24 覇者と王道 その3
24 覇者と王道 その3
闘の顔ばせから、いや全身から、憤怒の炎が煌々とした輝きを放ちながら渦を巻いて上がっている。
ふしゅう、とまるで猛烈な蒸気が上がるような音が闘の口から漏れているのを見た真は、おや、と首を傾げながら笑った。
「陛下のような御方でも、痛い処を突かれればお怒りになられるのですね。此れは認識不足でした」
「黙れ」
鋭い一言を発した闘の手が、すっ、と剣の柄に伸びた。
と、次の瞬間、二人の間に燦然たる煌めきが走り、鋒が真の喉元に突き付けられていた。
「一時の激情のまま、私をお斬りになられますか、陛下」
「臆するのか? 生命を取られようとも命令には従わん、と言ったのは貴様だろう、真」
まさか、と真は戯けて肩を竦める。
「今更、臆する位であれば、陛下の御許に残りは致しません。ですが、そうですね、失念しておりました」
「貴様」
闘の眸の色が、更に怒りの色に燃え上がる。
其れでも真は、恐怖から声を震わせる事もしなければ、顔色を変える処か額に汗一つ滲ませもせず、湛然不動の構えを崩さない。
「然し乍ら、陛下」
「この期に及んで、何だ」
「陛下は私の生命をお取りになる事は出来ません」
「何ぃ……?」
片眉を跳ね上げると、闘は低い声で凄んだ。
「どういう意味だ」
「分かっておいでの癖に、私に言わせるのですか?」
「真、貴様は」
「私の生命は言わば、剛国の未来を測る天秤を支えている組紐のようなものです。紐が途切れればどうなるか、一番良く分かっておいでなのは、陛下ではありませんか?」
闘は更に一歩、踏み出す。
そして、ぐっ、と腕を伸ばしすと、冷気を孕んだ剣の鋒を真の喉に向ける。
ぷつっ……、と鈍い音がし、……つぅ……、と粘りの在る赤い糸が真の喉仏から衿元へと流れていった。
だが真は、毛筋ほども顔色を変えない。
「此の俺を嬲るか」
「陛下に対して、まさか、其のような畏れ多い事を」
だが真は、言いながらも平然として笑みまで浮かべている。
此の真の余裕が、闘には心底、面憎い。
「何故、俺が貴様の生命を奪わんと言い切れる。貴様如きの生命など、此の平原の広さに比すれば砂礫よりも瑣末なものだ」
「私の生命が、些々たるもの」
真は、突然吹き出した。
★★★
何を言い出すのかと思えば、と真は笑い転げた。
其れが余計に剛国の猛き王の機嫌を害すると知りながらも、真は高く明るい声で笑い続ける。
案の定、闘の眉が更に激しく跳ね上がり、眉間には深い皺が刻まれ顳かみがぴくり、と脈打つ。
「私が取るに足りぬ存在である事など、態々、陛下に御教え頂かなくとも己の意思と言うものを持った日より今日まで、誰よりも私が存じております」
「いい加減、巫山戯るのはやめろ、真」
常の彼からは到底想像出来ない、じりじりと焦れた声音が、闘の深い苛つきを如実に表していた。
「そして答えよ。何故、貴様は慄かん」
「お答えして、宜しいのですか?」
「其の物言いをやめろ、と言っている」
じり、と沓の裏を鳴らして、闘はらんらんと輝く眼光で真を見据えながら躙り寄る。
其処まで期待されては、無碍には出来ませんね、と笑みを崩さず真は答える。
「陛下が悲願。魂に懸けて誓っておいでだったのは、此の平原に覇を唱える事である――とは、誰もが知る処です。なれば先ず、戰様に句国を盗らせる。その上で、同じ根幹の備国の仇を取らんとする名目のもと、戰様を討つ。同時に、同じく備国の仇を討たんと砂漠を越えて蒙国が攻めて来るのを待ち、禍国と戦わせる。そして続く戦により兵馬が疲弊しきった不満が頂点を迎えた禍国を討ち、遠征により補給路が伸びて物資が枯渇した蒙国から同様に不平が持ち上がる処を狙い皇帝・雷を討ち、平原と毛烏素砂漠天涯に一望千里を己が所有物とする――お積りだったのでは御座いませんか?」
ぴく、と闘の眉尻が動いた。
