23 合従連衡 その9-1
23 合従連衡 その9-1
弋が率いる備国軍の動きを探っていた薙が戻って来た。
流石に「早足」の二つ名を持つ彼の頭として働く芙のようにはいかないが、其れでも鍛え抜かれた仲間たちは皆、常人離れした俊足の持ち主だった。
ひらり、と舞う木の葉のように戰の前に現れて跪く。
兵を編成し直して報せを待ち望んでいた戰たちは、おお、と思わず声を零していた。
「どうだ、奴らは」
咳き込むように、優が尋ねる。
「はい、此方の思惑通りに、川を遡り山岳越えを結構するつもりのようです」
何処か勝ち誇ったような表情で答える薙に、じろり、と一瞥を呉れてから、優は態とらしく咳払いをした。
鶴翼の陣を布いて来た備国軍は、実は、戦をする上で最も勝利を収め易い、手堅い布陣を採用していた。
だが、陣を完全に展開する前に戰と優とが率いる軍に攻め込まれたのが、敗因の一つとして挙げられよう。
もう一つ、最大の要因としては、連合軍が採用した陣が今日まで誰も用いていなかった陣形であった、と言う事もあった。
宛ら、激しい暴風雨が止むこと無く猛り狂っている嵐のような攻撃、どんなに分厚く守りを固めようとも、亀裂が入るまで攻撃の手を休めないのでは、堪ったものではない。
「回転する荷車の車輪のように、我が軍は絶え間無くの動き続けるというのに、備国軍は一点に攻撃を受け続ける、と云う訳だな」
真から授けられた策を目にした時、戰でさえ、身震いしたものだった。
此の策を成功させるには、乱戦を乗り越え備国軍を征するという強い意思が必要になる。
強い攻撃を仕掛けるとは即ち、自分たちの生命を常に危険に晒し続ける、と言う事に他ならない。
幾ら備国軍を弱体化させんと、ぬるま湯に浸る怠惰な生活に溺れさせたとは言え、其れ以上に、此方側の騎馬の優秀さと兵の胆力の強さが無くては、実行する事すら覚束無い。
勝利を得る云々の前に、先ず話にすらならないのだ。
「馬鹿息子め、陛下を陣頭に晒して戦う策を用いるとは、何という畏れ多い」
「おや、兵部尚書にそんな心配をさせるとは、私はまだまだ雛扱いなのだね」
優は真の策に舌打ちして難色を示したが、戰は笑って取り合わなかった。
そして右軍と左軍の布陣が完全でない備国軍を、鍛え抜かれた騎馬隊は壊滅させた。
敗北を悟らせるに充分過ぎ、死の恐怖を味合わせるに此れ以上はない程の、それは圧倒的な攻撃力だった。
だが其の分、自軍の消耗もまた激しかった。
総力戦に縺れ込むのであるから、下手をすれば一気に瓦解し自分たちが敗走する恐れもある。
だが、戰が率いる連合軍はやりきった。
途中、句国兵たちが姜が押し立ててきた亡き国王・玖の軍旗の元に決起したのも、勝利に大きく貢献した。
今や霧がすっかり晴れた盆地では、掃討戦も終わりを告げようとしていた。
そう――連合軍の圧倒的大勝利で。
数ヶ月ぶりに、勝利を我が手にした句国兵たちの顔が、濡れていた。
自分たちが、敬愛してやまぬ国王・玖の仇を討ったのだ、備国軍を破ったのだ、感動の涙を流すのは当然であり、また、彼らに与えられた当然の権利であると言えた。
大将軍・姜の元に集結した句国兵は、高々と掲げられた敬慕する国王・玖の大軍旗を見上げながら、全員が男泣きに泣いら。
何時しか誰からともなく、句国万歳! 玖国王陛下万歳! と叫んでいた。
大合唱が周囲に谺する中、戰の傍に姜が馬を寄せて来た。
「郡王陛下」
「どうした?」
「此れ後の策にも、我らを随行させて頂きたい」
真剣な眼差しで、ぐい、と迫ってくる姜に対して、珍しく戰は躊躇した。
自分たちの軍も戦に次ぐ戦で疲弊はしている。
しかし、句国兵のように、鍛錬し続けていない方が戦による疲労は強い。
