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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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24 覇者と王道 その1

24 覇者と王道 その1



 どすっ、と鈍い音が周辺に響いた。

 姜の胸の中央に、まるで生えているかのように矢が幾本も突き立っている。

 其れでも、姜は倒れない。

 見開かれた双眸には赤々とした輝きが宿っており、まるで燦然と空に在る夕陽のようだった。


 唸り声すら上げない不気味さに、流石の烈も不気味さを覚えた。

 主人が内心に見せた怯みに呼応して、烈の馬がカチカチと苛立たしげに蹄を鳴らした、其の時だ。

「烈殿下!」

 と叫びながら、伝令兵が息せき切って駆け寄ってきた。

「烈殿下!」

 焦りを滲ませた家臣の声音に、烈は舌打ちしながら反射的に振り返る。

 伝令兵の焦りの理由が何であれ、烈にはもう此れ以上、姜に構っている必要はなかった。


 ――あれだけ矢を打ち込んでやったのだ。

 動けぬまま息絶えたに決まっているではないか。

 ただ、あんな姿になっても未だ微動だにしない姜という男に、喩え僅かであっても恐れに似た感情を抱いてしまい愛馬に尻込みさせた、という事実が烈を苛立たせていた。

「何事だ」

「彼方をご覧下さい!」

 指差す方角から、横一文字になった黒い地滑りのようなものが一直線に此方に迫って来る。

「祭国軍です! あれは……!」

「煩い、騒ぐな、此の馬鹿者めが! 見えておるわ!」

 泡を飛ばしながら叫び続け家臣の顳かみに、烈は空になったゆき叩き付けて黙らせた。

 ぐしゃり、と砕けた音がしたのは、靫の方であったのか、其れとも家臣の頭骨の方であったのかは分からない。

 しかし烈の剣幕に家臣たちは慄き、震え上がりながら後退る。其処此処で、生唾を飲み下す音が鈍く響く。


「おのれぇ! 真とやら!」

 殴り倒しておきながら、だが烈は昏倒させた家臣の騒ぎよりも、数倍は周辺に響き渡る怒鳴り声を張り上げる。

 鬱憤晴らしのとばっちりを喰らった家臣はいい面の皮だが、彼の仲間たちも、気の毒がっている余裕はなかった。

 何しろ、烈たち剛国兵たちの視界の先には、祖国の王都に長々と逗留していた祭国の万騎将軍のものである軍旗が翻っているのだ。

 そして、先程まで矢衾代わりに矢を打ち込んでいた句国大将軍・姜の言葉の意味を、烈を始めとした面々は悟らざるを得なかった。


 ――真とやらめ!

 我らが動くと読んでおったのか!?

 何処まで面憎い奴なのだ! 何処まで小賢しく、邪魔をする気なのだ!?


