?」
その場にいた全員が顔を見合わせた。
「私も知らなかった事なのですが、蕎麦という植物は、『寒冷な地方で良く育つ』のではなく『寒冷な地方でも良く育つ事が出来る』植物だったのですよ」
発芽の為に必要とされる適温は、実は割合高いのだという。
「蕎麦、というと我々禍国の民は、春に芽吹いて夏の終わりに収穫するものと思ってしまう者も中にはいるのでしょうから、注意が必要ですね」
禍国では、蕎麦の栽培は盛んではない。
つまり米の収穫量が極めて豊かである証でもあるのだが、その辺は確かに注意が改めて必要となるだろう。
「そうだね、小麦のように、春蒔きと秋蒔きがあると知っている者の方が、少ないかもしれない」
「はい、基本的に燕国で主産となっている蕎麦は、春蒔きの収穫時期頃に種を蒔いて、秋の終わりに収穫する事の出来る品種です。学様と苑様がお住まいになられていた村で、琢が手に入れてきた蕎麦粉はこの秋蒔きの品種ですね」
先に真がある程度調べて話した事もあり、このあたりは皆、ふんふんと頷いて聞き入っている。
「さて、ではもう少し踏み込んで、説明していきたいと思います」
覺が存命中に調べ上げた箇所は、特に重要だった。禍国からも種籾を入手して、春蒔きも試していたからだ。
それらは混在して蒔いてはならず、春蒔きの種を秋に蒔いてもならず、逆に秋蒔きの種を春に蒔いてもならぬ事。
麦のように連作による収穫減は余りないが、田では育ちが悪く、寧ろ麦のように水捌けのよい畑作向きである事。
しかし、蕎麦を蒔いた後の畑で、麦を育ててはならぬ事。
何故か。
春蒔きの種と秋蒔きの種では、発芽に要する条件が微妙に違う為である事。
それは湿気に弱く、土が細かく耕してあればあるほど発芽率が良いからである事。
長雨や水路等に浸かれば、湿気により不作から凶作になりかねない事。
蕎麦の後に麦を蒔くと、刈入れ時に溢れた実が発芽して混じりあってしまう為の注意である事。
――等が、詳しく調べ尽くし、記載されていたのである。
「真、覺殿はこの祭国での春蒔きの結論は、出されているのかい?」
「はい」
春蒔きは育成期間が短いが、霜の被害に遭いやすいのだという。遅霜で全ての苗が枯れ全滅した事もあると記録されていた。そのあたりの危険は回避せねばならない事を考慮せねばならない。
「では、やはり祭国では燕国産の秋蒔きを選出すべきなのだろうね」
「はい、そのように思われます」
が、後々の事を考えれば知っておいて損はない知識ではある。いずれ、禍国にて蕎麦の栽培を広めることにもなるかもしれないのだから。
続いて、耕起から種播き、中耕・土寄せの時期を説明していく。基本的に蕎麦はほったらかしに近くてもよく育つが、根が余り深く張らないので土寄せが必要となる。冬場の麦踏みに近い作業と言えるかもしれない。
「更に、蕎麦は開花の時期が一ヶ月近くと長いそうなのです」
「まあ? それでは、蜂を飼ったらどうかしら?」
「はい、試してみる価値はあると思います。何しろ、蜂蜜自体が高価なものですし、それが蕎麦の花から採取されたものであるとなれば」
「相当に高値で取引できますなあ」
ほくほくしながら、時が手を揉み合わせている。商売の種が次々と増えてくるのが、楽しくして堪らないようだ。
「楽しみね、どんな味がするのかしら?」
「さて、それは来年の秋のお楽しみといったところでしょうか?」
時と共に、嬉しそうに手を合わせている椿姫の横で、戰が渋面を作り、微妙にもじもじとしながら突っ立っている。
いつだったかの夜の、蜂蜜云々の話を思い出したのだ。
「どうかしたの?」
「……いや、何でもない」