興奮に引き摺られて大乱闘を繰り広げた分、負傷兵も多く早急に手当を受けさせねばなるまい。
何よりも姜自身が、逃走中に受けた深い傷が完全に癒えていない。
玖の仇討を、と意気込むだけの気力を沸かせ姜が生きる気力を取り戻したのは喜ばしいが、連れて行ける兵馬はごく限られてしまうだろう。
戰の喜憂を察した姜が深く頭を垂れながら、陛下、何卒、と更に馬を寄せて来た。
「確かに、指揮を取らねばならぬ私ですら、負傷しております。まともに動ける者など一兵もおりますまい。寧ろ、足手まといとなってしまうでしょう。然し乍ら、郡王陛下。玖陛下の敵の最後を、備国王の苦悶に歪む死に顔を我が目に焼き付けねばなりません。奴めの無様な死に様を、陛下の墓前にて御報告を行う事。其れが私に課せられた、最後の役目に御座います。何卒、御許しを」
「……分かった、姜将軍。共に往こう」
主君への熱い忠義心を剥き出しにした姜の固い決意を前に、戰は笑顔を向けたのだった。
★★★
弋が率いる備国軍は、這う這うの態で山際まで辿り着いた。
――無様だ。全く無様だ。
ぜいぜいと喉を鳴らしながら、弋は痛みで霞む目を手の甲で拭った。
文字通り敗残の途が落ちて行く最中の悲哀に満ちた己の姿に、情けない奴らめが、と弋は吐き捨てずにはいられない烈火の如き怒りを抱いていた。
「どれだけの兵が従ってきておる!」
唾を飛ばして怒鳴る弋に、直ぐに答えられる兵がいない事実も、腹立たしさに拍車を掛けた。
――一体全体、何処まで腑甲斐無いのか。
腸が煮えくり返り沸騰して消えてしまうのではないか、と弋は顳かみに青筋を立てながら思いつつ怒鳴った。
「どうしたぁ! 答えぬか!」
怒鳴り散らす弋の前に、漸く兵がふらふらしながら現れて跪く。
「……へ、陛下……お、大凡……その……3千弱……程、であるかと、思われ……」
「何だとっ!?」
凄みを利かせた低い声で唸る弋に、ひぃっ、とまるで小娘が息を呑むような悲鳴を上げて兵は縮こまる。
――3千!? ついて来られた兵が、たったの3千しかおらぬ、だと!?
5千はいた筈の兵が、実に半数近く脱落してしまった。
つまり、ついてこられなかった兵は河の中で凍えながら狂った、という事になる。
「惰弱な! 何という腑甲斐無さよ! 勝利に現を抜かして鍛錬を怠る馬鹿者の証明だ」
眼尻を裂いて怒鳴り散らしながら、弋は一頻り悪態をつきまくった。
だが、不意に平静を取り戻すと手綱を取り直し、ふん、と鼻息を吐いて胸を反らした。
残った3千の兵こそは精鋭である、と思い頭を切り替えねばやっていられない。こんな処で愚図愚図している暇はないのだ。
――地の利に明るい句国の将軍を、愚王の奴めは味方に引き入れている。
山中深くに入るまで、油断出来ぬ。
「皆の者! よく聞け! 今より、山に入り、峠越えを敢行する!」
だが弋が殊更に声を張り上げたのは、叱咤激励の為では無かった。
あの、虚ろな眸をして涎を垂らし、言葉を解せぬ生き屍人となる恐怖から、己が逃れる為だった。
葉脈まで赤や黄色に色付いた葉がうず高く積もっている地面は、思いの外馬の足を沈ませ、且つ滑った。
まるで雨が降った後のように、じっとりと濡れているのだ。
足を取られないようにと気を遣いながらの行軍は、異様なまでに体力と、そして気力を奪っていく。それでも、弋たちは山道を探り続けた。
どんな峻険な山であろうとも、平原側の国は山越えを行う為の道を作らずにはいられない、と砂漠側の国々は知っている。
敵が用意したものに頼らねばならぬのは、弋の矜持と沽券を著しく傷付けた。だが、そうでなくては生き延びられないのだ。
――馬鹿にしおって、何処までも馬鹿にしおって、許さん、断じて許さん! 平原に生きる者は赤子であろうが死にかけた老人であろうが、誰一人として許しはせん!