其れは肯定の意味であるのだと、此れまで燃えに燃えていたものが一転、凍てついた雄河の流れのようになった双眸の光が、如実に物語っていた。
闘の両眼に、迂闊な言葉を吐けば一刀両断にしてやろう、とする危険な光が宿っていると知りながらも、真は淡々と続ける。
「でなくては陛下御自身が兵馬を率いておられるというのに、3万の兵でお留め置く理由がありません。出兵に関して、どうこう仰られおられましたが、結局の処、剛国の兵力を減らす訳にはいかない、しかして、戰様に美味い処を持って行かれるのも業腹、ならば祭国には貸しを押し付けつつ、宗主国である禍国には戰様に警戒心を抱かせ、尚且つ同時に、剛国が平原を平らげる足掛かりを抜かり無く手中に収める。即ち、禍国に祭国を牽制させ剰え国力戦力を弱めさせるように仕向けるが現時点での上等の策、と云うものでしょう」
「ほう……」
「其の為には、戰様に勝ち戦を重ねさせつつも、陛下が句国と契国を手中に収め、且つ、其れが恰も戰様の過失と祭国の責任であるかのように思わせねばなりません。陛下が句国と契国を手に入れる話はさて置き、戰様が負けるなど、天帝が天涯より放逐され路頭に迷われるより考えられぬ事で御座いますから、心配はなされておられませんでしたでしょう」
此のような場でも、いけしゃあしゃあと戰を持ち上げる真に闘は思わず苦笑した。
「陛下が最も頭を悩ませるとすれば、禍国をどう御自身の思惑通りに踊らせるか。そして同時に契国と句国をどの様に剛国に取り込むか、に尽きます」
真は項に手を伸ばすと、後れ毛をくしゃくしゃと弄る。
「然し乍ら禍国の方は、実は然程に頭を悩ませる必要は有りません。陛下も既に御承知おきの通り、禍国の現皇帝で在らせられる建陛下は怠惰と欲に溺れる事こそ皇帝の役目であるものだと甚だしい思い違いをされておられる御方ですし、何よりも此の数年、父が国境線を偵察して回っていたのは何故に、と禍国内で毒をばら撒けば一気に疑念の種は芽吹き、伸びた蔓は戰様を絡め獲り掛ります。父が剛国との国境線附近をこれ見よがしに徘徊している、と悟られておられながら陛下は敢えて泳がせておられました。何故か、などと野暮の骨頂です。此の『何時か』に備えての事だったのでしょう? 陛下の事ですから、既に手を打っておられる筈。疾うの昔に使者を送り込み、禍国の王城で建皇帝陛下を青ざめさせておられるのではありませんか?」
――真、貴様は。
闘はぎくりとした。
★★★
――真、お前という奴は、何処まで俺を知っている?
冷汗をかきながらも、其れ以上に、にやり、と嗤わずにいられない。
真の言葉は核心を突いている。
兵部尚書である優を許していた事ではなく、禍国に圧力を仕掛けるであろうと真が自分と言う人間を深く理解している事に、だ。
己の方が徐々に追い込まれ始めていると云うのに、だが闘は、真の話術に見事にはまっていた。
――此れだ。
此の男の、湧水のように滔々と途切れず流れ出る清水の如き弁熱。
5年前、此の俺を言い包めた話術だ。
此の男は危険だ、口先だけで此方を思い通りに動かす、と散々思い知らされていながらも尚、闘は、真に喋らせておきたい、という欲求に抗えない。
いや、真が、自身の深謀を全て解している、という喜びからだった。
此れは烈や斬、他の兄弟では決して味わう事が出来ぬものだ。
闘の心の内側の動きを知ってか知らずか、其れとも敢えてなのか、真は淡々と続ける。
「契国を手に入れるには、彼の国と血を結ぶ方がより円滑に事が進みます。烈殿下のお妃様として瑛姫様を迎えられたのも其の一貫だったのは明らかです。ですが陛下も、よもや此処まで平原の勢力図が一気に混迷し、切迫した状況が続くとは思ってもおられなかったのでしょう。しかし、こんなまたと無い好機を見逃す陛下ではありません。此の機会に乗じて句国と契国の領土を奪わねばなりません。そうすれば、二国の領地を手に入れれば平原の中央に構える禍国を凌ぐ勢力となり、且つ、崑山脈を越える足掛かりになります。また何よりも、越えて来るであろう蒙国への抑止力とする為にも、逃す訳にはいきません」
