24 覇者と王道 その4
覇者と王道 その4
高らかに笑っていた闘だったが、やがて笑いを収めると眼光を鋭くして真を見やった。
が、其処に真を追い詰めるような、咎めるような色合いはない。
「しかし、だとしてもだ。郡王に最も打撃を与えてやれるのは、真よ、お前なのだぞ?」
「では、陛下。ならば奪うべし、と私の生命をお取りになられますか?」
ふん、まさかな、と鼻で笑いつつ闘は目を細める。
真の言葉に浮かされ、追い詰められている様子も無ければ、無駄に威圧的に居丈高に出ようともしない。
ただ、真との会話を純粋に楽しんでいる。
其れだけだ。
「お前如きの首など、早々に跳ねて郡王に送ってやろう、と王らしく言いたい処ではある。だがな。貴様はまた、云うのだろうが。其処まで分かっている俺は、郡王如きに負ける訳にはいかぬ故、尚の事、自分を討てはしない、右にも左にも道を選べぬ、前を向いて行くしか能が無いとは御可哀そうな事だ――とな」
「おや、陛下。口調まで真似られるとは。流石に私の事を解って来られたようですね?」
「分からいでか。お前も相当だ。微塵も思ってもおらぬのに良くも其処まで平然と、しかも、いけしゃあしゃあと言えるものだな」
恐れ入ります、と真は頭を垂れる。
「まあ、いい」
闘は真の前まで大股に歩み寄った。
そして、鞘に収まったままではあるが、真の両手の隙間に剣をを滑り込ませると、ひたり、と顎の先に当てた。
顎を無理矢理上げさせられた格好になった真だったが、眉一つ動かさない。
そんな真を、闘は無言で見詰める。視線がぶつかり合い、互いの間に火花が散る。
暫しの間、じ……と互いの眸の奥を探るような睨み合いは続いたが、先に闘が動いた。にやり、と口角を持ち上げつつ、鞘を腰に戻したのだ。そして、片膝を付いて真の前に腰を下ろす。
「真よ。やはり、お前と云う奴はとことんまで面白き奴だ。敢えて、もう一度云う。真、私に仕えよ」
「丁重にお断り申し上げます」
★★★
「此処まで言っても、俺の言葉を無碍にするのか?」
此の俺の魅力が分からぬ訳ではあるまいに、と言いたげに闘は片眉を上げてみせた。
「郡王のような男に仕えるのは、確かに面白いだろう。あのような抜けた処がある男は、構わずにはいられんからな。傍に居るのは、嘸かし刺激の連続であろう。だが、此の俺の魅力も捨てたものではないぞ」
本気を冗談に包んで迫る闘に、真は遠慮がちに笑う。
「笑うな、真。何故だ、納得のいく答えを言え。郡王と比べて俺が些かにも劣らんのは、お前の目にも明らかだろう」
「……はあ……」
「覇道を往く此の俺の道が詰まらぬ物であるなどと、よもや言わせん。もう一度云う。俺の何処が気に入らぬのか、答えよ」
「……気に入る、入らぬ、の問題では無いのですが……」
爪を立てて、ぽりぽりと真は項辺りを引っ掻いた。への字になった口元が、珍しく言葉を探っているように見える。
「その、でしたら陛下、喩えばですね」
「喩えば、何だ?」
「私が、剛国の何某かの血筋の家門に生まれたとしたら。陛下と同世代として、お仕え出来る年齢に生まれていたとしたら。陛下は、私を見出されたでしょうか?」
真の問いに、闘は答えない。
ただ、両の眼の奥に熾火の様に静かに燃える真の熱意を見つめ続ける。
「――見出されは、しないでしょう。陛下が私を見出す機会を与えたのは、私が戰様に仕えているからです。詰まり、陛下は戰様が身内だからこそ私に価値がある、と気になられた。陛下が私が欲しいと思われているのは、隣の奴が手入れしている牧草が青々と茂っているように見える、あの草が気に掛かる、あれを己が飼っている馬どもが喰ったらどうなる、手に入れたい、奪いたいのだ悪いか、とまあ、牧童が鞭を振り回して駄々を捏ねているようなもの、陛下が私を気になっておられるのは其の程度のものなのですよ」