「おのれ、おのれ、おのれぇ! 一体何処まで――私の前を走れば気が済むのだ、真め!」

 烈は憤怒の炎を瞳に宿しながら、強く唇の端を噛み締めた。



 ★★★



 烈の形相に恐れをなした家臣たちが思わず馬を後退りさせる中、烈は音を立てて皮膚を噛み千切った。

 小さな血の飛沫を飛ばしながら、勢い良く振り返った烈は、おい! と家臣たちを怒鳴り付ける。

 勇猛精進さを誇る武人たちは一斉に身を竦めると、ひっ、と幼い童のように息を呑んだ。


「軍旗は!? 句国王の軍旗はどうなっている!?」

「は、は、殿下、その……」

「奪えたのか、どうなのだ!?」

 そうだ、自分たちの目的は正しく其処にこそあったのだ、と家臣たちは呆けた間抜け面を晒しながら思い出していた。

 王弟・烈の暴挙は当然の事ながら国王・闘から咎められる事案だ。

 下手をすれば王弟・烈は、王の寵愛を傘に来て軽挙妄動が過ぎる咎められるか、若しくは、叛逆の意思ありとして罪に問われるやも知れないのだ。

 その何方にも陥らぬ為には、国王・闘と祖国・剛国への背信忘義を払拭させるだけの功績を上げねばならない。


 そう、即ち。

 句国を攻め落とし、献上する――

 それ以外に道は無い。

 だが、答えようにも家臣は答えられなかった。

 彼らの主人あるじである烈には、耐えられるものではない事実をどう伝えよと言うのか。

 口を開いたが最後、自分たちはどうなるのか、どうなってしまうのか、容易に想像出来る。

「分かっておる! 其の為におるのであろうが、馬鹿者どもが!」

 と、怒鳴り付けざまに殴り倒されるに決まっている。


 誰だって、生命が惜しい。

 こんな処で烈の不機嫌さの的になって死ぬのは御免だが、しかしだからと言って、何も答えぬままでも烈の怒りを買うのは必定なのだ。

 八方塞がり状態に、がたがたと震えるしかない家臣たちは、たが気が付いてしまった。

 真っ赤に燃える夕日の如きとなった烈の双眸に、未だ奪い切れずにいる句国王の軍旗が映っているのを。

 誰も彼もが、知らず知らずの内に自分たちに間も無く訪れるであろう不幸な未来を思い、慄いた。

 喉仏を大きく上下させながら、ごくり、と生唾を飲み下す者が続出する。

 此れで何度目になるのであろうか、と気にする余裕など、当然有りはしない。

 しかし彼らにとって幸いにも、と云うべきであろうか。

 怒りが過ぎた烈は既に正気を失っており、家臣たちの情けない行為に気が付いていなかった。


 安堵に震えている家臣たちに目も呉れぬ烈もまた、激しく震えていた。

 だがしかし、烈を支配しているのは兄王・闘への忠義心、ではなく、祭国郡王・戰と、そして彼の家臣である真という男への煮え滾る怒り、此れのみであった。

 ぶるぶると全身を震わせながら、烈は祭国軍の軍旗を睨む。


 ――此のまま、祭国軍と戦うか?