不思議そうに、そう? と小首を傾げる椿姫に、戰は手で口元を覆い隠しながら、顔を赤らめる。そんな戰の様子に、事情を知る真と蔦が、お互いに肩を寄せ合って肘でお互いを突きあい、笑いを堪えていた。
★★★
覺が遺した日誌により、分かった事はそれだけではなかった。
中でも重要だったのは、一反辺りに必要な種籾が一貫目ではなく二貫目近く必要になる、という事だった。当初、米を基準に考えていたが、倍の種籾が必要だとは。これでは、ますます失敗は許されなくなる。
「それでは、耕作地予定地を、狭めなければならないでしょうか?」
「いいえ、その必要はないと思います。全くの手探りという訳では、もう、ありませんから」
切なそうな椿姫の声に、真が安心させるかのように、ゆっくり答えた。
覺の覚書から、土を如何に細かく耕し発芽率を上げるが重要である・と結論つけた真は、琢の協力の元に、新しい型の犂を考案したのだ。
発育期間が短い蕎麦は、米や麦などよりも栽培がし易い。しかしそれは発芽時期が短い、という意味だ。如何に無駄なく均等に発芽させるかが、安定した収穫を見込むには、必要不可欠となる。その為には、発芽までは手を惜しんではならない。
後は、これをどうやって広めて行くかにかかっている。
「育てる方が必要とされる事だけを、分かり易くお伝えする必要があります」
その書編は真が請け負うとして、各地に赴くのには、是非とも覡や巫の力を借りたいと真は申し出た。
「年が改まる時には、皆様は神職として、各地にまいらねばなりません。その折、禰宜様方と共に、これを各地に広めて頂きたいのです」
突然の話に、覡や巫たちは戸惑いを隠せない。
しかも、そのような大役をいきなり任せると申し出られても、とおどおどと身を寄せ合う彼らに、椿姫は微笑んだ。
「大丈夫です。貴方方は土を愛する私たち祭国の民の為に、神様に長らく仕えていて下さっているのですもの。きっと、お役目を果たせます」
女王自らの懇願に、皆がぎょっとしつつも、お互いの目を覗き込んで表情を確かめ合う。
そこへ、椿姫のものではない、女性の声が被さった。
「私からも、お願い致します。どうか皆様が、覺様の御遺志を大切に思って下さるのであれば。お願いです、どうか」
「苑様」
巫や采女の中でも、彼女と同世代の者が、涙に濡れた声を上げた。
一斉に振り返った戰や椿姫の視線の先にいた人物は、苑だった。
城に居るのが辛いといい、苑は学と共に城に住まう事を了承してはくれない。学の為に時折、椿姫と夕餉までを共に過ごしたりはするが、どうしても、辛く、いや怖くなり、城にはいられない。
椿姫には、何の罪も落ち度もない。
それは苑も、分かっている。
しかしこの城は、大切な覺との出会いの場でもある城は、同時に、哀しい思いを刻みに付けられた恐ろしくも、二度と脚を踏み入れたくはない場所なのだった。椿姫の母后であった萩から受けた、謂れのない蔑みが、心を頑なに縛り上げて身体を硬くしているのだ。
だから、学と共にであったとしても、此れまで数える程しか城に居た事がない。
その苑が、自ら城の菜園へと姿を現して、助け手となる言葉をかけてくれた。
椿姫が、息を弾ませて、義理の姉の元へと駆け寄っていった。
★★★
難しい話が終わるのを待ちわびていたかのように、薔姫と学が、どちらが早く畦を歩ききるかという競争を始めた。すると二人の後を、おどけながら琢が更に追いかける。
甲高い叫び声が、楽しげに冬の澄み渡った空に溶け込んでいく。
集まった大人たちの笑い声が、暖かく彼らを見守る。
腰を下ろして頬杖をついている珊の傍に、蔦がやってきた。
「良い御人に御座いまするな、琢殿は」
「阿呆で調子がいいだけだよぅ」
