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覇王の走狗(いぬ) ~皇華走狗伝 星無き少年と宿命の覇王~  作者: 喜多村やすは@KEY
七ノ戦 星火燎原

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23 合従連衡 その10-2

23 合従連衡がっしょうれんこう その10-2



「また曇り空か……」

 重い雲に覆われた夜空を見上げながら、姜は呟いた。

「明日には王都に入ります、陛下……」

 此処まで来た、とうとう此処まで来たのだ、と姜は感動を噛み締めていた。

 ――陛下。陛下と妃殿下ほどの御方が、天帝に見放されるなど、有り得ませぬ。

 何れ時を得ず此の世に、いえ、句国の縁深き御方として、御生みあれなされる事に御座いましょう。

「其の時まで陛下、どうか我ら家臣が忠義を、天涯より温かき瞬きと共に御見守り下さい」

 唇を固くしながら空を見上げる姜の心意気に、天帝が天晴と覚えたのであろうか、雲の一部が切れて星の輝きが見えた。


「おお、何と!」

 ――此れは……陛下、陛下なのですか!?

 天帝の計らいに感激し身震いした姜は、同時に気が付いた。

 満天の星空に中に、輝いているであろう国王と王妃の生まれ変わりである星を見付けたい、と願っている自分自身の心情の変化に、だ。

 そもそも、星や空、雲や風を感じたいという気持ちなど湧いてこなかった。

 況してや感動の心が動こうなどと、祭国に命辛辛逃れてきた時分の捨て鉢な己を思い出せば、我ながら信じられない。

「……私は、変わったのだろうか……其れとも、変れたのであろうか……?」

 ――いや、取り戻せた、と言うべきなのだろうか?

 呟いた姜の耳に、仲間である句国兵たちの騒ぎ声が届いた。

 またか、と思いつつも姜は微かに頭を振るが、騒ぎを無視した。


 喧騒の元に在るのは備国王・弋であり、彼は仲間たちから凄まじまでの拷問を受けているのだ。

 敬愛する国王・玖と王妃・縫、そして無残に殺されていった親兄弟や親族たちの仇敵に与える罰であるのだと言えども、咎めたくなるような猛烈な、そして容赦の無い責苦を仲間たちは加え続けている。

 弋は今や、虫の息となっていた。

 逆に言えば、あの闘いの後から良くぞ此処まで、正気を失わずに生き長らえている、とも言える。

「執念だな……痛烈な、生への執念だ」

 ――陛下は、お持ちになられなかったものだ。

 ぼそり、と姜は零した。吐く息が白くなっている。

 そうまでして生き延びたいのか、と当初、姜は弋を蔑んだ。

 しかし、今は違う。

 此程までに強靭な精神力を持ってして、生きる事に固執す弋を、姜はある意味評価していた。

 部下たちを裏切り、領民たちを見捨て、後宮の妃など塵芥以下として見向きもせず、玉体である己を生かす道を求め、決して諦めない。

 備国王・弋という男は、醜かろうが、滑稽だろうが、無様だろうが、卑怯だろうが、如何に唾棄されようが生き抜いてやる、というえげつないまでの胆力の持ち主であるのは疑いようが無い。


 再び、雲に閉ざされた夜空には、星の瞬きを感じられなくなってしまっていた。

 まるで姜の心の中のように仄暗い曇天には、だが、微かに淡く鈍い色の月暈が写り込んでいる。

 深い溜息を吐いた姜は、を閉じた。

 姜は、未だに夢に魘される。

 泥のような深い眠りの中であっても、王妃・縫の最後の顔ばせの美しさと、彼女と後宮の妃と王子や姫君を置いて走り去る際の己の馬蹄の音が交互に伸し掛り、胸を激しく打ち据える。