「此の俺が牧童とはな、よくも言ったぞ、真。が、俺の根幹を辿れば一理あるか」
闘にとって、真の返答は想定内だったのだろう。
此れまでであれば、むっとした表情を見せただろうが、闘は豪快に笑い飛ばして気に障った様子は見せない。
「だがな、真よ。出会えるだけの家門に生まれ落ちた幸運がお前の星にあればこそ、郡王に出会えたのだ、逆を言えば、側妾腹と言えど兵部尚書の息子でなくば、郡王とお前の関係も無いであろうが――どうだ?」
暗に、父親が兵部尚書の地位にあり、権力闘争の道具として白羽の矢が立つような生まれという、特殊な生い立ちを突いてくる闘に、いいえ、と真は頭を左右に振る
「喩え、私がどのように卑しき血筋の者であろうと、何処までも不遇な境遇であろうと、どんなに報われぬ立場にあろうと。戰様は、私を見付けて下さいます。私を、此の星知らずの私の星を、天涯の海に輝く数多の星の中から、戰様は私だと知って、見付けて下さいます」
「……えらく、自信があるではないか」
揶揄するでなく問う闘に、はい、と真は頭を下げる。
「当然です――何故ならば」
「何故ならば?」
「私が、星を知らぬ今よりも尚、隔たりのある身に、そう、禍国以外の国のどんな遠方の土地に生まれようと。言葉が通じぬどころか、同じ蒼穹を仰ぐ事叶わぬ人以外として生まれたとしても。そして戰様が、覇王の星の輝きを持たずに此の世に御生まれになられたとしても。私は――いいえ、私こそが、戰様を見付け出してみせるからです。戰様の星に、引き寄せられずにはいられないという確信が、私にあるからです」
★★★
暫しの間、真の言葉を胸の内で反芻していのか、闘は身動ぎせずにいた。が、ふ、と息を吐くように短く笑うと、横目にしつつ真をみやった。
「……真よ」
「はい、陛下」
「お前は何としても俺を見ぬ、と云うのは重々分かった――が、剛国王としての治世が、其処まで郡王の其れと差があると言うのか?」
躊躇する事なく、はい、と真は頷く。
「陛下、陛下が剛国王として為さって来られた事は、王としては、結局は民を思う政治でないのです」
何だと? と闘は勢い良く眉尻を跳ね上げる。
「聞き捨てならんぞ、真。俺は王として無能だとでも云うのか? ならば、俺がしてきた事は何だと云うのか」
「支配者としての施し、とでも言いましょうか」
「俺の政治が、施し、だと?」
闘は更に唸りながら、むっ、と双眸の奥に怒りの炎を湛えて睨んで来るが、真は恐れを抱いた風もなく笑みを浮かべている。
「はい、施しです。施しに慣れた領民は、自分たちに不利益や不都合がおこれば忽ち顔を背けます」
「……なかなか辛辣な事を平然と口にするではないか」
腹の底に、どんな感情が如何なる激流と起伏をもって渦巻かせているのだろうか、怒りの顔のまま、闘は平坦な声音を絞り出す。
「事実だと一番理解していらっしゃるのは、陛下です」
「……否定はせずにいてやる」
闘は目を細めて眼光を鋭くすると、真を追い詰めるように睨む。
「だがだからこそ、だ。真よ。郡王の其れも似たり寄ったりではないか。知っているのだぞ? 奴が此れまで祭国と禍国で行ってきた政策こそ施しだ。結局は、禍国本土の奴らとの差を見せ付けんとする、ただの人気取りだ」
違うとは言わせん、と闘は凄む。
何を何処まで知っているのかいないのか、闘の声音には含みが有りすぎて推し量れない。
しかし、真は闘の鏃のように鋭い視線の追求など意に介していないと言いたげに肩を竦めて笑みを浮かべた。