 負ける気はしない。

 剛国の騎馬は最強だ。

 負ける訳がない。

 不意打ちを喰らわせて来る、若しくは最も嫌な箇所を素知らぬ顔で突いて来る、ただ其れだけの軍勢であるのならば、力押しで蹴散らしてやれる。

 だが、祭国軍は油断ならない。


「そうだ、奴ら・・は違う……」

 何がどう違うのか、と問われれば、答えられない。

 常の烈であれば、祭国軍など何程のものやあらん! と吼えて飛び掛かるだろう。

 なのに、出来ないのは武人として、肌で感じたからだ。

 眼の前に居る句国軍には感じないものを。


 ――祭国軍の実力が、計れん。

 祭国は平原一の歴史と伝統を持つ国であるが、烈に言わせれば古いばかりで何の価値も無い国だ。

 伝統だの何だのにしがみ付く輩の考えは腐りきっている。現に、父王と父が偏愛した王太子を筆頭とした異腹兄たちもそうだった。

 闘の先見性と決断力を鼻で嘲り嗤うしか脳がなく、結果、無様に散って行った。


 烈の中では、祭国軍も同等だった。

 朝貢を行うと言えば聞こえが良いが、早い話が属国化する程度の国力しかない奴らではないか。

 そんな奴らにまともな軍備など揃えられまい、見掛け倒しでしかあるまい、と高を括っていた。

 だが、統制の取れた動きも然る事乍ら、迫り来る騎馬の速度はどうだ。

 猛烈な闘志を漲らせながらも、彼らは決して乱れる事なく剛国軍を破らんと迫って来る。

 嘗て平原で生き延びているのが不思議であった最弱にして最古の王国は、今や、剛国軍の前に強敵として立ち塞がるまでに変貌を遂げたのだと悟らずにはいられない。


 ――真とやらに気を取られて、奴らの力を正しく見抜けずにいたと云うのか、私は。

 烈の腹の底で念が、どろりと重く、そして黒々とした蜷局を巻いた。

「殿下、如何になさいますか!?」

「進路を転じて王城へ向かうぞ!」

 此処で闘い抜いても構わない。

 剛国軍の騎馬は最強無敵なのだ、負けはしない。

 ――だが、多くの損失を出るの必定だ。

 此処で兵を失う訳にはいかん。

 兄上が平原に討って出る足掛かりとなる此の句国を手に入れる事にのみ、専念せねば。


「此の地から離れるぞ」

「陛下、奴は如何に致しますか」

 仁王立ちの人形の矢衾となっている姜をちらちらと盗み見る家臣たちに、烈は顎を刳りながら一瞥を喰らわせる。

「放って置け。其れとも何か、剛国軍の猛者どもが、寄って集って死人に恐怖し、私からの嵩に懸かって斬り付けよという命令を待っておるとでも言うのか?」

 烈の痛烈な一言は、家臣たちの痛い処を的確に突いている。

 大の男たちが、こそこそと目配せしあいがなら身を竦める。


「句国の将軍など、もう構う価値はない! そんな事よりも貴様ら! 何としても軍旗を奪って来い! 行くぞ、遅れるな!」

 手綱を握り締め直した烈は血みどろの姜を、ふん、と鼻で嘲り笑うと、愛馬の腹に一蹴り入れつつ怒号を以て最後の命令を下した。

 烈の愛馬は、やっと自我を取り戻し、瞬発力も然る事乍ら素晴らしい脚力を見せ付けた。

 剛国の軍馬此処にあり、とまざまざと見せ付ける俊足ぶりだった。


「殿下に従え!」

「殿下に遅れるな!」

 烈の後に、威勢の良い掛け声と共に剛国軍が次々と続く。

 しかし、何十本もの矢を射掛けられながらも憤怒の炎を絶やさず睨んで来る姜を踏み越えて軍旗を奪いに走ろう、という者は一人もいなかった。



 ★★★



 「隊長! 彼処を見て下さい!」

 一瞬、目を細めた竹が、背後を振り返り、克に向かって大きく叫んだ。

 ほぼ同時に視界に入ったのだろう、おお! と克も声を上げた。


「よっしゃ、見えたぞ! いいか、お前ら!」

 克が指差す先には、湯煙のようなもやがもうもうと立ち込めている。

 やるぞおっ! と腕を振り上げながら、克は更に吼える。

「既に戦端は開かれている! どうせ俺たちは戦う事しか知らねえ、馬鹿野郎の寄せ集めだ! 考えても無駄だ、後先なんか考えるな! 迷うな! 遠慮をするな! 尻込みするな! 目の前の剛国軍を蹴散らす事だけを考えろ! いいなっ!?」

 うおお! と1万騎の兵が呼応する。

「行くぞぉ!」

「隊長に続けぇ!」

 梢子棍しょうしこんを頭上で振り回しながら、克は先頭に立って句国軍と剛国軍の戦いの最中に突撃を仕掛ける。

 克の後ろには、呼応して叫ぶ竹たちが、山肌を転がり落ちる巨石群宛らとなって続いた。


 喚声を上げる祭国軍の存在に気が付いた句国兵たちの間から、歓喜の声が上がった。

「援軍だ!」

「祭国軍だ!」

「祭国の将軍が来て呉れたぞ!」

 また負けるのか。

 此のまま圧倒的な兵力の前に膝を屈するしか無いのか、国を奪われるのを座して見ているしかないのか、と口惜しさに血涙を流し、怨嗟を込めた呪言を吐きながら戦い続けていた句国兵たちは、望みを託す存在の出現に活気付いた。

