24 覇者と王道 その8
24覇者と王道8
「……戰様……?」
「真。句国の城を目指す前に、私は、真の本当の気持ちを知りたい。私も本心を話すから、真も心の奥底に仕舞ってある気持ちを、正直に話して欲しいんだ」
「……本、心……」
戰の意図が見えてこないのだろう、ぽかんとした顔で、真は微かに首を傾げている。しかし、眸の光が微妙に揺れている。
「父帝が身罷った夜、私は、皆と共に新たな国を作り上げたい、と気持ちを明かした。今でも、あの熱い思いに偽りはないと言い切れるし、私の目標だ。だけどね、真。私は心の何処かで、所詮はあの言葉は、まやかしだと冷めた目で見ている自分が居るんだよ」
真の表情を伺いながら、何故だか分かるかい? と戰は寂しげに笑う。真は、俯き加減の姿勢を崩さず、戰の言葉に耳を傾けたまま動かない。
「椿も、学も、祭国の皆も、私と共に歩む道は困難を極めようとも甲斐がある、と笑ってくれるだろうね。其の先にある、私が望む世を見てみたいから、同じ願いがあるから、と。だけど、真」
「……はい、戰様」
「君の願いは何だ? 君はどう生きたい? 私の心のままに行けばいい、と、真、君は言って呉れた。だけど肝心の真は、私と、どう生きて行きたいと思って呉れているのか。嘘偽りのない本心を打ち明けて呉れた事は、一度も無いじゃないか」
どうしてだ、と心の奥底を覗くように、じっと見詰めてくる戰を視線を、ふぃっ……と顔を背けて真は外す。
だが、戰は真を逃そうとしない。
「真は、自分が側妾腹であるから、戸籍も星も持たない自分をどう思っている?」
戰の言葉に、真の双眸の光が泳いだ。
動揺を受けた事を隠しきれぬ真の姿に、戰は柔らかな視線を向ける。
「真の立場から見れば、私は随分と恵まれているだろう。羨むより、寧ろ妬ましく思えるかもしれないね。だけどね、真。私も、同じなのだよ」
「――え……?」
真は瞬きをしながら、戰を見詰めた。
★★★
「覇王の宿星を抱いて産まれた私は、天から特別扱いされているように見えるだろうね。実母を亡くしはしたが、幼少時は父に特別扱いされ期待も掛けられている。大保・受の思惑の内であるとはいえ、生涯の師と仰ぐ人物とも出会えた。母にとっては祖国を守る為であったとはいえ、頼り甲斐のある養母を得られたし、可愛らしい義理妹からも慕われるようになった。だが、私はね、真。真と同じように、孤独だったよ。どんなに愛されても、一人だった」
「……自分の本心を知りもしないで周囲から、只の自己満足に近い矜恤憐憫を掛けられていた、とお思いなのですか?」
言葉を探っているのだろうか、そういう意味ではないのだが……、と戰は一度口を噤んだ。
「だけどもしも、そうだと言えば、真は私の厚かましさに呆れるだろうね、両手に有り余り、溢れる程の慈しみを享受しておりながら、何を戯言をほざいているのか、と」
「……いえ、戰様が言わんとされている事は、分かります」
有難う、と戰は何処か寂しげに微笑む。
「私の孤独感は、実母に一度も抱かれていない、母親から無条件で示される愛情を覚えていない、と云う事実から来ているのだと思う。言えば、産まれたばかりの嬰児の記憶など在りえぬだろう、と一笑に付されるだろうけれどね。だが、理屈ではないんだ」
「……はい、分かります」
真自身も、目の前に母が居ながら甘い声も掛けられず抱きしめられずに生きてきた。
だから、戰の気持ちが痛い程分かった。互いに口にしなかっただけだ。
どんなに恵まれていようとも、戰にとっての毎日は、光明が見えぬ場所に立つものだった、足元に、ぽっかりと大きな穴が空いているものだったのだ――とまるで狗が、見えないのに嗅覚で獲物を探り当てるように、真には分かるのだ。
「何度、目から浮かぶものを拭って、袖を濡らしたか知れない。濡れた袖口を義理母上に見られまいと必死だった。知られれば悲しまれ憐れまれるだけだからね。濡れた衣の意味を、誰も話せず、誰も本当には理解してはくれない、此の虚しさ。私の心と魂が抱えている空虚感は、所詮は言葉では表せない、直感的、本能的なものだ」
「……はい」