闘の葛藤に気が付いているのかいないのか、真は言葉を止めない。
「内乱で荒れた契国を手中に収めるには、兵を動かしあれこれ策を弄するよりも、手っ取り早く御自身が契国と血を結ぶのが一番。つまり、私が居る眼の前で照様を契国の王室の血筋である照様を後宮に迎え入れる意味は、戰様に対する二重三重の牽制と掣肘、恫喝と威嚇――陛下、私の想像は間違っておりますでしょうか?」
指の腹で顳かみをなぞりながら、闘は楽しげに笑う。
短い笑い声だったが、真の仮説を肯定していた。
★★★
「陛下にとって懸案なのは契国ではなく、句国です。戰様に御味方した手前、と言うよりも父・兵部尚書の目が光っている以上、陛下も大胆な行動に出られません。最も、父を怖れるような陛下ではありませんが、其れとは別に、祭国と禍国の連合軍の勢力を削がねば意味はありませんし、高みの見物の姿勢でおられねばならない、理由がありましたから」
「ほう?」
「嫌ですね、陛下。惚けてみた処で、事実は動かせませんよ。先にも申し上げましたが、陛下は句国を我が物とする為には、何としても先ず、戰様に句国王として立って貰わねばなりませんでした。だから陛下は待っておられたのですよね? 戰様が禍国皇帝に反逆したのだとする、確かな証を示されるのを――そう、詰まり」
「詰まり?」
「句国王の大軍旗と、そして、六撰の御璽を手にして、句国王を名乗るのを」
王座に腰掛け直した闘は、肘掛けに軽く凭れるようになりながら、真を見下ろした。
其れが、肯定の意を現しているのだと受け取った真は、ふう、と軽く深呼吸をしてから続ける。
「然し乍ら、戰様は句国王陛下の大国旗も、そして句国の六撰の御璽も、最早手に入れたも同然でありながらも其の御気質故に、見て見ぬ振りをして手を伸ばそうとしておられない、陛下に言わせれば玉無しの腰抜けです。ですから、陛下は烈殿下と斬殿下の暴走を敢えてお許しになられた。此れにより、大軍旗と璽綬の所在が詳らかになり、戰様が句国の土地を手に入れ、句国王として名乗る決意されればしめたものです。戰様には禍国皇帝の皇弟でありながら反旗を翻した大逆者としての汚名を着せられますし、陛下御自身は悪評に塗れる事無く、遠いとはいえ根幹を同じくする句国の簒奪者である戰様を討つ理由を得られ、尚且つ、句国を己が所有物とする面目が立ち、戰様を縁坐せんとする禍国と手を組む口実が得られる。当然です」
全てが正解ではないが、結果的に其の流れに乗っている。
見透かしているのかどうなのか、惚けた笑みを浮かべた真の口調からは推し量れない。
ふっ……、と闘は短く笑う。
「良く分かっておるではないか、真。するとつまり、俺が句国の地に望んでいるのは何だ?」
「陛下にとって句国の土地は、そう、戰様を討ち、御自身との格の違いを見せ付けつつ堂々と句国を奪い、中華平原の覇者たるは禍国皇帝ではなく剛国王・闘である、と知らしめる土地でなくてはなりません。つまり、剛国王の名を平原に馳せる土地でなくてはなりません。『句国の簒奪者である祭国郡王・戰を略奪、放伐した騎馬の民の土地を奪還した覇者、剛国王・闘』が、平原に号令を掛ける土地とする――此れが、陛下の狙いです」
「良く出来た答えだ」
褒めてやろう、と豪放磊落に笑う闘に、恐れ入ります、と真は静かに頭を下げた。
★★★
「真よ。では、お前が慄かぬのは何故だ? 此の剛国の命運を握る天秤棒の組紐だというのは、どうした意味だ?」
冷ややかな視線を、闘は真に投げる。
真は意に介さず平然としているが、闘は、そんな人を侮る態度は此処までだぞ、という威圧感を見せている。