「はい、陛下が仰られている通りです」
真は一度、大きく息を吸い込み、呼吸と姿勢を整えると、ですが、と続けた。
「戰様の其れと、陛下と同一には出来ません。陛下は、誰にでも分かり易く認められる結果を残されて来ていますが、戰様は常に、御自身が責を負うべき行いは恩徳で在るべき、と常に心得て動かれておられます。しかし、陛下は違います。陛下の成されようは一見して華やかですが、どうしても抑えらきれずにいる陛下の本心が滲んでおられる。其れが、冷たい影となって陛下の政治の脚元を暗くしておられるのです。然し乍ら戰様が行って来られた道筋は、全て目に見えている。影が生じようが有りません。結果的に、戰様が成されて来た全てが、口にされて来られた事全てが、素直に陽報となって戰様に報いてきたのです。裏表無く曇り無く。云うや易し行うは難しですが、戰様は努力して来られたのです――とてもそうは見えないのが最大の難点ですが」
★★★
褒めているのか貶しているのか分からない真の言葉だったが、闘は何かしら胸に来るものがあったのだろう、自分でも気付かぬうちに、呟いていた。
「形になっておらぬ物にこそ、民は心を向ける……か」
だから、郡王には恩賜と云う形で跳ね返って来る――結局。
結論は其処に行き着くのか。
俺と郡王の違いは、小さなようでいて、実は、崑山脈の山頂と麓程の差がある、と云う事か。
立ち上がりながら闘は、表情を改めると、くるりと真に背中を見せた。
そしてそんな闘に、陛下、と真は何処か温もりのある声を掛けた。
「陛下」
「何だ」
「陛下の前に広がっているのは、確かに覇道。なされようは、そうですね、国土を乱す巨大な沼に泥の塊を投じて、無理矢理、田畑として用いるようなもの、と言えましょうか。一時は、素晴らしい成果が現れるかもしれません」
全てを見るのも全てを断ずるのも、闘以外に居ない事実を、こうした思ってもいない表現で表して来られた闘は、鼻白むように身を引いた。
「ですが、陛下。捻じ曲げられた力は、自然ではありません。思わぬ方向から、思いも寄らぬ力となって反動が襲い掛かって来るもの。そして其の力は想像を絶する脅威として人の目には映るもの。対峙しようもない現実を前に、人々は不安を抱き、やがて晴れぬ其れは鬱憤となり、遂には怒りとなるでしょう。そして命じた者に牙を剥くでしょう。此れは、長い歴史が証明しております」
「……」
牙を剥く、という言葉に、闘は異腹弟の烈の姿を思い浮かべていた。
と、同時に鏃の先が掠めたような感覚を覚えた。
――確かにそうかも知れぬ。
烈は疑う事を知らん。
俺の愛を無邪気に信じ、慕っている。
が、俺の覚えが薄情になったとなれば躍起になって取り戻そうとするだろう。
そうした可愛げが烈の長所だと思っていたが、成程、何時までも愛情が戻らぬとなれば烈も俺の態度に気を揉むかも知れん。
そして常識では有り得ぬ行動に出る。
――烈は、そう言う漢だ。
「陛下が気を揉んでおいでなのは、烈殿下ですね」
「そうだ」
間髪を容れず答える闘に、おや、と真は一瞬目を丸くする。しかし直ぐに、表情を和らげる。
「御心配には及びません。烈殿下は、陛下を裏切るような事はなさいません」
「当然だ」
「ですが、焦慮から道を外される可能性は大いに有り得る御方です。そして其の点を陛下に指摘された時、激昂されるでしょう――自分はこんなにも深く陛下を愛している。陛下を一番良く知っているのは、一番長くお傍で仕えてきた自分だ。だと言うのに、陛下は余所にばかり目をおやりになる、何故、どうして、私の何処が悪いのですか、彼奴に私の何処がどの様に劣ると言うのですか、と」
「如何にも、烈ならば言いそうだな」