 ――陛下が生きていて下さっておれば……妃殿下は、生き延びられたかも知れぬ。

 そして其の後、陛下が抵抗を見せず部下たちの進言を受け入れて、もっと早く逃げていてくれたのならば――

 と、姜は戦の最中も何度想像しては、忍んで涙を流しただろうか。

 今更言っても詮無き事だ。

 だが、だからこそ姜は、此の場に立つのが玖であったならば、と言うやり切れぬ切なさに雁字搦めになってしまうのだった。


 ふう……、と白い塊を吐き出した姜は、騒ぎの方をちらり、と見た。

 弋の叫び声が夜の静寂を裂いて届いたからだ。

 ――郡王陛下は、陛下との友情から、彼奴を我らに捕らえさせる機会を与えて下さった。

 そうとも、だからこそ、だ。

「備国王よ。だからこそ、容赦はせぬぞ」

 先ずは彼の男から、備国王から、全てを奪う、奪ってやる。

 目の前で、句国が九国の民の手で本来の姿を取り戻していく様を見せ付けてやるのだ。

 そして、陛下の墓前代わりとである王城の壁の前にて、凌遅刑に処してやる。


「待っておれよ、備国王。生きながらにして、目玉をくり抜き、鼻と耳を落とし、唇を捻り取り、肉を削ぎ落し、骨を砕き、指を一本一本捥ぎ、内臓を引き摺り出し、野犬もの餌として喰わせやるからな」

 其の間、少数派となった備国の民は貴様に対してどの様な態度に出るであろうかな。

 陛下をお助けせねば、と命を賭して救わんとする者が、一体、どれ程現れるのか見もの、というものだ。

「血の涙を流された陛下が、どれ程妃殿下に愛され民に慕われて居られたのか、国王として如何に御立派であったのか、其の差を身に染みながら、死んで行くが良いぞ、備国王」


 ぞくぞくと背中を駆け上がる暗い満足感、いや快感を覚えながら、姜は玖の大軍旗が掲げられている己の天幕に向かって歩き出した。



 ★★★



 天幕に戻る途中、声を掛けられたような気がした姜は、脚を止めた。

 周囲に気を配ると、ごそごそと何かが蠢く気配がする。

 ん? と目を細めながら注視する姜に、もごもごと動く影が、おっちゃん、なあ、おっちゃんよぅ、と声を掛けてきた。

「……お前は」

 呆れながら姜が絶句していると、へっへへ、と鼻の下を擦りながら、影が近付いて来た。

「へっへ、おっちゃん、俺、俺だよ」

「陸ではないか、お前、何故……」

 現れたのは、そう、陸だった。埃塗れなのは、必死になって追い付こうとした結果だろう。

「来ちまった、へへへ、御免、おっちゃん」

「陸、お前は兵部尚書殿の命令で後方に下がっておったのではなかったのか」

 敢えて厳しい声音で凄む姜だったが、陸はまるで堪えずけろりとしている。

 えっへん、と得意気に鼻の下をまた擦ると、伸びをするようにして頭の後ろで腕を組んだ。


「そりゃそうなんだけどよう。陛下やあにぃたちの格好良いとこ見て、帰ってから自慢してえんだもんよ」

「……お前」

 呆れて二の句が継げない姜の傍に、へっへ、と全く悪びれずに笑いながら陸は擦り寄って来た。

「其れに大体よぅ、俺だって一応、克あにぃの部隊の一員なんだぜ? 折角此処まで来てさ、仲間外れは良く無いと思わねえ?」

「……全く、仕方無い奴だな」

 苦笑いしながら、姜は土埃で白くなっている陸の頭を撫でて払ってやる。

「今夜はもう遅い。一先ず、私の天幕で過ごせ。明日の朝、克殿と杢殿に取り成して貰えるよう、掛け合ってやろう」

流石さっすがおっちゃんだぜ! 真の父ちゃんと違って、偉い人なのに話が分かるぜ! そう来なくっちゃ!」

 にかっ、と笑う陸の頭をぐちゃぐちゃに掻き回しながら、此のお調子者が、と姜は声を立てて笑った。


 天幕に入ると、姜は陸に顔と身体を拭くようにと勧めた。

「そんなん、気ぃ使わなくったっていいって、おっちゃん。どうせまた、直ぐに汚れんだし」

「そう言う問題では無い」

 苦笑いしながら、良いから拭け、と手拭いを陸に押し付ける。

 ふあい、とやる気の無い返事をしながら受け取った陸は、渋々、顔や身体の汚れを拭い出した。

 其の間に、姜は寝床の準備をし始める。

 幾ら連合軍も持ち直したとは言え、兵站や武器、日用物資など何もかも、決して余裕があっての行軍という訳では無い。

 そんな処に句国軍は押し掛け女房的について来て、勝手に間借りしているような立場である以上、姜は今ある物資は出来る限り節約し、共有し合える品は互いに譲り合いながら使うよう率先して努めていた。