「どう見ても、お前は俺の、此の剛国王・闘に質に取られた哀れな男としか見えん。其の程度のお前が、此の剛国と剛国王・闘を操るというのか? 人を喰った態度で誤魔化そうとしても、俺には通用せんぞ」
「其れは、此れから順を追って御説明致します。そもそも陛下、陛下は私を戰様に対する質として留め置いておられるお積もりなのでしょうけれど、其れが先ず間違いなのです」
「何だと?」
「私が質なのではありません。私が、陛下を質としているのです」
又もや話題を変えて来たか、と些かげんなりした様子で闘が顔を顰める。
真が繰り出す言葉は面白いが、こうも先が彼方此方に向いては些か鬱陶しく、煩わしい。
直球の返答を欲している闘のじりじりとした焦れを見て取りながらも、だが真は余裕を持って、先ず、と芝居がかった態度で姿勢を変える。
「陛下は、私を打ち捨てられれば戰様は腑抜けとなる、と予測しておられるのではありませんか?」
「何を今更――違うというのか? 郡王が此れまで戦場にて一本取られる事なく来たのは、偏に、お前という策士有ればこそだ。逆に言えば、お前を失えば郡王など赤子同然。捻り潰すなど造作無い。女子供と変わらず嘆き臥して此の世の無常を儚む奴は、俺の足元に這い蹲るより他に生き残る手立ては無かろうが。――違うか?」
「随分と私を買い被って下さっておりますね、陛下。有難う御座います、と御礼申し上げるべきなのでしょうか?」
其の気も無い癖に、と闘が笑うと、見透かされておりますか、と真は項辺りをぽりぽりと掻いた。
「しかし、造作無い、手立ては無い、と言い切られるとは。然様なまでに、陛下は御自身に自信がお有りになられるのですね」
「当然だ。郡王如きに俺が負けるなど、天帝が地に落ち、虫螻に転生するより有り得ん事だ」
せせら笑いつつ本心を露わにして言い切る闘に、真は静かに目蓋を伏せる。
「其の認識が、自信こそが、陛下を覇者としてのみしか輝けぬ理由、そして、私が陛下を質としている理由なのです」
「何……? 真、もう一度言ってみせろ」
では、と言いつつ、真は笑ってみせた。
「陛下の仰る通りです。私を失えば、きっと戰様は哀しまれる事でしょう。苦悩もされる事でしょう。人一倍、繊細で、お心暖かい御方ですから。そして誰にどう慰められたとしても、一人として私の代わりにはなれはしない、と戰様は嘆かれる事でしょう。現実から目を背け、逃避し、塞ぎ込まれるかもしれません。喪失感に打ちのめされ、罪悪感に苛まれ、藻掻き苦しまれるかもしれません。ですが、戰様は其れで終わるような御方ではありません。御元には多くの仲間が集っております。其々が其々の力を寄せ合えば、私一人の知恵を大きく上回る力と、叡智と、導きの光となります。それらに包まれておいでになる内に、やがて、戰様はお気付きになられます。誰もが私の代わりになれぬのと同様に、御自身もまた、誰にも換えようがない君主であるのだと。戰様が臨まれた夢こそは、仲間の夢であるのだと。叶えて下さる御方は、戰様をおいて他居らぬのだと、信じているのだと。信心を、真心を、皆から捧げられている事を、託されている事を」
堪えきれず、ふっはっは、と闘は全身を震わせながら吹き出した。
★★★
「ふっ……ふふっ……、ふははっ……、真、面目くさって何を云い出すのかと思えば……。夢、だと? 真心、だと? 言うに事欠いて、下らん事を。信ずれば、此の世に在る己の全ての我欲が叶うのであれば、郡王にも云うが良い。王位は己のものだと駄々を捏ねる糞のような兄弟どもも残らず王座に座れる、という事になる、其れで良いか、とな」
闘は笑い転げる。乾いた笑い声が、王座に煌めく宝石の上を滑っていく。
「戯けか、真。此の俺を失望させるな」
「……」
「まあ、其処までは言うまいか。だがな、真よ。たかが家臣一人に其処まで執着を見せて堕落する、そんな情け無い男など、大抵のまともな奴ならば失望し、立ち直らせる労力を惜しむぞ。見捨てて離するが道理だろう」