 勢いを盛り返した句国兵たちが剛国軍に打って出る中、国王・玖の大軍旗を再び高く掲げられる。


「姜将軍!」

「将軍様!」

「句国万歳! 姜将軍万歳!」

 わ! と句国兵たちが口々に叫ぶ。

「俺たちの国を、剛国に渡してなるものか! 陛下の御霊を靖んじる為にも、集え! 戦え! 戦い抜け!」

 姜の命令に、おおう! と怒号に近い突撃の掛け声が上がる。


「戦え!」

「戦え!」

「我らが国の為に!」

 句国兵の喚声と戦意は、もんどり打つ山津波宛らとなって剛国軍に迫った。


 ★★★


 祭国軍が援軍に駆け付けると同時に、剛国軍は見事な反転を見せて退却をし始めた。

「突っ込むしか脳が無い小僧気分が抜けぬ奴かと思っていたが、やるな」

「隊長! どうしますか!?」


 目を細めて剛国軍の殿しんがりの様子を見詰めていた克は、追う気満々の竹たちに、止めとけ、と短く命じた。

 てっきり、行くぞ! と景気の良い掛け声を貰えるものだと思っていた竹たちは、肩透かしを喰らった格好になった。

「た、隊長、良いんすか? 本気で? 剛国軍の奴ら、王都に向かってるんすよ?」

「放っとけ。どうせ、此の先には杢殿が待ち構えている」

「そりゃ、そうっすけど」

 竹をはじめとした仲間たちは、皆一様に肩を怒らせ鼻息を荒くしている。


「俺たちを散々っぱら馬鹿にしてきやがった剛国の王弟を、正面からどやしてやれる絶好の機会なんですぜ?」

「馬鹿野郎はどっちだ! 俺たちは王弟・烈を思い知らせる為にじゃなくて、句国軍を助ける為に此処に駆け付けたんだろうが!」

「いや、ですが……」

 不満垂々で唇を尖らせる竹の脳天を、いい加減にしろ! と語気を強めながら克は梢子棍の先で小突いた。

 流石にこうまでされては、竹たちも唇の先を尖らせつつも引っ込むしか無い。

「そんな事より、今は句国兵の負傷者数の把握と手当、そして離脱が先だ、急げ!」

「へいへい」

 其れでもまだ不満を燻らせている竹をひと睨みした克は、おい! と腹から声を張り上げながら周囲を見回した。


「兎に角、時間が無いんだ! 姜殿が護っていた句国王陛下の大軍旗を守りながら、撤退の用意を急がせろ!」

「隊長、時間が無い、って?」

「阿呆! 大軍旗を奪われずに済んだ、って事はつまり逆に言えば、此方が油断していると踏んで、奴らがもう一度反転をして奇襲を仕掛けて来ないとも限らねえ、って事だろうが!」