弋は敵意をむき出しにして、歯軋りせずにはいられなかった。
平原の民が許せなかった。
温かく潤いのある緑の大地は豊かな恵みを齎し、食料となる多くの生き物を慈しむに足るだけの広さを誇っているではないか。
なのに何故、何も無い砂漠に侵攻しようとするのだ。
幾ら実りが足りぬと嘆こうと、砂漠の過酷さと比ぶればどんなに恵まれているか!
冷えて乾いた大地は稗や粟さえ実りを渋り、生き物は互いに牙を剥き出しにして常に生命の遣り取りする荒涼たる世界から、一体何を奪おうというのだ。
谷間に、まるで獣道のように細い道が伸びているのが、突然、弋の視界に入ってきた。思わず弋は、眸を眇める。
「あったか……」
ぼそり、と嘯くようにして弋は呟いた。
左右は切り立った崖で、樹木も傾ぐ程の急勾配だった。
山間に慣れているであろう句国兵であろうとも、身を隠すのは困難であろうと思われたが、伏せ兵が居ないかどうか弋は周囲を油断なく見回す。
伸びている道筋は本当に細く頼りなく、何時途切れて山中に放り出されてしまうか、という慄きを覚えずにはいられなかった。
而も、だ。
喩え此の先、山岳を越えるまで道が続いているとしても、かなりの蛇行を繰り返し相当な迂回を続けねばならないだろう。
此の勾配が蜿蜿長蛇と続くのか、と思うと遣り切れず、疲れがどっと両の肩と背中から重く伸し掛かって来る。
だが、此の道を辿りさえすれば、確実に国へと続く砂漠が見えるのだ。
あの、体内の血すら干乾びる砂漠に出られるのだ。
――国に帰り、軍勢を整え、直ぐにでも報復に取って返してやろう。
「行くぞ」
短く弋は命じ、自ら先頭に立って補足曲りくねった山道へと踏み入った。
谷間には、盆地と川面に張っていたあの重苦しい白い霧は見られなかった。
正直、弋はほっとした。
――またぞろ、霧で視界と身体が縛られ、頭がやられるのは勘弁ならん。
が、先程までは蟠って居たのだろう、馬の蹄が踏み締める落ち葉は、かさりとも音をたてない。
じっとりとした湿り気に、落ち葉は一層色濃くなり、てかりのある輝きを放っている。
見渡す限り砂と埃が舞う乾いた大地に住む備国兵たちが知る落ち葉とは、偶然、目にする枯れて朽ちた木々が落とした塵屑のようなものくらいだ。
しかし、そんな美しい落ち葉の競演を愛でて愉しむ余裕など、今の備国兵たちには当然なかった。
霧の只中での同士討ちの際に目にした生き屍人とは違うが、生き残りの兵たちの行軍は宛ら冥府へと向かう死者、いや亡霊の列のようだった。
長くうねうねと身をくねらせる蛇のような山道を無言で歩くのは、どうしても辛気臭くなるものだとは言え、兵士たちは皆一様に生気というものが感じられなかった。
無論、弋ですら同様だった。
一意専心して、ただ、馬の脚を動かし続ける弋の耳に、からん……、と乾いた音が届いた。
訝しんだ弋は、馬の脚を止めて耳を欹てる。
しかし、次に続く音は聞こえてこない。
「……気のせいか……?」
だが呟きと共に、からん、からん、と音が続いた。
からころ、からんからん、からからからから、がらがら、がらりごとり、と乾いた音は徐々に大きくなっていく。
弋は眉を顰めて、崖を見上げ――次の瞬間、目玉が溢れ落ちんばかりに見開いて、叫んでいた。
「うおおお!?」