「だから私は、やっと得た、本当の私の家族を愛してる。椿を愛してる。星も、輪も、もうすぐ生まれてくる我が子も心から愛している。良人となり父親となり、家族を愛していると口に出来て、初めて偽り無く、亡くした実母も、義理母上も、薔も、愛しているのだと臆面無く言えるようになった。そして私を信じて共に此処まで戦い抜いて来てくれた兵部尚書、克、杢、芙、時、蔦、珊、通、類、吉次、那谷、虚海師匠、学、琢、皆、私の家族も同様、真実、大切な仲間だ、と心に閊えを感じること無く言えるようになった」
「……はい」
「椿の良人として、胸を張れる男でいたい、星や輪、椿の腹の中の子が、誇れる父親で在りたいと思っている。其の為に先ず、人として愛される真っ当な人物でいたいと思っている。心正しき人、好漢と認められぬような漢が、良き王として君臨出来る道理などないだろう? 真は、そう思わないかい?」
「本望である御家族を得られたから、開放された、と仰られたいのですか?」
僅かにだが、揶揄するような成分がある真の口調に、戰は頭を振った。
「真、済まないがもう少し私の話しを聞いて欲しい。……うん、そうだね、私は、確かに家族の為に戦っている。其れが、王道に繋がれば良いかな、と思いながら戦っている、と云うべきなのか、な」
「……」
「ああ、いや……聞いて呉れ、と言っておきながら、頭の中が支離滅裂と言うか、自分で何を言おうとしているのか分からなくなってきたな」
想いを伝える言葉が上手く出ないのが、もどかしくて仕方ないのだろう、戰はまるで、真の癖を真似るように、額に掛かる髪を掻いた。
「真」
「はい、戰様」
「真。君は誰よりも特別なんだ、と私は思っている。……いや、違うかな。真、君への気持ちは違う。私にとって、やはり、君は特別ではなく、当然、なんだ」
……当然、と真は口の中で呟いた。
★★★
「そう、当然、だ。此の魂に、最初から宿るものとされている気持ちで、私にとっては無くてはならないというよりも、もう一部だから、考えるまでもない感情なんだよ。だから、分かるんだ。華やかな城の中にあって、ぽつんと一人孤独に、侘しい心を抱えていた私と真は、同じだ。別世界に取り残されているような虚無感を抱えていた私と、真、君が隠している本心は、根は同一だ、とね。無論、決して同類相求ではないよ」
「戰様……」
「覇王の宿星の通りに生きる事に、多くの人の希望の星として生きる事に、不満があるのでも、況してや、怖れがあるのもないよ。もう、真が来てくれたからね。どんな敵も恐れはしない。だが――」
相変わらず、戰は臆面も無く言い放つ。照れたのか、真は手で前髪を掻き上げる振りをしながら、赤くなった頬を隠した。
「無論、誰も彼が幸せになれる訳ではない。そんな事は分かっている。充分すぎるすぎる程、身に沁みている」
遠い目をしてみせる戰を前に、誰の姿を胸の内に描いているのだろうか、と真は思った。
自分を残して儚くなった母親の麗美人の事だろうか。
宮刑に処せられ恥を刻まれた師匠の虚海の事だろうか。
無情冷酷な死を迎えた句国王・玖と王妃・縫であろうか。
無念を抱えて死んでいった句国大将軍・姜もだろうか。
歪んだ敬愛の為に身を滅ぼした契国相国・嵒だろうか。
戦いの最中で知り合った、誰かだろうか。
其れ共。
名も知らず、生命を散らした誰かだろうか。
「だからこそ人は、眼の前に翻る、理想の旗に身も心も燃やすのです」
真の熱を帯びた言葉に、そうだね、と戰は淋しそうに呟いた。
「現実が理不尽であればある程、掲げられた理想に美しさを求めるものです。そして、理想の実現が困難であればある程、美しくしさは増します。美しさが増せば増す程、求心力は高まります。人が集まれば集まる程、困難を打ち破り乗り越える力は強大になります」
「強大な力は、人に充足感と多幸感を共有させ、連帯感という大いなる和、即ち、国を創り上げるね」
はい、と即答した真の声は、珍しく、熱に浮かされように上ずっていた。
「和を以て国を成す。此れこそ、戰様にしかお出来になれない、国造りです」
でもね、と戰も言葉を被せてきた。
「其の輪の中に、真は最後まで居てくれるのだろうか?」
「……戰様?」
「真、真は以前から言っていたね。誰か一人を特別扱いしてはいけない、と」
「……はい」