「闘陛下に於かれましては、そうなのでしょうね」
笑い続ける闘に、ですが、と真は微笑んだ。清々しさを感じさせる笑みに、闘は口を噤む。
「ですが、陛下。戰様と、私どもにとっては、此れが曇り無き真実、道理なのです」
「どんなに言葉を尽くそうと届き響かねば、所詮は其れまでよ。そんな事は策士である、真よ、お前が一番、解っておろう」
「はい、陛下の仰る通りです。言葉は言葉に過ぎません。其れ以上でも其れ以下でも有りません。言葉は人の心を現す道具、其の物に成り得ません。可笑しなものです。私の言葉は、祭国に在る皆にとっては紛う事無き、そして揺ぎ無い真実ですが、陛下にとっては、只の言葉遊びの詭弁、嘘偽りを糊塗して人を欺こうとしている戯言でしかありません。然し乍ら、其れで良いのです。全ての人が、全て等しい答えに辿り着く訳でも、同じ導きの旗の元に集う訳でも有りません――其れに」
「ほう、其れに?」
真は、すぅ、と息を吸い込むと、背筋を伸ばし表情を引き締めて言い放った。
「戰様は、喩え戦う事になったとしても、相手国に対して、捻り潰すなどと言いません。そして私だけでなく、瞳に映る全ての民に対して『たかが』などと言いません――絶対に」
対している闘は、一瞬、鼻白むような顔付きで息を止め、じ……、と真の双眸の奥に潜む煌きを注視する。
暫くの間、そうして睨み合っていたが、突然、闘は喉を鳴らしながら笑い、もう良い、と手を振った。
「……そうか……真よ」
「はい、陛下」
「お前の言いたい事は分かった」
「そうですか、解って下さいましたか」
優しく答えるを見やりながら、闘は腹の底で呻いた。
――こんな声を、俺は烈をはじめ、家臣たちから聞いた事があるか?
★★★
胸の内で自問した闘は、苦笑しつつ、自答する代わりに話し続ける。
「真。俺と家臣たちが往く道は僅かなずれから、今は違いの姿も見えぬ程、遠きものとなっている。俺が大望と家臣たちが願望、俺が抱いている未来と、各々が王である俺に夢見ている姿は、大きく違う。そう言いたいのだな、お前は」
「はい」
「そして、俺と郡王。若き日々、目指す理想と未来は、言葉は違えども形は同じであったのだろうな。俺が王として目指す未来は、確かに覇道を往くものだ。家臣たちも其れを望んでいる。だが、俺にとって覇道は一つの道でしかない。だが、最早、烈を始めとした家臣たちは其れ以外を望んでいない。俺が民を救済する施政には見向きもせず、ただ、討伐により国を併呑する事のみに視線が向いている、と」
「はい」
「そんな俺は、郡王には勝てん。国内にのみしか味方、いや、賛同者と云うべきか――兎も角、仲間を作れぬ俺は所詮、剛国王としてのみの器でしか無い。其れ以下にはならんが、其れ以上にも其れ以外にも為れぬ」
「はい」
「俺が今、質であるお前の首を落としたとしよう。さすればどうなるか? 郡王は敵討ちに動くだろうな。勝てる戦しか知らぬ郡王だが、兵力差から生まれて初めて、負けの味を知るだろう――だが」
「ですが?」
「真。俺がお前の首を落とした事に疑問や疑念を抱く者が、もっと言えば、俺に対して批判と猜疑の心を持つ者が、此の剛国内に現れる。お前という存在を生み出した郡王と云う男に目を向けずに居られぬ者が必ず現れる。そして郡王と俺を比べずには居られなくなり、其の者はやがて、俺か離れて行く。そして内側から剛国は少しずつ崩れて行くのだ。――心の離叛者が此の世で一番の厄介者だ」
「……」
「真。矜持をかなぐり捨てお前を殺せば、俺は王ですらなくなるのであれば、成る程、確かにお前は俺を質にしていると云うに相応しく、また、其の未来を知るお前は慄く必要はなく、剛国の天命という天秤棒の組紐であると云う表現は、成る程、言い得て妙、と言わねばならんだろう」
恐れ入ります、と平伏する真の頭上を、晴れ晴れとした闘の笑い声が駆け抜けていった。