苦笑しつつ認めた闘に、ですが、戰様は陛下とは違います、と真は微笑んだ。
「翻って、戰様の為さり様ですが。沼の有り様を隅々まで調べ、人々の意見を聞き入れ、少しずつ少しずつ埋め立てて行くのが戰様です。確かに時間は掛かります。収穫を手にするのは更に数倍の時を要するでしょう」
「時間、か」
ふむ、と闘は首を捻る。
「だが、時間は最も厄介者だぞ。事の解決に当ら無駄な時間を弄してなどいられぬ場合の方が多い。人間とは即物的な、目の前に起こる分かり易い奇跡を求める。その軌跡の裏にどのような苦難があり、どんな軌跡を辿っていたかには都合良く目を背けて知らぬふりをし、気前良く、成果だけを与えて呉れる者を王と呼ぶのだ」
はい、と答えながら、真は何かを思い出すような目をしてみせた。
「戰様の成され様に、人々の心に不満は生まれないかといえば、否、でしょう。寧ろ、此れで本当に良いのか、他国はより進んでおらぬか、と不安と疑心を招き入れ易い。ですが、其れでも、いいえ、だからこそ、共に手を繋ぐ事を選ぶのです――戰様も、そして戰様と共に在らんとする人々も」
「……そうか、そしてお前も、だな、真」
「はい」
短く、静かで、淡々とした、だが万感の思いが込められた、真の答えだった。
★★★
「陛下」
「何だ、真」
「もう、お気付きになられておいででしょうが、敢えて、言わせて下さい」
「良いだろう、許す。言ってみろ」
「私は陛下の事を『陛下』としかお呼びしておりません」
分かっている、と闘が手を振ると、真は゜有難う御座います、と頭を下げる。
「此れから先も、私は、此れ以上、陛下の御心深くに入り込もうとは思いません――私にとって、陛下は何処までも、戰様の敵になれば悪夢のように恐ろしく、御味方となれば恐れを抱くものは何も無くなる、剛国王・闘陛下です」
「……」
「陛下の御姿を歪めて見詰めておられるとは言え、最も近しい位置にて陛下をお慕い申し上げておられる方々を、陛下は何度も口にされておられます。もうお気付きの筈。そうした方々をこそ、大切になさって下さい」
「……烈の事を言っているのか」
とは、闘は言わなかったが、誰を指しているのかなど、明瞭だった。
「お前如きに釘を差されずとも分かっておる。烈は私の大切な身内だ。此度程度の失態で失う訳にはいかん」
楽しげに笑いながら、闘は真に頭を上げろ、と手で示す。
「真、貴様は郡王の元に走り、郡王に報告せよ。此の剛国王・闘が、同盟の意思有り、とな」
「陛下。其れは、此度の戦が全て収まってからのお話し、と致しましょう」
「此度の戦いは、真、いや、郡王の勝利という事で認めてやろう、と言っているのだぞ? 私よりは寧ろ、郡王の方が益は大きい。何を迷っている」
「迷ってはおりませんが……」
「ならば、今更、尻込みか?」
禍国から離叛し戰が句国王名乗ろうとも、祭国に攻め入らぬと申し出ている。
つまり、今度こそ正式な同盟を結ぶ気がある、と闘は言っているのだ。
意味が分からぬ真ではあるまいに、何処か落ち着かぬ様子で視線を泳がせている。
「何を迷う。此の剛国王・闘と手を結べば、郡王には利も益もある。お前は充分過ぎる程、分かっているだろう。郡王が祭国の女王と少年王を慮り、本国に対して頭を下げ続ける時期は疾うに過ぎている。慎重になり過ぎるのは賢明ではないぞ」
「……」
「どうするもないが、今一度云ってやろう。真、此の申し出を受けるか否か。句国を得られぬのであれば、手を組まねば蒙国に太刀打ち出来んのは、私ではなく郡王の方であろうが」
当然手を組むだろうな、と闘は言外に圧力を掛けてくる。
「ならば、陛下」
「何だ」