何かを言い掛けて、真は何度も逡巡し、そわそわと身体を小刻みに動かした。そして結局、何も言わずに口を閉じる。何を云うのだろうか、と待ち構えていた戰は、何も言わず下唇を噛むようにして押し黙ってしまった真を見て、ふっ……、唇の端を軽く持ち上げた。
「何時も真はそうだね、自分はもういい、でもせめて、後に続く者には、自分と同じ思いはさせたくない、とは言うが、本当に、もういいと思っているのかい?」
「せ、戰様……」
「私はね、真が幸せだと思って生きていない国など創り上げてどうするつもりだ、覇王がどうだ、王道はこうだ、などとどの口が云う、そんなものは糞喰らえだ、と私は思っているのだよ」
「戰様……」
震えながら頷き、其の儘俯いてしまった真に、真、此方を見て呉れ、と戰は笑みを見せる。
「真、私はこう思っているのだよ。多くの人々と共に在りたいと願いながら、只一人、たった一人、自分の大切な人が幸せだと思えずにいる国を創り、玉座を得たとして、何になる? 私は、誰に向かって、何を誇れると言うんだい?」
「……戰様……?」
「真」
「はい、戰様」
「真は今、幸せかい?」
「……私、は――」
「私は、真を幸せに出来ているかい? 私は、私が真を幸せにしているのだと、思って良いのだろうか? 胸を張って、椿と子らの前に立って良いのだろうか? 仲間たちの前に、そして薔の前に」
「……」
「真、頼む。どうか答えて欲しい。私の独り善がりだと、思いたくない。もしも、真が幸せではない、と答えたとしたら」
真の膝の上で、右の拳だけが、ぎゅ、と固くなった。
「……私が、幸せではありません、と答えたとしたら……戰様は、どうされる、と仰られるのですか?」
「私は、私の為に、誰よりも一番長く傍に居てくれた真を、心から幸せにする国を創る為に戦う」
戸惑いながら問う真に、戰は迷いなくきっぱりと言い切った。
★★★
静かな時間が、二人の間に流れた。
静謐さは、だが、互いの心を剥き出しにせんとする、きりきりとした緊迫感を伴っている。
そして静寂を破ったのは、真の方だった。
「私の、本心は」
「真の、本当の気持ちは?」
戰は、ゆっくりと交椅から立ち上がった。徐ろに、真が戰に向かって左腕を差し出して、巻いてあった包帯をゆっくりと解き始めたからだ。
熱に魘されている最中のように、真、と呟きながら戰は近付くが、真は構わずに包帯を解き続ける。
やがて、ぱさり、と音がして全ての包帯が地面に落とされ、真の左腕が顕となった。
指を砕かれた上に酷い火傷を負い、生きたまま虫に肉を喰まれ、悍ましくも忌まわしい左腕が。腐った時のままの肉の色は朽木よりもどす黒く、不吉な冥府の使いですら顔を背けるだろう。
「望んではいけない。願ってはいけない。夢を見てはいけない。手を伸ばしてはいけない。戰様、私は今まで、気持ちを押し殺して生きて参りました。積み重なった殺された気持ちの成れの果てが、今、目の前にこうして居ります私と言えます」
「……うん」
「名前すら、まともに呼ばれる事は無い。人扱いされずに生きる。此れが私の根幹です。何者でもない。何者にも為れない。何も口にしてはならない。何も求めてはならない。何も得てはならない。只の『所有物』でしかない、と云う事実は、記憶すらない幼い頃から私を捕らえ、そして苦しめてきました。ええ、今でもです。壮年期も見えてきた、いい年をした男が何を餓鬼のように甘ったれた事を、恥を知れ、と言われようと何だろうと、人ではなく生きてきた記憶は、私の魂に喰らいき、蝕んで離さないのです」
「――うん」
「戰様。初めてお会いした日に、戰様は、私の名を呼んで下さいました。あの時の私の喜びが、お分かりになられるでしょうか?」
在りし日を思い出しているのだろう、真の双眸が、まるで少年のように輝いた。
「同時に、私が抱いた恐怖の大きさも」
「……恐怖?」
訝しむ戰に、こくり、と真は頷いた。
★★★
「もしかして、と期待して、捨てられた時に受ける深い失望感に打ちのめされる姿が、見てきたように思い描けるのです。どうせ私など利用されるだけで終わる器だ、と思い知らされて落胆する自分が、ありありと目蓋の裏に浮かぶのです。一人に戻った時の孤独感に苛まされて身悶えする自分が、容易に想像出来るのです。ですから私は、彼是と理由をつけて浮き立つ心を抑えつけ、決して戰様に惹かれまいと抵抗しようと、斜に構えて小賢しい口調で自分自身を叱責し、抵抗したものです」