 それでも姜の為に設えられた天幕に用意された備品は、一応、大将軍の格式に見合う物だったのだが彼は仲間たちに分け与えてしまっていた。其の為、突然現れた陸の分の寝具を簡単に用意出来なかった。


「陸、済まんが私の寝具を共同で使う事になる。狭いが、我慢しろ」

「狭い位、別に構わねえよ? 家に居た頃は、俺ら家族四人でさ、一つの、ぎっちぎちの糞くっるしいせせこましい処で横になって寝てたんだしよ」

「そうか」

 準備を整え終えた姜が誘うよりも先に陸は素早く動き、ちゃっかりと寝床に潜り込んだ。

 此奴め、と苦笑いした姜は、ふと、何か気配を感じたような気がして背後を振り返り、を剥いた。

 何時の間に現れたのか、覆面をした芙が片膝を付いた姿勢で天幕の内に入り込んで居るではないか。


「げっ!? ふ、芙ぃ!?」

 掛けてあった、布団とも呼べぬ布切れを跳ね上げながら陸が飛び起きる。

「どうしたんだよぅ、芙兄ぃ、何で急に来るなんてよ。どうしたんだよう? それよりかさ、真さん! 真さんだよ、大丈夫かよ? 元気なんか? 無茶してねえ? 向こうで何か悪さされてねえ?」

「陸、少し黙っておれ」

 跳ね起きた勢いのまま、捲し立てる陸の頭を、姜はむんずと捕まえて押さえ込んだ。ぐえ、と潰された蛙のように唸り、不満たらたらで上目遣いをしながら陸は渋々、口を閉じた。

「芙殿、どうされた」

 まだ陸の頭を抑えつけるながら、姜が改めて問うと、芙は覆面を下げた。


「剛国が動いた」

「剛国が?」

 陸は意味が分からず、え? と目を丸くしているが、姜は直ぐに事態を悟り、おのれ! と眉を跳ね上げる。

「陛下の大軍旗を奪いに来ると言うのか、剛国王め!」

「えっ……剛国王が大軍旗を……って、ええっ!?」

 驚愕に仰け反った陸の前で、芙が重く頷く。

「正確には、動いたのは、いや、此の際言ってしまえば、暴走したのは王弟にして郡王である烈と言う王子だ。剛国王は軍が動いたのを知らん。王城に在る備国王の後宮が寄越して来た和議の使者を斬り、王弟・烈と唆された同じく王弟である斬が勝手に動いている」

 同じ事だ、と姜は珍しく吐き捨てる。

「王弟・烈の勝手だろうが何だろうが、剛国軍を動かした以上、国王の許しを得たも同然」

 おのれ剛国王め、我が句国を舐め腐りおって! と姜は眦を決しながら唸る。


「芙殿、剛国軍の総数は分かるか?」

「烈と斬、共に一万の騎兵を率いている。最も、兵は二分されている。烈は此方に、斬は王城に奇襲を仕掛けようとしてな」

「此処に到着するまでの時間は?」

「俺は早足自慢だが、王弟・烈が此処に奇襲を仕掛けるまで半時辰も無いだろう――其処は、悔しいが流石は騎馬の民と言うべきだろう」

 めらめらと燃える憤怒の炎を双眸に宿しながら、うぬぅ、と吠えながら姜は仁王立ちになる。

「ぬう、おのれ! 我らが少数であると侮ったか、剛国王弟・烈め! 何処までも面憎い奴らだ!」

 此れまで見せた事がない姜の怒り狂い様に、陸は怖じ気を覚えて後退る。

 ごく、と知らぬ間に喉を鳴らして生唾を幾度も飲み込んでいた。

 そうでもしなければ、気持ちを落ち着かせられない。初陣を飾った、霧の只中での闘いの時よりも緊張感と恐怖感がある。

 ある、と言うよりはまるで全身を拘束するかのようで、身体が強張り思う様に動けない。


「俺は此れから陛下の元に伝えに行く。其の間に、姜殿は烈を迎え討つ体勢を最低限整えて置いてくれ。王弟・烈に夜陰に乗じられたとしても、奇襲攻撃でなくなれば此方に勝機は充分にある」