「先ずは、句国に居られる烈殿下と斬殿下を、陛下の御名に於いて静めて下さい。全ては其処からです」
「全く……勝ちが見えているのに渋る理由は其れか。何処まで良く回る頭を持っているのだ、お前は」
呆れた顔で内官を呼び付けながら、闘がちらり、と真を見やる。
「良いだろう。此の剛国王・闘が直接出向いて、家臣共を引き下がらせて場を収めてやろう」
「陛下、其れは」
「最後まで、黙って聞け。真、貴様は郡王の元に走り、我が家臣二人を追求せぬよう説得せよ。其れのみが条件だ。我が剛国は其れ以上は求めん」
詰まり備国との件は、実質、ただ働きで手を引いてやる、と闘は言っている。
此れは破格の条件と言える。
備国を撤退させるのは兎も角、郡王・戰が王となるのに、句国内に多少なりとも燻るであろう抵抗感情を、意図せずとは言え払ったのは剛国王弟・烈と斬だ。
恩に着せる事も出来るであろうに、闘は不問のまま全てから手を引くと確約しているのだ。
戰にとって、此れ以上の好条件は無いだろう。
「有難う御座います――恐れ乍ら、陛下、一言申し上げて宜しいでしょうか」
「何だ、許す、申してみよ」
一拍置いて、有難う御座います、と頭を垂れた後、真は晴れやか表情で語り出した。
「戰様は無益な戦いは好まれません。此の乱世に在りながらなお、回避出来るので有れば其れに越した事は無い、と甘い考えをお持ちの方です。御同盟を望まれる、という事は即ち、戰様の思想に共鳴され御味方として受け入れて下される。陛下の広い御心に……」
勝ち誇られて、人間、良い気分はしないものだが、当然、其れは闘にも言える。黙れ、と流石に渋面を作った闘は、鬱陶しそうに真を睨む。
「良いか、私自らが動くのは甘い郡王の考えに実を見出したからでは無い。飽く迄も蒙国の脅威に備えんが為だ。勘違いをするなよ」
「はい、其れは勿論、充分に承知しております」
しかし、真の方は闘とは裏腹に楽しそうにしている。
此奴め、と闘は顔を顰めてみせた。
★★★
「まあ、良い。今は言葉遊びをしておる場合ではないのは、私よりも郡王の方だろう。行くぞ」
「有難う御座います」
歩き出した闘の背に真は、深々と頭を下げる。と、何か思い付いたのか、闘は脚を止めた。
「そう言えば、真よ」
「はい、何でしょうか、陛下」
「5年前からお前は働き詰めだが、どういう事だ? 暇を貰っている最中なのではなかったのか?」
「――は?」
思っても見なかった不意打ちを喰らった真は、一瞬、きょとん、とした顔になった。
真の間抜けな顔を初めて見た闘は、してやったり、とにやりとする。
「どうした? 郡王はお前に、嫌という程休むと良い、と言い渡した後、もう良いだろう、と言うのを忘れていた、と慌てていたがな。、間の抜けた郡王の事だ。私にそう言っておきながらどうせまた、お前に戻れ、と命じておらんのではないか? ならば何故、暇を貰ったお前が此処まで働くのか、と思ってな」
図星です、此れは闘陛下に一本取られましたねえ、と真は前髪をくしゃくしゃと引っ掻き回した。
「流石に陛下です。御明察です、としか言い様が有りません」
豪快に笑い声を上げて、闘は初めて真からまともに勝ちを捥ぎ取ったと童子のように喜んだ。やがて笑いを収めると、真顔になり、真よ、と声を掛ける。
「はい、陛下」
「其れは真よ、お前と云う存在が、言葉など無くとも分かり合える多くの部下を引き寄せて呉れる、郡王にとって唯一無二であるからこそ――と言うべきか?」
「はっ……? えっ……――はっ?」
闘に真正面から言われた真は、珍しく目を剥き、次いで初めて褒められた子供のように照れた顔付きをしてみせた。答える迄の間が持たぬのか、項辺りに手をやってぽりぽりと音を立てて引っ掻いて落ち着かずにいる真を、ほう? と闘は揶揄するように口角を持ち上げる。