驚愕に揺れる弋の黒目には、切り立った左右の崖から、祭国の軍旗をはためかせて駆け下りてくる騎馬軍団が写り込んでいた。
★★★
「突っ込め!」
「恐れるな!」
右の崖からは克が率いる5千の騎馬が、そして左の崖からは杢が率いる5千の騎馬が、雪崩のように一気に谷間に向かって駆け下りた。
殆ど直角に近い切り立った谷間だ。
一瞬でも気を抜いたり、手綱捌きを誤れば、崖下に転がり落ちて無様に脳と臓物を飛び散らせて死ぬだろう。
しかし、何方の部隊からもそんな未熟な腕前を披露する者は現れない。
寧ろ、平地を駆けているかのような速さでもって、小石を跳ね上げつつ谷間の小道を行く備国兵目掛けて馬を走らせている。
当初、其々の軍内に、余りにも切り立った崖に、尻込みをする者が多数でたのだが、此れを一喝の元に封じ込めたのが、やはり、其々の隊を率いる将軍たち、そう、克と杢だった。
克の愛馬の一歩先には、深い谷間が開いていた。
びょう、びょう、と既に木枯らしに近い音を谷間を抜ける風は奏でている。
谷底には、百足のようにうねうねとしながら進んでいる塊が見えている。
そう、備国軍だ。
「よし、行くぞ。竹、遅れるなよ」
「いや、隊長、本気っすか!? 本気でこんな崖を降りるって言うんですか!?」
「本気だとか糞だとか言ってる暇があるなら、意識を集中しろ、集中!」
仲間の不安を代弁する竹の頭を、克は愛用の梢子棍で、ごん、と小突いた。
「痛てえ! ちょっと何するんすか、隊長! んな事したら痛えじゃねえっすか!」
「安心しろ、痛いなら死んでない」
「いや隊長、そうじゃなくて! 集中も何も、幾ら真殿の策とはいえ、こりゃちょっと、まずいっすよ。正気とは思えねえっす!」
「馬鹿野郎! 何をめそめそと腐って文句ばかり言っていやがる! どんなに足場の悪い崖でも山羊や羚羊どもは山を自在に昇り降りしているだろうが!」
「隊長、いやそりゃ、崖を昇り降り出来るのが、山羊と羚羊って生き物だからっすよ」
問答無用、と克は大きく腕を振るい、ぶんぶんと鳴らした。
「馬も奴らと似たような生き物だろうが! ごちゃごちゃ言う暇があったらとっととついて来い! 行くぞぉ、お前らぁ!」
短い方の棍が、まるで竜巻のように旋回を続ける。
あ~あぁ、駄目だこりゃあ、と竹は肩を竦めて背後の仲間に笑い掛けた。
「仕方が無え、行くぞ! 何言っても通じねえなら、何に言わずに従った方が楽だぜ!」
叫びざま、竹は克の背中を追って身投げするように谷底に馬を入れる。
仲間たちも歓声を上げながら、次々に崖下の備国軍を目掛けて馬を乗り入れた。
杢の部隊も、崖下の備国軍をしっかりと捉えていた。
真正面に見える対岸状の崖には、祭国軍の軍旗が翻っている。
「よし、克殿の部隊と同時に、谷底に向かうぞ」
静かに声を掛ける杢に、不安の色を隠さず、然し乍ら、其れを上回る上官である将軍の杢への敬意を見せつつ部下が
「将軍、恐れ乍ら申し上げます。こんな凄まじい崖を果たして、我らの馬ごときが本当に制する事が出来るのでしょうか?」
大丈夫だ、と杢は剣の柄に手を掛けながら、部下を振り返った。
「陛下の愛馬、千段の名の由来は山の頂上まで架けられた千の石段を一気に駆け上った処から来ている。崖の岩場を石段と思えば、我らの馬もやってやれぬ事はあるまい」