遂に、琢に捕まった学が、肩車をするように大きく抱え上げられた。慌てて頭に覆い被さる学に、また琢がおどけて、態と足元をふらつかせる。
驚いた薔姫が駆け寄ると、肩に学を乗せたまま、うがあ! と獣のように吠えたてながら、琢が薔姫を追いかけ始めた。きゃあ! と叫びながら、薔姫が逃げる。
肩の上で、薔姫を捕まえるべく、学が楽しげに命令を出し始めた。小鼻に皺を寄せながら、べえ・と舌を出して、薔姫が更に逃げる。
楽しそうな笑い声は、輪になっていく。
「優しい御人に御座いまするよ」
「知ってるよぅ、そんな事」
頬杖を付いたまま、ぞんざいに珊が答える。珊の視線の先には、薔姫と学、琢の姿ではなく、真の姿があった。
「琢殿は、嫌いですか?」
「いい奴を、嫌いになる馬鹿はいないよぅ、主様。そういうんじゃなくて」
琢は助平で調子の良すぎる所もあるが、気持ちのいい奴だと知っている。仲間としては気に入ってるが、男して見る事は出来ないし、男として好きにもなれない。
好かれて悪い気はしないが、さりとて、自分が想いを寄せている人ではない奴に迫られても嬉しくない――というのが、珊の偽らざる本心だった。
珊が、自分の気持ちを真にぶつけられないのは、この考えから来ている。
真は、自分を仲間として大切にしてくれている。けれど、それ以上でもそれ以下でもない。特別な感情を抱く対象にすらなっていないのだと、この数ヶ月を共にして良く分かっている。
真の気持ちが、自分に向いてくれない事くらい、知っている。
真は、あたいを女の子として、好きにはならない。
それでも、真の傍に居たいから、真が好きだから、好きでいたいから、ずっとこうして見詰めている。
その真は少し先で、同じように畝に腰をおろしていた。優しい眸で、薔姫の動きを追っている。時折、ちらりと振り返る薔姫の視線に合わせて、真は必ず、軽く手を振ってあげている。それをみて、薔姫の頬が嬉しそうに、ぱあ・と明るくなる。
可愛いなあと思う。
あの笑顔をみたら誰だって好きになるし、構ってあげたくなるのは分かる。
でも、羨ましく、そして妬ましくなる。頬杖をつきながら、珊は真の優しい眸をした横顔を眺める。
好きになって貰えなくていいから。せめて、優しくしてもらえたら。
あんな風に、優しい眸で見つめて貰えたら。
ねえ、真。
真はどうして、薔姫にだけ、優しいの?
可哀想な星の下に生まれた、可哀想なお姫様だから?
それだったら、あたいだって可哀想だよ?
生まれて直ぐに捨てられてて、親の顔も知らずに育った可哀想な子だよ?
後ろを気にしながら走っていた薔姫が、畝の泥の塊に爪先を取られて転んだ。慌てて真は立ち上がり、泥の中の薔姫を抱き起こして、土を払ってやる。恥ずかしそうに俯いている薔姫の鼻の頭についている泥を、指先でちょんと啄いてとってやりながら真が笑うと、やっと、照れ臭そうに姫も笑った。
ねえ、真。
どうしたら、あたいも見てくれる?
どれ位可哀想になったら、あたいにも優しくしてくれる?
頬杖をつきながら珊は、手を絆いで畝を歩く真と薔姫、二人の姿が、じわじわと滲んでいくのが嫌で仕方が無かった。
禰宜 覡 巫
禰宜 は神に祈祷を行う祭祀を執り行う者の役職で、古くは神主の下の地位になります。
覡 巫も、それぞれ、神職を現す言葉です。
元々はこちらも神和という神降ろしの神託者を現す言葉で、それぞれに男性役と女性役を指します。
覇王の祭国においての地位は
神主⇒禰宜⇒覡・巫という順
采女
身分の低い地方豪族出身の人質的な巫女であり側妾、また下級女官であり妻妾という意味あいが強いですが、覇王における祭国では、ただ女官の地位を表します。
また他国では、同じ采女といえど違う地位として捉えられたりもしています。