「お前でも照れる事があるのか。此れは思わぬ発見、痛快だ」
「お止め下さい、陛下。私はそんな、自惚れてなどおりませんから」
「何を謙遜しておる」
真から初めて先手を取った闘は、其の事実が堪らなく楽しいのか、くっくっく、と喉を鳴らしている。
参りましたね、とぼやきながら真は頭を掻き続ける。
「陛下。その、何度も申し上げておりますが、私が居らずとも、戰様の周囲には人が自然と集います。私を従えておられるから、戰様が陛下と類を成さぬと思われておられるのでしたら、其れは大きな誤りです」
居心地が悪そうに、こそこそと身体を小さくさせている真に、闘は急に真顔になると、ぐぃ、と迫った。
「真よ」
「はい、陛下」
「ならば、郡王が王として立つに相応しからぬ人物であったならば、どうだ? 数多の星が瞬きの舞を見せる中、彼の星をこそと集うだけの力量がなかったとしたならば、何としていた?」
「陛下。其れこそ、愚問、と申し上げます」
「ほう?」
「喩え、戰様が覇王の宿星をお持ちになって居られずとも、私は戰様に引き寄せられております」
「……ほう」
小馬鹿にした、というよりも自信過剰気味な真の態度に辟易してきた様子の闘に、真は曰くありげな微笑を湛えた後、きゅ、と唇を引き締めて居住まいを正す。
「 此れはまた……御大層な自信だな。宿星など関係がない、か」
「陛下」
「何だ」
「陛下は、戰様がお羨ましいのですね」
「――吐かせ」
正面切って、真顔で告げられた闘は、ひく、と頬を引き攣らせて奇妙な笑みを浮かべてそっぽを向く。
だが当たらずといえども遠からずなのは、当の本人が身に沁みていた。
――羨ましい。
そうだ、其の通りだ。
烈は俺を兄と慕うが、結局は俺が王の器だから傍にいるだけだ。
俺が父や兄程度の人物であれば、見向きもせねば歯牙にも掛けぬだろう。
――だからなのか、俺が真を手元に置きたくなったのは。
しかし駆け引きの場において、内心を素直に吐露するような愚を犯す闘ではない。
「俺がどうして、郡王程度を羨まねばならん」
「ですね、陛下に於かれましては、卓越した能力をお持ちになっておられる烈殿下や斬殿下をはじめとした多くの家臣を抱えて居られますから」
にっこりと真は笑う。まだ言うか、と闘も苦笑交じりに答えた。
「陛下」
「何だ」
「陛下は御寂しいのですね」
「……な、に?」
「多くの傑出した人物揃いの家臣の方々に囲まれて居られながら、陛下にはこうして会話を愉しむ方がお傍に控えておられない。犇めく人の山も疎らで虚ろな影にしか、お見えになられないのでしょう。烈殿下や斬殿下は、陛下の御言葉を吸い込むだけ吸い込まれますが、響いて返す事はなさいませんから。陛下は何処まで行かれても只御一人、其れが悔しく思われてならないのでしょう」
敢えて目を向けず封印してきた感情を、瘡蓋を剥ぐように暴露された闘は、一瞬、表情を消した。
だが何も言わずに、手を振って先を促す。
そんな闘に礼拝を捧げながら、真は静かに続けた。
「ですが、陛下。先程も申し上げましたが、他者の牧草地は青々と肥え太っているように見えるだけです。戰様の持ち物である私を羨むのであれば、陛下も禍国の城の奥で踏ん反り返って居られる皇帝陛下と大差ありません。其れを美とされる陛下では、よもや御座いませんよね?」
「……よくも、何処までも、したり顔でしゃあしゃあと吐かすものだ。だが、否定はせんぞ、烈も斬も、お前のような慮外者では無いからな」
そう言って、闘はまた、豪放磊落な人物像をそのまま表す笑い声を城の中に響かせた。