「分かった」

 既に姜は武具を取り出して身支度を整え出している。

 芙は姜に目配せすると、すぅ……と気配霧のよう薄くし姿を消した。



 ★★★



「兵部尚書、私は先に休む。兵部尚書も、定刻が来たら必ず休息を取るように」

「はい」

「明日には王都に入る。北から牽制を掛け続けて来た剛国側も動きを見せる頃だろう、今夜が、此の戦の最後の……」

 優と駐屯地を見て回りながら休む旨を伝えて自身の天幕に入った戰は、中で跪いている芙を発見し言葉を途切れさせた。

 としての芙の能力を知っている戰は、彼が微かな焦りを滲ませているのが気になった。

「何があった、芙」

「陛下、剛国が動きました。王弟・烈が句国王の大軍旗を狙い1万騎を率いて此方に向かって来ております――時間にして、半時辰もありません」

「何ぃ?」

 王弟・烈が、だと? と優は眉根を寄せる。


 禍国内での政変の後、優は幾度も国境附近を訪れているから、当然、彼の噂は耳にしている。

 剛毅果断な人物では在るが、兄王への盲目的な忠誠心から全ての行動が独善に過ぎるきらいがある。

 有能ではあるが、癖が有り過ぎる。

 彼の様な、素手で掴もうとすれば其の手が焼け爛れて捥げ落ちるような劇薬的な漢を、苦も無くすらすらと使いこなせる人物は、闘王以外にあり得まい。

 翻って、もう一人の応じである斬は、真が初陣に勝利を持たせるまで其の存在すら把握していなかった。

 無論、其れ以後の頭角は目を見張るものがある。

 王弟・烈は、斬を疎ましく思っていない、とは口が裂けても言えぬだろう。彼の自負が、斬を認めさせぬに決まっている。

 烈が斬を身近に置いているのは、兄王・闘に平原の覇を唱えさせる駒は一つでも多い方が良い、只其れだけの理由のみにて許してやっているだけだ――

 ともあれ、烈だけでなく斬の動向も把握せねばならない。其れにより、此方の構え方も違ってくる。


「剛国は二人の王弟に其々1万騎、そして剛国王・闘自らも1万騎の精鋭を率いて来ておる筈だ。斬とか言う、もう一人の王弟はどうしておる」

「彼の王子は、王都に向かっております」

 芙は順序立てて、しかも要領良く剛国の動きを手短に伝える。ふむ、王都にか、と優は腕を組んだ。

「奴ら、此方に乗せられて終わるような馬鹿ではなかったようですな、陛下」

「剛国の動きは、先に姜殿に報せております。句国兵たちは姜殿の指揮で隊を整え始めておりますが」

 陸が呼びに走ったのだろう、其処へ、陛下、と言いながら克と杢が姿を現した。

 二人共、愛用の甲冑を着込んでいた。戰の命令があれば何時でも動けるように万端、整えている克と杢の姿に、優は目を細める。


「粗方の話は、陸から聞きいております」

「部下たちには、夜襲に備えるように既に指示を出して参りました。陛下、御下知を」

 嘗て目を掛けて可愛がった青年たちが指揮を任せられるまでの武官に立派に成長した姿を見て、優は今度は僅かに口元を持ち上げて緩めた。

 が、其れも一瞬だった。

 む、と下腹に力を入れて気合を入れると、戰に対して厳しい声音で詰め寄る。

「陛下、如何に致しますか」


 此処が今回の戦の、いや今後、此の中華平原にて戰が時代を担い、動かしていくのかどうかの趨勢を決定する大一番、正しく正念場と言って良い局面だ。

 緊迫するに、声がきつくなっても当然だった。

 王都入りを剛国の、而も王弟如きに先んじられた、と優が憤慨するかと思っていた芙は、意外にも冷静さを保っているのに少々驚きながら戰の指示を静かに待つ。

「剛国が先に王都に入るか……」

 優が用意した椅子に腰掛けながら、戰は油断のない目付きで考え込み始める。

 祭国に居た頃には見た事もない、研ぎ澄まされた剣の鋒ような鋭さに、優は思わず知らず、ぬぅっ……と息を止めた。

 凄まじい緊張感に天幕を支える支柱がへし折れるのではないか、と居合わせた男たちは密かに思った。


「玖殿の軍旗を奪わん、として、我らを討たんと動くのは分かる。だが、王都を狙わせたとなると……」

 先の戦で、句国の民は備国軍に考え付く限りの非道な行いを受けている。

 今また、剛国の手に墜ちるとなれば、どうなるか。