 克の怒鳴り声に、あっ……!? と竹たちは目を丸くする。

 そうだ、どうして其れに気が付かなかったのだろうか。

「分かったら急げ!」

「はい、隊長!」

 やっと自分たちが文句を口にして愚図愚図していれば居るほど不利になるのだと気が付いた竹たちは、顔を見合わせあった後、罰が悪そうな顔付きをし、克の命令に従い始めた。

 分かりゃいい、と言いたげに肩を一瞬、持ち上げた克が、大軍旗を護っている筈の姜の元に馬を寄せようとした。


 其の時。

 句国兵たちの間から、悲鳴と慟哭がどよめきと共に起こった。

「な……何だ?」

 訝しみながらも、克は感慨悲慟かんがいひどうが渦のように上がり続ける大軍旗の元へと馬を駆けさせる。


 そして、言葉を失った。



 ★★★



「……姜殿……」

「……姜将軍、こんな……」

 全身に矢を受けたまま、それでも胸を張って仁王立ちになって大軍旗の柄をしっかと握り締めて息絶えている姜が其処に居た。

 矢を受けた箇所からは、大量の血が流れ続けた跡が乾いて黒黒とした筋が幾本も連なっており、くわ、と見開いた双眸には光は宿っていない。

 息絶えながらも姜は倒れる事を拒み、敬愛する主君の軍旗を掲げている。


「将軍! 姜将軍!」

 ちょうが叫びながら、仲間を掻き分けて姜に駆け寄ってきた。

 が、其れ以上言葉が出ない。

 ただ只管、滂沱の涙を流しながら姜の両脚にすがって身を揉む。

 そんな趙を克たちは見守るしか無い。

 やがて、克は馬から降りると、姜の手首を握った。

 ざく、ざく、と靴裏で土が鳴る。まるで、地面までが咽いでいるようだった。


「――何時から」

 ――一体……何時から、そうしていたのだ、姜殿……。

 手の甲を使って何度も涙を拭き取っている趙の肩を、克は優しく叩いた。

 其れでも姜に縋ったままの趙を、竹たちが殆ど無理矢理、引き剥がす。

 うおぅ、あおぅ、と犬の遠吠えのように趙の喉が震えた。

 肩越しに、克はちらりと涙に濡れた趙を振り返ると、ゆっくりと姜の手を握った。何が或ろうとも離すまい、と云う強い意志を感じる姜の手を。


「……息絶えてながらも、尚、御主君・玖陛下の御為に、祖国の為に声を上げたのか、姜殿」

 軍旗を支えている姜の手を包み込むように握る克の声も、湿っている。

 歔欷の声は、句国兵たちの間からだけでなく、祭国軍からも上がり、益々深まり、広まっていく。

 岩石のように硬くなっている姜の指を、一本一本、まるで毟るようにしながら、克は剥がしていく。

 最後に小指が離れた時、姜の身体が、ぐらり、と傾いだ。

 緊張しきった糸が耐えきれずに自ら切れたかのように、姜の身体が前のめりに倒れかけるのを、克と竹と趙が受け止める。


「……もう、何も考えなくていい。……句国王陛下と共に、ゆっくりと休まれよ、句国の大将軍……」

 ただ一意に国を思い、王を愛した勇者の亡骸を抱きながら、克たちは暫し、哀悼の涙を流し続けた。



 ★★★



「烈の奴め。何をしておるのかと思えば。王城は斬にまかせて、自分は祭国と禍国を狙う気らしいぞ」


 伝令から烈と斬の現状を聞いた闘は、仕方が無い奴らだ、と苦笑いした。

 そして素知らぬ顔で跪いて控えている真を、ちらり、と見やる。

 烈と斬が句国の王城に居座る備国の後宮の呼び出し・・・・を此れ幸いとばかりに侵攻を開始してから今日まで、闘は真を傍から離さなかった。

 烈と斬が動けば、祭国と禍国の連合軍を率いる郡王・戰も動かざるを得ない。

 つまり、真は質となっている訳だ。

 しかし真は堪えた様子は全く見せようとせず、此れまで通りの態度を崩さない。


 今もまた、闘の呟きを耳にしても真は素知らぬのままだ。態と聞こえるようにしてやったというのに、そして此の自分を目の前にしても、惚けた面構えで相変わらずの無反応ぶりを示す真を見て、ふっ……、と闘は短く笑った。

 闘の家臣たちは、そんな闘をちらちらと盗み見ながら、そわそわと身体を揺すっている。

 自分たちが尊崇の念を以て遣えている王に対して、常に横柄な態度を取り続ける不遜で無礼極まり無い男を討ちたくて仕方が無いのだ。

 だが闘は、そんな家臣の態度を含めて面白がる余裕を見せている。

「全く、お前と言う男は面憎い奴だな」

 闘は零すと、さて、真よ、と言いながら脚を組み換える。

 そんな何気ない仕草一つとっても、今の闘は王者としての風格がにじみ出ていた。


「烈と斬の勇猛果断さを褒めてやるべきなのか。其れとも、無闇に動いていると見て諌めてやるべきか。真よ、其の方は我が弟どもの行いを、どう見ている? 答えよ」

「陛下へ此の伝令が届いている今頃は、とうに決着がついている筈です。今更、どう見ているも何も無いかと思われますが?」

「――真よ」

「はい、剛国王陛下」

「俺は答えろ、と命じているのだ。俺が命じた以上、答えよ」

 有無を言わせぬ、低く響く他者を圧倒する王者の声音に縮み上がりもせず、真は上体を起こすと真っ直ぐに闘を見据えた。

 そして一言、ただ淡々と、短く答える。


「無駄な事をなさっておいでですね」

「無駄? 其れは何方をさして言っている?」

「全てにおいてです」

 抑揚のない口調ながらも、ばっさりと切り捨てた真を、ほう? と闘は目を細めて見やる。

 鋭い眼光には、だが、真の出方を楽しむ余裕がある。

「烈殿下の成されようも、また付き合わざるを得ない斬殿下の行いも、全ての労力が無駄です。勿論、闘陛下。陛下もです」

「ほう?」

 殊更にゆっくりと脚を組み換え直した闘は、身を乗り出した。


「どういう意味だ?」

「此のままでは、陛下が今迄成して来られた全てが水泡に帰す事になるでしょう」

「俺が積み上げて来た事が無駄になる、と言うのか?」

 面白がっていた闘の口調に、流石に別の成分が含まれる。

 闘の家臣たちは、此れだけでも恐怖を覚えて許しを請うて小さくなる処であるが、真は眉一つ動かさない。

「今はまだ、往生際悪く踏み留まっている状態ですが……遅かれ早かれ、そうなるでしょう」

「だからどういう意味だと言っておる。答えよ、真」

「お気付きになっておられないのですか? 闘陛下ともあろう御方が? ああ、其れとも、御認めになる気はないと?」

「……御託はいい、話せ」

 遂に苛立ちを隠そうとしなくなった闘を前に、やれやれ、陛下はやたらと答えを早く欲しなさいますね、と言いながら真は肩を竦めた。


「そう言う処は、変わっておられませんね、闘陛下。私の様な身分の者の話しなど、大抵の方は聞く耳を持たれません。いえ、そもそも私は人扱いされぬ身、同じ場所で同じ空気を吸うのも汚らわしい存在ですからね、此れ幸いとばかりに手打ちにするでしょう」


 話を始めたと思いきや、此奴は何を言い出すのか、と顔を顰める闘に、真はやっと笑顔を向けた。



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