「……うん、そうか」
言われてみれば、思い当たる節があるのだろう、戰は短く苦笑してみせた。真も、自分を揶揄するかのように、肩を揺らした。
「ですが、とうとう戰様の魅力に抗いきれず囚われてしまいました。戰様の御蔭で、私は、見上げた空の高さを、眼の前に開かれた大地の広さを、其れ等を誰かと吸い込む素晴らしさを知ってしまいました。なのに今更、矢張りあれは幻だった、私には過ぎた世界だったのだ、と思いたくありません」
「うん」
「各なる上は、戰様の最大の身内として生きるしかありません。ならばと腹を括り、それからの私は、戰様への忠義心、いえ寧ろ、戰様という人物に惚れ込んだ自分自身に喜びを感じて、仕えて参りました」
真正面から言われて、戰が嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ですから、常にこう申し上げてきた積りです。戰様、どうか、私のような哀れにしか生きられぬ者を此れ以上、只の一人も出さぬ国を創り上げて下さい。私のように爪弾きにされる者が居ない世を、愛し愛されて生きるのが当然の世界を、どうか具現なされて下さい。苦難の道を歩む定めの者を、妹の娃に施して下さったように、お救い続け下さい。覇者として、此の中華平原にお立ちになって下さい。そしてどうか、戰様にしか実現出来ぬ王道を、お貫き下さい、と」
「うん」
「星無しの私が、戰様と出会えた。そして身内として、最も近い場所で、今まで過ごしてこられた。誰の目にも、私のような身の程の者として、此れ以上の幸運は無いでしょう。お前は幸せか、幸せだったか、此れからも幸せか、と問われれば勿論、はい、と私は即答します」
「うん」
「身分を忘れて仲間と呼べる人たちとも、出会えました。彼らは、優しい。私が戰様に何時までも仕えていられるよう、心から願って呉れる。分かっています。同じ身分に生まれついた者の中で、私は特別に恵まれています」
戰は訝しんで目を細めた。幸せだと云うのなら、何故、真はこうも苦しげに話しているのか。
「――ですが」
「……ですが?」
★★★
徐々に、真の口調が早口になり始めていた。抑えきれない感情を、自分で持て余しているように、戰には見えた。
「私に問い掛ける人は、私が、身分不相応の幸せを得られた星の巡り合わせに満足している、と信じて疑っていません。ですから皆は、こんな身分に生まれついた私ですが、ええ幸せです、と答える以外の答えを認めては呉れません」
何を? と言い掛ける戰の前で、手を振りながら言葉を区切った真は、身体を使って大きく息を吐き出した。
「皆、気が付いていないのです。私の根は不幸から始まっているのだと、決めてしまっている事に。身分など気にする必要などないのに、と言いながら、其の実、私は何処かしら不幸でなくては私の身分に相応しくないと無意識に思っているのに」
「真……」
「戰様」
「何だい、真」
「そもそも、身分とは一体、何なのでしょうか? 側室の子は、人ではない、星知らずとして生きよと、何時、誰が、何故、如何なる理由でそんな取り決めをしたのでしょうか? 『所有物』などと、一体、誰が定めたのでしょうか?」
「……真」
「両親の間の愛情について、兎や角云う積りはありません。でも私は、好き好んで側妾腹として産まれた訳ではありません。ですが此の身分に生まれついたからには、人生に希望を抱いてはいけないのですか?」
堰を切ったように、真は泣きながら叫び続ける。文字通り、感情の発露が濁流となって表に現れていた。