「し、しかし……」
「脚に不自由さを残す私がこれしきの崖など恐れておらんのだ。五体満足なお前たちが、其のように縮こまってどうする」
普段、杢は笑わない。
常に目元と唇を引き締めているそんな杢が、部下たちに冗談めかして柔和な表情を向けると、部下たちの間に、ほっとした明るい気が流れた。不安を口にした部下が、ぴしり、と背筋を伸ばして杢に礼を捧げた。
「はい、将軍」
「我らは、鍛錬を積み上げている陛下に認められたからこそ、此の場に居る。お前たちならば出来る、自信を持て!」
眼前の崖に翻っていた克の軍旗が、どぉん! という歓声と共に大きくうねり、まっしぐらに谷底目掛けて動き出した。
「よし! 我々も行くぞ! 克殿の部隊に遅れを取っては恥だぞ!」
「はい、将軍!」
杢が気合と共に谷間に向けて馬の鼻面を向けると、負けじ、とばかりに部下たちも声を張り上げて続いた。
左右の部隊の説得にはかなりの差が生じたが、ともあれ、怒涛の崖下りが敢行された。
★★★
押し寄せる軍馬の群れは、まるで転がる巨岩のように一丸となって谷間の備国軍にぐんぐんと迫る。
弋に釣られて崖の上を見上げた備国兵たちは、悲鳴を上げて凍り付いた。
慄きと驚愕に魂は動きを止め、備国兵たちは、ただ自分たちの眼前に左右から祭国軍は殺到する様を見せ付けられ続けるしか無かった。
「に、逃げろ、逃げろぉっ!」
漸く弋が叫ぶ。
醜態を晒しているとか思う余裕など無かった。
逃げる、そう逃げねばならない。
叫びざま、弋は愛馬に鋭く鞭を入れる直前に、隣にいた兵士を蹴り飛ばして馬を奪った。
振り落とされて呪詛の言葉を吐く間も与えず、弋は此の場から逃れんと脱兎の如くに馬を駆けさせた。
今や兵力の圧倒的な差は逆転している。
どう足掻いても太刀打ち出来る筈が無い。
出来るとしればただ一つしかない。
兎に角、後ろを振り返らずに一目散に逃げる。
此れしか無かった。
馬を奪い取ったのは、無理矢理走らせた馬は潰れるのが早いからだ。
いざという時に乗り換えが効くように確保したのであるが、此の動きは弋にとって無意識のものだった。
弋の生への執着は、浅ましいまでに人間の本能を剥き出しにしたものと言えるが、仮にも主君が此処まで自国の民を切り捨てて己大事に走るのは、逆に呆れる程の見事さであろうとも言えた。
祭国軍の先頭を走る克と杢の愛馬の蹄が、谷間の土を蹴る数歩前に、弋の馬は一直線に西を目指して走り出していた。
「へ、陛下ぁ!」
漸く、事態を飲み込めた備国兵たちは、恨みがましい声音で叫びながら自分たちを見捨てた国王の背中に手を伸ばした。
しかし、彼らは国王の姿を虚しく見送るしかなかった。
湿った地面は疲れ切った彼らの身体から微かに残された体力を奪い尽くしていたのだ。
脚が縺れ声は掠れ、視界は理由不明の涙で霞む中、弋は此の場を、一人脱して行く。
必死になって追い縋る備国軍の前に、入れ替わりとなるようにして、左右の崖から瀑布の水の如きに下ってきた祭国軍が立ちはだかり、壁のようになり行く手を阻む。
「何処を見ている!」
「余所見をするとは余裕だな!」
今度は、克と杢とが並列に並んで備国兵に突進する。
馬の脚の動きがぴたりと一致している。
ひゅう、と口笛を吹きながら、竹が二人の背中を守りつつ後に続いた。