 芙、と戰に手招かれ、二歩ほど芙は膝を進めた

「芙の目には、王弟・斬の人物はどう見えている?」

「私の目に、ですか?」

「そうだ、芙は真に付いて長く剛国に居た。一番、彼らの為人ひととなりに詳しい筈だ」

 突然、話しを振られた芙は、些か面食らった。

 が、暫しの沈黙の後、恐れ乍ら、と口を開いた。


「王弟・斬は真正直で実直な、少年らしい純粋な部分を心に残している御方です。初陣での大勝に自身を付けられた事もあり、剛国王にとっての一番の身内にならん、と意気込んでおられ、また、そんな少年らしい初な率直を垣間見せる姿を剛国王に愛でられておられます。然し乍らそれ故に、断じる力も弱く、且つ、論じ合いと為った際には口の勢いに負ける場面が多々見られます――無論、自信を付けて来られた近々はその限りであありませんが、押しの弱さ、そして将兵として部下を率いるに足る信頼を寄せられているか、という点において烈殿下の足元にも及ばないのでは、と見ていますが」

「……そうか」

 芙の話しを静かに聞いていた戰は、ちらり、と優を見上げた。

 ふうむ、と優も幾分納得した表情を見せている。

「しかし、一つ分からんのですが……陛下、王城に残る備国の者たちは、何故、我ら似ではなく剛国王に使者を送ったのでしょうか? 備国王は我らを討つ為に為に王都を発ったというのに」

 申し訳無さそうに首を擡げる亀のように、克が手を挙げた。

 どんな時でも自分を変えない克という漢は、切羽詰まった事態であればある程、意識無く場を和ませる。

 相変わらずだね、と苦笑しながら戰が答えてやる。


「其れは、私が郡王で、率いているのが禍国の兵部尚書だから、だよ」

「は、はあ?」

「つまり、備国王の後宮たちは、身分卑しくさもしい・・・・男どもに目通りしたくはない、と言う意思表示、なのだろうね。自分たちと対峙する者は、『』で無くてはならないのだろう」

「は、はあ……」

 戰の説明にも、克は今一つ納得がいきかねる、という顔付きを崩さない。

「備国と剛国は、近年あれ程にまで対立をし、備国に至っては剛国王に先王さきのおうを討たれておるというのに……ですか?」


 其処は、戰も不思議ではあった。

 かたき、という一点にのみ特化して見れば、禍国と祭国の連合軍に句国の残党兵が加わったとは言え、剛国と比べれば足元にも及ぶまい。

 其れに、王城の方にも、備国王・弋を句国大将軍・姜の手に落ちているとの報せは、もう秘密裏に入っているだろう。

 だとすれば、交渉を真っ先に行うべきは、戰合軍の総大将である祭国郡王・戰であるべきだというのは、誰にでも分かる事実だ。

 だと言うのに王城側は、戰を無視して剛国王・闘に靡いて見せている。


 ――此れは一体、どういう事なのだろうか?

 備国王の後宮は、奴を見捨てた、と言うのか?

 其れとも、何か別に理由があるのか?

 戰には、どうにも分からない。

 そもそもが、女性の心の機微に疎い性質たちだ。貴姬・蜜のような女性にょしょうの心の機微を読むなど、どだい、無理な話だった。

 そして戰もであるが、残念ながら真も、万能の神・天帝ではなかった。

 備国王の後宮が、句国の先王さきのおう・番の後宮であもあった、左昭儀さしょうぎみつであり、彼女にとっての不倶戴天の大敵である戰に和議を申し入れるなど、彼女にとっては思いも寄らぬ事であるなどと、見えよう筈がなかった。

 優が、ずい、と身を乗り出した。

 今、時間はこがねよりも重く、貴重なものだ。

 決断が正しのか、若しくは誤っているのかどうかを思い悩む余裕すら惜しい・・・

「陛下、御決断を。正しければ其れで良し、誤っていたのであればその場で無理矢理軌道修正するしかありませぬ」


 有り体に言ってしまえば、出たとこ勝負にしろ、という身も蓋も無い優の発破を受けて、戰は決断した。

 優、杢、克、芙、の順で、ぐるりと仲間の顔を見回すと、張ったばかりの弓の弦のような凛とした声音で彼らに命じる。

「よし、では先ず、私と兵部尚書で王都に向かう。克と杢は残り、剛国王弟・烈の強襲に備えよ」



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