「戰様のお傍に仕えていられるのだから、皆で築き上げた祭国であれば等しく扱って貰えるのだから、『星知らず』である身など忘れてしまえ、ですって!? 馬鹿な事を! 忘れられる筈がない! 此処でならば、私は幸せに生きられると信じて疑っていない人には分からない! 自分たちが応援しているから、と言う生温い考えの人には分からない! 認めている、と言われる立場がどんなに魂を殺すか気付きもしない! 悪気が無いのは、ええ分かっています! ですが感謝しながらも、貴方に認められねば私は『人』じゃないのか、と叫びたくなる此の卑屈な気持ちは、私にしか理解出来ない! 何処へ行っても『真とやら』のままの私は! 何処まで行っても『人でなし』のままなのです! どうして!? 何故!? 私は最低限の出発点に立つ事も許されないのですか!? 『人ではない所有物』が『人』に近い夢を垣間見出来たのだから、其れ以上は贅沢だ、と切り捨てられるのは当然なのですか!? 私は――戰様に出会った以上の幸せを、望んではいけないのですか!?」
「そんな事はない!」
思わず怒鳴りながら答える戰の横で、天幕の外がざわめいた。だが、真は外野のどよめきに構わずに話しを続ける。
「でしたら! 戰様、私は、私の、本心は――」
「うん」
「戰様、私は――私だって、最初から人として扱われたい!」
両眼に浮かんだ涙を飛び散らせながら、真は興奮のまま叫んだ。
★★★
「私は聖人でも君子でも何でもありません! 自分勝手で我儘な餓鬼のままの男です! 私以外の誰かだけが幸せになる処を見せ付けられて、平気でなんて、本当はいられないのです! 平静を装うのがやっとなのです!」
「――真」
「空虚な魂に笑い声を虚しく響かせながら、ただ、耐え忍ぶしか無い! 実は心の奥底で歯軋りしながら羨み妬み、そんな自分が情けなくて切なくて、でも哭く事も出来ない! まだ恵まれている、と自分を慰め、人に認められ、幸せを願われているだけ、まだましじゃないか、と卑屈な思いを抱えながら、そんな自分を悟られまいと虚勢を張る日を送り続けるなんて、もう嫌なのです!」
「……真」
「ええ、そうです! 私は、私以外の者の事なんて――本当はどうだっていいのです! 私自身が、堂々と大地を踏みしめて、陽の光を浴びたい! 天涯に溢れる星を見上げて、両手を広げて立ちたい! 立って良いのだと、私への、私だけへの許しが欲しい! ずっと――傍に居る為に!」
「……うん、そうか……」
「生きたいです! 私だって人として生きたいです! 特別な一人でない身分で誰かの特別な一人として、生きていきたいのです! 戰様、そう思ってはいけませんか!? 私は思っては、いけないのですか!?」
衿を掴んで揺さぶりながら、涙で顔を濡らして興奮して叫ぶ真の言葉を、うん、うん、と戰は何度も相槌を打って聞き入る。
「いけない訳がないじゃないか」
「ならばどうか、戰様、お願いです! 勝利する事を恐れないで下さい! そして私が、蒼穹を仰ぎ見ながら堂々と道の中央を歩める国を、此の平原に作り上げて下さい!」
「うん、分かった、分かったよ、真、分かったから」
「……戰様……」
戰は膝立ちになると、真を背中から静かに抱き寄せる。すると、真は崩れるようにして戰の胸に抱きついてきた。
「どうか、戰様……お願いです……! 私は……離れたくない……! 私も、愛されているのだと……いいえ、愛しているのだ、と、胸を張りたいのです……!」
「よく、言って呉れたね、真、有難う」
言いながら真の朽木のような左腕を、戰が大きな手で優しく包み込むようにして取ると、痛みが走ったのか、其れ共別の理由からだろうか。丸くなっている真の背中が、びくり、と動いた。
「勝とう、真」
「……せん、さま……」
「いや。勝つんだ。真、君の策で、君の為に、私は勝ち続けると――約束しよう。此れから先、ずっと。」
待っていたかのように、真の嗚咽が、天幕の中に満ち始める。
腕の中で慟哭する真は、誰の為に、とは言わなかった。
が、真が魂を斬り裂くよにしながら、傍に居たい、と言った人物は誰であるのか、戰には分かっていた。
咽び泣く真の背中を優しく擦りながら、戰は心の内で呟く。
――こうまで声を荒げ、我を忘れて興奮した姿を真が戰の前で見せるのは、此れが三度目だね。
一度目は、代帝・安に薔姫を謗られた時。
二度目は、薔姫が赤斑瘡に感染して倒れた時。
そして、今だ。
愛されたい。
愛したい。
生きたい。
生きていきたい。
傍に居たい。
離れたくない、か――
――真。
やはり真は、薔の為にしか、泣かないのだね。




